6-14.徳川舞頼
黒水と雪の都に於ける騒動から数週間。
その日から日課にしている素振りと、藁を巻きつけた木への打撃練習を終えた俺は汗を拭いながら剣の動かし方を思い返していた。
龍劔術【双刀6連閃】の上をいく連続攻撃をモノにしたいんだよね。怪盗アーベルハイトとの戦いで学んだのは、単純な攻撃力が高いだけじゃあ駄目って事だ。
基本剣術の中に変則的な動きを取り入れる事で、相手の虚を突ける。…気がする。その為にも基本剣術を更に向上させる必要がある。
6連閃を上回る連閃を使えれば、更に攻撃パターンの幅を広げられると思うんだよね。
つっても、何となく動かすことが出来ても実践で使えるレベルには中々辿り着けない。素振りで行うのと、斬撃時に反動があるのでは体の動かし方が全く違うんだよなー。
なんつーか、常に力を入れていると反動に体が持っていかれるから、要所要所で上手く力を抜く必要があるんだけど…その感覚を掴むのが難しい。連閃の数が積み上がるにつれて体のバランスが少しずつ崩れちゃうんだよね。
この問題…課題を克服しないと、もう一歩先の次元には到達できない気がする。
「龍人!今日も頑張ってるのにゃっ。…もうバナナにならないのかにゃ?ぷぷっ。」
「うっせぇ!2度と着るかあんなもん。」
庭に出てきたブリディがからかってきた。
皮が剥けたバナナコスプレは…忌まわしき記憶だよ。
黒水と雪の都で怪盗アーベルハイトとの戦いの後、俺はバナナコスプレを脱ごうと全身全霊で取り組んだ。だってさ、来た時にあったジッパーが綺麗さっぱり消えていて脱げなかったんだもんよ。
結局、バナナコスプレを脱ぐ事は叶わず…屈辱的にも俺はバナナの格好で白金と紅葉の都に帰還。「変態バナナ現る!」と話題を掻っ攫ったのは記憶に新しい。
最終的には剥けたバナナの皮を、皮が剥けていない状態にすると着脱出来る仕様だったらしく…コスプレ店の親父に教えてもらった後はすんなりと脱ぐ事が出来た。
なんて無駄で高性能なバナナコスプレだ事か!
コスプレ店の親父と全く連絡が取れなかったのが1番の問題だな。ハロウィンイベントの後処理で忙しかったらしいから、責めるにも責められないんだけど。
ともかく、今は無事に人間の姿に戻っている。
「バナナ…素敵だったのににゃ。ぷふにゃっ。…それにしても、頑張り過ぎなのにゃ。体壊すにゃ。」
「まぁ大丈夫だよ。この前はミリアにも迷惑掛けたし。もう少し強くならないとな。」
赤火と雨の都で一緒に依頼をやって以来、ブリティの態度が若干軟化した気がする。前は「ミリアは渡さないにゃっ!」って突っかかられまくってたし。
あの時と比べたら普通の会話が出来ているだけで奇跡だと思う。
「……むむぅにゃ。そんなにミリアの気を引きたいのかにゃ?………強かな男にゃ。」
…前言撤回。ミリア大好き渡さないにゃ!のスタンスは変わってないな。
「あっ、龍人とブリティおはようっ。」
ミューチュエルの庭に出てきたミリアが元気よく声を掛けてきた。
「ミリア!おはようなのにゃっ!」
ズッバァッン!とミリアに反応したブリティが飛びつき…。
「きゃっ!?もうっ、ブリティったらっ!」
「うにゃにゃーっ!」
おーぅ、桃色シーンが始まった。
よし。放っておこう。
イチャつく2人を尻目にミューチュエルの建物内に入ると、クルルがハンドドリップコーヒーを淹れていた。ホント、何でも出来るよなー。
「あら、龍人。朝の鍛錬は終わりかしら。」
「だな。昼の依頼をしたら、夕方にもう1セットやろうかな。」
「感心感心。それと、今日は依頼ではなくて皆である場所に行くわよ。」
「へぇ。珍しいこともあるんだな。」
「そうね。10時には出るから、それまでに準備しておいてね。」
「分かった。」
なんだろう。ミューチュエル全員で行く場所……もしかして豪華ランチ?いや、でも特段良い事があった訳でも無いか。……分からん!
「……はぁ。」
ん?今クルルがため息をついたような…。
ともかく、準備しておくか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さてさて、そんな訳で俺たちはクルルに連れられてとある場所を訪問していた。
「おーい!そっちは準備できているか!?」
「はい!演説原稿は粗方完成しています!」
「よし。細かい言い回し1つで得票数に大きく影響が出る!最後まで演説係は調整と確認だ!」
「このポスターはどこに保管しておくんですか?ちょっと量が…。」
「あぁん?それはポスターだけど配布用だ。配布チラシを保管していた倉庫が隣の部屋にあるからそこに!」
「ちょっと!こっちの応援グッズの納期が遅れるって話をされたんですけど!?」
「いやいやいやいやいや!納期が遅れたらどうにもならないだろ!明日から本格的に始まるんだ!何としてでも間に合わせろ!」
ドタバタドタバタドタバタドタバタ。
屋敷の中を人が行ったり来たり駆け回っている。
「す、凄いのにゃ。この気迫に押し潰されそうなのにゃ…!」
ビクビク震えるブリティ。
「ふふ…。皆妾が信じる家来だ。此度の選挙、負ける訳にはいかぬ。故に気合いの入り方も違うのだ。呼び出しておい騒がしいのは心苦しいが、寛げ。…出来るか否か別だがな。」
そう反応したのは、俺たちの前で優雅に座る…徳川舞頼。
現徳川政権の徳川家当主らしい。
徳川舞頼の声に応対するのは、勿論クルルだ。俺達が変な受け答えをすると後々に影響が出そうだからな。適材適所ってやつだ。
「いえ、こちらこそお忙しい時分にお招き頂きまして恐縮でございます。」
「ふふふ…そう畏まらなくても良い。妾はそのような態度は求めておらぬ。」
「あらそう。じゃあ普通に話すわね。」
早っ!態度の切り替え早過ぎだろ!?仮にも相手は政権のトップだぞ。
「私達をここに呼んだ目的を教えて欲しいわ。言っておくけど、選挙に協力しろって話ならお断りするわよ。」
しかも話を聞く前に断った!?
「はははっ!話に聞いていた通り、愉快な女だ。なに、安心するが良い。汝らをこの場に呼んだのは、黒水と雪の都に於ける怪盗騒ぎ…その顛末を伝えておこうと思ってな。おい。」
徳川舞頼が後ろに目線を送って呼びかけると、陰から1人の女性が出てきた。
「ぬっはぁ!?エロいのにゃ!」
ブリティ…お前はエロ親父か!
と、ツッコミたいのを必死に押さえつつ、俺も少しばかり驚きを隠せなかった。
「久しぶりだねぇ。全く。あの時は格好悪い姿を見せちまったよ。」
先日ぶり。…そう。怪盗と戦って吹き飛ばされた女暗殺者だった。
相変わらずのガーターベルトを始めとした水着みたいな装い。普通に目のやり場に困る。
つーか、徳川家の関係者だったのか。
「この者は妾が用心棒として頼りにしているザキシャ=マーダー。金を全ての判断基準にしている暗殺者だ。」
あ、やっぱり暗殺者なのね。てか、金の亡者なのか。
「…一応言っておくけど、アタイの実力がこの前の通りと思ってもらっちゃぁ困るさね。舞頼から全力を出すなって言われていたからね。お陰で中途半端な戦いであのザマさ。」
「ザキシャ。下らない言い訳は不要だ。報告を。」
「…はいはい。まず、先日の怪盗アーベルハイトの目的だった天啓の宝玉だけど、アンタらの活躍で無事に守り切る事が出来たのは知っていると思う。……ただ、涅真珠と古武将の戦刀が行方不明さね。」
ザキシャの視線が鋭くなる。
…なんだよ。それは俺達が依頼されていた護衛対象じゃぁないぞ。確かに徳川家からの依頼だったけど、依頼は天啓の宝玉を護衛することだ。流石にあの騒動に関わるドサクサで紛失した美術品について言われても困る。
「…確認するけど、アンタら、盗ってないよねぇ?」
「馬鹿じゃないの?私達が盗んで何の徳があるのよ。徳川家を敵に回すほど愚かじゃぁないわよ。」
「う、うんっ。そうだよ。」
クルルは至って冷静。ミリアはザキシャの威圧に若干気圧されたのか、プチ吃り。
「………。」
鋭い目線のまま俺達を観察したザキシャは肩を竦めた。
「まぁ、そうだとは思っていたさ。ともかく、涅真珠についてはまだしも…古武将の戦刀が紛失したのは重大事件さね。」
「あの刀…ただの美術品じゃぁないのか?」
普通にそんな凄い風には見えなかった。価値ある骨董品みたいだったけどな。
徳川舞頼が首を横に振る。
「あの刀は…この星に現存する最高の刀。一振りで山を切り、海を割る。使用者の力を引き出し、全てを断ち切る…そう言われている。妾ですらも欲する至高の武器だ。」
「マジか…そんな刀が、もし、悪者の手に渡っていたら…ヤバくないか?」
「察しが良いな。そう。もし、あの武器がDONや織田家の手元に渡っていたら…これから始まる選挙戦で悲劇が引き起こされる可能性がある。選挙戦という名の戦争が起きるかも知れぬ。」
「…それを私達に伝えてどうしようというのかしら?さっきも言ったけど、選挙に加担するつもりは無いわよ。」
「当たり前であろう。選挙は妾達徳川家と織田家の戦い。部外者を巻き込むつもりは更々無い。しかし…万が一、どこぞの者が古武将の戦刀で民を害そうとした折には、汝らが困らぬように知らせておこうと思ったに過ぎない。なぁに、その際には尻尾を巻いて逃げるが良い。あの武器を使う者が現れたら…勝てるのは妾位のもの。汝らでは犬死にする。…話は以上。下がるが良い。」
あら?話ってそれだけか。わざわざ俺達を呼びつけたら割にはサッパリだな。
「………失礼するわ。」
無言で徳川舞頼を睨みつけていたクルルは、パッと踵を返すと足早に部屋から出ていった。
「クルルっ!?置いてかないでっって!」
「うにゃっ!?ブリティも置いてけぼりは勘弁にゃ!」
ミリアとブリティもクルルを追いかけて部屋から出ていく。
え?何で俺が置いていかれるんだし。
…徳川舞頼とザキシャの視線が地味に辛い。えぇっと…礼儀正しく帰れば良いかな?
「えっと…じゃぁ俺も失礼します。」
「待て。」
…げ。呼び止められた。無視…する訳にはいかないよなぁ。
「…なんだ?」
「お主は、何者だ?」
「はい?」
いきなり変な質問がきたぞ。
「何者って…高嶺龍人だけど…。」
「そうではない。お主の内に秘めたる魔力…人の物ではあるまい。」
「え?いや、俺は人だけど。」
「…ふむ。となると、内なる魔力の本質に気付いていないのか?だが…それにしては……。」
徳川舞頼は目を細めて俺を観察しつつ、ブツブツと何かを呟き始めた。
内に秘めた魔力が人の物じゃないってどういう事だろう。
まず、魔法をほぼ使えない状態なのにそう言われてもねぇ…。
「お主…魔法は何を使う?」
徳川舞頼はまだ何かを疑っている?ようで、質問をして重ねてくる。取り敢えず…答えておいた方が良いよね。
「魔法は…剣術?かな?」
「む……。」
少しの沈黙の後、徳川舞頼は肩を竦めた。
「…妾が悪かった。例え魔法の才が無くとも気に病むでない。」
「お、おう。」
え、俺って魔法の才能無いのか?普通に落ち込むんだけど。
「さぁ、ミューチュエルの者達が待っているだろう。早く後を追いかけるが良い。」
「…はい。」
うわー。傷付いた。深く深く…
「龍人よ。」
歩き出そうとしたらまた引き止められた。
「強くなりたければ妾を頼れ。力になろうぞ。」
「えっと…ありがとうございます?」
徳川舞頼はそれ以上何かを言う事なく、俺は釈然としない気持ちを抱えながらミリア達を追いかけることになった。
いや、本当に傷付いたんだけど。