5-80.中央区の戦い3
「…厄介な状況だな。」
天劔、地劔を弾きつつカウンターの一撃まで成功させ、ヘヴンの胸元を斜めに切り裂いて血飛沫を上げさせた男は、冷静な表情で戦局を分析していた。
「…ははっ☆まさかここで魔聖に並ぶ戦力が出てくるとはね!名は…ロアだったかな?」
「そうだ。私はロア=べロウ。魔導推進庁の長官を務めている。…戦闘の表舞台に出るつもりは無かったんだがな。魔聖の不甲斐無さに仕方なく。といった所だ。」
真っ赤に燃え盛る、死神が持っていそうな鎌を振って追撃を放つロア。それを瞬時に移動して回避したヘヴンは、はだけた胸元から血を垂らしながら、それまで浮かべていた笑みを引っ込めた。
「これは…流石に手を抜けない状況か。そして、ロア=べロウ。確か最初の魔法街戦争後、急に台頭してきた魔法使いだったか?平等派と至上派のリーダー両名が死亡し、混乱を極める魔法街を導いた人物…。それにしても何処かで聞いた名だね。」
「私達3人を相手に余裕だな。お前は何を企んでいる?上空に描かれたこれらの魔法陣で何をするつもりだ。」
ロアが視線を送った先には、完成間近の魔法陣が上空に浮かんでいた。それはセラフとヘヴィーが戦う前よりも規模が大きくなっていて、完成が近付きつつある。
「何をするつもりか…ね。まず、俺は魔聖の2人と戦いながらも魔法陣の構築をする余裕がある。って事実は認識しているよね。だからこそ余裕の証として教えてあげようか。この魔法陣は魔法街を壊滅させるもの。」
「……やはりか。ならば、阻止するしかあるまい。」
「出来るかな?老いぼれジジイと聖女気取りのお嬢様は、俺の本気を引き出せなかった。魔導推進庁…文官如きで俺を止められるかな?」
「口の回る奴た。やってみれば分かるだろ。」
ロアとヘヴンの武器が激突する。
高速で斬撃は光の輪を幾重にも作り出し、混沌とした中央区の上空を彩っていく。
それはまさしく強者同士のぶつかり合い。生半可な実力者では近づく事すら許されない絶対領域が展開されていた。
「むぅ…出番が無くなったのである。」
「ヘヴィー。あなたはかなりヤバかったんだから、感謝すべきじゃないかしら?」
「うむ。そうじゃの。元々魔力リソースを別に割いているからこそなのじゃが。結果オーライなのである。」
「……けど、これで戦局が読めなくなってきたわ。私達は出来る事をしな……!?」
ビクンと体を跳ねさせたセラフは、強張った表情で地上を見た。直下から感じた悍しい気配を探して。
「な……なんだ。アレは。」
「……カオスなのである。」
やれやれ。と天を仰ぐヘヴィーはポンっとセラフの肩に手を載せる。
「儂らにも休息は無いようなのである。」
彼等の直下にいたのは、黒き龍。
火乃花達に襲いかかった魔造体を一瞬で消し去った、その龍だった。
鋭い眼光からセラフとヘヴィーへ剥き出しの敵意を放ちながら。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
爆発的な魔力を纏った魔造体6体が渾身の一撃を放つ。
それは属性魔法の放出だったり、肉体強化による叩き付けだったり。しかし、1つの共通点がある。それは全ての攻撃が同じ1てんを狙っているという事。
しかし、それらの強力な攻撃は結果に結び付くことは無かった。全ての攻撃が空振りに終わり、魔造体達は四肢や胴体を切断されて吹き飛んでいく。
「ったく、キリがねぇな。」
行政区に建つビル群の屋上で、6体の魔造体を斬り裂いた大剣を肩に担いだルーベンは、少し離れた所で上がった息を整える遼達に声を掛ける。
「お前達、大丈夫か?流石にこうも連続で襲われると堪えるな。」
全く堪えていないルーベンに言われて遼は苦笑いだ。
「まぁ…なんと大丈夫です。お陰で…というかなんというか」
「遼君後ろ!」
火乃花の警告に反応した遼は振り向きざまに双銃から魔弾を発射。1発は着弾の手前で散弾に変化して魔造体の全身に着弾、動きを鈍らせる。そしてもう1発の貫通弾が魔造体の額に吸い込まれていき絶命させる。
「ほぉ…!やるな。」
「ピンポイントで急所を狙う有効性を学びましたんで。…相手が人型だと気持ちの良いものじゃ無いですけど。」
そうは言っても躊躇いなくヘッドショットを決めるのだ。それは覚悟があるからこそ。
(まぁ人を殺す事に躊躇いが無くなったら、それこそ人としての理性は崩壊してっからな。)
魔獣相手に戦う事、人相手に戦う事。
どちらも戦うという行為に変わりはないが、臨む前に持つべき覚悟は大きく異なる。
魔造人獣は「人型」ではある。しかし、その形状が人に近づけば近づく程、躊躇いは大きくなるのだ。
ゾンビになった家族を殺せないドラマの主人公の葛藤と同じようなもの。
戦う以上、その覚悟は常に付き纏う。覚悟を決められる者、決められない者は様々だが、躊躇いながらも容赦の無い一撃を叩き込める遼は…ルーベンからすれば好ましく、及第点だった。
次代を担う若者。そう認識したルーベンは口元に笑みを湛えながら声を掛ける。
「遼。お前は強くなれる。迷って迷って迷いながら進め。」
「え、迷って?それってどう…」
言葉の意味を理解出来ない遼が問い返すが、その時にはルーベンの意識は別の方へ向けられていた。
「おい、あの龍が居たぞ。アレは…警察庁の近くだ。……上には、ちっ…魔聖が2人か。そーなると、上空で激しく戦ってんのは誰だ?セフって男と戦ってんのはバーフェンスだろ。」
警察庁で起きた天地襲撃の話を遼達から聞いていたルーベンは、魔法街の最高戦力3人が最前線に出ているという事態に舌打ちをする。
「ベル、誰だか分かるか?戦局を動かす駒が分からねぇと、有効打の判断が出来ねー。」
「私に振られても……ちょっと待って。あの武器…見覚えがあるような。もう少し近付けば分かるかも知れない。」
「よし。近付くのはやめよう。」
「はっ?」
潔く諦めたルーベンに呆けた顔を向けるベル。
今の流れはどう考えても「慎重に近づいて確認しよう」のはずである。
「まず、魔聖2人が居るのに戦っていない。つまり空中でかち合ってる2人は魔聖と同等かそれ以上の実力者だ。加えて魔聖の下方には龍がいる。近付くメリットがねぇ。仮に近付いて正体が分かったとしても、選択肢が増える可能性は低いだろ。」
有効打の判断。と自分で言っておきながら何を言っているんだ。……と、遼が考えているとルーベンがジト目を向けてきた。
「まぁ、正直に言えばよ、俺1人なら良いんだけどな。ベルも含めてお前達が居ると足手纏いなんだよ。」
どストレートな「足手纏い宣言」に遼達はマインドブレイク!
「……それはそうね。でも、そうしたらどうするの?」
否定しないベル。追撃のマインドクラッシュが遼達を襲う!
遼達が激しくダメージを受けているのを気にせず、2人は話を続けていく。
「そうだなぁ…。」
顎に人差し指と親指を当てて数秒間考察をしたルーベンは、パチンと指を鳴らした。
「お前らは周辺の魔造体を倒してろ。俺があの龍をぶった斬る。」
「……アホ?」
「おぉい!アホでは無いだろ!中央区の戦況を握ってる一角を崩すんだよ。」
「そうなんだけど…アレと1人で戦うのは…きゃっ!?」
黒龍と1人で戦う無謀さを伝えようとしたベルが、女の子らしい可愛い悲鳴を上げる。
「うぉっ…!」
可愛くは無いが、驚きの声を漏らしたのはルーベンも同じだった。
その原因は黒龍。バサッと翼を広げたのに合わせて黒い魔力が放射状に放たれたのだ。攻撃の意図など無い、単なる行動の副作用。もし、その魔力が集約されて攻撃に使われたら…。想像しただけでチビるレベルである。
「グルルル…!」
そして、そんな想像はすぐに現実となってしまう。黒龍が真上に向けてブレスを放ったのだ。
赤黒い稲妻を伴った漆黒のブレスが狙うのは、ヘヴィーとセラフ。
「うおっ!ヤベェだろこれ…!」
その光景を見た全員が魔聖2人の死を想像する。
ヘヴィーは必死の形相で魔法障壁と斥力場を展開し、セラフはヘヴィーの防御が破られた後に少しでもブレスの軌道をズラす為に、天聖剣へありったけの聖魔力を注ぎ込む。
そして、黒龍の全てを破壊するブレスが直撃。
…しなかった。
魔聖2人の真横を直上へと伸びていったブレスが捉えたのは、ロアと斬り結ぶヘヴン。想定外の攻撃を避けられなかったヘヴンに直撃したブレスが引き起こした爆発は、ロアを魔聖の方向へ吹き飛ばした。
黒龍は着弾の様子を目を細めて確認し、静かに浮かび上がった。魔聖2人とロアの横を素通りした黒龍は、自らが引き起こした爆発の煙を翼の一振りで起こした風で晴れさせる。
「この龍は…いや、想定の域は出ないか。」
顎に指を添えて冷静に考察するヘヴンは無傷。…では無かった。爆発の影響でやや煤けた頬を撫で、指先が黒くなっているのを確認すると不敵且つ楽しそうに顔を歪めた。
「鼠も群がってきた事を考えると、難易度が上がってきているか。」
ルーベンが率いる面々へ視線を送ったヘヴンは「フッ」と笑いを漏らす。
「余興はここまでだ。俺は俺の目的を達成する為に、最適な選択をしよう。」
「グルァァアア!!」
まるで「そうはさせない」とばかりに黒龍がヘヴンへ突撃する。直進と同時に生み出される漆黒の魔力剣群が嵐のようにヘヴンへ群がっていく。
1つ1つの魔力剣に込められた魔力は凄まじく、1本だけで数十メートル規模の範囲を消失出来そうな破壊力を秘めているが…ヘヴンは怯むどころか「前へ」出た。
「お前とはもう少し遊んでみたいけけどね、プライオリティが今この時点では下がる。またいつか、相見える時を楽しみにしているさ。」
魔法剣群へ突入するヘヴンの得物は…素手。
最小限の動きで魔法剣群を抜けてみせたヘヴンは、まるで羽のように柔らかく黒龍の腹部へ手を添えた。
ドッパァァァン!
そんな風にしか表現出来ない音を立てて黒龍が吹き飛ばされる。体をくの字に折り曲げ、幾つかの建物を突き破って瓦礫の中で沈黙した。
「マジか…アイツ、クソ強いな。」
ヘヴンと黒龍の戦いを見ていたルーベンは、口元をひくつかせた。
「ルーベン、黒龍を吹き飛ばしたのが天地のヘヴンよ。」
「さっき話していた奴等か。アレはまともにやり合うだけ無駄だ。逃げるぞ。」
隣に立つベル、後ろに控えている魔法学院の面々へ逃げの一手を提案するルーベンだが、火乃花が震える手で上空を指差した。
「あの上空に描かれてるのって…魔法陣よね?もうすぐ完成しそうよ。あの魔法陣、完成させちゃいけない気がするわ。」
「俺もそう思う。天地は目的の為なら星を壊滅させる奴らだよ。」
「あぁん?どういう事だよ。」
火乃花に同意する遼を睨みつけるルーベン。
「俺、前は森林街に住んでたんだ。でも、バーフェンス学院長と戦っているセフが…全員を殺したんだよ。俺、同じ事の繰り返しは防ぎたい…!」
「クソ…天地ってのはそこ迄イカれてんのか。」
ヘヴンを放置する事で最悪な結末が想定される事を理解したルーベンは、即座に方針を変える。
「魔法街壊滅とか…洒落にならねぇ。かと言ってヘヴンは俺達が束になってかかっても、恐らくは勝てねぇ。」
全員でも「勝てない」と評したルーベンの言葉を聞いて全員の表情に緊張感が走る。
確かにヘヴンは強敵だ。しかし、今この場にいる全員で力を合わせれば或いは…。その可能性を考えなかった訳ではないのだ。それをこの場にいる中で1番強いであろうルーベンが否定した。その事実は大きい。
「だから、俺達がやんのは魔法陣を完全体で発動させない事だ。いいか、波状攻撃を仕掛けつつ、魔法陣の基点の繋がりを断ち切ることを意識しろ。恐らくは魔聖の2人と…アイツはロアか。その3人がヘヴンと戦う。魔法街の最高戦力とも言える2人と魔道推進庁の1人が力を合わせるんだ。ヘヴンも少しは手こずるだろうさ。…ヤバくなったらすぐに引く事。己の命を最優先に動け。いいな?」
ルーベンの作戦を聞いた全員が力強く頷く。規格外の強敵を前にして、逃げ腰にならない面々を見て頼もしく思ったルーベンは不敵な笑みを浮かべた。
「ま、俺も本気を出す。悪い結果にはならねぇさ。…行くぞ!」
全員が走り出した。
魔法街を護る。その為に。魔法街の存命を懸けた最後の戦いが始まろうとしていた。