5-79.中央区の戦い2
ルーベンは火乃花やマーガレットの顔を見ると、何かを思い出すかのように眉間に皺を寄せた。
「お前ら…禁区の緊急クエストで会ったか?……メンバー変わったか?」
「え、えぇ。諸事情であの時とメンバーは違いますの。」
「えぇええ!?ルーベンっすよ!?あのギルド個人SSランクのルーベンと知り合いなんすか!?」
タムが騒ぎ出す。
「うわっ!マジ感激っす!」
有名人との出会いにテンション爆上がりなタムの背後にベルが忍び寄った!
「ちょっとこれは握手してもらうしかハゥゥッッ!?」
両手で股付近を押さえ、内股気味に崩れ落ちるタム。
コォォォ…と息を吐き出すベルは怒りにコメカミをピクピク!
「タム。五月蝿い。」
「ヒッ…ヒゥ……ウ………オ……。」
崩れ落ちたダムは白目を剥いてピクピクし始めた!口から泡まで!蟹か!?
「えっぐ…。」
ベルの一撃必殺を見たルーベンが鬼引きしているが、決して卵のエッグでは無い。エグいという意味のえっぐである。
「ルーベン。何故ここにいる。」
そして、何もなかったかのようにベルがルーベンへ問い掛けた。
「ん?地区間の戦争とかは興味なかったからよ、普通にスルーしてたんだが…気持ち悪い奴らが暴れ始めただろ?だからだ。」
「本当に自由な発想ね。」
「なぁに言ってんだ。それが俺たち。だからギルドで仕事してんだ。ところでよ…さっきの龍はなんなんだ?」
「分からないわ。」
「ふーん。そうか。あれだけ強い魔物だと知性があるパターンが殆どなんだけどな。俺の見た感じでは、あの龍は意志を持って魔造体を倒し、お前らを見逃したってトコだ。過去にどっかで会ってんじゃねぇか?」
肩を竦めたベルが火乃花達を見るが、皆が首を傾げるばかりだった。
あそこ迄強い龍に出会っていれば、忘れる筈がない。
「そっか…まぁ良いか。兎も角、魔造体が中央区を破壊するのは見逃せねぇ。お前ら全員俺についてきな。SSランクの闘い方を教えてやるよ。」
ニィッと笑ったルーベンは戦闘音が聞こえる方向に向けて歩き出してしまう。
「仕方ないわ。着いていきましょう。ルーベンの強さは本物よ。近くにいればある意味安全だし、あなた達に足りない戦い方を学ぶ良い機会ね。」
まるで旧知の仲のように話すベルを見て、マーガレットが小さく首を傾げた。
「ルーベンと仲が良いのですか?」
「む?そういえば言ってなかったか。」
キョトンとした絶妙に可愛い顔を披露しつつ。
「私とルーベンは同じブレイブインパクトっていうパーティなのよ。」
地面に倒れて悶えていたタムがカバッと起き上がった。顎の辺りに口から出していた泡がまだ付いている。汚い。
「マジっすか!?ベルさんがあのSランクパーティ『ブレイブインパクト』のメンバーだったなんて!一緒に戦えて光栄……ヒグゥッ!?」
再び股を押さえて倒れ込むタム。
蹴り上げた足を下ろしたベルを見ながら、タムは息も絶え絶えに口を開く。ビクンビクンしながら。
「そ、そんなベルさんに蹴られるのもある意味でこう……フギュゥゥウウウッ!?」
ベルの足がグリグリ動く。それも容赦なく、踏み抜くように。
「タム。私はお前に興味が無い。興味があるのは、強い男のみ。そう言った意味で及第点なのは……。」
ベルの視線がゆっくり動いて遼を射止める。
遼は「えっ、俺!?」と、若干嬉しそうな顔をしている。姉さん女房系が好きなのか?
「まぁ龍人くらいだな。」
遼が糠喜びに崩れ落ちた。何故、わざわざ遼を見たのか。それはベルにしか分からない謎である。
因みに…ベルが龍人に興味を示しているという事実に2人の女性がピクリと反応していた。
のだが、ベルはかるーくそれらを無視して歩き始めた。
「ほら、行くぞ。いつ魔造体に襲われるとも限らないからな。」
火乃花他4名は複雑そうな顔で視線を交わす。そして「これ拒否権ないよね」と無言で確認をして、ブレイブインパクトの2人を追いかけるのだった。
因みに、微妙に嬉しそうな顔で激痛にビクンビクンするタムは、すごーく嫌そうな顔をした遼が足を持って引きずっていった。
放置されなかっただけ…マシなのだろう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一方、中央区の上空に浮かぶヘヴンは魔力を蓄えた指を静かに、素早く動かし続けていた。
その指が描くのは魔法陣。
「んー、やっぱり難しいね☆規模が大きい魔法陣は、その大きさ故に緻密さが必要だ。これは…もう少し掛かるかな。」
踊るように指を動かすヘヴンは淀みない動きで魔法陣を描いていく。指先から伸びる魔力の線が複雑な紋様を描いていく。
眼下では魔法街の魔法使いと魔造体が熾烈な戦いを繰り広げているが、ヘヴンは特に気にする様子は見せなかった。
魔造体が勝とうが負けようが、己の導き出す結果にさしたる影響は無いと確信しているかのような無関心さ。
不意に、魔法陣を描くヘヴンの指が止まる。
「へぇぇ。まさか君達が来るなんてね☆これはちょっと予想外だよ。」
流し目でその人物達を見たヘヴンは爽やかに微笑んだ。
「うむ。天地のリーダーが相手じゃからの。他の魔法使いでは相手にならないのである。」
「そうね。魔法街の皆を無駄に死なせるわけにはいかないもの。」
ヘヴィーとセラフ…魔法街が誇る最高戦力である魔聖の2人である。
「ははっ☆魔法街を潰す難易度が跳ね上がったね。」
「無論。潰す事も叶わぬと思うのである。」
「それはどうだろう?俺は例え相手が魔法街の魔聖であろうとも負けないよ。」
「ならば、その自信を叩き潰してやるまでよ!」
スッと剣を抜いたセラフは自然体の構えを取る。
真っ白な剣は、それだけで見る者を魅了しそうな神々しさを湛えていた。セラフの美貌と相まって、さながら女神様のよう。本人は脳筋気味だが。
「この天聖剣でお前の邪なる意志を叩き斬る!」
天聖剣に虹色の魔力が集中していく。幻想的、かつそこに秘めた魔力の強大さを感知したヘヴンは目を細めた。
「これが属性【聖】か。……強そうだねっ!」
ニカっと笑う。まるで玩具を見つけた子供のような笑顔で。
そして、金の劔と銅の劔を両手に出現させた。
「俺の天劔、地劔と…どちらが強いか試そうか!」
ヘヴンは無造作に両劔を振って雷刃と風刃をヘヴィーとセラフに向けて飛翔させる。
「この程度で私に勝てるとでも!?」
2つの魔力刃を弾いたセラフは…目を見開いた。一瞬の隙にヘヴンの姿が消えていたのだ。
「…速い!?」
天聖剣が閃き、上から奇襲を仕掛けてきたヘヴンの斬撃を弾く。
「いいねぇ☆まだまだ行くよ?」
天劔は雷を纏って刀身を巨大な雷劔へ、地劔は風を纏って刀身を巨大な風劔へ昇華させる。
そして、巨大な魔力劔が緻密に、高速で、達人級の剣技でセラフへ向けて猛威を奮った。
「くっ…!これが天地リーダーの力か!?」
災害と評するに相応しい斬撃の嵐。それらを辛うじて防ぐセラフは、後ろに控えるヘヴィーに向けて叫んだ。
「ヘヴィー!アンタも動きなさい!」
「うむ。この程度ならお主1人でも大丈夫なのである。」
「……!?」
ホクホクと微笑むヘヴィー。
見捨てられた!?とばかりに目を見開くセラフ。
「ははっ☆気を抜いていると死んじゃうよっ!?」
体を回転させたヘヴィーが天劔と地劔を横薙ぎに振り抜いた。絶妙なタイミングでの同方向攻撃。体の向きが反対を向いていたセラフにとっては致命的な一撃だ。
だが。
「ふっ。魔聖の称号を得た者を舐めないで貰いたいわ。」
2つの斬撃は虹色の輝きを伴う払い上げによって易々と防がれた。
「属性【聖】…思ったよりも強そうだね。俺の剣技を簡単に止められるなんてショックだよ。」
ショック…言っているだけである。全く脅威を感じている様子が無いヘヴンを見ると、セラフの額に青筋が浮かんだ。
「アンタに私の強さ、叩き込んであげるわ!」
聖属性の魔力が天聖剣を覆って巨大な虹色の刀身を形作った。
「はぁっ!!」
渾身の斬り下ろしがヘヴンを襲う。
「これは…凄い☆」
天劔と地劔を交差させて天聖剣を受け止める。
「私の強さはこんなもんじゃぁないぞ?」
「ははっ!見せてくれよ。その強さってのをな………これは?」
突然四肢が重くなった事に首を傾げるヘヴンは、その原因をすぐに察してセラフの後方へ視線を送る。
「ヘヴィー。君は嫌らしい戦い方をするんだね。」
「お褒めに預かり光栄なのである。」
ヘヴンの四肢が重くなったのはヘヴィーがタイミングを見計らって加重のデバフ効果を与えたから。戦いに関与するつもりは無い。的な発言をしてのこの行動。狡猾とはまさにこの事。
そして、ここでセラフが動いた。
「ここからが私の真髄だ!」
刀身を形作っていた聖属性の魔力が蠢いた。
魔力の刀身は一瞬で10の刃に分裂。蛇のように不規則な動きをしながらヘヴンへ突き刺さっていく。
「凄い凄い☆これが魔聖の実力!属性【聖】なのに使い方が禍々しいとは素晴らしいね!」
10の刃に突き刺された筈のヘヴンは…笑っていた。
因みに、禍々しいと言われたセラフの額には青筋が追加されている。
「でも、残念ながらこの程度で俺は倒せないんだよ。」
ヘヴンの姿はユラユラと揺れると…霧のように霞んで消えてしまった。
「…どういう事だ?」
「むぅ、幻影ということかの。」
周囲を警戒する2人の「真正面に」フワッと姿を見せたヘヴンは、それ迄と違う凶悪な目で口を吊り上げる。
「魔聖ってこの程度?期待外れだね。因子持ちも期待外れだし…魔法街に来てから全然楽しくならないよ。」
「なにを…!?」
「ちょっとばかし…俺との実力差を感じさせてあげようか。」
魔聖の正面から後方へ距離を取ったヘヴンは両手をパッと広げて右手に雷を、左手に風を出現させる。それらは…其々の掌へ収縮していき球体を形成した。
「これは…ヤバイのである。」
ヘヴィーは胸程までの高さがある漆黒の杖…グラビティフォースを掲げた。その表情に余裕は無い。
「ははっ☆この魔法の脅威をもう察知したんだ。その点においては及第点だ。まぁ、防げたら合格をあげようかな。」
雷と風の球体。相対しているのがヘヴィーとセラフである以上、それだけならば脅威とはなり得ない。
だが、問題はその「質量」だ。今ヘヴンの両手にある球体は、恐らくはそれ単体で中央区の4分の1は破壊するであろう魔力が込められている。
簡単に言えば、2つの球体を放たれれば中央区の半分が消し飛ぶという事。
何よりも恐ろしいのは、個人でそれだけの魔法を生成しておきながら、疲労の様子が全くみられないヘヴン本人だ。
「むぅ…ピンチなのである。」
「ここは私がなんとか防ごう。」
「いや……。儂に任せるのじゃ。お主はまだ若い。先ずは老いぼれからなのである。」
「なにをむぐっ…!?」
ヘヴィーの「自分が犠牲になる」と言わんばかりの発言に抗議しようとするが、自分の口を押さえたヘヴィーの瞳を見たセラフは静かに後ろへ下がった。
ヘヴィーの瞳に宿っていたのは諦念、絶望…そんな物では無かった。瞳の奥に燃えるのは強き意志。魔聖として魔法街の人々を守り抜くという揺るぎなき意志。
「さぁ…これを止められるかな!?」
ヘヴンは楽しそうに笑い、雷球と風球を前に向けて発射…否、2つを融合させていく。
「ぬぬっ!?これは……融合魔法。」
「さぁ、魔聖の底力を見せてみるんだ!融合魔法【風雷】!」
ヘヴィーの額に汗が伝う。
(うぬ…融合魔法じゃと主属性と副属性の両属性に対応しなければならないのである。融合魔法【風雷】という事は、雷の…雷撃効果を持った風じゃ。問題は風の形状が点、線、面のどれであるかじゃ。)
融合魔法。
複数の属性魔法を融合させて発動する高等魔法の1つ。
複数属性を同時発動する複合魔法とは違い、主となる属性魔法が副となる属性効果を有する魔法。故に、威力、操作性共に桁違いであり…故に、防ぐ事が困難。
ヘヴンから脅威の魔法が放たれた。
「……ただの風じゃと!?」
風刃や砲撃ならまだしも、ヘヴンが放ったのは文字通り「風」だ。いや、風と言っても風速から考えれば暴風。
(むぅ…未知数なのである。したらば…!)
その暴風が届く直前でヘヴンとセラフの周りに斥力場が発生し、暴風の弾き返す。…には至らず、進路を強制的に捻じ曲げる。
そして、風が触れた部分に雷撃が発生していく。
これが融合魔法。雷撃効果を持った風。風刃や風砲ではなく、広範囲を覆える風で発動している点がヘヴンが天地という組織のトップに君臨する所以であろう。
常人が簡単に成し得ないことを、1人で軽々と実行している事の恐ろしさは計り知れない。
「ぐ…ぬぅぅううう!」
ヘヴィーの額に青筋が浮かび上がる。
魔聖がそれ程までに魔力を放出しなければ、防ぐ事が出来ないという事実。
そして、ご老人のヘヴィーがそこまで頑張っちゃうと、流石に倒れちゃうんでは!?と、後ろで反撃の機を窺っていたセラフがハラハラしていた。
「ぬぉお!」
野太い声を上げたヘヴィーが斥力場の威力を増大させ、遂に暴風は空の彼方へ過ぎ去っていった。
「ははっ☆流石は魔聖。でも、これでジエンドかな。」
「な…なんと…!」
「ヘヴィー!!!!」
離れた位置から暴風を放った筈のヘヴンが目の前に居た。いつ移動したのか。魔聖の2人がそれを感知できなかったという事実。それは実力差を如実に表している現実であり、懐まで入り込まれた事実は「死」を予感させる。
そして、その予感はヘヴンが天劔と地劔を交差させる斬撃を放った事を知覚した瞬間に…確たるものへと変わった。
そう。知覚…しただけ。無意識の端で知覚しただけであり、反応は出来ていなかった。
「はははははっ☆」
ヘヴンの愉快な笑い声と共に、血飛沫が舞った。