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5-78.中央区の戦い

 破壊。破壊。破壊。

 魔造合成獣の咆哮と共に荒れ狂う魔法が次々と放たれ、中央区に布陣していた北区陣営へと襲い掛かる。

 魔造人獣が唾を撒き散らしながら太く盛り上がった青い腕を振るい、剛力で建物をぶち抜いていく。

 突如現れた魔造体による無差別攻撃に対し、魔法街の人々は必死の抵抗を試みるも、少しずつ押され始めていた。

 それもその筈。火乃花、マーガレット、オルム、遼という街立魔法学院1年生の中でも優秀な部類に入る魔法学院生が、共に戦って倒す事が出来なかった相手だ。しかも、それらが1体ではなく複数で徒党を組んで暴れている。


 魔法街に住む人々は魔法を使える者が多い。しかし、全員が強い魔法使いという訳ではないのだ。

 魔法学院で学び、魔法の才が無いと諦めて魔法以外を生活の糧にする選択をした者も多い。

 今回の魔法街戦争に参加しているのは、そういった者達も多いのだ。

 故に、魔造体の進行に対して有効な手を打てていないという現実。

 彼らが中央区で戦闘に参加したのは、あくまでも対人戦であるからこそ。対人戦は個々の力というよりも、チームとしての力が問われる。故に強力な魔法使いでなくとも活躍の場があるのだ。

 しかし、魔造体は獣。しかも複数体が纏まって暴れているのは…非常に分が悪かった。


「おい!路地裏に一体行ったぞ!」

「くそ…コイツらの相手で手一杯なのに、誰が追いかけるんだよ!」

「……おいおい、あの路地裏の先って保育園がなかったか!?」

「マジか!誰か1人でも行かないと!!」

「グルァァアア!!」


 魔造合成人獣(ゴリラ型)の拳が後衛の魔法使いが展開していた物理壁に突き刺さる。

 ビキビキビキ…!と、嫌な音を立てて防御壁…物理壁と魔法壁の多重展開に亀裂が走る。


「マズイ。突破される…!」

「ガァッ!!」


 炎の球が魔造合成人獣の拳に生成されて防御壁に突き立てられた。

 炎球から噴き出る高熱の炎が、ギリギリで崩壊を免れていた物理壁を打ち砕いた。


「ぐぁぁあああっ………!?」


 そこからは阿鼻叫喚…それだけで伝わるだろう。

 人としての理性を失った魔造合成人獣が、目の前に差し出された獲物を易々と逃す訳が無かった。

 だからこそ繰り広げられる、獣の本能が引き起こす殺戮劇。それは人としての感情が無いからこそ、一方的で徹底的だった。


 破壊。破壊。破壊。殺戮。殺戮。


 逃げられない現実が、絶望が中央区を侵食していく。


 しかし、そんな絶望的状況に置かれつつも、人々は希望を捨ててはいなかった。

 諦めない理由。それは中央区各地に潜んでいた実力者達の存在。魔法街戦争という各区が争う不確定な状況を静かに見守っていた者達が、魔造体の出現を見て戦いを決意したのだ。


 つい先程、保育園がある方向へ向かった魔造体が、通路の先に見つけた保育園へ向けて放った雷撃を弾いたのも…その1人。

 2メートルはある大剣を魔造合成人獣へ向けると、その男はニィっと笑う。


「まぁアレだ。俺の目の前で幼子を殺させやしねぇさ。ま、こん中にいるかどうかは知らねーけどよ。」

「ガルルルル…!」


 魔造合成人獣(ゴリラ型)は雷撃を弾いた男を睨み付け、警戒を顕にする。


「そう気張んなって。お前じゃ、どう足掻いても俺には勝てねぇからよ。」


 格下だ。と言われた事を理解したのか、魔造合成人獣は雄叫びを上げると両手に高密度の雷を発現させる。


「ぅグルアッ!」


 所謂、雷パンチが放たれる。それも連続で。

 某ゲームであれば順番に攻撃をするので、1発の雷パンチだけでは脅威とまでは表現がされない。しかし、現実は違う。相手が沈黙するまで雷パンチは延々と叩きつけられるのだ。

 そう。沈黙するまで。


 ドガガガがガガ!


 沈黙するまで。


 ドガガガガガガガガガガガガ!!


「おい。いつまで温い攻撃をしてやがんだ?」


 沈黙……しない。

 巨腕の連撃は、巧みに操られた大剣によってその尽くを防がれていた。

 魔像合成人獣は理性を失っているが故に危機を感じていなかった。ただひたすらに目の前の獲物を叩き潰すべく、拳を振るう。


「…ったく、駄目だなコイツ。ケリ付けるか。」


 男は軸足の回転で合成魔造人獣の後ろへ回り込むと、大剣を無造作に薙ぎ払う。


「ぐ…ルァア!?」


 それは一瞬だった。

 ブワッと風が巻き起こったと思うと、すぐに静寂が訪れる。


「ガ………グル。」


 そして、動きを止めた合成魔造人獣は体の上下を分けながら崩れ落ちていった。


「おし。こんなもんだろ。」


 男は結果が「当たり前の些事」であるかのようなノリで大剣を背中に収めると、別の破壊音が響く方向へ向けて歩き出した。


 男の名はルーベン=ハーデス。

 過去に龍人達が禁区で出会った大剣使いだ。

 個人でギルドのSSランクまで上り詰め、Sランクギルド『ブレイブインパクト』を率いる…超有名人だったりする。


「どわっ!?」


 歩き出して4歩で石に躓いたのは、きっとお茶目だろう。そうに違いない。


 こうして、天地の魔法街に対する攻撃は、各地で静かに成り行きを見守っていた強者達によって対抗網が敷かれていく。



 そして、場面は東区へと移る。



 東区では、魔力暴走者の人柱化以外の大きな事態は起きていなかった。

 魔造体が放たれたのは中央区のみであり、東区としては天地の動きを見極めなければならないという…微妙に難しい立ち位置を迫られていた。

 攻めるのか。守るのか。それとも…。


「……どうしようかしら。中央区へ加勢すべきだとは思うけど、魔力暴走者も気になるわ。」


 顎に手を当てながら思案するのは、魔聖の1人であるセラフ=シャイン。

 抜群のスタイルでヘソ出しコスチューム、ついでに胸元は微妙に上部が透けチックな「男なら思わず2度見」スタイルである。

 最も、本人に男性を誘惑したいという意図は全くなく、寧ろ無いからこそ問題なのだが…それはまた別の話。


「マーガレットからの連絡は途絶えているし……先ずはあの魔力暴走者を叩き潰そうかしら。」


 答えが見つからない中、考えるのが面倒くさくなってきたセラフは実力行使をしようかと考え始めていた。

 結局のところ、どれだけ策を弄したって力の前には捻じ伏せられるのだ。


「ここはもう…皆を下がらせて私がぶっ飛ばせば…」

「物騒な事は言うものでは無いのである。」

「…ひぃっ!?」


 ギャグ漫画のように両手をと片足を上げるビックリポーズを取ったセラフは、その元凶を見てガックシ肩を落とす。


「ヘヴィー…神出鬼没的な行動は慎んでって何度も言っているじゃない。」

「うむ。そうなじゃが、事は急を要するのである。」

「それは魔力暴走者の事かしら?今から対処しようと…」

「東区を預かるものが脳筋発言はよろしく無いのである。」

「うっ…。な、なんの事かしら?」


 ツイーっと目線を泳がせるセラフを見ながらヘヴィーはホクホク笑う。


「ほっほっほっ。じゃが、その脳筋も向ける先を間違わなければ今回は有効な手立てとなる可能性が高いのじゃ。」

「……どういう事かしら?」


 比較的温厚な部類に入るヘヴィーが、実力行使を仄めかした事が意外なセラフは目を細める。


「中央区の上空に天地のヘヴンが現れたのである。今から儂とお主で叩き潰しに行くのである。」

「……それ、ガチかしら?」

「ガチじゃ。」


 数秒の間だけ思案したセラフは指をピンと立てる。


「一個だけ懸念事項があるわ。」

「言ってみるのである。」

「私が東区から。ヘヴィーが南区から離れたら、其々の区を天地が攻めてきた時に対応しきれない可能性があるわ。それに魔力暴走者が出している魔力の柱も気になる。ヘヴンに気を取られて後ろから刺されたら…それこそ本末転倒ね。」

「ほっほっほ。それは既に対策済みじゃ。」


 笑うヘヴィーは左手を上げる。その手を見たセラフの眉が僅かに反応した。


「…因みに、誰が?」

「儂が信頼する者。且つ最も適した者なのである。」

「……はぁ。それなら大丈夫かしら。」


 肩を竦めたセラフは両手を上に上げてグンっと伸びをした。

 その姿を静かに眺めるヘヴィーの鼻の下が僅かに伸びる。年寄りだって男なのだ。眼福は眼福なのである。


「じゃぁ、ヘヴィーの提案に乗るわ。行きましょうか。」

「うむ。感謝するのである。…いざ、死地へ赴かん。」


 ヘヴィーが懐から小さい球を取り出して掲げると、球が光を発して2人の姿を包み込んだ。

 数秒後、その場所に2人の姿は見えなくなっていたのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 所変わり、中央区。

 火乃花、遼、ベル、オルム、タムの5人は警察庁から飛び出して魔造体の撃破に動いていた。


「遼!」

「オッケー!」


 火乃花の合図で遼が上空に飛び出し、魔造合成獣に向けて重力弾を連射していく。


「グルアァァ!」


 重力弾が命中した魔造合成獣は加重効果によって這いつくばり、そこへ火乃花の焔鞭剣が閃いた。


「はぁぁ!!」

「ぐギャァぁ!?」


 顔、四肢を立て続けに切り付けられた魔造合成獣が絶叫を上げて倒れ込む。


「せいっ!」


 そして、血だらけの魔造合成獣の顔を激震槍が貫いた。ピクピクと体を痙攣させて絶命した魔造合成獣を見ながら、周囲の索敵を行なっていたタムがげっそりとした顔で言う。


「うえぇぇ…めちゃグロっす。」

「タム。この程度、相手が人間でないだけマシだ。」

「でも、色々な動物が混じっているし、グチャグチャだし…ホラーっす。」


 オルムの慰めも効果がなかったタムは、気持ち悪くなったのか「おえっ」をしている。


「ふむ。解せないな。」


 ズッボォォン!と、豪快に魔造合成獣の頭から激震槍を抜いたベルは、周囲の様子を確認しながら顔を顰めていた。それを見た火乃花が反応する。


「何がよ。」

「あぁ。警察庁でサタナスが出してきたのは魔造合成人獣…顔が人間のキメラだ。もう1体は魔造人獣…青い体をした人間の形をしているけど理性を失った生き物。特に魔造人獣は強かった。それなのに、今回は魔造人獣が殆どいなくて代わりに魔造合成獣…所謂キメラが多数出現している。違和感があると思わないか?」

「強い魔造人獣は数が用意できないんじゃないかしら。」


 火乃花の解答にベルは首を横に振った。


「あの天地がそんな中途半端な事をすると思うか?現に魔造人獣じゃないからこそ、私達は討伐をする事が出来ている。もし…もしだ。天地の目的が魔法街を滅する事だったとしたら。」


 ベルの言わんとする事がイマイチ理解できない火乃花が首を捻る横で…遼が「あっ。」と口を開けた。


「もしかして…魔法街を滅ぼす手段を実行する為の…捨て駒?」

「どういう事よ。」


 火乃花が遼とベルに視線を送る。2人だけ理解しているような状況が嫌なのだろう。微妙に悔しそうなのは…可愛らしいと表現するべきか。

 ベルは忌々しそうな表情で、己の考える最悪な状況の説明を始めた。


「今、こうやって私達が中央区で魔造体と戦っているという事自体が天地の思惑通りという事だ。こうやって私達が戦っているのとは別の場所で、魔法街を滅ぼすための準備を着々と進めているとしたら…。」

「…手遅れになるじゃない。」

「そう。だから、私達が今成すべきは魔造体の討伐では無いのではないか…。という事だ。」


 ベルの推測が正しいとしたら…それは憂慮すべき事態である。ならば、その事態を回避する為に何をすれば良いのか。

 火乃花、ベル、遼が思案を始め…オルムとタムが周囲を警戒する。

 それは緊急的事態である今この場所、時間に於いて必要な瞬間であり、逆に言えば…この停滞は致命的でもあった。


「…ヤバいっす!来るっす!」


 タムの叫び声にハッとなって周囲を確認する火乃花達。

 だが。時既に遅し。

 周囲の建物から姿を現したのは…青くした巨躯を誇る魔造人獣。赤い目は獲物をとらえ、牙からは涎を滴らせ、長く伸びた爪が建物の外壁を容易く削り取る。

 それが…4体。


「よりによって…何故このタイミングで魔造人獣が…!?」


 いきなり訪れた窮地。

 そして、そこに現れたのは…白衣を着た長髪の男。


「やぁ。君達は本当に邪魔だね。僕達の目的遂行を妨げさせはしないよ。本当はもう少し後に出す予定だったんだけど、僕はTPOを弁えるからね。」


 サタナスだ。

 まるで自身の庭に散歩に来たかのように、両手を白衣のポケットに入れてビルの影から現れる。そして、静かに、狂気を込めて嗤った。


「くくく…さぁ、死んでくれ?」


 4体の魔造人獣が…襲い掛かる。


「クソ!」

「最悪じゃない!」

「やる…っすよ!」

「正念場でござる…!」

「やばいってこれ!」


 5人が其々の反応を示して迎撃に動く。



 と、その時。



 ズガァァァァァン!!!


 そんな形容しか出来ない轟音が響き渡り、火乃花達の周囲が爆発したかのように空間が爆ぜた。


「ちっ…!これは想定外だね。」


 爆発の元凶を確認したサタナスはすぐに建物の陰へ姿を消してしまう。

 そして、爆発の煙が晴れると…魔造人獣は跡形もなく消し飛んでいた。


 代わりにいたのは、1匹の龍。

 黒い巨躯から生える赤い膜の翼。そして体の至る所は剣の様に尖っていた。鋭く、全てを切り裂きそうな威圧感を持ったその龍は「グルルル…。」と声を漏らしながら静かに佇んでいた。


 その双眸で火乃花達を捉えながら。


 ユラユラと足元から昇る黒い魔力は意志を持っているかのように蠢く。

 まるで、火乃花達が獲物なのか、獲物となり得ないのかを見極めるかのように。

 恐怖。畏怖。見るものを怖れさせる威容、威圧、魔力圧。

 意見は許されない。いや、意志すらも許されない。

 全てはその龍の意のままに。

 そう思えてしまう存在感。威圧感。

 口から漏れる息ですら魔力を帯びている様に見える程の魔力。

 故に、その龍を中心に周囲一帯の時間が止まっているかのような錯覚が襲い掛かる。

 動けない。動いてはいけない。龍の意に背いてはいけない。

 ただ。ただ下される決定を待つのみ。それ以外は許されない。

 いや、待つことすらも許されない。存在すらも許されないのではないか。この場にいてはいけないのではないか。存在する事すら罪となる。罪から逃れるには命を差し出すしかない。

 そう思ってしまう。そう思わざるを得ない存在、魔獣だった。


 全員が息をするのも忘れて一挙一動を見守る中、龍は首をもたげると「グルゥ」と小さく喉を鳴らし…姿を消した。

 どうやって姿を消したのか。それすら考える余裕もなく、火乃花達は忘れていた呼吸を再開する。


「…………っはぁ…はぁ…今の龍、何なのよ。」

「……殺されるかと思ったぞ。」


 火乃花とベルは座り込んでしまう。

 それに釣られて他の3人も座り込むのだった。


 突如現れた龍の威圧から解放された安堵から全員が生の実感を噛み締めていると、そこへ新しい人物が姿を現した。


「おいおい。こりゃぁ…どうなってんだ?すっげぇ強い魔力を感じて飛んできたってのに、何もいないってのはど〜ゆ〜事だよ。遠くから見えたあの龍はなんなんだ?」


 大剣を背負う男…ルーベン=ハーデスは、5人が安堵の表情で座り込んでいる状況を理解出来ないのか、頭をガシガシ掻きながら近寄ってくるのだった。

 どこからどう見ても緊張感ゼロのルーベンは、一瞬だけ目をギラつかせて微笑んだ。


「ま、俺が来たから大丈夫だ。魔造体だっけか?奴ら程度なら全て倒してやる。」

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