5-76.暴走、激闘
龍人が吼える。獣の様に。鋭く。牙を剥いて。
「ガァァァァ!!!」
正気を失い、怒りに囚われた眼はヘヴン=シュタイナーを真っ直ぐに射抜いていた。
「ははっ☆良い魔力だ。」
龍人の全身からは破龍の黒い魔力と、龍魔力である赤黒い稲妻状の魔力が止めどなく溢れていた。
常人ならば近くにいるだけで失神しそうな魔力圧に当てられても、ヘヴンは平然とした様子で…むしろ楽しそうに微笑んでいた。
「オマエヲ殺ス。」
ユラリと立ち上がった龍人が右手に龍刀を、左手に夢幻を持つと…溢れ出る龍魔力が2つの刀に注がれていく。
2つの刀はその魔力に呼応し、黒く…いや、漆黒へと変貌する。ここまでは通常の龍人化【破龍】と変わりは無い。異なるのは込められた魔力量だ。
「消エ去レ。」
魔法陣が無数に展開する。
馬鹿みたいな数の魔法陣は、ブワッと展開した後…一斉に光り輝いた。
魔法陣発動の光が呼び寄せるのは色とりどりの属性魔法。まるで虹のように、いや、子供が使った後のパレットのように沢山の色が混ざってグチャグチャになったかのような色合いでヘヴンに襲い掛かる。
「さてと。どれ程のものか確認させてもらうよ☆」
金色と銅色の劔を両手に握ったヘヴンは、軽いノリて両劔を高速で振るう。すると、魔力の刃が無数に出現し、龍人が放った無数の属性魔法を易々と跳ね返した。
「これだけ無作為に放っている割には威力があるかな?さて、次は少し集中して戦ってみようか。」
トン!と軽快な足取りで龍人へ接近し、斬撃を叩き込む。
「グ…アァァァ!」
龍魔力に覆われた顔から表情すら見る事が出来ない龍人は、雄叫びを上げながらヘヴンの斬撃と渡り合っていく。
2人を中心に斬撃の嵐が巻き起こり、この様子を見ていた周りの者達は近づくことすら出来ない。
怒りに囚われた龍人と、余裕の表情で怒涛の攻撃を受け流しながら攻めるヘヴン。誰がどう見ても優劣は明らかだった。
「龍人が危ないですわ!火乃香、オルム、遼、サタナスは任せましたわ!」
マーガレットがすぐに龍人の助太刀に動こうとするが、ここでサタナスが妨害を始めた。
「ユウコ!アレを2体出してもらって良いかな?」
「…人の状況も確認しないで悠長に!」
サタナスから何かを頼まれたユウコは、ベルの槍術と共に放たれる衝撃派を利用して後方へ大きく飛ぶ。そして、2つの黒い塊を懐から取り出してサタナスの方へ投擲した。
それを触手で掴んだサタナスは口を横に大きく裂いた狂気の笑みを浮かべた。
「クククッ…。さぁ実験体共、戦え。」
空中へ放り投げられた黒い塊はブワッと広がり、ブラックホールのように空間に穴を開ける。
そこから出てきたのは、青い肌が特徴的で、赤い目、牙が口から飛び出し、全身の筋肉が大きく盛り上がった1人の男。
もう1つの空間の穴から出てきたのは、合成獣…キメラとも言うべき生き物。気持ちが悪いのは、その頭部が人の頭であるという事だろうか。
「グルゥゥゥアアア!」
「ガァぁぁぁアルルるるる!」
サタナスが嗤う。
「ハハハハハハ!!!僕達の邪魔はさせないよ。魔造合成人獣、魔造人獣…僕の実験体に君達は勝てるかな?」
2体の魔造体は、唾を撒き散らしながら、まさしく獣の如くマーガレット達へ襲い掛かった。
「この…!邪魔なのですわ!!」
マーガレットは魔造人獣を射抜くべく光の矢を連射するが、効果がない。全てが筋肉に弾かれてしまう。
魔造合成獣の爪がマーガレットへ迫るが、間に割って入ったタムが水壁で防ぎつつ水流で吹き飛ばす。
魔造人獣は盛り上がった筋肉を更に膨らませ、火乃花と遼へ殴り掛かる。厄介なのは当たろうが、当たらまいが関係が無いという事。故に、迷いがなく振り続ける拳は少しずつ追い詰めていく。
「楽しいねぇ!楽しいなぁ!そうさ、僕の実験はいずれ全ての魔法使いを、人を超える!これはその前哨戦!さぁ、心地よい戦いの音を僕に聞かせてもらおうか!」
愉悦に浸るサタナス。2体の魔造体に翻弄される南区の学生4人。
一時は不利に見えた天地は、瞬く間に形成を逆転させていた。
「クククッ。いいね☆君の実力をちゃんと確認出来そうだよ。」
「ヌアァァ!」
笑いながら、楽しそうに、ヘヴンは龍人の攻撃を捌いていく。全ての攻撃が紙一重で避けられていく。
紙一重で当たらないのではない。ヘヴンが意図的に紙一重で避けているのだ。それは常人が出来る技量を遥かに超えるものだった。
しかし、いや、だからこそ、ヘヴンは笑う。怒りに我を失った龍人と対照的に。
龍人は黒き旋風となって四方八方からヘヴンへ斬りかかっていくが、ヘヴンは体の軸を軽くズラすだけで全ての斬撃を避けていく。
まるで遊戯。親が子をいなすかのように、龍人の行動を1つ1つつぶさに観察しながら、丁寧に捌いていく。
そんな時間が5分程過ぎた頃。
ヘヴンの表情から急に感情が抜け落ちた。
「…ダメだね。理性を失っては本当の力には届かないようだ。となると、今回のアプローチは失敗か。もう、いいや。」
無表情で落胆の声を出したヘヴンの両劔が、この戦いにおいて初めて殺意を込めた魔力を纏う。
「取り敢えず、今の君に用は無いよ。眠っててね。」
「グ…!?」
金の劔と銀の劔が風を纏う。
そして、両劔の刺突で放たれた極大の風撃が龍人に直撃。
龍人はなす術もなく、警察庁の壁を突き破って遥か彼方へと吹き飛ばされていった。
「さ、次の作戦に移ろう。」
ヘヴンが指を鳴らす。
「早いな。僕の実証実験が全然進んでいないんだが……。まぉ仕方ないか。行くぞ!」
サタナスは不満の声を漏らすも、手早く魔造体へ指示を出す。
「グルゥアッ!」
魔造合成人獣が口から煙幕を吐き、火乃花達は一瞬で視界を奪われてしまう。同時に、サタナスとルーチェも煙幕の中へ姿を消した。
「ふふっ。ここ迄ね。貴女との戦い、堪能させて貰ったわ。いずれ決着をつけましょう。」
上下から影の槍を出現させてベルの突進を阻害したユウコは、バックステップをして煙幕の中へ飛び込んでいった。
「はぁ…はぁ……くそ!遊ばれていただけか!!」
煙幕が一点に向かって収束していき、その中にいたはずの天地諸共姿を消したのを確認したベルは…床に槍を突き刺して悔しさを露わにする。
マーガレット、火乃花、タム、オルム、遼もその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
「……クレアは?……クレアの姿も無いわ。」
最悪な事に、ヘヴンに刺されて倒れていた筈のクレアも居なくなっていた。
クレアが倒れていた場所には相当量の血溜まりが広がっでいて、普通に考えれば最早生きているはずがない。…そう考えざるを得ない状況。
そして、クレアの亡骸が消えているという事実。
「……サタナスが実験のために持っていったのかも。」
怒りで爆発しそうになるのを必死に堪える遼の、絞り出すような声。それは、常識的に考えれば異常なサタナスの行動が、サタナスという人物を鑑みた時に「あり得る選択肢」になるという事実を認識したからこその反応だ。
「許せないでござる。」
「そうっすよ。天地…最低な奴らっす。」
「皆様、怒りの感情に任せて思考を止めるのはもう少し後にするべきですわ。まだ…セフがバーフェンス学院長と戦っていますわ。」
マーガレットの言葉に促されて建物の外を見た面々は、顔を強ばらせた。
そこに広がっていたのは。
ひと言で表すなら闇。
ふた言なら、セフとバーフェンスが操る闇によって黒に染められた空間。
闇の球体を自身の周りに浮かべ、その球体を起点に数多の闇魔法を放つバーフェンス。
それらの闇魔法を長い刀身を闇魔法の色に染め上げた……いや、闇魔法そのものに変質させた日本刀で斬り裂き、高速移動を重ねながら斬りかかっていくセフ。
この2人の闇魔法によって中央区の空は黒に染まっていた。最早どちらが正義か分からない…寧ろ悪と悪の戦いにも見えなくもない攻防は苛烈そのもの。
「ちっ…!しぶとい奴だ!!」
放つ闇魔法の尽くを凌ぎ続けるセフに悪態をついたバーフェンスは、両手を広げて自身の周囲に浮いていた闇の球を吸い寄せた。
「闇業【黒騎士ノ羽衣】。」
闇の球が一体化してバーフェンスの体を覆い、闇の闘衣へ変化する。鎧というよりもローブに近いフォルムは、バーフェンスの外見を「ホスト」から「魔法使い」に変化させた。
イケメンホストからイケメン魔法使い。どちらにせよ、ダーク系の顔立ちが原因なのか、正義の魔法使いというよりは闇に堕ちた魔法使いっぽいのだが。
「魔聖の名は伊達では無い…か。」
対するセフは表情を変える事なく、バーフェスの闇(堕ち)魔法使いスタイルを眺めていた。
しかし、それはバーフェンスのスキルを見て脅威に感じていないと同義にはならない。故に、セフは本気の一端を垣間見せる決断をした。
「輝暗剣【凍爆剣】。」
静かに、澄んだ水のように口にしたのはスキル。これによって変化が現れたのはセフの持つ刀だった。
それまで漆黒の闇魔法で形成されていた筈の刀身が普通の刀である銀色に戻り、魔力が集中したかと思うと…再びその姿を変える。
オレンジと澄んだ透明の2色が混じり合った刀身に。
「来い。」
「言われなくとも。」
バーフェンスが闇魔法で剣を生成して横一文字にひと薙ぎすると、闇刃が飛翔する。空間をも斬り裂きそうな魔力圧を放ちながらも、それはセフの刀に受け止められた。
闇刃はセフの刀によって真っ二つに弾け飛び、セフが放った透明の刃がバーフェンスへ迫る。
「ヌルい。」
闇剣でそれを弾いたバーフェンは、透明な刃が放つ冷気によって前髪の一部が凍り付いたのを意に介さず、セフへ接近する。
「くたばれ下郎!」
連続の斬撃、と思うと闇剣が闇槍に変化して連続の刺突。更にセフが防御を固めようとする所へ闇槍が闇斧に変化して叩き付けられた。
「ぐ…ぬ!?」
インパクトの瞬間に魔力が解放され、セフは垂直に落下していく。
「まだまだ。」
それを追うバーフェンスは、闇槍を流星の如く投擲する。
「ちっ…。」
迫る闇槍を視認したセフは、落下速度を緩める事なく地面に激突。直後に闇槍が落下地点へ突き刺さる。
それと同時に。
バーフェンスの凍っていた前髪が爆発する。それこそ何の前触れもなく。
「ぐ……ぬぅぁぁああ!?」
爆発に顔を焼かれたバーフェンスは顔を押さえつつ、爆発の衝撃で近くのビル壁面へ叩き付けられた。
束の間の沈黙。
「…ふん。魔聖、強いな。」
闇槍が引き起こした小規模高密度の爆発跡から姿を現したセフは、乱れた銀髪を軽く整えつつ視線を上へ上げる。
そこには、上空から静かに降りてくるバーフェンスの姿。爆発によって受けた顔の火傷が痛々しいが、本人はその痛みを一切感じさせない無表情でセフを睨み付けていた。
「セフ=スロイ。お前が天地にいる目的はなんだ。」
「…何を聞きたい。」
「お前程の実力があれば、引く手数多だろう。何故、天地にいる。」
「お前には関係無い。」
「はっ。隠す理由があるか。つまり、その実力があるからこそ天地に居る理由があるとも捉えられるな。逆に、そこがお前の弱みか。」
セフの顔が歪む。
「バーフェンス…力に恵まれ、魔聖という地位に恵まれたお前に何が分かる!」
「はっ。分からねぇよ。五月蝿い銀蠅は叩き潰すのみ。」
「……死ね!!」
セフの魔力が膨れ上がる。
「こいよ。ゴミ。」
そして、バーフェンスの挑発で2人は再び激闘を開始する。
2人繰り広げる激闘を、中央区の端から眺める人物がいた。建物の屋上に座って足をプラプラ揺らす様子は、友達の家に遊びにきた少年のようでもある。
「それで、どうするんだ?各区の魔力点は準備が出来ているぞ。」
後ろから話しかけたのはサタナス。つい先程までのテンション上げ上げの様子は全くなく、面倒くさそうにセフとバーフェンスの戦いへと目線を送っている。
「そうだね。そろそろやるかな☆魔法街はこれでおしまいだ。」
話しかけられた人物は、もちろんヘヴンだ。新しいおもちゃを見つけた子供の様に目をキラキラと輝かせて立ち上がった。
「じゃあ俺は準備に入るから。たっぷり掻き回してきてね☆」
「…僕の本分じゃないから、気は進まないけどしょうがないか。」
「でもさ、実験体の性能確認にはもってこいでしょ?」
サタナスの口が再び狂気的に横長に裂ける。
「勿論だ。僕の、到達点に辿り着くためには、検証は必要不可欠だからね。さぁ、行こうか。」
空間が歪み、次々と魔造合成獣と魔造合成人獣が姿を現す。その数は50体を超えていた。
サタナスは全ての魔造体が出て来たのを確認すると、中央区の中心を指で指し示す。
「殺戮し尽くせ!性能の限界を見せるんだ!」
破壊の権化が…中央区に放たれた。