5-75.裏切り、喪失
俺は…ルーチェに刺されたのか?
「なんで…ガハッ!?」
ルーチェのつま先が傷口を蹴り上げ、俺は激痛に身動きが取れなくなってしまう。
全員が唖然とする中、ルーチェは静かに天地の元へ歩み、冷めた…悪寒すら感じさせる冷たい目線を俺達へと向ける。
「思ったよりも簡単でしたの。皆さん単純だったので騙しやすかったですの。」
何を…何を言ってるんだ。
「サタナスさん。これ以上特に言う事はありませんの。さっさと次の段階に進むべきですの。」
「ふむ。案外アッサリしたものだな。では、セフ=スロイ、ユウコ=シャッテン頼んだ。」
サタナスが肩を竦めると、セフが軽い溜息を吐きなが
刀を構えた。
……ダメだ。まだ現実が受け入れられない。
ルーチェが裏切り者だったなんて、そんな事があって良いのか?いつから?
もしかして最初からなのか。初めて会ったあの時から、魔法街を陥れる為に動いていたのか?今のこの瞬間の為に、心の底で俺達を嘲笑っていたのか?
…あんなに、あんなに楽しそうに笑っていたのに。
くそ、刺されたせいか声が出ない。
「ルーチェ、どうして……一緒に天地を止めようって言っていたじゃない!」
火乃花が叫ぶ。痛みで張り裂けそうな声。
「全て都合が良かったですの。まさかあんなにタイミング良く、天地の存在を知る人と会えるとは思っていなかったですの。だからこそ、私は幸運に恵まれ、貴方達は不運だったのですわ。」
「そんな…そんな言葉、簡単に信じられる訳がないじゃない!」
「火乃花は分かっていませんの。」
「何がよ。」
「分かっていないのは…貴女ですわ!!」
会話に割り込んだのはマーガレットだった。その手には真っ白な弓を構えている。
「仲間を裏切り、友情を裏切り、自分を育てた親を裏切り、生まれ故郷を裏切り…そんな人生の果てに……何を望むか教えて欲しいですわ!」
真っ白な弓が引き絞られる。
「一度、頭を冷やすべきですわね。閃突【彗星】!」
収束して形成された光の矢が1本の彗星の如く飛翔する。それは真っ直ぐにルーチェの胸へ吸い込まれていき…。間に割り込んだセフの刀によって受け止められた。
着弾の衝撃で光が四方へ弾けるようにして爆発を引き起こし、恒星爆発のように、幻想的な煌めきを放ちつつ天地の3人…4人が立っていた場所を蹂躙する。
「マーガレット…!ルーチェもいるのに何を…」
「火乃花、そんな生温い相手では無いみたいですわ。」
厳しい目をするマーガレットが見る先では、爆発の煙が晴れ…黒い球体が天地のいた場所に存在していた。
「……あれは、多分影だ。」
「影ですか?」
「あぁ。ユウコは影魔法の使い手だ。ゴホッ…。」
咳をしたら口の中から血が溢れてきた。……ヤバイ。
「……龍人!!どなたか回復魔法の使い手はいないのですか!?」
マーガレットが叫ぶも、首を横に振る人はかりだった。
くそ…視界が霞んできた。
何で俺は回復魔法を使えないんだ。全ての属性魔法を使えるはずなのに、ゲームだったらとんだ縛りプレイだ。
「さて…そろそろ本題といこうか。」
サタナスの声が静かに響くと共に、影の球体が上部から消えていき…。
「………!?クレア!」
そこにはルーチェを含めた天地4人と、首元にセフの持つ刀の切っ先を突き付けられたクレアが立っていた。目隠しをされ、口も縛られている。
「はははっ!!フィナーレだ!」
両手を広げ、目を見開きながら笑うサタナスが左手を振るうと、半透明の触手が出現する。
ウネウネと動く触手はクレアの胴体へと纏わりついていった。
「ここに居る皆に言おう。抵抗すれば、クレア=ライカスは生命活動を終える事になる。大人しく俺達に蹂躙されるか良い。」
突然、俺の後ろから強大な魔力が噴き上がった。
「外道にも程がある。」
バーフェンス学院長だった。
体の周りに属性【闇】の魔力を纏い、静かに、それでいて激しく燃える炎を瞳に宿し前へ進み出た。
見た目がホストだから、素行の悪い客に激怒したNo. 1ホストみたいに見える。…のは気のせいだろうな。
「ここで天地が出てくるのは想定外だが…やり方も気にくわないな。まず、叩き潰してやるよ。話を聞くのはそれからだ。」
ブワッと魔力が広がる。一瞬で部屋全体が真っ黒に飲み込まれ…と思ったら、視界は一瞬で元通りになり、バーフェンス学院長の周りに黒い球体が複数浮かんでいた。
「取り敢えず、死んどけ。」
黒球体の1つが分裂する。無数に分かれたそれは、刃の形となって天地へ飛翔する。そして、触れた場所で高密度の爆発が連鎖的に発生していく。
あの小さな刃1つ1つがあの威力の爆発を引き起こすとか…黒球体1つにどんだけの魔力が詰まってんだよ。
つーか、爆発の振動が傷口にめっちゃ響くんだけど…!
「魔法街の魔聖…相手に不足はないか。」
銀色の閃きが爆発の中心を通り過ぎ、それらを吹き飛ばす。
細身の長い刀身が特徴の日本刀を、自然体で片手に持ったセフが前に進み出てきた。
「バーフェンス。お前の相手は俺だ。」
「はん!悪党風情が俺に勝てると思うなよ!」
パッと見た感じで…バーフェンス学院長の方が悪者に見えるのは、置いておこう。
ドンっ!と音が聞こえた時にはバーフェス学院長とセフの姿は見えなくなっていた。その代わりに、何かしらの爆発でズガァン!と破壊された壁から外が見える。
外で黒い爆発がチラッと見えたから…2人は外で戦っているのか。
……これは、チャンスだ。セフっていう強力な敵をバーフェス学院長が引きつけてくれている間に、クレアを助けなきゃ。
それなのに、体が……動かない…!
「龍人。私に任せて下さい。貴方のお友達は、私が助けてみせますわ。」
小声でそう言ったマーガレットは、チラリと横を見ると飛び出していく。
「クレアは返して貰いますわ!!」
「ははははっ!必死だな!その必死さこそが滑稽だよ!」
サタナスの触手が分裂してマーガレットへ襲い掛かる。
そこへ水の壁が出現して触手の進撃を食い止めた。
「今っす!!」
タムの叫びに頷いたマーガレットの真っ白な弓が煌めいた。
「シャインボウの輝きに貫かれるが良いのですわ!閃突【彗星】!」
光刃が彗星のように尾を引きながら射出される。
「速度が厄介ね。」
ユウコが右手を上げるのに合わせて、グニャリと地面から湧き出た影が光矢を飲み込んでしまう。
「…相性が悪いのですわ!」
「私に任せるが良い!」
ユウコの前に躍り出たのは激震槍を携えたベルだ。低い位置からユウコの喉元目掛けて鋭いひと突きが繰り出された。
「ちっ!」
ユウコの手に握られたのは黒い一対の苦無。
右手の苦無が槍の穂先に横から衝撃を加えて軌道をズラし、もう1つの苦無が滑るようにベルの胸元へ吸い込まれていく。
「甘い!」
ベルは激震槍を弾かれた力を利用し、持ち手から手を離して槍を横回転させる。結果、ユウコの腕は槍の回転に巻き込まれそうになり、自身で苦無の軌道を内側へ逸らしたユウコは、これによって生じた体の回転を上半身の捻りで加速。後ろ回し蹴りをベルの側頭部へ叩き込んだ。
ガッ!と鈍い音が響き、ベルのこめかみ付近から鮮血が飛び散る。
「まだまだ。こんなもので私を倒せると思うな!」
「…今ので倒れないとか、厄介極まりないわね。」
両者は一瞬の対峙の後、一方は不敵に笑い、一方は面倒臭そうに顔を歪め…再び攻防を開始した。
近寄る者を細切れにしそうか勢いで切り結ぶ2人を眺めながら、サタナスが肩を竦めた。
「やっぱり多勢に無勢だ。これでセフとユウコは動けない。天地サイドは僕とルーチェだけだ。どうしようか?」
「…どうもこうもありませんの。目的を達する為の、最善策を取るだけですの。」
「良く言った。それでは、君が前衛で戦うと良い。僕は後ろから支援しようじゃないか。」
「分かりましたの。」
ルーチェ…!
「ぐ……う…!」
俺の隣に戻ってきていたマーガレットが、動こうとする俺を押さる。
「龍人、駄目ですわ。動いたら傷口が広がりますわ。」
「こんな…所で止まってられるかよ。ルーチェを、クレアを……取り戻さなきゃ。」
静かに前へ進み出たのは…火乃花、遼、オルム、タムだった。
「龍人君、私達に任せて。マーガレットは龍人君を守ってもらえるかしら。」
「うん。俺達がクレアを奪還するよ。」
「うぅ〜クラスメイトが敵っていうのはやり難いっす。」
「拙者が道を切り開こう。」
「ルーチェ。貴女に何があったのかは分からないわ。でも、これだけは言える。貴女は間違っていますわ。こんなやり方で何かが変わるわけがありません。」
「…マーガレットには分かりませんの。信じる強さを。信じるからこそ、裏切られた時に訪れる絶望を。私は天地が創る世界を夢見るんですの。邪魔は…させません!!」
ルーチェの両手に魔力が集まり、光魔法が………え?
直後、ブワッという衝撃と、キーンという耳鳴りを知覚して俺達は吹き飛ばされる。
空中でマーガレットに抱き寄せられ、無難な着地を決めた俺が見たのは…光弾を連射して遼と撃ち合うルーチェだった。
「今…のは…。」
「音魔法ですわ。つまり、ここの会話を外へ聞こえるようにしていたのはルーチェで確定ですわ。更に言えば、魔聖会議の会話内容が都合良く切り取られ、不信感を煽るように外へ中継されていたのもルーチェの仕業である可能性が高いですわね。」
「……そんな前から。」
「龍人、ルーチェを取り戻したい気持ちは分かりますわ。でも、クレアの奪還が優先です。今のこの状況、望む全てを手に入れるのは至難の技ですわ。」
「……分かってる。分かってるよ。」
「だからこそ、お願いしますわ。ここで、起死回生の一撃を狙って下さい。その数多の属性を使える龍人の役割ですわ。…そして、私がこの拮抗を崩します。」
確かに今の状況は拮抗している。とも言えるのか?
遼と火乃花がルーチェとやり合い、オルムとタムはサタナスが操る謎の触手を警戒して攻め切れていない。
ここで一手増える事で、クレア奪還の可能性は飛躍的に跳ね上がりそうだ。
「分かった。マーガレット、頼んだ。」
「未来の旦那様のお願い、確りと遂行してきますわ。ご褒美は熱い口付けですわ。」
未来の旦那様ちゃうし。こんな時にどうしてふざけ……違うか。俺を床に下ろしたマーガレットの手が、震えていた。怖いから、どうしようもないからふざけるしか出来ないんだ。そうやって己を奮い立たせる。それしか前に進む力にならないんだ。
「頼むぜ。未来の妻ちゃん。」
「あら。やっと本気になりましたのね。」
俺とマーガレットは目線を交わし、小さく笑った。
「では…行ってきますわ。」
「おう。」
真剣な顔に戻ったマーガレットがサタナスの死角を狙う形で迂回するように進んでいく。
そして、オルムとタムの波状攻撃をサタナスが触手で防いだタイミングを狙い、弓から一条の光矢を放った。
低空で光の尾を引く矢はサタナスの左足下に突き刺さり、小さい爆発を引き起こす。
「おっと…!これは予想外だ。」
爆発によってバランスを崩したサタナスの触手制御が乱れ、攻めあぐねていたオルムとタムが動いた。
2人ともマーガレットが奇襲するタイミングを狙っていたんじゃないか?って位に完璧な動きだしだった。
「おらぁぁぁっす!!」
「うむ!正義の勝利でござる!」
オルムが高速剣技で触手を切り払い、タムが水を操ってクレアを絡めとる。
「タ…タム君…!」
「クレアさんお帰りっす。一先ず龍人さんの怪我を治して欲しいっす。」
「…うん!」
タムは大きく後方に飛んで、クレアを抱えたまま俺のすぐ横に着地をした。水魔法の使い方が絶妙だな。
着地するなりすぐに目隠しと口の拘束を解いてもらったクレアが駆け寄ってくる。
「龍人君大丈夫!?」
「あ、あぁ…。痛ぇけど、なんとか。」
「今治すね!」
クレアの両手が光り、ルーチェに貫かれた腹部付近に温かみが宿る。ホッと気が抜けた俺は、思わず俯いてしまう。大事な人が戻ってくる事が、どんなに尊いことか。前を向いていたら…涙が出そうなのがバレちまうよ。
良かった…クレアが帰ってきたんなら、後は天地を無力化してルーチェを取り戻すだけだ。
ポタ
各区の人柱も気になるけど、先ずはこの場にいる天地構成員をどうにかするのが先決だ。
ポタ
って、なんだ?タムの魔法でクレアの服…ビショビショなんじゃないか?待てよ…服がビショビショだったら体に張り付いている訳で、つまりそれはボディラインが…。
思わずこっそりと顔を上げた俺は、目を見開いた。
ポタ。ポタ。ポタ。
垂れていたのは赤い液体。
それはクレアの胸元から垂れていて。
胸元からは剣先が飛び出ていて。
口から血を垂らしたクレアは、震える唇を動かして。
「龍人…く…」
ズルリ。と剣が引き抜かれ、止めどなく溢れる血は俺に降り注ぎ、力を失ったクレアは後ろ向きに倒れていった。
その、クレアの、陰から出てきたのは、黒と真紅のオッドアイか特徴的な、細身の男。キザったらしい、マントを、羽織っていた。
赤く染まる視界の中で、ソイツは言った。
「さぁ、龍人。里因子の力を解放してみなよ。君の大切な人を殺した俺に、復讐しないとね☆」
優しく優雅に、余裕綽々の態度で微笑んだその男は貴公子のように片手を俺に向けて差し出す。
「俺はヘヴン=シュタイナー。天地を統率する者だ。世界は、俺の為にある。」
天地の……統率者?
森林街の皆を殺した元凶。
クレアを殺した犯人。
俺が倒すべき相手。
怒りが溢れる。憎しみが膨張する。力が……呼応する。
コイツハオレガ殺ス
「グ……ガァァァァ!!!」
俺の意識は、ここで、途切れた。