5-74.黒幕
倒れたコンセルへ龍刀の切っ先を突き付ける。
意識は無さそうだけど、いつ動き出すか分からないからな。念には念を入れて…だ。
「さて…と、一連の目的を教えてもらえますか?バーフェンス学院長。」
俺の言葉を受けたバーフェン学院長は、薄く笑みを漏らした。
「ふっ。想定以上の結果だな。良いだろう。」
肯定の言葉を受けて、激戦を潜り抜けた遼、ルーチェ、オルム、火乃花、ベルの全員がバーフェンスの近くへ集まる。
「俺の目的は魔法街を陥れようとする裏切り者を炙り出す事だ。霧崎執行部長官の秘書が裏切り者だとは想像もしていなかったがな。だが、お陰でこの場に裏切り者はもういない事が確定した。後は…コイツから情報を絞り出すだけだ。」
「そういう事か。……ってか、そうなると火日人さんのあの姿にはどんな意味があるんだ?」
「む?意味などない。火日人が北区の捕虜になったのは合意事項。全ては裏切り者を炙り出すための既定路線だ。その上での遊び心だな。」
「……お父様にあんな趣味があったなんて。」
亀甲縛りというアブノーマルな趣味を露呈さ…
「おい待て!?なんでコレが俺の趣味になる…ゲブホッ!?」
抗議しようとした火日人さんの口がバーフェン学院長の闇魔法で強引に塞がれた。さり気なく腹に蹴りを入れていたのは、見なかった事にしよう。
「まぁそう言う訳だから、もう少し戦争はやらせてもらう。裏切り者がコンセルだけだとは思えないからな。」
「戦争を続けるのは反対ですが、警察庁の裏切り者しか判明していない。と言うのは、確かに事実ですの。南区にだって…裏切り者がいるかも知れませんの。」
難しい顔で言うルーチェの言葉に、バーフェンス学院長が首肯する。
「その通りだ。警察庁占拠と、執行部長官捕虜を使っても1人しか分かっていない。俺はお前達の中に少なくても後1人は裏切り者がいると予想していたんだがな。」
うわぁ…すげぇ疑われていたのね。
でも、裏切り者がコンセルだけって分かったのは良かった。そうすっと、これから俺たちがやるのは…各区に潜んだ裏切り者を炙り出すって事になんのか?
「さて…その前に、コンセルが裏切りの露呈を決めた原因について知る必要があるか。」
バーフェンス学院長が指をクイクイっと動かすと、後ろに控えていた指揮官っぽい人が前に進み出た。
「皆さん、先程…魔力暴走者の話をしたのは覚えていらっしゃいますか?」
確か…魔力暴走者が高密度の魔力を纏って動かなくなった。だっけ?
「反応を見るに、覚えているようですね。まず、北区、中央区、南区、東区で同時に同じ事象が発生しています。以前に魔力暴走者の破壊活動もありましたが、今回に限って被害はゼロのようです。」
「被害が無いと言うことは、問題はないという事ですの?」
ルーチェの質問に指揮官は首を横に振った。
「いえ、高密度の魔力が、動かなくなった魔力暴走者から柱のように天へ昇っているようです。これだけなら無害。しかし、何かの魔法の起点とされたとしたら…唯ならぬ事態に発展する可能性も否めません。」
どういう事だ?
「そうか…各区の魔力暴走者を起点として、強力な攻撃魔法を発動させる事が出来るのかも知れないか。」
どうやらベルは理解したっぽい。
「えぇ。例えば、天地が各区の魔力暴走者……ここでは人柱と呼びましょう。人柱を拠点にして戦ったとすると、人柱の魔力を最大限に活用した高威力魔法を連射出来るでしょう。もし、同じ手法で各区への侵略が始まったとしたら……。」
「被害は甚大だろうな。ちっ。面倒くさい。これから人柱を機能停止させるしかないな。」
バーフェン学院長が面倒臭そうに顔を歪める。
「そうすると…お前らは南区の人柱を止めろ。北区と中央区は俺がやってやる。東区はまぁ、あいつが何とかするだろ。」
「ちょっと待つっす!」
ダンっと扉を開いて入ってきたのは、タムだった。
肩で息をしながら、血走った目で俺達を睨み付けてくる。
…もしかして、タムが本当に裏切り者なのか?確かに何度か怪しい動きをしているのは見たけど、魔法学院の同級生が裏切り者ってのは信じたくないぞ。
「今までの話は聞いたっす。人柱を止める前に…やる事があるっす。」
ギラついた目のタムが指を鳴らすと、彼の周囲に水が現れる。静かにうねりながら広がる水は、タムを守るように周りを漂う。
……つまり、タムが裏切り者で、これから俺達と戦うってのか。
俺達が警戒する中、タムは静かに人差し指を俺達へ向ける。
「この中にいるもう1人の裏切り者を見つける必要があるっす!」
「……あやつは何を言っているでござるか?」
どっドーン!と某探偵ばりのポーズで叫んだタムを見て、全員が首を傾げてしまう。
「タム君…あの、私はてっきりタム君が裏切り者。的な流れだと思っていましたの。」
ハテナマークを浮かべまくるルーチェが首を傾げると、タムは両眼を見開いた!
「なぁにを言ってるんすか!俺が裏切るなんて出来ないっすよ。嘘付くの苦手っすもん。」
ホントっぽいけど、嘘って可能性もあるよな。
「タム、俺さ…お前が誰かとやり取りをしてんの見たんだよね。情報を流していたんじゃないのか?」
「ぬわっ!気付かれていたなんて、龍人さん流石っす。実はシャイン魔法学院の人と連絡を取っていたっす。」
「何のために?」
すんなりと認めるんだな。益々分からないぞ。
「それは、魔法街を守る為ですわ!」
ドーン!と扉を開けて登場してきたのは…マーガレットだった。
「あぁっ!マーガレットさん、俺の説明が終わってから入ってくるって打ち合わせだったっすよ!?」
「五月蝿いのですわ。私の龍人が私達を疑っているのですから、その疑いを晴らすために出てきて当然なのですわ!」
自信満々に言い切ったマーガレットの迫力に押されて、両手で頭を抱えたタムが叫ぶ。
「そんなぁっす!俺のカッコ良い、イケイケ場面になるはずだったのに!」
スッパァッン!
「ハウっ!?」
「お黙りなさい!タムがカッコ良いとか、カッコ悪いとか、キモいとか、面白くないとか、ヘアスタイルにセンスの欠片も感じないとか…どうでも良いのですわ!」
「グハァッす!!」
辛辣な言葉の連続にタムが胸を押さえて蹌踉めく。
なんだこの夫婦漫才。
場の雰囲気が途轍もなく冷え切っているけど、マーガレットはそんな事を全く意に介さないようにして、両手を腰に当てて踏ん反り返った。
「今先程、私の龍人が皆様と話していた内容が、音に準ずる魔法によって外部へ伝えられていましたの。」
「それは誠か?」
バーフェン学院長が身を乗り出した。
「誠ですわ。」
「そうか。少なくとも後1人は裏切り者がいるか。ならば、誰1人とてこの場から出す訳にはいかないな。」
「そこで、音に準ずる魔法を使える人は誰か分かりますかしら?」
「今この部屋に、音魔法を使える者はいない。少なくとも北区はな。」
そう言ったバーフェンス学院長は俺達へ視線を送ってきた。つまり、南区勢の俺達に音魔法が使える奴がいるのか?って事だよな。いや、普通に居ないと思うんだけど。
………いや、待てよ。
静かに視線を巡らせると、案の定…皆の視線が俺に集中していた。
そうだよね。どんな属性の魔法でも使えるのって、俺じゃん。
さて、どうやって誤解を解こう。普通に考えて俺が外部に会話を漏らしていない証拠は無いわけで。とどのつまり、真犯人を見つけない限り冤罪は晴れないのか!?
これが、これが冤罪の恐ろしさか!
裁判官!私は無実です!!
「さて…これで犯人が分かったな。高嶺龍人。目的はなんだ?」
「冤罪です!」
しまった。ついついノリで叫んじまった。
バーフェンス学院長は片眉を持ち上げて怪訝そうな顔をする。
「誤魔化しは効かないぞ。そして、コイツが裏切り者なら…共に来たお前ら全員も容疑者だ。一旦拘束する。」
「はぁっ?どういう事よ!?」
火乃花が声を荒げる。
「どうもこうもあるか。疑わしきは罰せよ。それだけだ。」
バーフェンス学院長が指を鳴らすと、北区の人達が一斉に魔力を高める。
流石にこの人数相手に戦って勝つのは難しいぞ。
急転直下の展開に怒る火乃花を宥めるように、ベルは火乃花の肩へ手を置いた。
「むぅ…火乃花、ここは従うしか無い。龍人に容疑が掛かった以上、言い逃れは出来ないだろう。」
「そ、そんな筈がありませんわ!龍人は私の…!」
ここで庇ってくれたのはマーガレットだった。…俺に嫌疑を掛けた人が庇ってくれるとか複雑だ。
俺の所へ駆け寄ろうとしたマーガレットは、数歩進んだところで俺の後ろから飛来した黒いものに吹き飛ばされた。
「黙っていろ。」
黒いものを放ったのはバーフェンス学院長。
床を転がったマーガレットは、口の端から血を垂らしながらも立ち上がった。
「黙りませんの。例え私が原因だとしても!龍人の無罪は私が晴らしてみせますわ!!」
「いや、普通に考えてそんな事言ったらマーガレットも裏切り者って思われるっすよ?」
タムの冷静ツッコミが炸裂した!
マーガレットの平手打ちがタムの左頬へ炸裂した!
「痛いっすけど!?」
「戯言も大概にするのですわ!」
「何スカそれ!」
「なんなんだお前達…。もう良い。全員捕まえろ。」
バーフェンス学院長が呆れながら指示を出す。
やばっ。これ、どーすんだし!
そんな時だった。今のこの現状を楽しむかのような言葉が聞こえてきたのは。
「ふむ。仲間同士で揉め合うとは、この後に及んでも気楽な物だな。まぁ、僕からすれば好都合だけど。」
誰だ?まるで第三者みたいな発言をしやがって。俺の冤罪…つまり人生が掛かってるんだけど!
「…………マジかよ。」
途中まで冤罪劇場のテンションだったんだけど、それも束の間。俺は、俺達は窓の近くに現れた空間の歪み…そこから出てきた人達を見て警戒態勢をとる。
いや、俺と遼は…臨戦態勢を取った。それ程までの人物。敵。
「ふん。下らない。俺たちの目的はコイツらが内輪揉めをしていようが変わらない。従って、やる事も変わらない。」
「その通りよ。アンタ、戦闘専門外だからって気を抜きすぎよ。」
「ははっ。僕には僕の役割があるのさ。」
そこに立っていたのは、天地に所属する人物達。
サタナス、セフ、ユウコの3人だった。
まさか敵がここまで乗り込んでくるなんて。
サタナスは白衣を揺らしながら優雅な一礼を披露する。
「さぁてと、ちゃんと自己紹介しないとね。僕はサタナス=フェアズーフ。」
「セフ=スロイ。」
「ユウコ=シャッテンよ。」
サタナスの口が横に長く裂ける。その顔に浮かんだのは狂気の笑み。
「僕達天地は目的を達する為にここへ来た。さて、もう良いよ。こちらに来ると良い。」
何を言ってるんだ?まだ誰…………
「…………は?」
理解が追いつかない。ドンっという衝撃と共に、俺が見たのは…腹から突き出る光の刃だ。
事態を認識し、遅れて痛みが腹部を中心に広がる。
「誰が………。」
「こめんなさいですの。」
この声は……。
ズルっと光の刃を引き抜かれた事で生じた激痛に、俺は膝を突き、すぐ横を歩く人を見る。
「私が…裏切り者ですの。」
そこには、顔から一才の表情が抜け落ちたルーチェが、血の滴る光の刃を浮かべ…俺の事を見下ろしていた。