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5-72.潜入

 警察庁の建物内部図面を1時間で叩き込まれた俺達は、バーカウンター後ろの扉を通り…地下道みたいな細長い道を静かに歩き続けていた。

 この道を進むと警察庁の地下1階にある資料保管室に到着するはず。

 これまで歩いた距離から換算すると、あと5分くらいで到着する筈なので、敵に見つかるのを警戒して魔法での灯りも最小限。故に…前が良く見えないんだよね。ぶつかって転倒とかで、大きな音がして敵方にバレるとか避けなきゃいけない。


「って、うわっ!?」


 先頭を歩いているコンセルさんが止まったのか、前から追突事故的な音と声が聞こえ、俺も前を歩くベルにぶつかった。…というか、ほぼのし掛かるようにして倒れてしまった。

 ……ん?プニプニ?いや、コレはムニムニというかモニモニというか。


「龍人、積極的だな。後ろから私の胸を揉み、お尻に腰を押し付けてくるとは。」


 振り向いたベルが肉食獣のような目で俺を射抜きながら囁いてきた。

 うん。つまり、俺とベルはとってもイヤらしい体勢になってるのか!


「わ、わりぃ。事故だ。」

「うむ。気にするな。汝がその気なら、いつでも相手をしてやろう。私は…激しいぞ?」

「ぶっ…!?」


 スッとのびてきたベルの手が俺の〇〇をスワッと撫でてきた。ヤバイ。コイツはサキュバスだ!今の一瞬で俺は理解したぞ。ベルと夜を共にしたら…搾り取られると。


「皆さんいきなり止まってしまってすいません。そろそろ資料室に着きそうです。前方に光が見えましたので、念の為警戒しましょう。」


 後ろで変態劇が繰り広げられているとは…考えもしてないであろうコンセルさんの真剣な声を聞いて、俺は罪悪感に襲われる。

 うん。もう少し真面目に潜入せねば。

 ベルの変態行為をフルシカトして移動した俺達は、遂に資料保管庫へ足を踏み入れた。

 人の気配は…無い。


「特に誰もいませんね。となると…鬼門は渡り廊下ですか。」


 コンセルさんの言葉に全員の顔が引き締まる。

 ここから俺達が予定している侵入ルートは、資料保管庫のすぐ横に設置されている裏の非常階段を登って警察庁中腹へ。そこから渡り廊下を通り抜けて反対側の非常階段へ進むというものだ。

 コンセルさんの知る限り1番警備が手薄なルートらしく、他のルートだと相手方に取り囲まれる可能性が高いんだとか。

 でも、非常階段は良いとしても…渡り廊下は確実に見張りがいると思うんだよね。

 それに……警察庁内部に侵入者探知用の魔法もあるだろうし。コンセルさんは探知魔法に引っかからないルートを選ぶとは言ってるけど。


「一先ず、渡り廊下の手前までは素早く移動しましょう。探知魔法の隙間を抜けていきますので、私と全く同じルートを通るように心がけて下さい。」


 コンセルさんは俺達が頷いたのを確認すると、素早い勢いで資料保管庫から飛び出て非常階段へと移動していく。

 後ろに続く俺達はコンセルさんの不規則な軌道を真似しながら、なんとか追従していく。

 てゆーか…。

 俺たちの動き、普通に変人軍団だぞ。

 非常階段は薄暗く、人気が全く無い。

 緊急時には非常階段の警備が手薄になるとは聞いていたけど…全くいないってのは逆に気味が悪い。


「うむ。順調過ぎて逆に心配になるな。」

「同感でござる。」


 ベルに同感したオルムは後ろを振り返って火乃花と何かを話し始めた。非常階段を駆け上っているのに器用だ。


「コンセルさん!警備の人がいますの!」


 非常階段から先陣を努めていたルーチェが、渡り廊下へ続くドアの前からヒソヒソ声で叫んできた。

 コンセルさんはルーチェの隣へ到着すると、ドアの隙間から渡り廊下の様子を確認する。


「……警備が8人。選挙される前よりも人員が増えていますね。」


 マジか。渡り廊下の警備は多くて4人って聞いてたのに。そろそろ見つからずに進むのも限界っぽいぞ。


「この警備体制だとやり過ごすのは勿論、見つからずに無力化するのも難しいですね…。」

「うむ。ならば、拙者が囮になるでござる。」


 率先して囮役に名乗り出たのはオルムだ。


「それなら、私も囮をしますの。」


 ルーチェも名乗りを上げたけど、オルムは静かに首を振った。


「拙者1人で十分でござる。」

「幾らオルムでも1人で8人は危険だろ。」


 俺を見たオルムは、それでも首を振る。


「目的を忘れてはいけないでござる。」


 真っ直ぐな瞳で、揺らぎなく。


「拙者達の目的は北区が警察庁を占拠している現状を変える事でござる。その最優先目標は霧崎長官の奪還でござろう?彼が無事で、警察庁を先導して戦えるようになるのであれば、北区が中央区を占拠している現状は大きく変わるのでござる。この先…戦闘が激化するのは必定。故に、無駄な戦力を割くのは愚策でござる。」

「オルム君……分かりましたの。コンセルさん、私達はオルム君の言う通りに戦力削減を最小限にするべきですの。苦渋の決断ですが、任せるべきかと思いますの。」


 ルーチェの言葉を受けたコンセルさんは瞳を泳がせる。


「しかし…彼1人に任せると言うのは、酷な言い方をすれば犠牲として容認する。とも言えます。私は……そんな、人を犠牲にした上での平和を求める事は出来ません。」

「コンセル殿、それは違うでござる。拙者、犠牲になるつもりは一切ござらん。全員が無事に今回の任務を達成するための最適解を導いているでござる。この渡り廊下…拙者の戦闘スタイルなら最小限の騒ぎで収められるでござる。拙者に……任せよ。」


 オルムの力強い言葉を受けて、コンセルさんは瞑目する。

 そして…。


「分かりました。この場はオルムさんに任せましょう。しかし無理して戦い続けず、本当に厳しいと感じたらすぐに逃げて下さい。人命最優先です。」

「心得てござる。」


 オルムは力強く頷くと腰に下げていた日本刀の鞘に手を掛けた。


「拙者か飛び込んだ瞬間に、皆は即座に渡り廊下を抜けるでござる!」


 そして、オルムは火乃花と目線を合わせると頷き合い、飛び出していった。


「お前…何者……ぐぁっ!?」


 警備員の断末魔が聞こえると共に、金属同士がぶつかり合う音が響く。


「私達も…いきましょう!」


 コンセルさんに続いて俺達は駆け出した。

 オルムは…警備員4人と大立ち回りを演じている。

 剣術を主軸に魔法を補佐要素として使うオルムの戦い方ってカッコいいかも。


「他にもいたぞ!」


 俺達に気付いた2人の警備員が発砲してきた。炎と風の魔弾が俺達に迫る。


「私に任せて!」


 魔弾の前に躍り出たのは火乃花。

 舞うように焔鞭剣が軌跡を描き、魔弾を弾き飛ばす。

 更に火乃花は軽快なステップで警備員の懐へ踏み込むと斬り上げ…ずに掌底を叩き込んだ。


「ぐぼへぇ…!?」


 鳩尾への衝撃に目をむき出し、肺の空気を押し出されたことで酸素を求めた口が魚のようにパクパクと開閉され…警備員は白目を剥いて倒れていった。


「すぐ追いかけるわ!」

「…行きますの!」


 ルーチェの掛け声で俺達は走る速度を更に早めた。

 仲間が身を挺して道を切り開いてくれているんだ。無駄には出来ない。

 後方の戦闘音を聞きながら渡り廊下反対側の非常階段へ飛び込む。

 そのまま全速力で駆け上がり、目的の場所…会議室へ繋がるドアの前まで一気に辿り着いた。

 コンセルさんは俺達を見ると、小さく頷く。

 これからやるのは単純。司令室になっているであろう会議室を占拠する北区を襲撃しつつ、火日人さんの安否を確認する事。

 火日人さんが存命なら、居場所を突き止めて救助が最優先。

 もし、不幸が降り掛かっていたら…可能な限り北区の戦力を削る。


 目の前のドアを開ければ、引き返せない戦いが待っている。


「龍人…俺、やれるかな。」


 ボソッと弱音を吐いたのは遼だ。震える手を押さえ、薄ら笑いを浮かべながら情けなさそうな表情をしている。

 そりゃそうだよな。俺だって怖い。ちゃんと戦えるのか。これから先の戦いでは相手の命を奪うかもしれない。その時、躊躇せずに攻撃出来るのか。

 正直分からない。

 …でも、俺は引かない。引けない。

 だからこそ、俺は無言で遼の背中をポンポンと叩き、デコピンを見舞った。


「いっつ…!?」


 涙目になりながら額を押さえる遼を睨み付ける。


「遼、俺たちの目的を思い出せ。」


 それだけで十分だった。

 遼の目が見開き、涙が止まり、瞳に覚悟の光が宿る。


「うん。そうだった。龍人ごめん。」

「良いって事よ。」


 俺達を優しい表情で見ていたコンセルさんが力強く頷く。


「皆、覚悟は決まりましたね。このドアの先がどうなっているのかは情報が皆無。だからこそ、1つの指針を再確認します。それは、最優先目標は火日人さん…霧崎長官の奪還です。彼が、死ぬ訳が無い。私はそう信じています。…行きましょう。」


 全員で合図を合わせ、ドアを開けて中に飛び込んだ。

 まずは手近な敵を無力化していくぞ!


「…………どういう事だよ。コレ。」


 部屋の中に飛び込んだ俺達全員が思わず動きを止めてしまっていた。


「もががが……!!!」


 北区の司令部。そんな様相を呈した厳格な空間の中央に、1人の男が転がっていた。

 両手両足を縛られ、口は布で雁字搦めに縛られ、全身を亀甲縛りされるという辱めを受けた男が。

 つーか、この人って……。


「はははっ!想定外の光景に言葉も出ないか。さぁて、待ちかねていたよ、南区の手先達。魔法街の裏切り者よ。」


 は?俺達が裏切り者?

 裏切り者はどう考えたって北区だろ。

 コンセルさんも同じ感想を抱いたのか、怒りの感情を殺しきれない…低く平坦な声で反論する。


「バーフェンス学院長。魔法学院間の協定を破り、警察庁を占拠し、挙句の果てに霧崎長官を亀甲縛りという…娘さんに決して見せることのできない姿にして……その上で、自分ではなく私達が裏切り者だと言うのですか。」

「その通り。そうだろう?火日人。」

「むごごご!!むぐ!ぐぶぶ!!」


 火日人さんが途轍もなく必死に何かを訴えているんだけど…姿が姿だから笑いしか込み上げてこない。


「人を小馬鹿にするその態度…許せませんね。」


 コンセルさんの全身から魔力がブワッと湧き上がる。


「はんっ!正義面を続けるのなら、俺が直々にお前達の化けの皮を1人ずつ剥がしてやるさ。」


 悪人の笑みを浮かべたバーフェンス学院長の右腕から闇が噴出する。

 よし、俺も…。


ブー!ブー!ブー!ブー!


 司令部内に警報が響き渡った。


「バーフェンス学院長!緊急事態です!中央区、北区、東区、南区の各区で魔力暴走者が高密度の魔力を纏って動かなくなったとの報告が入りました!」

「ちっ…!想定より早い。前回の暴走者が試運用だとは思っていたが、このタイミングか。」

「チャンス…ですね。」


 チャンス。そう呟いたコンセルさんを横目で見た俺の全身が粟立つ。

 嗤っていた。口が裂ける程に。狂気的に。

 秘書官として紳士的なコンセルさんを知っているからこそ、横にいる「この人」が同一人物なのかを疑ってしまう程に…変貌していた。

 コンセルさんの持つ銃…マグナムの銃口が斜め後ろ、ルーチェへ向けられる。


「逃げろっ!!!」


 俺が叫んで魔法障壁を張るのと、コンセルさんの銃口から膨大な質量の雷が放出されたのはほぼ同時。

 だけど、余りにも強すぎる威力に魔法障壁は砕け散り、俺達は吹き飛ばされてしまった。

 視界が回転し、ガンっ!と背中に衝撃が走って止まる。


「……っつ、どうなってんだよ。」


 今のコンセルさんの魔法は何かの作戦なのか。それか、北区の誰かに魔法で操られた?

 でも、あの表情は…。

 部屋の中央に立ち、司令部内全員の視線を釘付けにするコンセルさんは右手で両目を覆い、小刻みに肩を震わせていた。


「クク……。ククククク…!」


 状況が理解出来ない。バーフェンス学院長は冷静にコンセルさんを見ていて、縛られた火日人さんは雷の余波を受けたのか全身から煙を上げて気絶。

 俺の近くにいるルーチェ、遼、ベルは同じように壁へ打ちつけられ、痛みに顔を歪めながら立ち上がっているところ。


「ハハハハ!!最早、我慢は不要!この、この、この衝動を抑える必要はない!!ヒャーハッハッハッ!!!私の、私達の勝ちだ!魔法街の愚民ども!!」


 豹変。

 俺の知っているコンセルさんでは無かった。


「さぁて…先ずは邪魔な奴から殺すかぁ!」


 コンセルさんが無造作に銃を向けたのは火日人さん。

 そして、躊躇いなく引金が引かれ、雷弾が射出される。

 マズイ…さっきの衝撃で体が…!


「ふん。やっと正体を表したか。まさか裏切り者がお前だったとはな。」


 雷弾を片手で受け止めつつ、火日人さんを守ったのは…バーフェンス学院長だった。


「あぁん?先ずはテメェから殺してやろうかぁ?」


 首を傾げ、長い舌を伸ばして中指を立てるというキルポーズを決めたコンセルさんを冷静に眺めながら、バーフェンス学院長は笑う。


「はっ。俺がお前の相手?殺人衝動に駆られて制御が出来ない三下の相手をする趣味はない。俺と戦いたいのなら、お前が連れてきた奴らを全員殺してみろ。」


 そう言ってバーフェンス学院長が指し示したのは…俺達。


「ヒャーハッハッハッ!言うじゃないか!ならば、望み通りに!俺が!コイツらをズタズタに引き裂いてやるよ!」


 唾を撒き散らしながら振り向いたコンセルさんから雷弾が放たれる。ヤバイぞ…!


「私が…止めますの!」


 俺の前に飛び出たルーチェの魔法壁が雷弾を弾き飛ばす。


「皆さん…戦うしかありませんの。」


 覚悟を決めたルーチェの言葉にベルが同意する。


「そうだな。コンセルが敵であるのは明白。どこに所属する悪者かが気になるが、無力化が先決だろう。」

「龍人…戦おう!」


 遼も…か。まだ…まだ信じたくないけど、コンセルさんは敵なんだろう。

 しかも、発言から魔法街を敵として見ているみたいだから、天地のメンバーである可能性が高い。

 これ以上好きにさせてたまるか…!


「あぁ、全力でコンセルさんを……コンセルを無力化しよう。北区の問題は後回しだ。……龍人化【破龍】!」


 想定外の事態だけど、敵が明確になった。

 ここからが…本番だ。

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