5-70.コンセル襲撃
弾けるような銃声が響き、連射された弾丸が近くの壁へ突き刺さる。
「どうしました?あなた達の実力は、逃げて隠れるだけの低レベルですか?」
……ヤバい!
コンセルさんがいる方向で魔力が急激に高まったのを感知し、隠れていた柱の影から咄嗟に飛び出す。
ギャウン!ズガァン!
漫画みたいな効果音と共に、俺が隠れていた柱は電気を纏った弾丸によって砕け散った。
「強過ぎだろ…!」
風刃を連続射出して反撃するが、コンセルさんは最小限の動きでその全てを躱してみせる。
火日人さんの執事だから強いんだろうとは思ってたけど、想像以上の強さだ。こっちの攻撃が全く当たらない。
「中距離戦だとこっちが不利よ!」
焔鞭剣を持った火乃花が壁や天井を蹴って不規則な軌道を描きながら…コンセルさんへ接近していく。
「援護しますの!」
火乃花から距離を取ろとするコンセルさんへ、ルーチェが光魔法で妨害を仕掛けた。
「これは…中々に良い連携ですね。」
幾つかの光球をターンステップで避けたコンセルさんは、接近してきた火乃花の斬撃を銃口で受け止めた。次の瞬間には焔鞭剣が跳ね上げられる。
「うっ…!?」
衝撃で体勢を崩した火乃花へコンセルさんの回し蹴りが叩き込まれるが、胴体に当たった蹴りの衝撃を横斜めに流した火乃花。そのまま体を回転させて焔鞭剣をぶん回した。
雑、が故に避けるのが難しい斬撃をコンセルさんはバク宙での回避を試みる。
「ここですわ!」
ルーチェが複数の光球を渦のように回転させて放ち、それを追従する形で俺も飛び出した。
バク宙で体勢が不安定なコンセルさんは魔法壁で光球を防御。けど、その両サイドから俺と火乃花が攻撃を仕掛ける。
火乃花は火炎放射ブッパを。俺は風刃を。
「…やりますねぇ!」
必中のタイミングかと思われたけど、コンセルさんは落ち着いた様子で銃の引き金を引いた。そして、銃口のすぐ先で発生させた爆発による推進力で後方への回避行動を取る。しかも、真横で爆発を受けた俺と火乃花は左右別方向へ吹き飛ばされた。
「……強い。」
動きのレベルが違い過ぎる。攻防一体ってのはこーゆーのを言うんだろうね。同じ銃使いの遼が子供に思える巧みさだ。
「まだまだ。あなた達はその程度の実力で戦争で生き延びられると思っているんですか?」
冷めた目で俺達を睥睨するコンセルさんは、静かに銃を構えた。…銃口に凄い魔力が集まっている。ヤバイ…!
「むっ!?」
銃弾が放たれるか。と思った直前にコンセルさんが横に飛び、そのすぐ脇を魔弾が掠めていく。
「コンセルさん。あなたは……仲間を裏切ったんですか?」
遼だ。……あ、ガチギレしてる眼だ。Colony Worldで一緒に遊んでいる時に1回くらいしか見た事が無いけど、遼って本気で怒るとすっげぇ頭の回転が速くなるんだよね。勿論、戦闘もかなり強くなる。
前にガチギレ遼を見た時は「普段からそれくらいキレッキレだったら、相当優秀なんじゃないか?」なんて思ったもんだけど…。
「遼さんですか。裏切った……そう思うのも仕方がないとは思います。しかし、弱者が吠えた所で何かが変わるのでしょうか?」
「……それなら、話は早いですね。一旦、勝たせてもらいます。」
遼は銃を手元でクルクルと回すと「ジャキィン!」という効果音が聞こえそうなくらいに格好良く構える。…一瞬中二病全開に見えたのは、気のせいだろう。
「言いますね。ならば、その実力試させてもらいましょうか!」
コンセルさんが早撃ちで奇襲する。複数の雷弾が飛翔し…遼が放った魔弾と空中で激突、破砕する。
それらの余波を突き抜けて遼が撃った重力弾がコンセルさんへ襲い掛かった。重力弾は着弾した場所に重力場を形成するんだったっけ。あれをやられると重力が乱れる影響で、体勢が崩れやすくなるんだよね。
実際、コンセルさんも回避行動に難が出てきたのか、魔法壁で塞ぐ回数が増えてきている。
「厄介な…ならば!」
横に大きく飛んで重力場の影響が強い一帯から離れたコンセルさんは、拳銃から雷放射を放った。
…なんつー魔力だ。コンセルさんの前方一帯全てを覆い尽くすような密度の雷放射は、容赦無く遼をも呑み込む。
「遼…!!」
流石にヤバイと思って魔法壁展開でのサポートを…と思ったんだけど、やめた。
「龍人君!?」
俺の仲間を見捨てるような行為に火乃花が「信じられない!」とばかりに睨み付けてくる。
「大丈夫だ。遼のヤツ、笑ってた。」
そう。笑ってやがった。雷に呑み込まれる直前、遼の口元がニッと吊り上がっていた。
普段、自分にそこ迄自信がない遼が笑っていたんだ。それはつまり「楽勝」って事の証明に他ならない。
そして、その通り…雷が席巻した一帯を切り裂きながら1発の魔弾がその姿を表す。
周囲の雷を吸い込みながらコンセルさんの左腕に命中する。
「ぐっ……これは!?」
魔弾が直撃した瞬間にコンセルさんの体が傾いだ。重力弾の加重効果で左腕に掛かる重力が強化された影響だ。しかも、同時に吸い込んだ雷を放電しての雷撃ダメージも与えている。
「どんどんいくよ!」
そこからは遼のバレットアーツ独壇場だった。弧を描いて飛翔する飛旋弾、着弾直前で拡散する拡散弾、着弾時に爆発を引き起こす爆裂弾等が全て属性【重】で放たれた。
あちこちに重力場が形成され、体のバランスを保てなくなってしまったコンセルさんは片膝をついてしまう。
「むぅ、個々人の力を舐めていましたね。」
「いやいや、そんな事言っても駄目だよ。」
クルクルっと手先で回転させたグラビティガンとフロストガン(因みに属性【氷】は使えないので宝の持ち腐れ)を構えた遼は、鋭い目付きでコンセルさんを射抜く。
「取り敢えず、無力化させてもらうよ。」
ドゥン!ズッバァン!
そんな漫画みたいな効果音を響かせ、遼の双銃から2色のレーザーが放たれた。
1色は属性【重力】の紫色を。1色は無属性の半透明を。
乱れた重力場の影響で動けないコンセルさんは、レーザーの中に姿を消した。…今、姿が見えなくなる直前にコンセルさんがニヤッと笑った気がするんだけど気のせいか?
「…やり過ぎたかな?」
自分が放ったレーザーがビルの壁を突き破って遥か彼方へ飛んでいったのを見送った遼は、「はははは…。」と口元をひくつかせていた。
勢いに乗ってやり過ぎちゃうタイプなのか?堅実派だと思ってたけど。
「やり過ぎてはありませんよ。寧ろ、想定外の事態でも躊躇いなく戦える事が分かりましたから素晴らしいですね。」
……おいおいマジかよ。
「執行部長官秘書の名は伊達ではありませんの…。」
「出し惜しみしている場合じゃないかもしれないわ。」
普通に必中のタイミングで、遼の魔法を避けようが無かったと思うんだけど…。
無傷っていうのがヤバすぎる。魔法壁を使った様子もなかった。
俺達が再び構えを取ったのを見たコンセルさんは、構えない。寧ろリラックスした表情で両手を上げた。
「試したようで申し訳ないですが、もう戦う意味はありません。…いえ、試したのですが。」
「どういう事だ?」
「実は、火日人さんを助けるメンバーを探していまして…。あなた達に手伝って欲しいのです。それに足る実力があるか、僭越ながら試させて貰いました。無礼…深くお詫びします。しかし、許して頂きたい。これも全て、火日人さんを助ける確率を少しでも上げる為なのです。」
話が…急転直下過ぎる。
つまり、火日人さんを裏切った訳じゃないってのか?
だとしても、さっきの攻撃は…。
火乃花、ルーチェ、遼へ軽く視線を送るが、3人共判断に迷っているみたいだ。裏切ったってのも信じられなかったけど、この場面で裏切ってませんでしたってのも信じられない。
「ほっほっほ。やっと見つけたのである。」
場が停滞し始めた頃合いを見計らったかのように割り込んできたのは、老人の声。
どこかで聞いた事があるような…。
「ヘヴィー学院長。何故、魔聖の貴方がこのような所へ?」
そこに立っていたのは、魔導師然としたローブを羽織った老人、確かにヘヴィー学院長だった。
「うむ。火日人の懐刀である君こそ、主人の元を離れてこんな所で何をしているのじゃ。」
「私は…火日人さんを助けるべく行動しています。ダーク魔法学院に占拠された警察庁は、気軽に手を出せる場所ではありません。」
「ほぅ、それだけかの?」
「それだけ…とは?」
ヘヴィー学院長とコンセルさんは何の話をしているんだ。ただ偶然会ったという感じでは無いような気も…。
少しの間無言で視線を交わしていた2人だったけど、ヘヴィー学院長が静かに目を伏せる。
「まぁ良いのである。今言えることは、儂とお主…目的は同じように思うが?」
「そうですね…。私の目的は、先ほども伝えた通り火日人さんの救出です。」
「うむ。儂は魔法街戦争を終わらせる為に、この場にいる。」
「そして、目的達成の為に私は彼等の力が必要だと判断しました。」
「ほぅ。それは偶然なのである。」
「ならば…。」
「うむ。」
ヘヴィー学院長とコンセルさんは頷き合うと、俺たちへ視線を向けてきた。
「儂が代表して聞こうかの。龍人、火乃花、ルーチェ、遼よ。この戦争を終わらせる為に力を貸してくれんかの。」
なんか2人だけで勝手に納得して、勝手に話が進んでいるんですが。
戦争を終わらせる、火日人さんを助ける。確かにその目的は俺も賛成だ。でも、今の俺にとって1番大事なのはクレアを助ける事。それを最優先で動くに当たって、本当にヘヴィー学院長とコンセルさんに助力するのが最適解かを判断しなきゃいけない。
…ちょっと、仕掛けてみるか。
「俺は、俺の目的の為に動くつもりです。今の魔法街は敵のスパイがどこにいるのかも分からない状況である以上、俺の目的を伝える訳にはいかない。2人がそうではない。とは俺には判断が出来ません。」
「龍人君…それはちょっと言い過ぎ…」
火乃花が俺の強気な発言に異を唱えようと口を開いたが、ヘヴィー学院長が片手を上げて火乃花を諫めた。
「うむ。龍人が言うことは最もなのである。儂の目的は戦争を終わらせること。その為にダーク魔法学院が占拠する警察庁の開放が先決なのである。そして、その過程で会敵するであろう天地構成員の捕獲、並びにクレアの救出も重要事項なのである。」
俺達がクレア救出の為に動いているってのを把握済みって事か。
「もう1つ言えば、ロア長官の力も借りれる可能性があるのじゃ。」
「それは…どういう事ですか?」
ロア長官の言葉に反応したのは、何故かコンセルさんだった。
「うむ。ロア長官主導で始まった魔導師団。あれは魔法街戦争の抑止も目的の1つだったのである。今回の状況的には助力を得られる可能性が高いのである。」
「なんと…。そうでしたか。ロア長官が力を貸してくれるとなれば、警視庁奪還の可能性も大きく上がります。皆さん、ここはひとつ全員で協力をしませんか?」
確かに俺達の目的は一致している。
けど、なんつーか…少しばかりしっくりこないんだよな。何がって言うと具体的には言えないんだけど。言ってしまえば、話がスムーズに進みすぎているっていうか。
特にヘヴィー学院長の話は、ロア長官の話を含めて俺達に都合の良い話がポンポン出過ぎている気もする。
「一応聞きますが、協力するメリットはなんでしょうか?」
「私は警察庁へ侵入するルートを提供できます。絶対に会敵しないとは言えませんが、正面から突入するよりは遥かに安全かと。」
「そうじゃの、儂はお主らが行動するに当たって、南区の魔法使いを数人なら合流させる事が出来るのである。それに加えて、裏でロア長官の協力を取り付けるべく動けるのである。」
…完璧な回答だ。ヘヴィー学院長とコンセルさんの提案に乗れば、俺達は警察庁へ乗り込む事になる。
それが…それで本当に良いのか。
悩んでいると、遼が肩に手を置いてきた。
「龍人、やろう。俺は魔法街を森林街と同じようにしたくない。出来る可能性があるんだから、やるべきだと思う。」
「そうね。私も同意見よ。危険なのは元より承知の上よ。」
「私は…正直迷いますの。」
お。ルーチェが反対意見だ。
「なんでだ?」
「ヘヴィー学院長、コンセルさん、お二方とも地位のあるお方ですの。それが故に天地との繋がりをより否定出来ませんわ。だからこそ、どちらかがそうだとしたら…今回の警察庁潜入は相手の思う壺である可能性がありますの。そうだとしたら、魔法街戦争をより悪化させるきっかけとして利用されているかも知れまん。」
なるほど。
こうなると、どこかで割り切って決断するしかない気がする。
「うむ。ルーチェが言う事も最もなのである。儂としては信じて欲しいところじゃが、強制はしないのである。お主らが決めるべきなのである。」
「私も強制はしません。…が、力を貸して頂きたい気持ちは本気です。」
「…分かっていますの。でも、万が一を考えれば…私には決められませんの。」
グッと拳を握り締めるルーチェは、葛藤する表情で下を向いてしまう。
「私は龍人君が決めるべきだと思うわ。一応、私たちのリーダーでしょ?」
「俺もそれで良いと思う。ルーチェ、どうかな?」
遼に問い掛けられたルーチェは逡巡の後、首を縦に振った。
「分かりましたの。龍人君の判断に従いますの。」
ここで俺の判断に委ねられるのか。
だとしたら…答えは決まっている。
俺は静かに口を開いた。