5-69.魔法街戦争 龍人達
中央区南端。魔法街南区へ続く魔法陣を守るように布陣を展開した南区の魔法使い達が、必死の形相で魔法障壁を展開すると、連鎖する爆発が周囲を巻き込みながら襲い掛かり、建物を破壊していく。
怒号が飛び交い、しかし統率する指示の声が響くのに合わせ、爆発を放ったダーク魔法学院の魔法使いに向けて迎撃の魔法が連射された。
空中でぶつかり合う両陣営の魔法が爆ぜる中、南区への転送魔法陣から姿を現した増援が、負傷者と交代しつつ防御陣営を補強する。
爆発で生じる黒煙に紛れて何人かの魔法使いが物陰へ疾走していった。…あれは斥候かな?
防御だけしていても埒があかないから、敵戦力や配置情報の収集が目的だろうな。そうなると、ダーク魔法学院に見つからないように立ち回るのが重要だけど…俺の位置から見る限りでは結構幅広く展開してるから厳しいかも。
攻めに転じるなら、相手が集まってるポイントに最大火力をぶつけて陣形に穴を開けて、そこから分断しつつ各個撃破かなぁ。んー、でもその戦術だと最大火力の攻撃を防がれた時に打開策の選択肢が狭まるんだよな。
そうすっと、強力な個人戦力を送り込んであばれてもらうほうがコスパは良いか?
ラルフ先生とかが暴れれば1発なんだろうけど、そうするとダーク魔法学院も教師を送り込んできそうか。
……戦争が始まった序盤でラルフ先生が突撃するのは、やや賭け要素が強いかも。
「ねぇ…龍人君。」
ビルの最上階から眼下の戦況を分析していると、後ろから火乃花が声を掛けてきた。
「ん?お腹減ったか?さっきお腹鳴ってたもんな。」
「ちょ…!」違うわよ!…ち、違くはないけど違うわ!」
「お二人共声が大きいですの…!」
しまった。ちょっとふざけてみたらルーチェに怒られた。
つっても、確かに今の状況じゃぁ大きい声へ過敏になるのも致し方がないか。
「ルーチェ悪い。気をつけるよ。」
「お願いしますの。」
まぁ、そんな風に俺達を注意したルーチェは、どこからか取り出した紅茶セットで優雅なお紅茶タイムを満喫中な訳で。何だかんだで切羽詰まってはいないよな、俺達。
「…で、火乃花はどうしたんだ?」
「やっと本題…。遼君が戻ってきたらどうするつもりなのか聞いておこうかなって思ったのよ。」
「ん〜…。」
回答に悩む質問だ。
ダーク魔法学院が警察庁を拠点にしている以上、北区へ攻め込むのは難しいと思うんだよな。
中央区のほぼ中央に位置する警察庁は、中央区内各所への対応をする点で圧倒的な立地の利があるし。
俺達の本来の目的はクレアの奪還だけど、魔法街が戦争に突入した影響で天地の拠点を探せる状況でもないし。
「ダーク魔法学院の布陣次第かな。どのポイントに攻める事が出来そうかじゃない?」
「そうよね…。………やっぱり、私達だけが単独行動を取ってるのは良くない気がするわ。」
「不可抗力の結果ですから致し方の無い事ですの。」
「まぁな。でもさ、俺達が南区に合流しても戦況を変える事は出来ないと思う。」
「じゃあ…龍人君は何が最善だっていうの?」
…火乃花がピリついてる。
そりゃぁそうだよな。警察庁前での警察庁とダーク魔法学院の戦闘で、警察庁は負けている訳で。その先頭に立っていたであろう火日人さんが負けたのも必然的に確定事項だもんな。
現在、警察庁の職員達がどうなっているのかは、情報が完全に閉ざされているっぽいんだよね。
つまり、火乃花はお父さんの火日人さんがどうなったか分からない状況。
前の魔法街戦争の時にお母さんを亡くして、今回の戦争でお父さんをってなったら……火乃花が耐えられるか心配だ。
「何が最善かは分からないけど、出来る限りの情報を集めて1番効果があるって考えられる行動を取るべきだと思う。焦っても良い事はないぞ。」
「そんなの…そんなの分かってるわよ。」
火乃花が悔しそうに拳を握り締め、微妙に気まずい雰囲気が流れ始める。
「皆お待たせ。大分情報が集まったと思う……何かあったの?」
この微妙な空気を図らずとも壊してくれたのは遼だった。ナイス!
「何もないわよ。どう行動すれば良いかを3人で考えてたの。」
「……そっか、じゃあ俺の情報と合わせて作戦を立てよう。」
何となく状況を察したのか、遼は深掘りせずに話を進める事を選択したみたいだ。相変わらず空気を読むのが上手いな。
「じゃ、これを見て。」
そう言って遼が広げたのは中央区の地図だ。
至る所に赤丸が付けられている。
これって……。
「もしかしてこの赤丸全てが敵部隊ですの?」
「うん、そう。」
「遼君凄いですの。1人でここまで情報を集めるなんて、驚異的ですの。」
「いやぁ……本当に大変だったんだから。……でも、お陰で分かった事があるよ。」
「何かしら?」
「うん、北区の部隊はあくまでも寄せ集めだね。これだけ中央区の各所に展開しているのに、俺に気付かなかったのが証拠だよ。」
「つまり、主戦力は警察庁に集中しているって事か。」
「だと思うよ。」
拠点の戦力を厚くするのは基本だとしても、ここまで中央区全体に部隊を配置するのはやりすぎな気がする。
いや…警察庁を拠点にして東区と南区の動向を確認しつつ、中央区内部の不穏な動きに対処するって考えれば…これくらいの規模で布陣するのは当たり前か?
「そうなりますと、中央区で市街地戦をするメリットはありませんの。…やるなら、敵本陣への侵入作戦ですわ。」
「いや…流石に無茶だろ。」
ルーチェって時々大胆だよね。
って思ってたけど、ルーチェは至って真剣だった。
「違いますの。クレアさんが捕まっている可能性が高い研究所の所在地を入手するには、警察庁のデータベースが必要ですの。加えて、警察庁に潜り込めれば火乃花さんのお父様の所在が分かる可能性も高いですわ。つまり、私達の問題を一挙に解決できる可能性が高いんですの。」
…なるほど。言われてみれば確かに。
「…乗ったわ。その作戦。正面切ってダーク魔法学院の人達と戦う訳じゃないし、龍人君の魔法があれば潜入もしやすいわ。」
「おいおい、2人とも正気か?下手したらバーフェンス学院長を相手取る可能性もあんだぞ。」
「そうね。でも……私は強い相手に怯えて自分の家族を諦める臆病者にはなりたくないわ。2度と…戦争で家族を失いたくないの。これだけは、譲れない。」
「火乃花……ルーチェはどう思ってるんだ?」
「私は一刻も早く戦争を終わらせる必要があると考えていますの。お父様が働く税務庁は警察庁から近いですわ。下手をすれば巻き込まれますの。だからこそ、今できる事を全力ですべきだと思いますの。」
「その結果、死ぬ事になっても?」
死ぬ。というワードを聞いたルーチェの目が僅かに見開かれる。…が、その表情はすぐに真剣なそれに戻った。
「当たり前ですの。私の行動が次に繋がると信じていますの。例え結果が出なくても、私達の小さな1つ1つの行動が大きな結果へと続きますの。」
「そうか…。そこまで覚悟を決めているなら、俺に止める理由は無いな。遼はどうなんだ?」
これまで静かに話を聞いていた遼を見る。
「俺は…逃げちゃいけないと思う。立ち向かわないと。悪い事をする奴らを放っておいたら、また森林街みたいになっちゃうから。」
遼も同じ意見か。それなら、俺も自分の意見を隠す必要はないな。
「だよな。俺も皆と同じだ。俺は絶対にクレアを助ける。そんで、魔法街戦争も終わらせて、天地を……潰したい。」
やや夢物語みたいな事を言っているのは分かってる。それでも、俺がやりたいのはコレで間違いない。
いや、やらなきゃいけないんだ。
それに、俺はこの世界に来た意味を、理由を見つけなきゃいけないと思う。
今まで大して考えては来なかったけど、きっと俺がColony Worldから今の世界に転移したのには意味がある。それは天地が狙っている里因子が関係しているかもしれない。
なら、天地を追う事で、Colony Worldが崩れ、変遷が起きた理由だって分かるかもしれない。
もしかしたら、現実世界に帰る方法だって…。遼と火乃花だって記憶は無くしているけど一緒にColony Worldを遊んでいた仲間だ。一緒に元の世界に戻れるなら、それに越した事は…無いはずだ。
だからこそ、天地が出てくる可能性が高い今の状況で大人しくしている選択肢は無い。
「皆の意見が合っているし、一先ずの目標は警察庁に乗り込むって方針で良いと思うんだけど。その場合、このルートで警察庁を目指すのはどうかな?」
敵部隊の配置から見つかりにくそうなルートを地図上で示すと、皆が頷く。
「良いと思うわ。」
「同意ですの。」
「このルート…良いね。龍人ってそーゆーの得意だよね。」
「そりゃどうも。……じゃぁ、これで行こう。北区の奴らに見つからないように注意していくぞ。」
「俺が先導するよ。」
遼は立ち上がるとグンッと伸びをする。
俺達も準備を整え、先導する遼がビルの下層へ向かう階段のドアを開けた。
「……へ?」
一瞬思考が停止する。
遼が…物凄い勢いで後方に吹き飛んだんだ。
ゴッと鈍い音がして、壁に叩き付けられた遼が地面へ倒れ込む。
「……お前、何なんだよ。」
そこに立っていたのは見知った顔。
「どうして…。」
火乃花が、震える声で言う。
「そうですね。言葉は不要でしょう。」
スーツを完璧に着こなし、薄茶髪を無造作ヘアでカッコ良くセットしたその男は、拳銃を持ち上げ、銃口を俺へと向けた。
「北区の犬になったのかよ…コンセルさん!」
パァン!!
拳銃の引き金が引かれ、銃声がビル内に反響した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
第二次魔法街戦争へと突入した魔法街では、各区が中央区を舞台とした応酬を繰り広げていた。
北区は言わずもがな。警察庁を占拠し、東区と南区への侵攻を続けている。
では東区と南区はどうしているのか。
勿論、ただ北区の侵攻に対して防衛を続けているだけ。という訳は無い。
各区毎に思惑があり、それに準じた行動を取っているのが現状だった。
まず東区。シャイン魔法学院を中心とした防御行動に徹していた。というのも、シャイン魔法学院のセラフ学院長が、魔法街戦争へと繋がった一連の事件に於ける黒幕の存在を疑わなかったからである。
黒幕の目的達成の為に戦争が必要なのだとしたら…それはまさしく思い通りに事態が進んでしまっている。
だからこそ、確証が得られない限り「攻めない」という行動指針を打ち出していた。
勿論、黒幕が姿を表すのを静かに待っているわけではない。各地へ調査員を積極的に派遣していた。
そして南区。龍人達は南区に合流していない為に知る由もないが、その内情はかなり逼迫したものになっていた。
まず、魔力暴走者による被害が3つの区で1番酷く、30人以上の魔法使いが重傷を負って戦闘への参加が出来ない状況である。
それに加えて、北区陣営からの南区と中央区を繋ぐ転送魔法陣への猛攻。単純に物量作戦で押し切られそうな状況。
普通に考えればジリ貧の絶望的な状況だが、南区の魔法使い達の表情に陰りは見えない。むしろ「耐えきってみせる」という意志が漲っていた。
「おし。次は防衛2班が中央区へ。防衛4班は治療班の所へ移動。諜報2班と3班は1班が戻り次第、中央区内の布陣状況を共有り諜報2班が不足情報を集めて、諜報3班は潰せる敵陣営の一角を襲撃だ。あ〜っと…、防衛5班は念の為魔法障壁多重展開の下準備を先に済ませとけ。」
中央区へ続く転送魔法陣の前でテキパキと指示を出すのはラルフ=ローゼス。普段の面倒臭そうな様子は抜け切らないものの、セクハラ教師とは思えない指揮官ぶりだった。
「きゃっ!?」
「あっ、わりぃ。魅力的な尻だったもんで、ついつい手が伸びちまった。」
「この変態!!タマ潰すアル!」
…セクハラ教師は、有事の際でもセクハラをやめられなかった。最早病気。
お尻を触られて怒り狂ったチャンの猛攻をいなしながら、ラルフは後ろに控えるもう1人の教師キャサリン=シュヴァルツァーへ声を掛ける。
「キャサリン、ヘヴィー学院長からの連絡はまだ無いのか?」
「んふっ。無いわよ。焦らしプレイが最高に上手な学院長よねぇ。」
「焦らし……。ったく、アイツ等は何やってんだよ。」
ラルフの言う「アイツ等」が誰を意味するのかを知っているキャサリンは、エロく目を細めた。
「連絡は付いているのかしら?」
「いんや。だが、この状況で逆転の一手を打つ為には必要だ。ヘヴィー学院長が動いてんだから心配は無いんだろうけど、こっちが耐えられるかが心配だな。」
「あらぁ?実力者のラルフ君にしては弱気ね。」
両腕で胸を強調するキャサリン。
いまこの場面で必要な行為。…な訳は無く、周囲の魔法使い達(主に男性)の視線が自分の胸に突き刺さるのを楽しんでいるのだ。そういった意味では士気向上に役立っているかも知れないので、必要なのかも知れない。
「俺が前線で戦えるならな。今のところ、戦争っつっても小規模戦闘がメインだ。こっちから戦闘規模を拡大する行為は取れねー。」
「平等派を理念に動くからこその足枷ね。…私の色香で無効化出来るかも知れないわ。」
「いや、お前のエロさは認めるけど、年齢的に対象外な奴も一定数いるだろ。」
「……んもぅ!年齢を言うのはズルいっ。エロスは年齢も国境も宗教だって越えるんだからっ。」
可愛い少女のように頬っぺたを膨らませるキャサリン。可愛らしくぴょんっと飛び跳ねて胸を揺らすのも忘れない。
一応言っておこう。彼女は29歳だ。
果たして一連の行動が許容されるのかは…個人の価値観によって大きく変わるだろう。
そして、許容範囲外のラルフは普通にスルーした。
「そういう訳だから、俺は今の段階で指揮の立場から外れられねぇ。……もどかしいったらありゃしねぇ。」
そんな教師2人の様子を見ていたセクハラ被害者のチャンは、ボソッと呟いた。
「ミーのお尻を触った事実が綺麗さっぱり流されたアル。触られ損アル…!」
南区は、厳しい状況でもいつもの無駄に騒がしいスタイルは、崩れない……いや、本能的に崩す事が出来ないのだった。