5-67.動乱の幕開けへ
龍人達が失踪したクレアの足取りを追って四方に分かれた時から、遡る事数時間。
街立魔法学院のある南区、ダーク魔法学院のある北区、シャイン魔法学院のある東区で…詳細は異なるがほぼ同一と言っても差し支えのない事件が同時多発的に起きていた。
北区。
ダーク魔法学院を擁するこの地区はクリスマスパーティを催して騒いだ南区とは違い、24日から現在に至るまで…厳戒態勢に近い警備が敷かれていた。
その原因は、中央区で起きた爆発事件に起因する。
12月23日に起きた爆発事件の翌日に、ダーク魔法学院の学院長であるバーフェンス=ダークが「テロリストを1人たりとも北区にいれるな」という命令を出したのだ。
普段、どんなに凶悪な事件が起きようともバーフェンスが直接命令を下す事は無く、故に今回の爆発事件の異常性を北区住民の全てが否応無しに認識したのだ。
ダーク魔法学院生もクリスマスである…という事実を切り捨て、区内に不穏分子がいないなかを警戒しながら各所で目を光らせる1日を過ごしている。
「ったく、何で俺がクリスマスに警備をして1日を終わらなきゃいけないんだか…。」
おかっぱ系のサラサラな黒髪をよそ風に靡かせる浅野文隆は、大通りの一角に座りながら1人で悪態をついていた。
中央区で爆発があったという事は、各区での警備が強化されるのは当たり前であり、そんな中で更なるテロ行為を企てるのは阿呆のする事。…そんな風に思っているからこその悪態だ。
「寒いんだよ…!」
ジーパンに白ワイシャツという、完全に季節外れな服装をしているから寒いのだが…。
文隆には真面目に1日中警備をするつもりなど毛頭無い。
警備をしながらも如何にクリスマスを楽しむか。という事しか考えていなかった。
そんな不真面目な考えだったからだろうか。道端に座ってタバコを吸う1人の女性に気が付いたのは。
ひと目見て分かってしまう。その女性が魔法使いとして一定以上の高みにのぼっている事を。静かに感じる魔力圧が一般のそれを遥かに超えていた。
そんな人物が面倒臭そうにタバコを吸っているのは、文隆としては親近感を感じるものだった。
(クリスマスに警備とかやってらんないよねぇ!)
声を掛けようかと迷う文隆。
恐らく女性はダーク魔法学院生だろう。クリスマスを楽しみたい同志と愚痴りたいのだ。
警察関係者であれば、仕事での警備をサボる訳がない。無理矢理駆り出されている魔法学院生だからこその素行だ。
…もちろん、一般人に扮した私服警察官の線は捨てきれないが。
(んーと、あの顔は…。)
ダーク魔法学院生全員の顔をさり気なく覚えている文隆は、女性の顔と記憶の顔を照らし合わせていく。
(……あれ?)
静かに忍び寄ったのは違和感。
「あいつ…ダーク魔法学院の人間じゃぁないね。」
ボソッと呟いた文隆は女性に観察している事を気取られないよう、体の向きを変えて視界の端に女性を収めるようにして動向をチェックする。
一般人か、他学院の生徒か、はたまた普通の社会人か。あらゆる可能性を文隆は考察していく。
(あの魔力で一般人はあり得ない。それに、あれだけの魔力を秘めていて普通の社会人になるか?妥当性で考えるなら、私服警察官か他学院の生徒。私服警察官なら分からなくもないけど、タバコ吸ってサボるか?)
考えが纏まらない文隆。何か嫌な予感がザワザワと背筋を登ってくるが、対処方法が分からない。
しかし、良い意味で文隆の危機感は裏切られる事になる。
(……へ!?)
タバコを吸っていた女性は嗚咽するような動きを見せた後、蹲るようにして倒れたのだ。
「おい………おいおいおい!大丈夫かよ!?」
文隆はおかっぱサラサラヘアーを靡かせて走り出していた。相手が女性だからこその打算…等は無い。女性の倒れ方が異常だったからこそ本能的に足が動いたのだ。
やや怒りっぽい性格である文隆は、人でなしに間違われる事が多い。しかし、実際は優しい性格をしていて、困っている人が居れば助けようとしてしまう程なのだ。
それらの好印象要素が、短気と使う属性魔法の凶悪さで掻き消されているのは、何とも不幸である。
「おねーさん、しっかり!」
倒れた女性の側に到着した文隆は肩を叩いて意識の確認を行う。意識があればまだ良いが、無ければ…回復魔法の使い手を見つけるか病院に連れて行く必要がある。
(さっきの倒れ方からして意識は失っている可能性が……やっぱりダメか!)
女性の反応がない事を確認した文隆は、すぐに次の行動へ移すべく立ち上が……。
「……大丈夫ですか!?」
女性が文隆の足を掴んでいた。
つまり、反応が無い。のではなく、反応できないほどに苦しんでいるのだろう。
「息が荒い…それに……魔力が高まっている?」
理解し難い現象に文隆は判断が遅れてしまう。この遅れが…致命的だった。
「に…逃げて。」
苦しみに悶える女性が発した言葉は、そのひと言のみ。
言葉の意味を理解するよりも早く、文隆は体で理解する。
叩きつけられた魔力によって吹き飛ばされる。…という結果を伴って。
女性の放った魔力は密度が高く、道路の反対側…元々文隆ぎ居た場所まで吹き飛ばされてしまう。
「な……なんなんだよ!?」
何とか空中で体勢を整えて着地した文隆が見たものは…正気を失った女性が獣のように咆哮する姿だった。
(…前に中央区でアウェイクっぽいのを使った奴を倒した事があったっけ。あの時に似てるね。黒い魔力は見えないけど、正気を失っている辺りもそっくり。)
「ぐ、あぁぁぁああああ!!!!」
女性は両手を広げて炎の剣を其々の手に生成する。
さながら落武者の様な風体で女性は絶叫をピタリと止めた。
「……死ね。」
小さい声でのひと言。そうである筈なのに、その言葉は文隆の耳に確りと届いていた。明確な意志を感じさせる言葉に危機感が爆上がりする。
女性が両手を無造作に振った。
「………は!?」
音が消えた。視界が紅蓮に染まる。
遅れて全身を痛覚が襲った。
「がはっ……。ぐ……うぁぁぁ……。」
全身の感覚が戻ってくるにつれて、最悪な現実が突き付けられる。
右手、左足が動かない。確実に折れている。体の数箇所に何かが突き刺さっているのも間違いないだろう。体から少しずつ熱が逃げていく感覚も、一定量以上の出血が続いている事を示していた。
(な………なんなんだよ。テロか……?余裕ぶっこいていた俺は馬鹿か…!畜生。安易に近寄るなんて、普通に考えたら馬鹿のする事だ…!!)
後悔先に立たず。そんなありきたりな、当たり前な、けれども自身がその状況に陥らない限り、思い出さなそうな言葉が頭に浮かぶが…。
状況は悪化の一途を辿る。
女性が再び両手に持った炎剣を再び振り回し始めたのだ。
其処彼処で爆発音が乱れ咲く。
そして、文隆は見た。隣接した建物が自分に向かって倒れてくるのを。動かない体で何をする事も出来ず、見ることしかできない無力さを噛み締めながら…激しい衝撃と共に文隆は意識を手放した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
暴走者による北区での惨劇は衝撃のニュースとして魔法街全土へ広り、激震を走らせた。
北区のニュースだけなら良かったのだろう。しかし、同様の事件が同時にシャイン魔法学院を擁する東区、街立魔法学院を擁する南区でも起きたのだ。
3つの区で起きた魔法暴走者による被害は甚大。多数の死傷者が報告されていた。
尚、魔法暴走者は各魔法学院の教師陣によって無力化されている為、現在はどこでも事件は起きていない。
「おい、聞いたかよ。今回のテロ…各区が各区に送り込んだって噂だぜ。」
「えぇ?その可能性自体は否定出来ないけど、同時に起きるってちょっと作為的なものを感じない?」
「まぁ…そうなんだけどさ、でも、これで各区間の緊張が高まったのは間違いないよ。どうなっちまうんだか…。」
各区の住民間では上記の様な会話が其処彼処で囁かれていた。
今回の各区で同時に起きたテロ。1番の問題点は、各地区に出現した魔法暴走者が、別の魔法学院に所属する学院生だったという事実。
つまり、起きた事実だけを見れば他区の戦力を削ぎ落とす為の武力行使に各区が打って出た。という訳である。
各区とも魔法学院発信の元、武力行使の否定を行うが…民衆はそれで満足するはずがなかった。
度重なる爆発事件、終わりの見えない平等派と至上派論争、魔力暴走者による他地区へのテロ。これらによって積もり積もった不満は…わかりやすい標的へと向かう。
その標的とは「魔法暴走者を送り込んだ他区」である。
「北区の奴ら、俺達を皆殺しにしたいんだよ。」
「俺たちで南区をぶっ潰そう。」
「中立のフリしてテロ行為とか東区も堕ちたな。」
この民衆の意識変化は、ある意味で大きな転換点。
これまで魔法街で起きていた対立は「平等派対至上派」がそのほぼ全てだったが、魔法暴走者テロによって「東区対北区対南区」という構図が明確化した。
北区が至上派よりの主義、南区が平等派よりの主義、東区が中立という元々の主義がある程度分かれていたのも要因とは言えるだろう。
だが、それらは意識下での話であり、政治に於ける右派左派のように顕在化はしていなかった。
魔法街に起きたこれらの結果からするに…今回のテロは首謀者達からすれば大成功だったのだ。
そして、時は現在へと戻る。
視点は再び龍人へ。
動乱の幕開けへ。