5-66.クレア失踪
12月25日クリスマス。
聖なる日…恋人達のクリスマス。そんな浮かれたワードがパッと思いつく日に、俺は中央区に来ていた。
目的は失踪したとされるクレアの捜索だ。
タムからクレア失踪の話を聞かされた時は、嘘かと思った。でも、ラルフ先生がすぐ後からやってきて…それが真実だと伝えたんだ。
正直、信じられなかった。クレアが考えたクリスマスの出し物を…クレアが見て喜んでくれるようにって考えていたのに。それすらも叶わないなんて。
……とにかく、クレアがどこで失踪したのかを突き止めなきゃならない。
タムが怪しいんじゃないかって思って、ラルフ先生と話したんだけど、今回の救助活動中…タムはラルフ先生と一緒に行動していて変な行動は無かったらしい。
タムでなければ、天地の構成員が何らかの目的で接触を図ってきたのか。でも…クレアを狙う理由が分からない。俺みたいに特別な能力を持っているとかなら分かるけど…。
格闘とかは凄いと思うけど、天地に狙われるレベルでの特集能力みたいなのは無いと思う。もしかしたら、俺達もクレア本人ですらも気付かない何かの力があるとか?いやぁ、そんなラノベ的展開は無いだろ。
「……いや、前にクレアがサタナスに捕まっていた時に何か言ってたな。」
なんだっけ。魔力を沢山吸い取られたってのは覚えてるんだけど。
「思い出せない…。とにかく探すか。」
モヤモヤを拭い去れないまま、俺は爆発によって瓦礫が散乱する中央区で聞き込みを開始したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
…駄目だ。全く手掛かりが掴めない。
「遼とかも誘ってくれば良かったかな。」
ラルフ先生に「詳細が分からない以上、待機は絶対だ」って言われたから、1人でこっそり飛び出してきたんだよね。
爆発で破壊された範囲が広すぎて、1人で手がかりを探すのは時間が掛かりすぎる。
…今から戻って誰か呼ぶか?でもラルフ先生に見つかったらめっちゃ怒られそうだしなぁ…。
「龍人君!やっと見つけたわ!」
おぅ?聞き慣れた声に振り向くと、火乃花が駆け寄ってきていた。
「あ、火乃花。」
「あ。じゃないわよ。1人で勝手に行くなんて酷いじゃない。クレアを心配しているのはあなたたけじゃないのよ。」
「…悪りぃ。」
「まったく…!私も、私達も同じ気持ちだって事、忘れないでね?」
「あぁ。」
口を尖らせて怒り顔の火乃花は、ここまで言うと表情を真剣なそれに改めた。
「それよりも、遼君とルーチェからクレアが居なくなった場所を見つけたかもって連絡が来たわ。私達もいきましょ。」
「マジか!行こう。」
俺と火乃花は頷き合うと走り出す。
にしても…爆心地はほぼ歩き回って聞き込みしたつもりだったんだけど、何処で手掛かりを見つけたんだ?
10分程走った俺達が到着したのは、爆心地から少し外れた場所にある古ぼけた一軒家の前だった。
「龍人!火乃花!こっちだよ!」
その家の前に立っていた遼が、手をブンブン振ってくる。
「遼…悪いな。」
「ホントだよ!俺達、チームでしょ?」
「そうですの。私達皆が協力すれば、1人で出来ないことが出来るようになりますの。」
「あぁ。もう1人で勝手に動いたりはしないよ。それで…どうしてここだって分かったんだ?」
「それはルーチェの名推理に感謝してよ。」
人差し指を立てて自慢げに言う遼。いや、ルーチェのお陰なのに誇らしげなのは何故だし。
「爆心地の救助も大切ですが、そこから外れた周辺地域も基本的に被害が大きいですの。クレアさんならそういった地域も救助活動の範囲として行動するかなと思いまして。それで、周辺地域の聞き込みをしていたら、クレアさんが来たと教えてくれましたの。」
遼とルーチェが目線を向ける先には、一軒家のドアから顔を覗かせる数人の子供と恰幅の良いおばさんの姿があった。
俺と火乃花はおばさんに挨拶をし、家の中に招き入れてもらう。
「これは…酷いですね。」
火乃花が思わず…という様子で口にしたのも頷ける。家の中は家具等が倒れて散乱していた。
「そうなんです。一昨日の爆発で凄い揺れて…。家が倒壊しなかったので、中にいた私達は無事でしたけど…外にいた子達は……。」
部屋の奥から俺たちを覗き込む子供達が怯えた目をしているのは、それが原因か。いや、それにしては怯えすぎのような気も…。
「あの…この建物って保育園とかですか?」
別の部屋にも子供がいそうな気配があんだよね。爆発があった後に、その近くの保育園に子供を預けるってのもイマイチピンとこないけど。保育園以外に思いつかない。…幼稚園?
「あ、いえ…ここは親を亡くした子供達の家、孤児院です。」
「孤児院……もしかして、クレアが時々来てたってここのことかな。」
「そうなんです。クレアさんにはとても良くしてもらって……それなのに、あんな事に…。私が、私がもっとしっかりしていれば……ううっ…。」
ぽろりと涙を零して泣き崩れるおばさん。
「何があったのか…教えてほしいですの。」
隣にしゃがみ込んで、背中をさすりながらルーチェが促すと…おばさんは事の顛末を話し始めた。
「爆発が起きて…私達はご覧の通り大きな被害を受けました。家が激しく揺れて、外にいた子供達は亡くなり、家の中にいた子供達は怪我をして…。正直、絶望的な状況でした。ただでさえ毎月厳しい中でお金をやりくりしていたのに…ここから家を直すだなんて出来るはずもありません。どうしようかと途方に暮れていたのですが…。そんな中の昨日、クレアさんが来てくれたんです。」
ポツリポツリと話すおばさんは、俺達の顔を見回す。
「クレアさんから話は聞いていました。大切な仲間が出来たって。きっとあなた達の事なんでしょうね。駆けつけてくれたクレアさんは私と子供達を励まして下さいました。家を直すのも少しずつ手伝ってくれるって言ってくださったんです。魔法に長けた人が手伝ってくれる。それも、月に何度か顔を出して子供達の世話をしてくれるクレアさんです。私達は……なんとかなるかもって希望を持てたんです。でも……。」
おばさんが唇を噛み締める。
「でも、クレアさんが一回報告に行ってくるって…この家を出た時に………銀髪の男が家の前に立っていたんです。」
銀髪の男。……もしかして。
遼と目が合った。多分同じ事を考えているんだろうな。
「その銀髪の男が言ったんです。孤児達の命がここで儚く散るのと、クレアさんが大人しく付いていくの……どちらかを選べって。」
おばさんの目から大粒の涙が再び零れ落ちた。
「クレアさんは迷いませんでした。子供達が助かるなら…と行ってしまいました。私は……私にだって何か出来たかもしれないのに………!見ている事しか……出来ませんでしたっ………。」
「元気を出してくださいですの。何も悪くありません。……それに、私達がクレアさんを助けるので、安心してほしいですわ。」
ルーチェの言葉にコクコクと頷くおばさんは、辛そうに悔しそうに泣き続けた。
……くそっ。
銀髪って事はきっとセフだ。あいつが出てきたって事は、爆発の主犯かは分からないけど、天地が少なからず関わっているって考えて良いだろ。
クレアを連れて行った目的が分かれば…!前にサタナスって奴がクレアの魔力を吸い取ったって事を考えれば、また大量の魔力を必要として誘拐したの……
「あのね…。」
気付けば足下に小さい男の子が立っていた。服も髪もボロボロだけど、芯の強い目をした子だ。
「僕……聞いたんだ。」
「何を聞いたんだ?」
「髪の毛が銀色の人が言ってたの。怒る時に、怒る場所へ連れて行くから、それまで待ってろって。」
……ホワッツ?
怒る時に怒る場所?理解不能だ。誰が怒るっていうんだし。
「誰が怒るとか言ってたか?」
「う〜んとね、言ってなかったの。でも、それを聞いたクレア姉ちゃんは怖い顔をしてたよ。」
情報提供はありがたいけど、ちょっと流石に状況が好転する気はしないな。
男の子の頭に手を置いてクシャクシャっと撫でる。
「ありがとな。クレアは必ず見つけるよ。」
「うん!お願い。僕クレア姉ちゃんとまた遊びたいよ。」
「あぁ。約束する。」
他にもワラワラと寄ってきた子供達と話していると、遼が近寄ってきた。
「龍人、そろそろ行こう。今後の動きについて少し話し合った方が良いと思うんだ。」
「そうだな。…じゃあ、皆また来るから。協力しておばさんを助けてあげてくれよな。」
「「うん!!」」
子供達の元気な返事に思わず顔が綻ぶ。
子供達と手を振り、おばさんと丁寧なお辞儀を交わして別れた俺達は、爆発で瓦礫になったビルの跡地で話し合いを始めた。
「銀髪の男についてだけど、俺と遼がいた森林街を壊滅させたセフだと思う。んで、サタナスって奴がクレアの魔力を吸い取った事実もあるし…また魔力を狙われたんじゃないか…って思ってる。」
「それって…天地がクレアを攫ったって事よね?」
「多分…な。」
「でも……。」
指を顎に当てた探偵さながらのポーズを取る遼が首を傾げながら言う。
「セフって凄い強いよね?そんなに強い人だったら、無理矢理にでも連れて行けるはずなのに…どうしてクレアの意志を尊重するかのような行動を取ったのかな?」
「意志を尊重すると言っても…子供達の命を天秤にかけている以上、選択肢はなかったと思いますの。」
「あ…そうじゃなくてね、わざわざ問いかけて選ばせた意味が分からないんだよ。なんていうか…クレアが自分の意志で付いてくることが必要みたいじゃない?」
遼が言うのも一理あるかも。
「それって…クレアの協力を必要としてるって事かしら。」
「天地みたいな組織が?ただの魔法学院生を?」
「ちょっと考えにくいけど、確かクレアは属性変換って特異体質よね。」
それだ!なんで属性変換の名前を忘れてたんだし俺。
「あぁ、そう言ってた。」
「例えばだけど…大量の魔力を必要とする以外の使い道って可能性もないかしら?そもそも属性変換が何なのかが、詳しく分からないけれど。」
「属性変換…聞いた事がありますの。えーと…。」
ルーチェが人差し指をこめかみに当ててグリグリしながは、何かを捻り出そうとする。
「確か…魔力を属性魔法に変換する為の媒介を必要としない力だったような気がしますの。」
「ん?」
え、普通によく分からん。
「…そういう事ね。それは天地が狙うのも分かるわ。魔法の常識を壊すレベルの話じゃない。」
「クレアって凄かったんだね。」
「え?なんで皆分かってんの?」
俺の素朴な疑問に対して、火乃花が両肩をガックシ落として盛大なため息をついた。
「はぁぁ…ここにももう1人規格外が居たのを忘れてたわ。」
「私が説明しますの。龍人君は属性魔法の発動手順を覚えていますか?」
なんだなんだ。学校の授業みたいになってきたぞ。
「自分の中にある魔力を、発動したい属性魔法に属する媒介を通して発動する。って感じだよな?」
「その通りですの。もう少しわかりやすくいうと、エネルギー100の魔力を媒介に注入してエネルギー80の属性魔法として発動するのが、魔法街で一般的な属性魔法ですの。つまり、エネルギー20をロストするんです。このロストする魔力については、個人の熟練度によって差がありますわ。属性変換わの特異体質を持っている人は、この魔力ロストが無い…そんな話だった記憶がありますの。」
「そーゆー事か…。でも、それでクレアが狙われる理由になるか?」
「可能性としてですが、クレアさんは先の事件で大量の魔力を吸い取られたと聞きました。そこから察するに…ですが、クレアさんは魔力保有量が一般人よりも多く、更に属性変換である。という事ではないてしょうか。」
「それって、クレアがいれば……。例えば、大規模魔法なんかも1人で発動できる可能性があるって事か?」
「そうなりますの。」
俺達の推測が正しければ、天地はクレアを使って何かしらの大規模魔法を使おうとしているって事か?
下手したら、魔法街死者多数みたいな魔法が放たれて、その原因がクレアって事になるのか?そんな事…。
「それだけは駄目だ。クレアはそんな事に加担しちゃいけない。」
「そうね。一先ず、目撃情報を集めましょう。公に姿を現してクレアを連れて行ったんだから、セフとクレアの姿を見た人は少なからず居るはずよ。」
「だな。」
「うん。クレアを助けなきゃ。」
「そうしましたら、この場所から四方に分かれて捜索をしましょう。2時間後に再集合でいかがですか?」
「いいと思う。」
「オッケー。」
全力で探そう。
その前に…大事な事がある。
「皆、天地に関わる人物と接触する場合は、最低2人以上でいこう。奴らの強さは本物だ。一瞬の油断で殺される可能性もあるからな。」
「分かりましたの。それでは…行きましょう!」
頷き合った俺達は四方に分かれて捜索を開始した。