5-65.クリスマスイブ
12月24日。恋人達が過ごすクリスマスイブ。
数多くのカップルが甘い時間を過ごす、聖なる1日。
世の中は男も女も「あの人と一緒に過ごせたらどんなに楽しい1日になるんだろうか!?」と浮き足立つ日だ。
ちょっとだけ非日常のような気分を味わえる日に、魔法街で広がっていたのは重苦しい…いや、必死な雰囲気というべきか…だった。
原因は昨日起きた中央区での爆発。
今日の朝になっても救助活動は依然継続中らしい。
重苦しい雰囲気の魔法街。でも、街立魔法学院は…だからこそ、普段のクリスマス以上に盛り上がっていた。
街立魔法学院主催のクリスマスイベントは、学院内にクリスマス音楽が流れ、正門から校舎に続く道には出店が建ち並んでいる。この出店は2年生が中心だったっけ。
3年生が教室で行う劇で、4年生が修練場の半分程を使って迷路やらアスレチックやらのアトラクションを運営していたはず。
一般のお客さんもどしどし来場していて、そこかしこで騒ぎまくっている。
「うらー!そこの彼女ヘイヘイヘーイ!俺達と遊ぼーぜぇ!!」
「私の華麗なるステップに酔いしれるが良いわ!」
「俺の右目が疼く!秘められた力を今解放する時!!」
…うん。騒ぐっていうか厨二病?聞いていて痛々しい事この上ない。けど、皆が楽しそうだ。
今日のクリスマスパーティは、もう一つ特徴がある。それは、来場した人達がコスプレをしている事だ。
いや、もうね…地球の記憶がある俺からしたら、普段からコスプレみたいな格好の人ばかり(俺も含め)なのに、そんな人達がやるコスプレだからそりゃぁクオリティが高いのよ。
最初にドラキュラとかゾンビを見た時は、ガチで本物が出たのかと思って魔法をぶっ放しそうになったもんな。
遼が止めてくれなかったら明日の朝刊一面を飾る所だった。
ま、そんなこんなで俺達はクリスマスパーティの雰囲気を満喫していた。
因みに、俺達っていうのは俺と遼だ。
火乃花に誘われるかな?とか思ったんだけど、火乃花は「クレアが戻ってきてから考えるわ」と言ってルーチェ、ちなみ、チャンと3人で修練場に設営されたアスレチックへ向かっていった。
んで、火乃花の言葉から気付いているとは思うけど…クレアとタムはまだ戻って来ていない。
朝早くラルフ先生から「被害が想定以上に深刻みたいだから、出し物が始まる少し前までは活動させる。」って言われたんだ。
俺たちの出し物は夕方から始まる予定だから…16時くらいには帰ってくるかな?
「龍人はさ…。」
りんご飴をペロペロ舐める遼が、壁に座って足をプラプラさせながら言ってきた。
「結局どっちと付き合うの?」
「ぶぼぉ!?」
しまった…!どこぞの漫画の敵キャラみたいは効果音を出してしまった!
「い、いきなりなんだよ。」
「え?だってさ、最近火乃花とクレアに結構アピールされてるよね?どうするのかなって思って。」
「どうするもこうするも…どうしたら良いんだろうな。」
「もしかして……悩んでる?」
「もしかしなくても悩んでる。」
悩んでるという俺の返答に驚いた様子の遼は「なんで?」とばかりに首を傾げた。
「え?好きな方と付き合えば良いんだと思うけど。」
「そこも難しいんだって。」
「あ、そうなんだ。」
「それにさ、天地と戦うって言ってるのに恋愛するって…なんか違うと思わない?」
「ん〜…俺はそうは思わないよ。恋愛しているから強くなれるっていうのもあると思うし。」
やっぱそういう考え方もあるよな。
「それにさ、なんていうか……天地の為にって理由で他の全てを切り捨てるのは違うと思うんだ。」
「遼…お前だって天地に茜を殺されたんだぞ?」
「うん。分かってる。分かってるよ。でも、だからこそ、姉さんは復讐に生きるような俺を見たら悲しむと思うんだ。」
……ハッとさせられた。
俺は、天地が引き起こす悲劇によって不幸になる人が出るのを防ぎたいって思ってここまできた。
でもそれは「不幸になることを防ぐ」という一点のみに集約されていて、「誰かを幸せにする」というプラスの思考が入り込む余地は無かったのかもしれない。
「龍人…俺はね、手が届く範囲の人達を幸せにする事も大事だと思うよ。」
姉である茜を殺されて…俺よりも悔しくて、俺よりも復讐心が燃え盛っている筈なのに。
「遼、お前の方が…前を向いてたんだな。」
「正直割り切れてはいないけどね。」
「それでも立派だよ。」
いや、本当に。
俺も少しは周りにいる香を寄せてくれてる人の気持ちを、受け止めなきゃ駄目かもな。
「ありがとな。1年生の出し物が終わったら、クレアと火乃花と話してみるわ。」
「うん。まぁ…そこで2人の名前が出る時点で罪深いけどね。一夫多妻制を採用したら?」
「なっ…!遼からそんな破廉恥な発想が出るとは思わなかった…!」
「え、ちょっと、俺のことどれだけ聖人だと思ってんだよ。」
「すいません。聖人だなんて思った事ありません。」
「龍人…俺、一応真面目に話してるからね?」
「一夫多妻制も真面目?」
「ごめん。ちょっとふざけたかも。」
俺と遼は目を見合わせると笑い声を漏らす。
「気を使わせちゃって悪いな。」
「困った時はお互い様でしょ?」
「だな。…出し物が終わったら2人とちゃんと話してみるよ。」
「うん。それが良いと思う。」
なんつーか…周りの人に恵まれているよね。地球に居た時からそうだけど、常に周りの環境には恵まれている気がする。
だからこそ…大切にしなきゃ駄目なんだよね。きっと。
「よしっ!昼飯食い終わったら、修練場のアスレチックに行こうぜ。噂だとかなり鬼畜仕様らしいぞ。」
「え、本気…?俺、クリア出来る自信無いんだけど。」
「なぁに言ってんの。それで苦手分野が分かれば、成長のきっかけになるだろ?」
「龍人って強くなる関連は凄い前向きだよね。恋愛もそれくらい前向きにいけば良いのに。」
「人には得手不得手ってものがあんだよ。多分。」
「あれ?そうすると俺は恋愛が得意ってことになるの?」
「……遼が恋愛得意ってのはちょっとイメージ湧かないな。」
「だよね。」
下らない会話を続けながら、俺と遼は4年生主催のアスレチックに向かったのだった。
このアスレチック。
鬼畜度合いが半端なかった。とだけ言っておこうかな…。
そして、同日の16時。
1年生の俺達は修練場の一角に集合していた。
集まった皆は、これから催すイベントを想起してか、楽しさとやる気に満ち溢れている。
うし。俺も頑張らなくちゃ。なんつったって、皆の連携が成功の鍵を握るからな。
「龍人君、頑張りましょ。」
ニコニコ笑顔の火乃花が拳を向けてくる。微妙に挨拶のジャンルが違う気もするけど、俺も応えて拳を軽く合わせた。
「タムと…クレアはまだ戻って無いのか。」
「そうなんですの。ラルフ先生に状況確認をしてもらっているのですが、間に合わない可能性も考慮に入れるように言われていますわ。」
「マジか。」
「マジよ。なので、龍人君。まとめてね。」
「え、俺?」
「そうよ。クレアと計画を1番綿密に打ち合わせてきたのは龍人君でしょ。」
「まぁ確かに。」
「はいっ決まり!皆ー!ここから龍人君が仕切るから、集まってー!」
皆を呼び集めた火乃花は俺の近くにさりげなく移動すると…耳打ちをしてきた。
「クレアが途中から参加しても楽しめるように、完璧にやりましょ?」
「………もちろん!」
今回の出し物はクレア企画だからな。間に合っても間に合わなくても、クレアが目を輝かせる内容にしてやんぜ!
「皆、この出し物の為に…俺達は準備を重ねてきた。途中、ラルフ先生が全てをお釈迦にする事件もあったけど、それも今となっては良い思い出だ。」
クスクスと笑いが漏れる。
暴発させたラルフ先生が皆に怒られまくったのは…今考えると相当面白い光景だわな。
「この出し物は、ただ綺麗に見せるってものじゃない。今、魔法街は色々な事件で暗い影が落ちている。言ってしまえば、皆の心が暗くなってるって事だ。そんな世の中だからこそ、クリスマスっていう特別な時間だけは皆に笑ってほしい。皆の心を照らすきっかけにしたい。……そんな思いから、今回の内容を思い付いたってクレアは言ってた。」
さっきまで笑っていた皆の顔が自然と引き締まっていく。
「だからさ、見に来てくれた皆の心に俺達の情熱を刻み込むぞ!!」
「「「おーう!!」」」
全員が拳を天に向かって突き上げる。
そして、街立魔法学院1年生による渾身の出し物が始まった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
街立魔法学院の修練場には大勢の観客が詰め寄っていた。
目的は1年生が行う出し物。
事前情報では詳細の記載が無く、熱狂と感動のスペクタクルと書かれていた為に、皆が「何をやるんだ?」と興味を注いでいるのだ。
これに加えて「準備中に大爆発を引き起こした」という情報が人々の興味を更に引く要因となっていた。
そして、観客達がまた不思議に感じているのは、観客席が修練場の校舎側にしか設置されていないという事実。1年生が準備をしていたであろう修練場の一角からは大分離れているのだ。
皆がこれから始まる何かを楽しみに騒ついていると、修練場の中央に1人の人物が突如現れる。
暗くなっている中でよく見えないが…赤髪の女性のようだ。
その女性は手の平を上に向けた状態で両手を広げ、指先に炎を灯す。
暗くなった修練場でユラユラと光を放つ2つの炎に、観客達の視線が集中する。
これから何が起きるのか。あの炎が何を意味するのか。その一点に観客の視線が集中し、更に「何故何も変化が無いんだ!?」と、焦ったい気持ちに若干の苛つきを混ぜた感情が湧き上がる。
その瞬間、2つの炎を起点にして数多の魔法陣がブワッと浮かび上がり、夜空を埋め尽くした。
魔法陣が彩る夜景に観客から感嘆の声が漏れる。幻想的。そんな表現に相応しい光景は、それだけでは終わらない。
2つの炎を携えた女がその場でクルクルと回り始めたのだ。2つの炎は回転速度が上がるにつれて次第に溶け合っていき、1つの輪を成す。
炎輪は静かに、それでいて確実に幅を広げていく。広がる炎輪は周囲を照らしていく。
暗い修練場が昼間の様に明るくなり、そして、次の一瞬で炎が消える。否、右手を掲げた女の指先にこれまで広がっていた炎が集約していた。
小さく、それでいて力強く炎の輝きを放つ光は、ボンッという鈍い音を立てて垂直に夜空を駆け上がった。
途中、幾つかの魔法陣を通過し、その度に炎の色を変えながら。
そして。幾重にも重なった魔法陣の最下部に突き刺さり、魔法陣が淡い光を放つ。炎は魔法陣の中を駆け巡り、無数の火の玉に分かれながら更に上空を目指す。
音が、変わっていた。
ヒュルルルルル〜〜。そんな音を立てながら、無数の火の玉は天高く駆け上がり…爆ぜた。
ドォォォォン!!
ヒュルルルルル〜ドォドォドドドドォォォン!!
観客達の歓声が夜空を埋め尽くした。
1年生が準備したのは「花火」。それも、龍人の魔法陣をフル活用した地球では到底実現不可能な、幻想的且つ情熱的な花火である。
「やべぇ、めっちゃ綺麗なんだけど!」
「素敵……!」
観客の視線が夜空を明るく照らす花火群に釘付けとなるが、もちろんこれで終わりになる筈がない。
一斉花火の次に現れたのは、夜空を飛び回る火の鳥だ。
その出現に呼応するかの様に光の鳥が天から舞い降りた。
火の鳥は鋭く夜空を駆け巡り、光の鳥は携える光球を操って火の鳥を落とさんと攻撃を仕掛けた。
光球と火の鳥の応酬が起きる度に、夜空には色とりどりの花火が咲いていく。これは、各攻撃の着地点全てに魔法陣が設置されている為。偶然に見えて全てが計算。クレアが寝る間を惜しんで作り上げた「1年生スペクタクル花火計画書」による演出である。
火の鳥と光の鳥による戦いは、一見すれば夜空を舞う2羽の鳥による踊りのようでもあった。
2羽の鳥は数分間、空中で戦いという名の踊り…戦舞を披露した後、互いを支え合う様に2羽で螺旋を描きながら上昇し、巨大な花火を上空一杯に広げたのだった。
観客から湧き上がる拍手に会場が包まれる。
そこからはフィナーレに向けての準備を行いつつ、単発だが色々な形の花火が打ち上がり、観客は花火に会話を弾ませた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ふぅ…最初の大一番はなんとか成功したな。
つーか魔力消費が想定以上にキツい。つっても、空中に大量展開した魔法陣は8割がフェイクなんだけどね。
これはクレアのアイディアだ。
魔法陣が多く見える様に幻を大量に出現させたって訳。
まぁ、この幻魔法陣と、実際にある魔法陣を見分けるのが難しいから全員が各魔法陣の場所を覚えなきゃいけないっていう…かなり難度の高い問題が浮上したんだけど。
皆頑張って覚えてたもんな。お陰で火の鳥と光の鳥による舞いは完璧だった。
んで、単発花火を打っている間にフィナーレの準備をしなきゃいけないんだけど、ここからはかなりハードだぞ。
なんたって、ミラージュが出しまくる星を1箇所に集めるのが俺の役目なんだもんね。
その為にすべきは魔力の流れを作る魔法陣。
「ちょいと頑張りますか。龍人化【破龍】。」
姿勢を低くして走り出す。観客の視線が上へ向いている間に、地面の必要箇所とミラージュが出す星を囲う形で魔法陣を設置する必要があんだよね。
……よし、これで設置完了!
ミラージュと事前に打ち合わせた4連ハートの花火を打ち上げつつ、魔法陣を操作する為のポジションへ移動する。
「ミラージュ、いけるか?」
「ニシシ。私が最高のステージを演出しちゃうんだよっ。」
今日のミラージュはミニスカサンタコスだ。この格好を見た時は「アイドル!?」と叫んでしまいたいくらいに似合っていた。
所謂、ミニスカロリサンタ。破壊力は抜群。
本人もそれを自覚してるっぽいのが更に罪深いわな。
「龍人ちゃん、いっくよー!」
ロリサンタはトコトコと修練場の中央へ走っていく。両手から光る星をポンポン出しながら。
そして、中央に到着したロリサンタはギュゥぅぅぅっと身を縮こませ、ズッバァァァァン!!と両手を広げつつ仁王立ちをかます。同時に全身から大小様々な星が全方位に向けて放たれる。
薄暗い空間へ一気に広がった星々は立体プラネタリウムのようで、観客の反応から掴みは上々。
前半部分で大分飛ばしてるから、飽きられないから心配だったけど…いけそうだ。
ロリサンタが放った星は、勿論それだけじゃない。
星々が数個ずつ破裂して花火を空間に広げていく。実はこれ、ロリサンタの足元に花火になる星形の球を放出する魔法陣を仕込んでたんだよね。それが分からないようにミラー……ロリサンタには全方位へ星を放ってもらったんだ。
んで、星の数が3割位減ったタイミングで……俺の出番だ。
俺は足元に設置してある魔法陣へそっと指を触れて魔力を流す。
各箇所に設置した魔法陣へ魔力を流す為の魔法陣が淡く光り、全魔法陣の軌道準備が完了した。
「……こっからは全力だ。」
そう。練習で魔力の渦操作を何度かやったんだけど、範囲規模がデカいのに加えて、星を集める細かい魔力操作も必要で難易度が高いんだよね。これらに相まって魔力消費も大きいし。
「いくぞ…!」
ゆっくり、そして着実に魔力の渦を発生させて回転させると、星形の光が合わせて動き始めた。
ポイントは魔力事態に若干の強弱を付ける事。これで星の動きに変化を付ける。
渦の動きは次第に速くなり、光の尾を弾き始めた星々が点か光点から光線へと変化していく。
「キツイな……ここでグイッと…!!」
魔力の流れを渦の中心へ一気に集約させていく。数多の星が1箇所に集まる。
「ニシシ!龍人ちゃんナイスなんだよ!後は任せて!」
集まった星々が1つの巨大な星になったタイミングで、俺の隣に来ていたミラージュが頭上に直径3メートル級の光星を出現させた。
「弾けてっ!スターっ!」
…ちょっとよく分からない掛け声で、光星を修練場中央に集めた巨大光星へ飛ばす。
キラキラキラー!っと輝きながら2つの星は衝突し、弾け飛ぶ。無数の小さな星に分かれ、次々と地面へ落下していく。
暗い地面に星が突き刺さった光景は、まるで星の海のようだ。見ている俺たちですらも、星の海の上に立っているかのように錯覚してしまう。
そして…フィナーレ。全ての星から花火の玉が一斉に打ち上げられる。
ヒューるるるるるるる……
一瞬の無音。そして、
バババババババドバッババドドドドドドォぉぉンンン!!
世界が一瞬で明るくなった。
太陽が燦々と輝く昼間と同じレベルで花火の光が周囲一帯を照らす。
花火の色は白、赤、緑の3色。
一応クリスマスをイメージしてみたんだけど、良い配色だったと思う。
花火の光が次第に弱くなり、一帯が再び暗くなった所で照明が付けられた。
歓声が響き渡る中、1箇所に集まった俺達は出し物終了のお辞儀をして互いにハイタッチを交わす。
「これにて、街立魔法学院1年生による出し物を終了します。」
会場にアナウンスか流れると、観客達はゾロゾロと移動を開始する。
うん。皆が良い笑顔をしているね。この出し物が出来て良かったと思う。
クレアとタムが間に合わなかったのは、ちょっと残念だったけど…。
「皆、戻ったっす。」
お、タムとクレアか。
今ここにいるって事は、フィナーレくらいは見れたかな?
そんな事を考えながら振り向いた俺は……目を疑った。
「報告があるっす。」
真剣な顔で1人で立つタムは、絞り出す声で言ったんだ。
「クレアさんが…行方不明っす。」
史上最悪のクリスマスプレゼント。
それは、クラスメイトの失踪だった。