5-64.クリスマスイブイブ
中央区の東側部分で起きたと思われる爆発は、空へ昇る黒煙からも相当な規模だった事が安易に想像出来るものだった。
下手したら相当な数の負傷者が出てるぞ。
すぐに救助に向かった方が…!
「皆、すぐに現場へ向かおう!」
「そうね。緊急事態よ。」
俺と火乃花が走り出そうとしたタイミングで、俺達の前に空間の歪みが発生してラルフ先生が姿を現した。
「おし。間に合ったな。お前らは街立魔法学院に一度戻れ。」
「はぁ?ラルフ先生、この規模の爆発であれば、かなり多くの人が負傷しているはずです。救助の手は1人でも多い方が良いに決まって…!」
「だからだよ。今の爆発が何を目的としているのかが不明である以上、無駄に人が集まるのは得策とは言えない。適材適所の人員配置と人材の送り込みを行う。」
「でも、人命救助は時間との…」
「爆発の主犯格がまだ現場にいる可能性は考慮したか?」
「……!?」
何も言い返せない。ラルフ先生の言う通り、主犯格がまだ現場にいたとしたら…狙うのは集まってきた救助隊の一斉掃討。
「だからこそだ。最適メンバー且つ少数精鋭での救助チームを選抜し、送り込む。これが街立魔法学院の方針だ。救助に行かないものは、今日一日防衛体制を取ってもらう。」
「…分かりました。」
くそっ。何も出来ない自分が情けない。
隣に立つ火乃花が俺の肩をポンポンと叩く。…慰められてる!?
「龍人君、戻りましょ。」
「あぁ。」
戻るのを断る理由がない。
ラルフ先生の作った転移ゲートに入ると、転移先は1年生の教室だった。
俺達以外の皆が既に揃っている。
「よっ。皆集まるの早いな。」
「ラルフ先生が転移魔法で皆を連れてきてくれたっす。」
タムは肩を竦めて「脱帽っす」みたいな顔をしている。
爆発が起きてから数分しか経ってないのに…。皆のいる場所を見つけて、即座に転移させていったのか?すげぇなラルフ先生。
俺の後ろから火乃花、ちなみ、オルム、チャンも転移魔法の光から飛び出してきた。
「あら、皆揃ってるのね。」
「皆無事みたいですねぇ。」
「うむ。悪に屈してはいけないでござる。」
「緊急事態アル。」
オルムの台詞がちょっとズレてるような?
1年生全員が揃ったのを確認したラルフ先生は、俺達の様子を静かに確認する。
「まぁ、思ったより動揺はしていないみたいだな。何よりだ。知っている者もいるとは思うが、中央区で再び大規模な爆発が発生した。犯人も原因も不明だが、負傷者の救出が必要だ。諸々の詳細が判明していない為、少数精鋭での救出作戦だ。1年生からはクレアとタムを派遣する。」
クレアは治癒魔法の使い手だから納得だけど、タムはちょっと意外だな。
「わ、分かりました。」
「了解っす。」
2人とも驚いた表情を浮かべつつも、覚悟を決めたって顔をしている。大規模爆発が起きた地点での救助活動とか始めてなはずなのに、胆力あるな。
…そう言えば、最近タムが何かを隠してる素振りを見せてんだったっけ。それに、ちょっと前には南区の路地裏で怪しい商人から何かを買ってたな。その時は天地の手先か?とか、ドラッグ中毒か?なんて思ってたけど…。
天地の手先って可能性は、やっぱりあり得るかも。
そんな怪しい奴が今回の救助メンバーの一員になってて大丈夫なのかな?
いや、ラルフ先生ならそれ位の調査は終わらせているか。天地が関わっているかもしれない事案に、天地に関わりがあるかもしれない人を派遣は…流石にしないか。
「救助活動は1日で終わる予定だ。今日は12月23日。明日は街立魔法学院のクリスマスパーティだ。1年生の出し物のまとめ役であるクレアが前日にいないのは不安だと思うが、皆でカバーすんぞ。帰ってきたクレアが満面の笑みになれるよう、残る奴らは死ぬ気でやれ。」
「「「はい!!」」」
タムが「俺の名前が出てこなかったっす…」って、落ち込んでいるのが地味に面白い。
「クレアとタムは何か皆に言う事あるか?言える時に言っておけよ。」
なに、その地味な死亡フラグみたいなの。
クレアとタムは顔を見合わせる。そりゃそうだよな。いきなり話を振られても困るだろ。
「うん…と、私は皆と一緒にクリスマスの出し物を成功させるのを楽しみにしてるよ。戻ってきた時に、今まで準備したものがお釈迦になっていないように、よろしくお願いします。」
「俺も楽しみにしてるっす!」
そう言うと、2人はペコっと頭を下げる。
お釈迦…その言葉に、実績のあるラルフ先生はやや気まずそうな顔をしている。自業自得だ!
「頑張れよ!」
「何かあったらすぐに駆けつけるね。」
「無理しないで!」
皆から投げ掛けられる激励の言葉に、クレアとタムは満面の笑みを浮かべるのだった。
「うし。じゃあ準備出来たら2人は校門に来い。30分後には出発するぞ。他の奴らは出し物の最終チェックしてろ。」
ラルフ先生の号令で皆がガヤガヤと動き出す。
じゃあ俺も頑張りますか。今回の出し物は俺の魔法がが肝だからね。
「あ、龍人君。」
小さい声で呼んできたのは…クレアだった。
なんだ?モジモジしてるし。
「ちょっとだけ…いいかな?」
「おうよ。」
教室の外に出て、修練場の端まで移動していく。
その間、先を歩くクレアは何も話さなかった。
もしかして怒ってるのかな?俺、何か変な事したっけ。
人気の無い所まで移動したクレアは振り向くと、俺の顔をジッと見つめてきた。
「こんな所までごめんね。」
「いいよ。気にしないで。それよりどうしたんだ?」
「あのね……クリスマスパーティを5人で一緒に回ろうっていったよね?」
「うん。楽しみだよな。」
「ホントは…私、龍人君と2人で回りたいの。」
…!?どストレートにきたな…!
「あの時、火乃花さんが一緒に回らない?って龍人君に言っているのを聞いちゃって、それで咄嗟に言っちゃったんだ。私、私も龍人君の事が…。」
両手を胸の前で組み、ギュッと握り締めながらも俺の目を見つめるクレアは…ちょっとだけ震えた声で、それでも芯のある声で言った。
「龍人君の事が好きなの。」
「クレア……。」
分かってはいた事だ。俺の力になりたいって言っていてくれたから。普通の友達には言わない言葉だもんな。
でも、それを分かっていて俺は…俺の気持ちをこれまで言葉に出して表現してこなかった。言葉に出すのが怖かったんだ。
きっと…火乃花も同じように俺の事を想ってくれているんだと思う。傲慢な考えかもしれない。でも、彼女も俺と一緒にクリスマスパーティを回ろうって言ってくれたんたよね。クレアの乱入で有耶無耶になってはいるけど…。
俺は…どう答えるのが良いんだろう。
恋愛にうつつを抜かすつもりは…無い。だから、俺はクレアの気持ちに応える事は出来ない。
オルムから火乃花への気持ちを聞いた時も、同じ結論を出したんだ。今回も同じ。
…同じ筈なんだけど、でも、オルムに「火乃花はあくまでも仲間だ」って言った時に感じた妙な罪悪感のような感情が、今回も鎌首をもたげ始めていた。
本当に良いのか?好意を寄せてくれている人に対して「他にやるべき大切な事がある」と言って、その気持ちを断って。それで、後悔は無いのだろうか。
そもそも、恋をしたから、恋をしなかったから…その選択で、俺が強くなる速度に変化ってあんのかな?場合によってはプラス効果になる可能性もあるか?
「いきなりこんな事言っちゃってごめんね。でも…今言わないとクリスマスパーティの時に後悔するって思って。返事は…明日で大丈夫。」
「…分かった。」
「それに…。」
「それに?」
不安そうに視線を彷徨わせたクレアは、逡巡の後、首を横に振ると微笑んだ。
「ううん。何でもない。龍人君ってモテるから、明日は大変そうだなって。」
「いや…モテるって事は無いと思うぞ?基本適当だし。」
「ふふっ。そういうのが良かったりするんだよ?」
「え?」
ちょっとだけドキッとするも、クレアは両手を上げて目をつぶって伸びをする。そして、手を下ろしたクレアの顔はどことなく晴れやかだった。
「ん〜緊張して体が疲れちゃった。じゃあ…行ってくるね。」
「あ、あぁ。気をつけてな。」
「うん。タム君もいるし、協力して沢山の人を助けてくるね。」
頑張るぞ。的なガッツポーズを取ったクレアは小さく手を振ると、校門に向けて歩き出した。
「……クレア。」
小さく名前を呼ぶが、聞こえる訳もない。
俺は静かに歩き去るクレアの背中を見つめる事しか出来なかった。
爆発が起きた場所での救助活動…不安が無いはずがない。そんな場所へ赴くクレアに、俺はありきたりの…本当にありきたりな言葉しか掛けることが出来なかった。
俺に対する想いも伝えてくれたのに、それに対する答えも出す事が出来なかった。
「俺って…ダメだな。」
クレアの姿が見えなくなるまでみおくった後に、そんな言葉が無意識に出てしまう。
「本当よ。」
バッチィィィン!!と背中に激しい衝撃が走る。
「いっ………てぇ!?」
後ろを見ると、怒った表情の火乃花が立っていた。
え、もしかしてクレアとの話、全部聞いてた?
「龍人君、ちょっとダサいわよ。クリスマスパーティの出し物の最終チェックをするから呼びにきたのに…聞きたくない話を聞いちゃった。」
「はは…。」
返す言葉もない。
火乃花は俺に向けてズイッと顔を近付けると、顔の前で人差し指を立てる。
「一応言っておくけど…私、クレアに負けるつもりは無いわ。私だって…龍人君と一緒にクリスマスパーティ、回りたいもん。」
「お、おう。」
カクカクと頭を縦に振る俺を見て火乃花がクスッと笑う。
「その為にも!先ずは出し物を成功させましょ。皆が笑顔でパーティを楽しめるように…ね?」
「………そうだな。色々と考えすぎてたかも。目の前の1つ1つに集中しないと。帰ってきたクレアが喜べるように、皆で頑張るか。」
「そうよ。細かい事は後よ。」
「ははっ。なんか、ありがとな。」
「良いのよ。行きましょ?」
「おうっ。」
…色々と後回しにしているのは間違いないけど、今を疎かにしたら…良い未来が来る訳ないもんな。
気持ちを切り替えていかなきゃ。
この後、俺と火乃花は1年生の皆と出し物の最終チェックに勤しんだのだった。
そして、運命の日。
クリスマスイブを迎える。