2-7.レフナンティ襲撃
レフナンティの入口に着いた俺達は、道々に倒れる人々の姿を見て固まっていた。あり得ない光景。そう信じて目を瞑ってしまいたくなる程の惨劇。
家からは火の手が上がり、地面は赤黒く変色している。
倒れる人々はピクリとも動かず、手や足が千切れた者も、頭が無い者も、半身が無い者も…全ての人々が体から血液を垂れ流していた。
「う…そだろ……。」
「そんな…。そんな……なんで?なんでだよ。どうしてこうなるんだよ。…姉さん、姉さん!!」
茫然自失状態の遼は思考が茜に辿り着いた所で、脇目も振らずに駆け出してしまう。
くそっ…。追いかけて一緒にいくか?でも、この襲撃の首謀者が潜んでたとしたら……いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。
……行くしかないんだ。
俺は遼を追いかけて走り始めた。
「遼!落ち着け!」
「姉さん…。姉さんが危ないんだ!」
…駄目だ。遼がこんな状態じゃ、何かあった時に対処できないだろ…!俺が、俺がしっかりしないと。
止まる事なく、一心不乱に走り続ける遼を追いかける。
レフナンティは中心部に進めば進む程に惨劇の度合いが酷くなっていった。
目に付く死者が増えていくのは勿論、建物や地面の破壊度合いも激しくなっていく。
中には…知っている顔の人も…沢山いた。
走る。走る。走る。目に浮かぶ涙を堪え、辺り一帯に漂う血生臭さによって込み上げる吐き気に苦しめられながら。
そうして…気付けばレフナンティの中心地、ギルド前へ俺達は到着していた。ここに着くまで生きている誰とも…出会わなかった。
「………そんな。」
遼から絶望の呟きが漏れる。
……茜が手伝っていた屋台は跡形もなく消えていた。
ギルドの建物も半壊状態で、半分が吹き飛ばされている。そして、何故かギルド周辺には誰も倒れていなかった。
唯一無傷に残っているのは櫓だけ。
「……アイツが犯人か?」
俺は見た。櫓の上に立つ人物を。
長い銀髪を風に揺らし、刀身の長い刀を右手に持つそいつは、左手に…プラム団長を掴んでいた。襟元を掴まれているプラム団長は身動きすらしない。
銀髪のそいつは…俺達を見下ろしながら口を開いた。
「…来たか。」
…どういう事だ?まるで俺達を待っていたみたいな口ぶりだ…。
「ふん。まるで理解していない顔だな。」
銀髪の男はプラム団長を無造作に投げ捨てる。
…あんなところから落ちたら。
俺は慌てて落ちるプラム団長を受け止める。……微かだけど息をしてる。まだ…生きてる。
それにしても銀髪の声、どこかで聞いた事があるような…。
「おい!ここに居た人達をどうしたんだ!?」
叫ぶのは遼だ。
今まで見せたことのない、怒りの、焦りの表情を浮かべている。
対する銀髪は…冷めた顔をしていた。
まるで、地を這う虫けらを見るかのような…。
「ここに居た奴ら?そんな奴らは全て消し去った。他愛もない。唯一残ってるのが、そこにいる女。」
「……そんな。」
……マジかよ。プラム団長以外、全員殺されたっていうのか?
死体すら残らない程に……吹き飛ばしたっていうのか?そんな事が……そんな事が許されてよいのか……!?
ふざけるな。ふざけんなよこの野郎。
俺は怒りに支配されながら魔法陣から刀を取り出し、銀髪の男へ斬りかかるべく…。
「うぁぁぁぁあああ!!!!」
その前に絶叫した遼が双銃を連射していた。
怒りに血走った目からは涙を流す遼は…俺との特訓では見せた事がない量の魔弾を放つ。
弾幕と称してよい物量の魔弾が櫓の上に立つ銀髪へ着弾し、爆発を引き起こす。
「はぁっ…はぁっ…。やった…?」
額の汗を拭いながら、遼は攻撃の結果を見極めるべく目を凝らしていた。
俺も釣られて視線を櫓の上に向ける。あの攻撃が直撃して無傷って事は流石にないだろ。少しでもダメージを与えられていれば…。
「中々に良い攻撃…とも言える。しかし、芸がない。直線的、且つ直情的。この程度で俺を倒せると思うな。」
…マジかよ。文字通り無傷だ。
砂埃が晴れた中から姿を見せた銀髪は、長い刀を振りかぶる。
「お前に用は無い。…沈め。」
刀が無造作に振り下ろされる。…いや、無造作に見えるだけで、正確無比な斬撃…!
瞬間…視界が白に染まる。
何が起きたのかを把握する前に「ドォォン!」という音と、叩きつけるような衝撃が全身を襲った。
足が宙に浮く。そして、背中に強い衝撃を受けた俺は何かを薙ぎ倒しながら転がった。
「くそ…なんなんだよ今の…。」
強すぎる衝撃の後遺症で視界がグラつく。これ、相当やばくないか…?全身がギシギシと悲鳴を上げてる。
でも、だからと言って寝ているわけには行かない。俺は両手両足に力を込めて何とか体を起こした。
この場所は…俺が良く来てた喫茶店か。…店がグチャグチャだ。店主と娘さん…生きてるかな。
…ん?
…………?!
俺は痛む体に鞭を打ち、店の奥へ歩む。
「そ…んな…。」
店のカウンター前で、丸まるような体勢で店主のおっさんが倒れていた。右腕が欠損し、全身傷だらけで動かない。…死んでるのか?
俺は震える手でおっさんの肩に手を当てて揺する。
「おい…おっさん…。」
「……。」
駄目だ…。返事がない。身動ぎもしない。死んでるじゃないか…。
銀髪のやつ…許さないぞ。
怒りに手を握り締めていると、おっさんの体がぐらりと横に倒れた。
そして、おっさんの下に隠れていた人が顔を覗かせる。
「………はは。…はははは…………そ……ん…な。」
許せない。何故こうなった。俺達は何かをしたっていうのか?何故だ。何故だ。何故だ。何がいけなかった。俺達は、ただ、ただ慎ましやかに過ごしてただけだろう。そもそもあの銀髪はなんなんだ。俺達を、俺の大切な人達の…命を奪うなんて。
ズキン…。
クッソ。また頭痛だ。昨日辺りから頻繁だな。けど…頭痛なんて構うものか。
俺は、アイツを許さない。絶対に…倒す。俺の人生を掛けて倒す。
もう2度と、こんな悲劇を繰り返すものか!!
ズキン。
ズキン…!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その男…銀髪の髪を揺らす男は自身が発生させた爆発の煙幕が晴れと同時に、櫓の上から周囲の状況を確認していた。
双銃を使っていた男は…屋台の瓦礫に埋まっていた。瓦礫の隙間から見える顔からして双銃の男に間違いはないだろう。
問題はもう1人の男。
銀髪の男は双銃を操る男と共に現れた男の姿を探す。
「爆発に巻き込まれて吹き飛んだか…?生きていると良いが。…だが、死んでいるのなら其れ迄。探していた男では無かったという事だろうな。」
銀髪の男はつまらなそうに睥睨する。
想定以上に手応えが無かった。期待外れ。そんな風に考える男の真後ろに…1人の人物が姿を現した。
「どうするの?これ以上、収穫は無いと思うわ。」
それは凛とした声を出す、黒装束を纏った女だった。
銀髪の男は肩を竦める。
「ふん。期待外れも甚だしいな。」
「そうね…。これだけ日数を掛けたのに、何も収穫がないのは残念ね。」
「まぁ…良い。次は決まっている。」
「えぇ。次も抜かりなくやるわ。」
銀髪の男と、黒装束の女はこの場から立ち去るべく、レフナンティの外へ顔を向ける。
その時だった。
これまで感じた事のない魔力圧が空気を震わせたのは。
「…これは。」
「もしかした…因子を持つ者が…?」
2人は魔力圧の発生点へ視線を向ける。
そこには、ターゲットの男が…体の周囲に黒い靄を浮かべて立っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
体が熱い。
今、どうなってるんだ?…確か、喫茶店で店主のおっさんと……娘さんが死んでいたんだ。
おっさんが命を掛けて守ろうとした娘さんは、おっさんの下で事切れていた。
あんなに可愛らしい笑顔で、店に来る客を出迎えていた…あんなに楽しい声で注文を取って…あんなに……。
許せない。俺は、許せない。許さない。
俺達の平和を奪ったあの男を…。
……それにしても、俺が居るのはどこだ?
ハッキリとしない意識の中、俺は周りを確認する。…あぁ、そうか。俺は櫓の所に戻ってきたのか。…アイツだ。あの、櫓の上に立つ銀髪の男。後ろにもう1人いるな。…どうせ仲間だろう。2人とも倒してやる。…いいや、場合によっては殺す。それすら厭わない。
それにしても…俺、どうなっちまったんだ?とにかく体が熱い。それでいて、奥底から力が湧き上がる感覚が絶え間なく続いている。
怒りが…収まらない。激流のような感情が俺に囁いてくる。「敵を倒せ。殺せ。殺戮しろ。八裂きに。引き裂け。突き刺せ。切り裂け。」と。
あぁ…それで良いんだよな。俺は、アイツを倒さなければ…いいや、殺さなきゃいけないんだ。
そうだ。殺すんだ。俺の力を余す事なく使い、レフナンティを襲った事を後悔させてやる。
さぁ…殺戮ショーの始まりだ。
「おい、お前達。死ねよ?」
一応声だけ掛けてやる。まぁ逃げ出しても逃さないけどな。地獄の果てまででも追いかけてやる。
「…私がやるわ。」
そういって銀髪の前に進み出たのは…後ろに控えていた黒装束の女だった。
なんだコイツ?俺が殺したいのは銀髪なんだが。
「邪魔だ。お前に用は無い。」
「あら?貴方はこの星の人達を殺した私達が憎いんでしょ?言っておくけど、この街の人達の大半を殺したのは私よ。彼は、この櫓とか街の至る所を爆破したに過ぎないわ。恨むなら…私じゃないかしら?」
…ほぅ。自分で自分の罪を話すのか。
なら良いか。まずはコイツを殺す。どっちにしろ銀髪の方が強そうだから、アイツが親玉的なトコだろ。なら、まずは部下の女を目の前で殺して、俺と同じ苦しみを与えてやる。
「雑魚の相手をするのはダルいが…良いだろ。お前から殺してやるよ。」
「ふふっ。それは楽しみね。」
女は両手に苦無を持ち、構えを取った。
そういや…吹き飛ばされた時に武器を落としたみたいだな…。
……いいか。武器くらいなくても倒せるだろ。
「来いよ。」
「…その余裕綽綽な態度…気に入らないわね!」
女が駆ける。中々に速度が速い。彼我の距離はすぐに縮まり、苦無が俺の喉元に伸びてくる。
だが、甘い。
女と俺の間に魔法陣を展開。爆炎を叩きつける。
「…ぐっ!?この発動速度…!?」
「まだまだだ。」
周囲に次々と魔法陣を展開する。
こんな程度じゃぁ終わらせないぞ。レフナンティの皆が感じた痛みを十全に味合わせてやる。
爆炎を受けた女が着地するタイミングを狙い、魔法陣を発動させた。
風刃、炎、水砲、電撃、石飛礫を次々に女へ叩き込む。
複数種類の属性魔法が女に着弾し、複数属性が混じり合って発生した爆発が周囲の建物を揺らす。
「やったか?」
今ので少なくとも一定以上の負傷はしてるだろ。
だが…巻き上がっていた粉塵がブワッと払われると、そこには女を庇うように銀髪が立っていた。女は…チッ無傷かよ。銀髪も服ですら汚れていない。
「ふん。急に強くなったか?」
「なんだよテメェ。」
「なんだよ…か。分らないか。俺と一緒に武器を選んだだろう?」
「…!?もしかして…師匠?」
おいおい。コイツはあのフードの男…俺が師匠と呼んだ奴だってのか?
…だとしたら、俺は弄ばれていたのか。武器を選びながら、嘲笑ってたのか。
ふざけやがって。
「ククク…良い殺気を放つじゃないか。」
「お前達のせいだろうが。」
「ははっ!そうだろう。だが、それこそが目的。理解しろ。お前のせいでこの星の人々は死んだのだ。全ては里因子所有者を覚醒させるため。必要な犠牲は尊い死と言えよう。」
「…どういう事だ。」
「分らぬか。それも仕方あるまい。知識の無い者はそれだけで罪を犯している自覚もない。罪を罪と知らない者は、知らぬ内に周囲の者を巻き込み、殺していくのだ。」
「訳わからない事言ってんじゃねぇよ。何なんだよ。里因子所有者だって?それが俺だっていうのか?」
「そうだ。この世界で数人に与えられた、世界を変える力を持つ者。その内の1人がお前だ。最初は疑わしかったが…今、目の前に立つお前からはその可能性を感じる。」
…どういう事だ。里因子所有者だって?
そもそも里因子が何なのかが分からない。けど…そのせいでレフナンティの皆が殺されたっていうのなら、その責任は俺が取らなきゃならない。
贖罪は…その後だ。
そういや、俺の体の周りに黒い靄が浮かんでるな。………もしかしたら、この靄が里因子ってのに関係してんのか?
師匠…いや、もう師匠じゃないか。銀髪は恐らく相当に強い。このまま戦って勝てるかどうか。
なら…力を。もっと力が必要だ。
この靄が俺に力をくれるってんなら…もっと靄を出せば…!
ズキン…!
また頭痛が…!
ズキン
「…るか。」
ズキン
「…するか?」
何だ?今、頭の中に何かの声がしたような…。
「俺の力を欲するか?」
力を…?……あぁ欲するさ。俺はアイツを倒さなきゃいけないんだ。
「ならば、力を使うが良い。だが、心せよ。力に呑まれる者に、力を使う資格はないと。」
…あぁ。ありがたく使わせてもらう。ってか、お前は誰だよ?なんで俺の頭の中で話しかけてくるんだ。
「…そこからか。説明するのも面倒だ。俺の力を発揮する事で、記憶も蘇るだろう。そして、自身で理解しろ。」
はぁっ?いきなり説明放棄かよ。
「…………。」
出たよ。無言じゃねぇか。
…力を使えって言ってたな。それで分かるってんなら…使ってやるさ。どっちにしろ銀髪を倒すのに力が必要だしな。
力…貸しやがれ!
次の瞬間…俺の全身から黒い靄が更に噴出する。
ズキン!!!
「ぐあぁぁぁぁ!?」
同時に、特大の頭痛が俺の頭を殴り、俺は意識を途切れさせた。