5-63.あのゲームで盛り上がる
喫茶店の外に出ると、近くの手すりにオルムが悩ましげな表情で座っていた。
「オルム。どうしたんだよ。」
「…うむ。拙者、恋をしたでござる。」
「お、おう。」
まさかここまでストレートに言われるとは…思わなかったぞ。
「察しの通り、……ほ、ほ、火乃花に惚れたでござる。」
「そ、そうか。」
どう反応して良いんだか分からないんですが!
つーか、顔を赤くしながら言うとか…地味に乙女チックな一面を披露するんじゃないし。同性の俺にそんな一面見せたって何の特にもならないのに。
「拙者は…クリスマスにこの想いを火乃花へ伝えるつもりでござる。」
「マジか。頑張れよ!」
「ぬぅ!?龍人はそれで良いのでござるか!?」
「何がだよ。」
「火乃花は、少なからずとも龍人に好意を持っているでござる。それは龍人も同じでござろう?」
「そりゃあ一緒にパーティ組んでギルドクエストやったりしてるしな。」
「そうではないでござる。1人の女性として…でござる!」
うわっ…!いきなり語調が強くなったんだが。
1人の女性として…ねぇ。間違いではないんだろうけど、なんつーか例え恋心があったとしても恋愛をする気にはなれないんだよな。
多分、俺自身この世界の人間じゃないって意識があるからなのかな。とは言っても、この世界で一生過ごす可能性も十分にあるけど。
でも1番の理由は…天地を止めるっていうやるべき事があるからだ。その為にも俺は強くならなきゃいけない。
………そうだ。そうなんだよ。恋にかまける時間は無いんだ。
だから。
「1人の女性として…ってのは無いかな。あくまでと友達で戦友だよ。まぁ!火乃花がって言うよりも、誰かしらと恋愛をするつもり自体が無いからな。」
「むぅ…?含みを持たせた回答でござるな。」
「ま、色々あんだよ。」
「そうでござるか……しかし、ならば拙者も思い切りアタックが出来るというもの。龍人、ありがとうでござる。」
ビシッとお辞儀をしたオルムは、またもやスタスタと喫茶店の中へ先に戻ってしまった。
…なんだろう。この微妙に火乃花を裏切っているような気持ちは。
「……俺も覚悟し切れてないのかねぇ。」
揺れ動く自分の気持ちにため息をつきながら喫茶店の中に戻ると、よく分からない事態が進行していた。
火乃花とオルムがポーキーゲームをしていたんだ。
ポッキーの左右を男女で咥えて齧り、最終的にチューしちゃうアレだ。鼻息が荒いと恥ずかしいやつね。懐かしいなぁ俺も修学旅行の時に飛行機の中でやったよ。…男友達と。………懐かしいなぁ。
「それそれー2人ともやるアル!!チューするアル!!」
……成る程。チャンが煽ってんのか。
しかも、オルムも火乃花もちょっと嫌そうなんだが。
火乃花は分かるけど……オルムはなんで嫌そうなんだ?
ちなみはニコニコしながら恥ずかしそうにしてるし。カオスだ。
「何やってんのさ。喫茶店でやる事ではないと思うぞ?」
「むむっ!龍人が来たアル!じゃあ練習は終わりにして、今から本戦をやるアルよ!」
「いや、だから…」
「ルールは簡単ある。テーブルの上に置かれた丸めた紙ナプキンを無詠唱魔法で好きな人の方に飛ばすアル。変な方向に飛ばしたり、自分の方に飛んできた紙ナプキンを落としたらアウトアル。アウトの2人がポッキーゲームアル!!皆、準備するアル。」
強引極まりないな!それに…
「あの子達面白い事やってるわよ。」
「俺も若い頃はあぁいうのやってたなぁ。」
「…何それ、聞いてないわよ?」
「えっ、いや、あの……。」
とか、
「おい、アイツらのルールエグいな。異性とのポッキーゲームなら良いけどさ、同性とやるかもしれないんだろ?」
「でもさ、あのチャイナドレスの子と赤髪の子がポッキーゲームしたら、絵的にはめっちゃ美味しいぞ?」
「確かに…こりゃぁ男2人に頑張ってもらわないとな。」
…っていう、周りから途轍もなく注目されている状況になっちまっている。
えぇ…皆に注目されながらゲームをやって、負けたら皆に見られながらポッキーゲームとか…最悪じゃないか!!
周りの様子を確認する俺に対して、チャンがニヤリと不敵に笑う。
「逃げられないアル。本気の戦いはいつ何時起きるか分からないアル。故に今ここで逃げるのは魔法学院生として失格アル。」
う…その言い回しはずるいだろ!やらないって選択肢が無くなっちまう。
「という事で、レッツスタートアル!」
チャンは問答無用で丸めたナプキンを俺とちなみに向けて投げた。
…やるしかないか。
指先に集中させた魔力をポンっと思考性を持たせて紙ナプキンをオルムの方へ弾く。ちなみは火乃花に向かって飛ばしているな。
オルムは俺と同じ要領でチャンへ飛ばす。
別にそんなに難しく無いな。
普通に皆が無難にナプキンを飛ばし合う何とも言えない時間が過ぎていく。これ…勝負つくのか?
「なぁ、どうすんだよコレ。」
「ふっふっふっ。」
不敵な笑い声を漏らしたのはチャンだ。
「この勝負、条件は無詠唱魔法のみ使用アル。最初から…勝負は決まっていたアル!」
チャンの手元に魔力が集中する。ブワッと手先から伸びた魔力はグルグルと周り…卓球のラケットみたいな形になった。
………それ、ありなのか?!
「すまーっしゅアル!!」
渾身の一振りが紙ナプキンの芯を捉える。
そして、これまでとは比べ物にならない速度で…俺に向かって飛翔する!
「ぬわっ!?」
咄嗟に跳ね返したけど、それだけで終わるはずが無かった。
「まだまだ行くアルよぉ!」
「私もいきますぅ!」
チャンによる怒涛の連撃。そして、示し合わせたかのように同じく卓球のラケットを無詠唱魔法で作ったちなみが、他3人を置き去りにして壮絶なラリーを始めてしまった。
オリンピック選手も真っ青なレベルのラリーに喫茶店が盛り上がる。
「やべぇ…!流石、魔法学院生だな!」
「つーかこの動き…どんだけ鍛錬してんだよ。」
「凄いわ!美女2人の戦い、そしてチャイナ風の女の子の脚線美…憧れるわ。」
「いえ…あのおっとりとした女の子も中々に魅力的でしてよ?穏やかな顔つきに似合わず、かなりダイナマイトなバディをしておりますのよ。彼女…磨けば化けますわ。」
…うん。試合内容だけじゃなくて、個々人の外見に対しても盛り上がっているみたいだ。
この時、俺とオルム、火乃花の3人は完全に油断しきっていた。それがこの後の悲劇を引き起こす事になろうとは…。
「すまぁっしゅアル!!」
チャンによる強打が紙ナプキンの芯を打ち抜く。
「えぇい!」
そして、ちなみも同様にスマッシュを放ち…2つの高速紙ナプキンが相手に向かって飛翔する。
パァン!
という破裂音?(いや、紙ナプキンだよな?)が聞こえたと思うと、2つの紙ナプキンは火乃花とオルムへと進行方向を変えていた。
…まさか、空中で紙ナプキン同士がぶつかって進行方向を変えたのか!?
「え…ちょっと…!?」
火乃花は咄嗟に反応するが、コンマ数秒間に合わず…額に突き刺さった紙ナプキンによって後ろへ倒れていく。
「むぅ!」
そして、オルムは流石近距離戦闘メインと言うべきか、素晴らしい反応速度で手に生成していたラケットで弾き返す。
…が、紙ナプキン同士がぶつかった影響で変な回転が掛かっていたのか、軌道が右にずれていくのに反応しきれない。
結果、ラケットに当てる事には成功したが、横に向かって弾くという形になってしまう。
横。…そう、俺に向かって。
さて、俺がここまでに何か準備していないわけが無い。真横から飛んでくる紙ナプキンを落ち着いてちなみに向けて弾き返す。
…なんて出来れば良かったんだけど、不覚にもなぁんにもしてなかった。
コン!
他の人には聞こえないような可愛らしい衝突音がこめかみから響く。
「……………予想外の結果アル。」
「あらあら。龍人君と火乃花さんが罰ゲームだね。」
「し、しまった……でござる!拙者、ゲームに勝つ事しか考えていなかったでござる!」
おい、オルム。
それは「拙者、火乃花とキスをしたかったでござる!」って言ってるようなもんだぞ。
奥手かと思ってたけど、案外積極的なんだね。
「いたた……。結局、どうなったのかしら?」
赤くなった額を摩りながら起き上がった火乃花へチャンが肩を竦めて答えた。
「火乃花と龍人がチュー……ポッキーゲームアル。」
「そう……。」
冷静に事実を受け止める火乃花。と思ったのも束の間。
「……………ええっ!?」
顔を赤くして叫んだのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「いけいけー!」
「ゆっくり齧れよ!少しずつ近付くからドキドキすんだぜ!」
「目は開けて相手を見つめるんだぞ!」
「チューしちまえー!」
周りから節操のない野次が飛び交う中、俺と火乃花はポッキーの両端を咥えて見つめ合っていた。
いよいよこれから待望?の罰ゲームが始まるところだ。
チャンの合図でポッキーを齧る事になってるんだけど、中々合図が来ない。
つーか、ポッキーゲームってチューしなきゃいけないんだっけ?なんか色々ローカルルールがあったような気もするけど。
……あ、そうだ。ポッキーゲームってそもそもが「短くできたカップルの勝ち」とか、「目線を逸らした方が負け」とかだったっけ。
つまり、簡単に言えば罰ゲームでポッキーゲームをしている時点で「キス不可避」って事だ。
「両者、見合うアル!」
楽しそうなチャンが相撲の行司みたいな声がけをしている。
既に見合ってるし!
つーか、こんな罰ゲームじゃなくて、ちゃんと互いに同意の上でキスしたいんだけど。
…………あれ?
俺ってもしかして火乃花とキスしたいって思ってる?いやいやいや、どっちかって言うとクレアの方に心惹かれていた気もするんだけど、でも…目の前にいる顔を赤くした火乃花も……正直可愛いぞ。
「開始アル!」
思考が纏まらない中、それを読んだかのようにチャンがポッキーゲーム開始の合図を出した。
ポリ
俺も火乃花も一口ずつポッキーを齧る。互いが齧った振動がポッキー越しに唇に伝わるのが…なんとも恥ずかしい。
少しずつ顔が近づいて来る。
恥ずかしそうに目が潤んだ火乃花が、ジッと俺を見つめる。
これ、密室で2人きりだったら思わず抱きしめる可愛らしさなんですが!?
ポリ
ポリ
ポリ
近い。顔が近い。あと3回位齧ったらキスしそうなんだけど。どうすりゃいいのよ俺!?
俺達の顔が近づくに連れて周囲の盛り上がりも熱を帯びていく。
「いけぇ!突き進めぇ!」
「見てるこっちが恥ずかしいぜチクショー!!」
「ヤダ…!私もドキドキしてきちゃった!」
ポリ
顔が近すぎて肌の温もりを感じるんですが…!
ポリ
あと一口で…。
ドォォォン!!
ドォォォン!!
ドガァン!
突如、爆音が響き渡って地面が揺れる。
「何事アル!?」
「あわわわわ…!これはヤバい気がするよ。」
チャンとちなみが喫茶店の外へ状況を確認しに飛び出していく。
「むぅ…嫌な予感がするでござる。」
刀を抜いたオルムも警戒しながら外へ出て行った。
そして、ポッキーゲームがギリギリのところで中断された俺と火乃花は、顔を見合わせると頷き合う。
「俺達も行こう。」
「そうね。」
喫茶店の外へ素早く移動する。先を進む火乃花の後ろ姿を見ながら、俺はそっと自分の唇を触らざるを得なかった。
…気のせいでは無いと思うんだよね。
「龍人君!これ、ヤバいわよ。」
火乃花が指し示したのは、通りを歩く大勢の人達が見るのと同じ方角。
そこには…濛々と立ち上る黒煙が空を覆い尽くそうとしていたんだ。