5-59.暴動鎮圧へ
魔聖会議における和平交渉が決裂してから1週間。
俺達、魔法学院の1年生は苛立ちの日々を過ごしていた。
「火乃花、そっちはどうだった?」
「…微妙ね。中央区で小競り合いが頻発しているのは、天地が他の地区で活動をしやすくしているのかもって思っちゃうわね。」
小難しい顔をして肩を竦める火乃花と会うのは3日ぶりだ。
というのも、中央区を中心に頻発する小競り合いを街立魔法学院の学生が仲裁に動いているからだ。
基本的に平等派と至上派の論戦が激化するケースが多く、直ぐに鎮圧出来るのが救いではあるんだけどね。
「ダーク魔法学院もシャイン魔法学院も動きがなさすぎて気味が悪いわよね。」
「だな。交渉を決裂させたバーフェンス学院長のダーク魔法学院は全く動きがないし。鎖国みたいな状況になってるしね。」
「鎖国…?」
おっと、鎖国って言葉は通じないのね。
「んっと…周囲の国と国交断絶状態。みたいな感じかな。」
「そういう事ね。龍人君って時々小難しい言葉を使うわね。」
「そうか?」
ヤバいヤバい。こういうのは無意識に出ちゃうから気を付けないと。
いや…寧ろ堂々と使っていた方が良いのかな?
「バーフェンス学院長は徹底的に戦うべきだって言っていたし、その内動くとは思うのよね。その前に天地の動きを少しでも掴みたいんだけど、小競り合いの仲裁で動いていると行動に制限が出てくるから…ちょっと厳しい気がするわ。」
「同感。急いで出陣して、鎮圧次第すぐ戻ってくる。みたいな毎日だもんなぁ。」
「や…ヤバかった。」
火乃花と話していると、げっそりした遼がヨロヨロと俺達の所に合流してきた。
「どうしたんだよ。」
「それがさ…中央区北側の暴動を鎮圧した帰りにキタル先生に会って質問攻めに…。」
あぁ…キタル先生か。あの先生って、マッドサイエンティストみたいな雰囲気あるもんな。
「何を聞かれたんだ?」
「えぇっと、俺のグラビティガンとフロストガンを見て、もっと可能性を引き出せる武器がある気がするんだよね。とか言って、そこから俺の属性とか、生い立ちとかを何故か根掘り葉掘り…。フロストガンを持ってるのに、氷属性の魔法が使えないのにはどんな理由が!?とか凄い聞かれたよ。あの人にデリカシーって概念は無いね…。」
「……ドンマイ。としか言いようがないわね。変な先生に目を付けられちゃったのは、もう諦めるしかないわ。」
「そんなぁ…。」
可哀想な遼。けど、俺には何も出来ない。というか何かをするつもりもないし。
だってさ、遼を助けようと動いて、キタル先生の標的になるのは勘弁だもんね。
「それよりも、天地について何か掴めた?」
「…龍人、俺にとっては死活問題だからね?」
「うん。そう思う。」
「うわ〜他人事感。…まぁいいや。で、天地については収穫無しだよ。あ、でも昨日あった中央区の爆撃地点付近で銀髪の男が多数目撃されてるんだよね。」
「銀髪……もしかして。」
「うん。可能性は高いと思うよ。」
今回の事件一連に天地が絡んでいるなら、銀髪の男…セフが絡んでいる可能性は高い。
ブースト石研究所のお姉さんが殺された時に、セフの部下であるユウコがいた事を考えれば尚更だ。
「……龍人君、遼君、そうなると中央区での爆撃に天地が絡んでいる可能性は高くなるわよね。」
「だな。」
火乃花は何かを思い付いたのか、ニヤリと笑う。
「それなら…爆撃を誘導できれば、セフって人を捕まえられる可能性は高いわよね?」
「誘導って…どうやんだよ。」
中央区の一部を爆撃対象にするって、中々に危ない考えだと思うんだが。
「一部の爆撃とか襲撃に共通項があるのよ。」
「共通項?」
「えぇ、中央区直轄の施設…そこが狙われている傾向が強いわ。特に爆撃関連は8割近くはそうね。」
「でも、確証はないんだろ?それに、中央区直轄の施設なんて沢山あるだろ。それのどこかに誘導するってのは…情報が足りないと思うぞ。」
「そうなのよね。至上派関連施設が狙われている。とかなら分かるんだけど、そこ迄の情報は今のところ分からないわ。それでも…その情報が掴めれば。」
「まぁ…誘導出来る可能性は高まるか。」
「あのさ…本気で誘導しようとしてる?」
何故か遼は苦笑いを浮かべていた。
「どうして?」
「いや…戦争になりそうな今の状況を止める方が優先じゃないかなって思っちゃうんだけど。」
「それでも、黒幕の可能性がある天地の介入を止めなきゃ意味がないわよ。」
「うん。そうなんだけど。でもさ、きっかけを作ったのが天地だとしても、争ってるのは俺達なんだよね。だから…どうすれば良いのかは分からないんだけど、魔法街の皆が手を取り合える方法を模索する方が優先じゃないかなって思っちゃうんだ。」
なるほどね。遼の言う事はごもっともだ。
「遼、お前の言っている事は正論だと思う。」
「じゃあ…!」
ちょっとだけ遼の目が期待に輝く。…けど、ごめんな。
「それでも、俺は天地の暗躍を止める事を最優先事項に動くつもりだ。天地が関係なければそれで良し。でも、ユウコが俺の前に現れて、セフらしい人物の目撃情報がある以上…天地の関与は確率が高いと思ってる。」
「でも…それじゃあ魔法街の皆を犠牲にするの?」
「そんなつもりは無いよ。小競り合いの仲裁は勿論やるしな。ただ…、仮に天地が黒幕で、戦争が手段だとしたら。」
「手段?」
「あぁ。森林街が襲われた理由は覚えてるよな?」
「それは…里因子所有者の龍人を見つける為。だよね。」
やっぱりそういう認識だよね。
「違うの?私もそういう風に聞いた覚えがあるんだけど。」
俺の憶測も入ってるけど、火乃花にもちゃんと話しても良いか。
「あくまでも憶測も入ってるけど、天地の目的は里因子所有者を見つける事。そして里因子所有者を覚醒させる事…だと思ってる。前に火日人さんも言ってただろ?本当の目的は里因子所有者を使ってやろうとしている何かだとは思うんだけど、流石にそれは分からない。でも、ラスター長官に因子は世界を繋ぐ力をってのは聞いた事がある。」
「…覚醒が具体的に何なのかは分かったのかしら。」
「多分、俺の龍人化【破龍】がそれに当たるんじゃないかな。実際に俺は森林街の皆が殺されているのを見て、自分を見失う程の怒りから…この力を使えるようになったんだ。」
「それって…」
遼と火乃花は俺の言いたい事に気付いたらしい。目を丸くして「信じられない」という顔をしている。
「天地の目的は魔法街にいる里因子所有者を覚醒させる為に、魔法街の皆を殺す事。だと俺は考えている。」
「そんな訳…いえ、あり得るわね。魔法街の壊滅ではなくて、皆殺しが目的…現実的だわ。」
「森林街っていう前例があるもんね…。でも、そうするとやっぱり里因子所有者が誰なのか気になるよね。」
そう。遼の疑問。それこそが1番の問題なんだよね。
「少なくとも、普通の魔法使いとはちがう特徴がある筈だ。元々俺も覚醒前は使える属性が他の人よりも多かったし。……やっぱり遼じゃない?属性魔法が使えるようになるの変に遅かったし。」
「うわっ!?それ、普通に虐めだからね?」
「遼君が属性魔法を使えるようになるのは確かに遅かったけど……流石に違うんじゃないかしら。前に副属性から習得しようとしたから時間がかかったのかもって話もあったけど、ちょっと違う気もするのよね。」
「…どうせ俺の才能の問題だよ!!………ちぇっ。」
はい。見事に拗ね遼の完成です。地面に向かって指をいじいじするなし。
「まぁふざけた話は置いておいて、俺の基本方針は天地を止めるの一択だ。里因子所有者が本当に魔法街にいるなら、天地より先にコンタクト出来るに越した事はないけどね。」
「ふざけた話って……俺の属性魔法問題は深刻だし。」
横で遼がボヤいてるけど、スルー。
「私も龍人君の考えに賛成よ。天地の目的が戦争勃発っていうのは短絡的だもの。その先に何かあるはず。…中央区へ行くタイミングで色々調べてみるわ。」
「頼んだ。」
「遼はどうする?考えが合わないなら無理に…とは言わないぞ。」
「俺は…ううん、俺も賛成だよ。もしかしたら戦争が起きそうな状況自体が目的達成の過程かもしれないし。目先の事態に囚われてたら後悔しそうだしね。」
「ありがとな。したら…学食でご飯でも食べない?朝から何も食べてないから、結構辛い。」
「ふふっ。良いわよ。」
「俺もお腹空いたかも。」
キンコンカンコーン
鐘と共に聞こえてきたのはラルフ先生の校内放送。
「あーっと、高嶺龍人、藤崎遼、ルーチェ=ブラウニー、クレア=ライカス、霧崎火乃花は正門前に集合。中央区で起きた暴動の鎮圧に向かってもらう。」
え…。
これから美味しいお昼ご飯を堪能しようと思ってたのに!
つーか、朝っぱらから南区で起きた平等派と史上派の言い争いを仲介しに行かされたのに、戻ってすぐ次か。
日に日に対応が増えてる気がするんだが…。
「龍人君、お昼ご飯はお預けみたいね。」
「いやいや、腹ペコで何も出来ないからね?」
「龍人、ドンマイ。」
「はぁ…マジで憂鬱だ。」
俺達3人は渋々正門前まで移動していく。
毎日暴動やら喧嘩やらを仲裁するのは…正直精神的に疲れるんだよな。
実力行使で黙らせる!…なぁんて事をする訳にはいかないから、武力衝突を抑えながら双方の話を聞いて妥協点を探る。みたいな内容が多いし。
そして、何よりも許せないのが…時間がランダムすぎる事!まぁ時間を決めて暴動やら衝突が起きる訳無いからしょうがないんだけど、昼夜を問わないのは本当に勘弁してほしい。
今日なんか俺の朝ごはんと昼ごはんを奪ってるんだからな!!
そんな事をイライラしながら考えつつ歩いていると、正門前には既にラルフ先生、ルーチェ、クレアが待っていた。
「よぅ。連続で出撃になっちまって悪いな。」
「大丈夫よ。龍人君だけ空腹で機嫌悪いけど。」
「おいおい…機嫌が悪くてもちゃんと暴動は収めてくれよ。」
「龍人君はやる時はやる男ですの。昨日の晩も、私のベッドで…ポッ。」
…今、ルーチェは何を言ったんだ?
「え、龍人君とルーチェさんってそういう関係…?」
ルーチェのおふざけを信じたクレアは両手を口元に当てて「ビックリ」ポーズを決めている。
「龍人君?説明してもらうわよ?」
ニッコリ微笑む火乃花の後ろに般若が見えるのは気のせいだろうか。……いや、紅蓮に燃え盛る般若が……。
「私も…聞きたいかも。」
…はっ!?クレアの背後には青く揺らめく鬼が。
「いや…ルーチェが適当に言ってるだけだから。」
「あら?私があんなにやめてぇっていっても、やめてくれなくて、私ヘロヘロになりましたのに…無かったことにするんですの?」
「……おいっ!!」
「ふぅん。龍人君ってそういう趣味なのね。」
「…ちょっとドキドキしちゃうかも。」
だぁぁぁぁ!!話がカオス過ぎる!!
「お前ら痴話喧嘩コメディは任務が終わってからにしてもらっていいか?」
うわ…いつもならエロまっしぐらのラルフ先生がやや引き気味なんだけど。
よし。ここはラルフ先生を巻き込んで…。
「ラルフ先生だって普段はセクハラしまくってるじゃないですか。」
「いや、そうだけどよ…流石に女3人巻き込んでの痴話喧嘩とかしねぇから。俺は大多数相手にセクハラできてりゃいいんだよ。ってか、結婚してっから龍人みたいに夜這いとかしねぇし。」
「いや、夜這いとかしてないから!」
「あ、合意の上ね。」
「だから…違うっての!!!」
何故か俺がルーチェとチョメチョメしたみたいな話がどんどん展開されていく。勘弁してくれ…!
「ヒヒッ。…どうやらまだ暴動鎮圧には行かないようだね。それなら、藤崎遼を貸してくれるかな?もう少し調べたいんだよね。」
「……ひぃっ!?」
木の影からヌッと現れたのは白衣を着たヒョロガリ白長髪の科学者みたいな男…キタル=ディゾル先生だ。
前髪の一房だけ赤いのとか、バンドマンみたいなんだけど…きっとそんな趣味は無いんだろうな。ずっと部屋に篭って研究だけしてるタイプだと思う。
因みに、恐怖の「ひぃっ!?」という声を出したのは…勿論遼だ。神速の如き速さで火乃花の後ろに隠れて「なんで私の後ろなのよ!」と、ボディブローを叩き込まれて「ゲフゥ」という何とも微妙な声を漏らしながら地面に倒れていく。
「ほほぅ。動けなくしてくれるとは、中々に協力的だね。僕の実験室で縛り上げて全てのデータを……。」
「や、やめ……て……!!!」
「それよりも龍人君。ルーチェとどういう関係なのかしら?」
「あら、火乃花さん。私と龍人君はただのお友達ですの。」
「お友達なのに……深い関係だなんて……2人とも凄いかも。」
「ルーチェ!変なこと言うな……って、お友達は本当か。って事は、クレアと火乃花は誤解するなって!」
「何が誤解なのよ!」
「龍人君、私……覚悟は出来てるよ。」
何の覚悟だよ!!
だぁぁぁ!!カオス!!
俺達にキタル先生が加わった事でよりカオスな様相を呈した正門前は、それから暫く通る人々が顔を引き攣らせたのは言うまでも無い。
…自分で言うのも悲しいけどな。
つーか、早く暴動の鎮圧に行かなきゃだろ!?