5-55.ブースト石調査
火乃花に呼び出されて来たのは、ギルド内に設置されている個室の1つだった。
部屋の入口には「魔法使用禁止」と書かれている。
こんな部屋があんだなー。と見ていたら、
「龍人君、魔法を使ったらどうなるのかな?とか考えて使うの禁止よ。」
と、言われてしまった。
俺ってそんなに「物は試し」で動いてる様に見えんのかね?
後で聞いたんだけど、魔法使用禁止という条件で使用する事でクエスト依頼者と受注者を公平にしてるんだとか。魔法反応を検知したらギルド職員に即包囲されるらしい。
まぁ確かに魔法で「報酬額を上げろ」って脅されたら断れないよね。
後は、部屋の中の会話を聞こうとする魔法も探知されるらしいから、秘密が守られやすい側面もあるんだとか。密談部屋って事だな。
部屋に入ると、遼、クレア、ルーチェというお馴染みメンバーが揃っていた。
俺が空いている席(クレアの隣)に座ると、お誕生日席に座った火乃花は首の後ろに手を当てると小さく息を吐く。
遼達に「何か聞いてるのか?」的な視線を送ったけど、皆は軽く首を横に振るばかり。
誰も用件は聞いていないって事か。ちょっと嫌な予感すんなー。
「集まってくれてありがと。話は……警察庁長官暗殺についての話よ。」
「暗殺された以外に何かあんのか?」
「えぇ。普通に考えて、何故暗殺が出来たのか…疑問じゃない?」
「それは…そうだね。私も省庁のトップが暗殺されたって聞いて、そんなに警備が薄かったのかって思ったよ。」
クレアの意見にルーチェも頷いた。
「そうですわね。私の見立てでは、暗殺は複数人による共謀ですの。そして、一般への公開情報が魔力暴走に巻き込まれて…と暗殺部分を隠した事から、暗殺として公表する何かしらの不都合がある筈ですの。」
「あれ…?暗殺って話になると警察の警備体制が脆弱すぎる。みたいな世論のバッシングを懸念したんじゃなくて?」
遼の疑問を聞いて火乃花がパチンと指を鳴らす。
「それなのよ。」
…それ?
「要は、世間の目も、暗殺という事実を知っている私達魔導師団の目をも欺く事が目的で暗殺を伏せたのよ。」
「……つまり、暗殺を伏せる事で伏せたい別の事実があったって事か。」
火乃花は俺を見ると頷く。
「そうなの。実は…警察内部に暗殺に関わった人が居るってお父様は考えているらしいわ。」
「…物騒ですの。」
「えぇ。そして、これも未公表情報なんだけど、長官は凹凸のない紐みたいなもので縛られた状態で、魔力暴走者に殴られ続けて死んだらしいわ。」
「……一応聞くけど、その情報どこから?」
「お父様からよ。」
「もしかして奇襲で縛り上げて、拷問を…!?」
「そんな事しないわよっ!」
ガツン!
顔を赤くした火乃花が投げたコップが脳天にクリーンヒットした…!
「まぁ…そこが本題なのよ。」
俺の頭から赤い噴水が上がっていることは全く気に留めず、火乃花は真剣な顔で話を続ける。
「実は、お父様から私達へ依頼を受けてるの。」
「依頼…ですの?」
「えぇ。依頼内容は…コンセルさんとブースト石の関係について。」
……ん?なんで警察のコンセルさんとブースト石の関係性を調べるんだ?普通なら「コンセルさんと協力してブースト石について調べる」じゃないかな。
「どうやって調べますの?相手は警察庁執行部霧崎長官の秘書ですわ。簡単に近付ける相手ではありませんの。」
うん。ごもっとも。
「それが、コンセルさんとブースト石について調査をしながら…らしいわ。」
「うわぁ…難易度高いね。」
余りにも攻めた調査方法に遼の顔が分かりやすく曇った。
そりゃそうだ。コンセルさんとブースト石について調べながら、コンセルさんとブースト石の関係について調べるとか…潜入捜査と同じだし。
普通に考えてかなり難しい。コンセルさんはそもそもかなり頭がキレると思うから、疑いながら一緒にいたら「様子がおかしい」って逆に勘繰られる気もする。
「てかさ、コンセルさんを調べる理由は?」
「それは…受けると決めない限り言うのは禁止にされているのよ。」
…嫌なパターンだ。これは、それ相応の理由があるな。んで、その理由を聞いたら後に引けない奴だ。
下手すると相当な大事に巻き込まれる可能性もある。
「皆、どうする?」
きっと、火乃花は火日人さんから全ての話を聞いているんだろうから…コンセルさんを調べることに納得しているんだと思う。
リスクは当然ある。
一般の魔法学院生である俺達が、警察の上層部にいる人と一緒に行動する事は…もし相手が黒だった場合、証拠もろとも抹殺される可能性だって否定出来ない。いや、コンセルさんに限ってそんな事ないと思うけど。
「私は…興味がありますの。警察庁長官が何故暗殺されたのか。その黒幕にも。」
「俺は天地が関わってるなら、調べるべきだと思う。」
「私は……皆が不幸になる事は見逃せないよ。」
皆の意見が出揃ったか。まぁ、そうだよね。天地と戦うって目的がある以上、コンセルさんとブースト石の関係を調べる事に異論はない。
答えは決まっている。
「俺は…反対だ。」
場の緊張感が一気に増す。原因は…火乃花から膨れ上がった怒気だ。おぉ怖い。でも、これだけは譲れない。
「龍人君、どういうことかしら。怖気付いたの?」
「まさか。俺は火日人さんの依頼通りにコンセルさんと行動して、コンセルさんとブースト石の関係だけを調べるのに反対なんだよ。」
「それってどうい……もしかして。」
俺の意図に気付いた火乃花が考え込む。
「え、なに?」
遼…気付けし。まぁ焦らしてもしょうがないから説明するか。
「本来解決すべきなのは、ブースト石が魔力暴走の原因だとしたら、誰が指示を出したか。だと思う。だから、コンセルさんとブースト石の関係を調べるだけだと不十分じゃないかな。」
「龍人君、それって……もしかしますと、ブースト石が天地と繋がっている可能性を考えていますの?」
「確証は無いけどな。ただ、天地が魔法街に何か仕掛けようとしいて、その一端がブースト石だと何となく納得感がある気がしてさ。」
「可能性としてはあり得るわね。でも、どうやって調べるの?」
「それは……。」
俺はニヤリと笑うと、1つの案を皆に話したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、今日はコンセルさんと調査をする初日だ。
火乃花から聞いた話では、警察庁長官が殺された部屋の前でコンセルさんは座って待っていたのだとか。
秘書が中に誰も入れるなと部屋から追い出されたというのを理由に、室内から喧嘩のような音が聞こえていても動かなかったらしい。
警察組織に於いて上官の命令は絶対的なものであるから、コンセルさんの行動は間違っていない。
ただ、冷静沈着であるコンセルさんと常に行動を共にしてきた火日人さんは、違和感を覚えたらしい。
何が…という根拠は無い。でも、直感的に感じた違和感を捨てきれなかった火日人さんは、娘の火乃花にその違和感の解消を依頼した。
……ってな感じだったかね。
火乃花からその話を聞いた俺達は、火日人さんに依頼受諾の意を伝え、ラルフ先生に警察と一緒に動きたい旨を伝えた。
猛反対…されるかと思ったんだけど、「お前達の考えは大体わかった。それなら行って良い」と快諾してくれた。俺たちの考えは何も話して無いんだけど…まぁ良いか。
そんな訳で、俺たち5人は警察庁執行部の秘書室を訪れていた。
火乃花の案内で部屋に入った俺達は、コンセルさんと対峙する。
「よく来てくれました。火日人さんから話は聞いています。魔法学院生という、警察組織の柵に縛られないメンバーと動く事で捜索の範囲を広げる。との話…個人的には危ないので承伏しかねるとお伝えしたのですが、火日人さんの意志が固く…ご迷惑をお掛けします。」
口火を切ったコンセルさんによる謝罪の言葉に俺達は慌ててしまう。
「えっと…いや、気にしないでください。」
「そ、そうですよ!俺達も希望してきたんですから!」
「わ、私は、私も大丈夫ですっ!」
「コンセルさん。良いのよ。お父様って昔からそうだから。私は慣れっこよ。」
「私は寧ろ今回の事件に於ける原因を調査出来る事にやり甲斐を感じていますの。犯人が…許せませんわ。」
火乃花とルーチェは比較的落ち着いた対応をしていた。
これが家柄の差か!?
俺たちの其々多様な反応を見たコンセルさんは、1枚の紙を机から取り出した。
「まぁ…ここて愚痴を言ったとしても、今後の行動に変化は基本的に表れません。本題に入ります。」
その紙には細かい字で色々と書き込まれている。
いや、見せられても細かすぎてよく分からんぞ。
「まず、ブースト石を生産している企業を突き止めました。」
「え、マジっすか。」
「はい。今回の魔力暴走事件とブースト石の関連性を調べる為にも、企業のブースト石生産工場を調べてみようと考えています。」
「でも…入れてくれないんじゃ…。」
俺の疑問を聞いたコンセルさんはニヤリと笑みを浮かべる。あ、この笑みは腐女子が1発で落ちるやつだ。
クレア、火乃花、ルーチェをチラッと確認したけど、特に見惚れている人はいなかったかな。
うん。一安心。
……安心したのか俺?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、そんな訳で到着したのは中央区にある工場だ。
重機材が所狭しと並び、規則的に動く機械によって次々とブースト石を生産していく。
…なんて光景を想像していたんだけど、現実は全くの真逆で研究所みたいな建物だった。
中にいる人も皆白衣を着ているし。
「いやぁ、本日は良くお越しくださいました。ブースト石の生産所を見たい魔法学院生がいるというのには、私感銘を受けました。」
「え、でも飛躍的に魔力を向上させるから、ブースト石の生産方法を知りたいって人は多いんじゃないですか?」
俺達を案内してくれているのは、工場の所長さんだ。この人も例に漏れず白衣姿。
「えぇ。しかし、普通に考えれば企業が長年懸けて完成させた商品の秘密を教える訳がないと思うでしょう?だから、こう言った申し出は少ないんですよ。まぁ、それにあっても普通は引き受けません。」
「それでは、何故受けてくださったのですか?」
ルーチェの質問を受けた所長さんはチラリとコンセルさんに視線を送った。
「それは、警察庁執行部秘書のコンセルさんが同行されるから。ですね。実力のある警察関係者がいれば、ブースト石の秘密を知る為に実力行使も出来ないでしょうし。それに、私達のブースト石が安全であり、魔法街にいる魔法使いの皆さんの魔力を限定的とはいえ強くする事の意味を…皆が理解してくれるきっかけになれば。とも思っています。まぁ学院生の皆さんに期待するのは野暮かも知れませんが。」
「そうですね。警察庁の一員としても、今後警察で犯罪防止の観点で活用する議論が出るかもしれない。…とは思っています。」
うわー。完全に商談の駆け引きみたいな会話になっとるよ。
ここまでの会話で分かったとは思うけど、魔法学院生の社会科見学に付き添い警察官。みたいな構図で工場に乗り込んだって訳だ。
後は、どうやってブースト石と魔力暴走の因果関係を調べるか。
火日人さんの依頼的にはどうやってコンセルさんとブースト石の関係を調べるか。
俺達的にはブースト石と天地の関係をどう調べるか。
…って事になる。
「俺、前から気になっていたんですけど、ブースト石ってどうやって使用者の魔力を強化してるんですか?」
「ははっ。ストレートですね。でも、そこはまさしく企業秘密ですよ。」
「やっぱそうですよねぇ。あ、もしかして天地って企業と関係あります?」
「天地…?初めて聞く名前ですね。有名なんですか?」
「いや、俺も詳しくは。魔導具関連の素材取り扱いで有名って聞いた程度です。」
「龍人さん…ちょっと。」
顔色を変えたコンセルさんに引っ張られる。通路の端へ移動させられた俺は、コンセルさんに睨まれた。
「龍人さん。流石に天地の名前を出すのは危険ですよ。火日人さんから天地に関する話は聞いていますが、迂闊に名前を出すのが危険な相手だと思います。」
「すいません。でも、繋がりがあったとしたら何かしらの反応があるかなって思ったんですけど…あの様子じゃハズレみたいですね。」
「そうですね。ともかく、もう少し慎重に。目的はブースト石と魔力暴走の関係性を調べる事です。最初から黒と決めつけて調査しない様に。」
「わかりました。」
「……この後、自由に工場内を歩き回れる様に交渉します。そこが勝負どきです。」
「うす。」
コンセルさんは軽くウインクをすると、所長さんの所へ戻っていった。
その後、コンセルさんが自由に工場内を見学する了承を取り付け、俺達は手分けをして工場内捜索をする事になったのだった。
どうやって自由見学を取り付けたのかは気になるけど…まぁ、流石は警察庁執行部秘書。って事なんだろうね。