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2-6.豊穣祭

 ゴブリン討伐クエストを達成してから7日間が過ぎた。

 そう。今日はプラム団長へ警護団入団の是非を返事する日だ。

 あれから遼とも相談したが…中々結論を出す事が出来なかった。

 警護団に入れば、極秘クエストを受けられる。そうすれば普通にギルド活動をするよりも多くの経験ができる。つまり、早く強くなれる。とも言える。

 けど、反面でデメリットも存在する。

 第一に考えられるのは警護団としての仕事が増えるという事だね。警護団ってのは、その名の通りレフナンティを警護する集団だ。

 治安維持の為の見回りも必要だろうし、警護団メンバーでの訓練もあるって聞いた事がある。

 まぁ色々な人と訓練出来るのは良いとは思うけど、時間に縛られる事に変わりはない。

 果たしてそれが本当にギルドで活動していく事を最前提に置いた時に、最適解なのか。…が分からないんだよな。

 むむぅ…………。


「おーい。龍人?人の家で朝ご飯食べてるのに上の空は失礼だと思うよ?」


 ……。はっ。しまった。悩み過ぎてるぞ俺。

 俺は表情を改めると、遼に笑顔を向ける。


「悪りぃ悪りぃ。それにしても茜が作ったご飯はホント美味いよな!特に味噌汁が最高だよ。」

「あのねぇ…人の姉を褒めて誤魔化すの、良くないと思うよ?」

「あ、茜〜ご飯お代わり!」

「はいはい。龍人はホント昔から変わらないわね。」

「ははっ。それが取り柄だからね。」


 遼の姉である藤崎茜は、黒髪巨乳美人だ。薄茶のヘアバンドを付けてるあたりが、飾らない可愛らしさを出してんだよね。

 遼もイケメンだし、美男美女姉弟ってやつだな。

 昔から良く遼の家でご飯を食べさせてもらってるから、結構仲は良い。だから俺にとっても頼れる姉って感じなんだよなー。


 ………?あれ?昔?いや、そもそも家族構成に違和感ないか?

 ズキン…!くっ。頭痛が……。

 ………。


 んで、今日もいつもと変わらず遼の家に来てる訳だけど、ちゃんと目的がある。

 それは、遼と豊穣祭に行くんだよね。


「龍人、プラム団長とはギルドに17時に待ち合わせだよね?」

「そうだよ。そこで…ちゃんと返事しないとな。」

「…?もしかして、昨日あれだけ話し合ったのにまた迷ってるの?」


 おぉ。流石は腐れ縁の遼。俺が悩んでる事にパパッと気付きやがった。


「まぁ、悩んでるのは間違いないかな。でも、昨日出した結論に変わりはないから心配すんなって!」


 バンっと遼の背中を叩いてやる。


「ゴホッゴホッ…!いきなり叩かないでよ!」

「ははっ!叩かれてもむせない位に強くならないとダメだぞ遼君?」

「いや、意味不明だし。」


 馬鹿っぽいやり取りをする俺たちを見て、茜がクスクスと笑う。


「ふふっ。本当に遼と龍人は仲が良いわね。その2人がギルドで活動するようになったなんて、私嬉しいわ。」

「おうよ!これからバンバン活躍するから楽しみにしててくれよな。」

「はいはい。期待しないで待ってるわ。…あ、洗濯物干すの忘れちゃってた。ちょっと干してくるから、ご飯食べたら食器洗いまでお願いね。」

「はいよー。」


 パタパタと茜が去るのを見届けてから、俺はご飯の残りを素早く食べていく。

 隣で遼もパクパク食を進めていた。

 あんまりゆっくり食べてると茜に「いつまで食べてるのかしら?」って怒られちまうからな。

 それから、茜が言った通りに皿を洗い、拭き上げて食器棚にしまってひと息ついた所で茜が戻ってくる。


「食器ありがとね。今…9時ね。私は豊穣祭で出店する屋台の準備を手伝うから、もう出るわね。2人は何時くらいにレフナンティにくるのかしら?」


 あー、それは考えてなかったな。昼前には出店が開店するだろうから…出店巡りで昼飯食べて、時間潰してから17時にギルド前でプラム団長と会う感じかな。

 ざっと考えたスケジュール感を話すと、遼も異論はないらしく、すんなりと決まる。


「じゃ、また後でね。ギルド前の櫓近くの屋台だから食べにくるのよ?」

「楽しみにしてるよ。」

「ふふっ。仲良し2人の為に、腕によりをかけて作っちゃうわよ?」


 嬉しそうに笑う茜は、パパッと準備を終えるとヒラヒラと手を振って出かけてたのだった。


「よし。掃除したら俺たちも豊穣祭行くか!」

「うん。パパッと終わらせよう。」


 それから俺達はひたすら家事に勤しんだ。

 床の掃き掃除、窓の拭き掃除、台所の拭き上げ、排水溝の汚れ落とし、玄関口の落ち葉掃き等々。

 全て終えた頃には、既に11時を回っていた。

 いつもご飯とかでお世話になってるからね。週に一度は掃除で恩返しをしてるんだ。

 箒を片付けた俺はグンッと両手を伸ばして叫ぶ。


「よしっ!飯だ!!」

「また!?」

「掃除したら腹減らない?」

「あー。うん。空いてるね。」


 何故か遼は苦笑いを浮かべる。

 食欲に忠実なのって良い事だと思うんだけどな。

 ともかく、俺と遼は労働後の空腹という最高の条件を携えて豊穣祭に向かう。

 因みに…豊穣祭は3月の中旬に行われる。

 普通は豊穣を祈ってとか、豊穣を祝って秋とか冬前に行う筈なんだけど、何故かレフナンティでは春先なんだよね。

 前に聞いた話によると、これから始まる秋に向けた畑仕事の前に前年の作物への感謝を捧げ、今年の豊穣を祈るためなんだとか。まぁ…名前はともあれ美味しいものを沢山食べれる祭りって事でいいか。

 よぉーし…食いまくるぞ!!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 今年の豊穣祭は例年よりも盛り上がっていた。

 ギルド前に設置された櫓の周りで行われる踊りで、警護団がパフォーマンスをするというのが話題になっているらしい。

 …確か踊りって17時からだったような。

 プラム団長との待ち合わせも17時だし、ちょっと嫌な予感しかしないんだけどね。

 まぁ、そーゆー微妙な不安要素はあるものの、だからといって豊穣祭を楽しまない理由にはならない。


「遼!あそこにスーパースパイシー焼きそばあるぞ!」

「えぇっ!?まだ食べるの!?」

「当たり前だろ?年に1度の食いまくりDAYだ。食べないわけなが無いだろ。」

「少し休もうよ…。」

「いや、まだだ。スーパースパイシー焼きそばの後は茜んトコだ。」

「うぇぇぇ。姉さん今年は何作ってるんだろう。」

「きっと今年もインパクトあるやつだろ。」

「やだなぁ…。」


 とまぁこんな感じで、俺と遼は食い倒れツアーを強行して豊穣祭を謳歌していた。

 ひと通り気になる出店を回った後に、メインの茜が手伝う出店に向かう。


「ちょっと…舐めてたかな?」

「これは……姉さん……。」


 茜がいる出店は…激混みだった。

 毎年ぶっ飛んだ料理を出す事で有名だからな。

 けど…今回は様子が違う。

 まず、料理待ちの行列。これはいつも通りだ。そして、出店周辺のベンチでは大勢の人が幸せそうな顔で倒れていた。

 死屍累々。では無いけど、ある意味惨劇だぞコレ。

 問題の出店には『絶頂昇天磯辺揚』の文字がおどろおどろしく描かれている。

 磯辺揚…ねぇ。なにをどうしたら絶頂して昇天出来るのかが分からないな。

 意味は分からないけど、大勢の人が幸せそうに倒れているという事実が名前の真実味を語っている。


「遼…。いくか?」

「…やっぱりそうなる?」

「まぁなるよね。一応毎年食べてるわけだしさ。気合の入り方は今年だけ違う気もするけど…。」

「だよね…。食べに行かないと後で姉さんに怒られそうだし。別に、不味い訳じゃないもんね。」


 因みに、俺と遼が食べるのを躊躇しているのは…遼が言っている通りに不味いからではない。寧ろその逆だ。美味すぎるんだ。そしてその美味さは強力な中毒性を持っている。

 つまり、1度食べたら2度。2度食べたら3度食べたくなるんだよね。

 マジで去年も茜が作った料理で散在させられたからな。だからこそ、食べるには覚悟が必要なんだ。…財布の中身がスッカラカンになるという覚悟が。


「あ、龍人!遼!来てくれたのね。2人用に準備してあるわよ〜!」


 …見つかった。コレで食べないとか言ったら、今後、遼の家でご飯を食べられなくなる危険性がある。つまりだ、選択肢は食べる1択。


「茜ありがとう!楽しみにしてたよ。」

「姉さん、今年は気合い入ってるね。」

「当たり前じゃない。遼と龍人がギルドで初めてクエストを達成したんだもの。」

「そういう事か。ありがとな!」


 俺達の為だったとは…。大人しく絶頂の波に飲まれようじゃないか。

 茜から磯辺揚を受け取ると、俺と遼は意を決して口に放り込んだ。


「…!????!?!?!?!????」


 強烈な幸福感が全身を駆け巡る。

 味は磯辺揚だ。けど…なんだコレは!?芳香な磯の香りが鼻腔を突き抜け、竹輪の甘みとプリプリした食感が口の中で踊り狂う。

 そして、脳髄を刺激する快感。

 …ダメだ。墜ちる…!


 …………………………。


 気付けば俺は遼と隣り合って近くのベンチにもたれるようにして寝ていた。

 周りには…更に幸せそうな人が増えている。

 いやぁ凄かった。…もう1つ食べたいな。

 ……はっ!?駄目だ。もう禁断症状が…。


「あ、龍人…。」


 俺が禁断症状に悶えていると、横で目を覚ました遼がムクリと立ち上がる。


「磯辺揚…。磯辺揚…。」


 遼はゾンビのように磯辺揚を連呼しながら歩き出した。その目は虚ろで完全に自我を失っている。ヤバイ。これで2つ目を食べたら今日1日が磯辺揚げで終わっちまう。プラム団長との待ち合わせなんか絶対に行けない。

 慌てて起き上がった俺は、遼の腕を掴む。


「遼!駄目だ。2つ目はマズい!」

「うぅぅぅ〜〜磯辺揚。俺は磯辺揚を食べたいんだヨォ。止めないでヨォ。」

「おい!行くなって!」

「何で駄目なのさぁ?美味しいものは食べないトォ。食べる義務があるんだヨォ。作ってるのは俺の姉さんなんだヨォ。行かせてくれヨォ。」


 …おいおい。流石は茜が気合いを入れて作った磯辺揚げだな!?

 遼の異様な様子を見てたら、俺の禁断症状は何故か収まりつつある。

 こうなったら…実力行使しかない…!!

 俺は魔法陣から鞘付きの刀を取り出し、遼の首筋を強打する。


「グフゥゥゥ!?」


 …お前はモンスターか!?って突っ込みたくなったけど、それは置いておいて。

 ともかく俺は気を失った遼を担いで一旦遼の家に引き返したのだった。


 磯辺揚…恐るべし。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 遼の家に戻り、目を覚ました遼と磯辺揚問答を再び繰り返すことになった…。

 ホント強力過ぎるだろ。

 どうにか遼を平常状態に戻した後、俺と遼は軽く手合わせをする事にしたのだった。

 何故手合わせかって?そりゃあプラム団長との待ち合わせまで時間があったからだ。

 今までも時間がある時には手合わせをしてたからな。誰かと本気で戦うってのは良い経験になるんだよな。何事も本気で取り組まなければ見えないものってのがあるだろ?その経験数が多いか少ないかで、後々に大きな差が出ると思うんだ。

 ま、今回はあくまでも軽い手合わせだけどな。この後にプラム団長に会うことを考えると、そんなに疲れ切るわけにもいかないし。


「いやぁ、良い運動になったね。」

「だな。ま、俺の場合は遼を正常に戻すので大分疲労してたけど。」

「うっ…悪かったってば。でも、あの磯辺揚の威力は半端なかったよ。」

「だなー。あれ、魔獣の群れに投げ込めば、それだけで無力化出来そうじゃないか?」

「あー…出来るね。もはや兵器じゃん。」

「ははっ。そう考えると俺と遼より茜の方が強いかもな。」

「だね…。」


 下らない会話をしながら、崖から眼下に広がる景色を眺める。

 どこまでも広がる緑。そして、その中にポッカリと緑が無く、茶色が密集した場所…レフナンティが見える。

 ホント、平和な星だよな。前に警護団のおっちゃんに聞いた話だと、他の星ではここまで穏やかな事は珍しいんだとか。魔獣が沢山出る星とか、戦争が絶えない星とかがあるらしい。

 それを考えると森林街…俺達が住む星は穏やかだ。時々魔獣騒ぎはあるけど、大体がEランクだしな。

 その反面、強くなりたい。ギルドで活躍したい。って考えると、強くなる環境としては恵まれてはいない。…争いが絶えない星の人からしたら、贅沢な悩みなんだろうけど。

 それでも、俺も遼も強くなって活躍する事を目標にこれまで頑張ってきたんだよな。

 ん?何故活躍したいのかって?…恥ずかしながら、大それた理由は無い。単純にカッコ良いからだ。

 ギルドで活躍して、他の星にも行って有名になる。男が1度は夢見るような事を、愚直に追いかけてるだけなんだ。

 もし駄目だったら?その時は…どうしようか。警護団でレフナンティをの治安維持に勤しもうか。

 ま、タラレバを今考えてもしょうがない!

 お、水平線に朱が差し始めたな。もうすぐプラム団長との待ち合わせ時間だ。


「よーし。プラム団長のとこに行くか!」

「だね。」


 遼と話しながら魔法陣のストックも完了したしな。これでプラム団長に警護団入団の返事をした時に、戦う的な流れになったとしても準備は万端だ。


 その時だった。


 何かが光った。

 遅れて音が鼓膜を刺激する。その音は大気を揺さぶり、地を震わせる。


「なんだ今の…?」

「りゅ…龍人………。アレ…。」


 遼が震える手で指差す方を見た俺は…目を疑った。

 見晴らしの良い崖から見えたのは、レフナンティから狼煙の様に煙が上がる光景。

 …なんなんだよコレ。

 何が起きた?爆発か…?爆発なら何が原因だ?

 魔獣の襲撃?

 豊穣祭で使った何かしらの魔法が暴発したのか?

 くそっ。唐突過ぎて思考が纏まらない。


「ねぇ…龍人。あの…煙が出てる場所って……レフナンティの中心に近くない?」


 レフナンティの数カ所から煙が立ち上っていて…取り分け大きいのが中心地から上がるものだった。


「………遼、急ぐぞ。」

「……うん。」


 俺と遼は全力で駆け出した。

 何が起きているのかは分からない。

 だからこそ、早く行かなければならないという焦燥感が俺の心を駆り立てていた。


 ズキン…!

 …っつ!?こんな時に頭痛かよ…!

 ……くそっ。俺は、もう2度と大切な人を失えないんだ。失ってたまるもんか…!


 ……。

 あれ?やべ。一瞬意識が飛んでた気がする。

 レフナンティに何かが起きてて、急がなきゃいけない時に俺は何をやってるんだ…。

 頭痛があったのは覚えてるんだけど……。いや、今は一刻も早くレフナンティに到着する事を考えないと。

 爆発がレフナンティの中心地だとすると…そこにはギルドがあり、踊りが開催される櫓があり、茜が手伝ってる出店がある。

 急げ…急げ!!


 死に物狂いで走ってレフナンティに到着した俺と遼が見たのは…。

 死ぬ迄忘れる事が出来ない…悲劇だった。

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