5-48.魔導師団の目的
魔導師団設立の目的。それが分かったというラルフ先生は、真剣な顔で話を始める。
「まず、魔法街公認の魔導師ってのは間違いが無い。ただ、その活動目的が問題だ。基本的に魔法街の為に活動をするんだろうが、どう考えても魔導師団が魔法街の核になる。そうなると何が起きるか…簡単だろ?」
「…至上派が優遇されんのか。」
ラルフ先生は俺を見て頷いた。
「そうだ。至上派の理念は力の強い魔法使いが魔法街を主導するって考えだ。つまり、魔導師団が魔法街に立ちはだかる大きな問題を率先して解決し、強い魔法使いの大切さを魔法街の人々に刷り込むって訳だ。」
ルーチェが首を傾げる。
「でも、そうなると…天地の活動を妨げるっていう意味では効果的な可能性が高いですわ。」
「んな訳あるか。魔導師団が設立されたら確実に至上派と平等派の対立が今より激化する。天地がその状況を逃す手はないだろ。やり方は分からないが、確実に両派閥の溝を深めようとしてくるはずだ。」
うんうん。ラルフ先生が言った話は、さっき俺たちが話したのとほぼ同じ話だな。
そうなると、ここで鍵になるのは…天地の目的だ。
前に里因子所有者を探しているって言ってたけど…。
「ラルフ先生。今の話だと天地が魔法街を狙う理由があるはずよ。そこは分かっているのかしら。」
「あぁ…それは…。」
火乃花の突っ込みに対して、言い淀んだラルフ先生は少し気まずそうにしつつ、チラッと俺へ視線を送ってきた。
あぁ、そうだよな。天地の目的が里因子所有者である事が変わらないのだとしたら、天地が魔法街を狙う理由は…俺である可能性が出てくる。
つまり、俺を森林街から魔法街に連れて来た事。それが原因で天地が魔法街に手を出し始めた可能性。
俺が全ての元凶って訳だ。
けど、それを隠していてもしょうがない事実。魔法街の人達へ大っぴらに公表する必要は無いと思うけど、共に戦う仲間にはちゃんと話す必要はあるよな。
だから、俺はラルフ先生に向かって小さく、けれども強い意志を込めて頷いた。
「そうか…。龍人が良いなら話すか。俺が把握している天地の目的は里因子所有者を見つける事だ。まぁ見つける目的までは分からねーが。その里因子所有者ってのが具体的に何を指すのかは、正確には分からないが…龍人が該当する可能性が高い。天地に所属するセフって男は、里因子所有者を覚醒させる為に森林街を壊滅させたって言ったらしい。」
「え…それじゃあ、龍人君を覚醒させる為に天地が魔法街に介入してくるって事ですか?」
クレアが驚いた顔で俺を見てくる。
「可能性としてはあり得る話だな。ただ、里因子所有者の覚醒ってのが、何をもって覚醒なのかがよく分からねぇ。龍人の使う龍人化【破龍】、魔法陣展開魔法、属性数の縛り無しは既に魔法の理を外れている。この状態が覚醒しているのなら、天地の目的は別にある事になる。もし、今の龍人の状態が未覚醒だったとしたら…覚醒したら恐ろしい事になりそうではあるがな。」
ラルフ先生の話に全員が口を閉ざしてしまう。
そりゃそうだよな。魔法街が天地に介入される原因が、直ぐ近くにいるんだから。簡単に言ってしまえば、俺を差し出せば魔法街は安全になる可能性だってある訳だ。
「俺、思うんですけど、セフは最終的に龍人を里因子所有者って断定するような話し方をしていたってヘヴィー学院長が言ってました。だから、覚醒は終わっている気がします。」
考え込みながら話す遼の言葉にラルフ先生は頷く。
「あぁ。俺もそっちの可能性が高いとは思う。ただ、龍人を覚醒させるのが目的である可能性は忘れるべきでは無いからな。」
「……私、閃きましたの。」
「流石は才女ルーチェ。て、何を閃いたんだ?」
「魔法街に未覚醒の里因子所有者がいる可能性。この線が濃厚ではないでしょうか。」
「……やっぱそれだよな。」
ラルフ先生、何か思い当たる節でもあんのかな?
「まぁ、この際隠してもしょうがないか。魔法街戦争が起きた時、俺は戦争が起きるように誰かが仕掛けたと思って調べたんだよ。けど、何も見つからなかった。仮にあの戦争が里因子所有者の覚醒を促す目的で引き起こされたとしようか。戦争が起きて多くの人が死ぬ事で、追い詰められたりして秘めたる力を覚醒させる。それはあるかも知れねぇが、そんな奴居なかった。」
「……だとすると、魔法街戦争から今に至る間に魔法街へ来た人の中に、未覚醒の里因子所有者がいるって事なのかな。」
「あー遼。その視点は良いんだけどよ、魔法街戦争後の復興で他星の人も沢山支援に来てくれてんだ。そのまま住んでいる奴もいるし、逆に魔法街から出て行った奴もいる。特定すんのはかなり厳しいな。」
難しいな…。つーか、個人の特定がそんなに難しい状況で、天地が里因子所有者の未覚醒者を見つけられるとは到底思えない。
そうなるとやっぱり…。
「天地の活動が活発化したのって、俺と遼が魔法街に来てからだろ?そーすっと、俺がまだ未覚醒なのか、もしくは遼も里因子所有者なのか…ってのが妥当じゃないか?」
「えぇっ!?俺!?」
遼がリアクション芸人並みの反応を見せるが、ラルフ先生は納得…といった風で頷いた。
「可能性としては有力な線だな。」
「俺が?」
「あぁ。まず、使う魔法が属性【重力】だろ?マイナーな属性魔法は可能性が高い。それに属性魔法習得までも時間が掛かってたからな。」
「いや…それは俺の才能の問題……。」
「そうかも知れん。ただ、主属性が里因子ってのに由来する属性魔法で、属性【重力】が副属性だとしたら辻褄が合う。」
ははぁん。成る程ね。基本的に主属性を習得してから副属性を習得するのが一般的だもんな。遼は未覚醒の状態だから主属性の習得に至ってないって事か。んで、副属性から習得しようとしたから時間が掛かったと。
うん。可能性としては十分にあり得る話だ。
でも…そうだとしたら、地球にいた人が里因子所有者になっている可能性が出てくるけど、選定基準は?俺と遼の違いは?
もう謎しか出てこない。
「俺、そんな特別な存在にはなりたくないな。…荷が重すぎるよ。」
「まぁ決まった訳じゃねぇんだ。話がズレちまったが……あぁーっと、魔導師団のメンバーになると天地の企みを阻止するのが難しくなる可能性があるから、入るのはお勧めしない。」
「なんでだ?魔導師団のメンバーになれば、強い仲間達と天地の企みに対抗していける気もするけど。」
…こんな事を言うけど、俺は基本的に魔導師団に入るつもりはない。
だってさ、そういう公式の団体に入ると行動が制限されるじゃん?
ラルフ先生は俺の質問に肩を竦める。
「まぁ、天地が魔法街の誰とも繋がっていなければな。」
………沈黙が結界内を支配する。
あ、言い忘れてたけど、俺たちは修練場にただいるだけではない。正確に言うと修練場内の一角に作られた結界内にいる。多分…盗聴対策でもしてあるんだと思う。
それよりも、今の問題発言が重要だ。
皆の反応を見るに、俺を含めて全員が魔法街と天地が繋がっているとは思っていなかった筈。
「ラルフ先生…どういう事ですの?まさか、魔導推進庁に内通者がいるという事ですか?」
こういう時に、まず冷静に切り返すのってルーチェだよな。ホント頼もしい。
「いや、それ自体は分からねー。けど、可能性はあんだろ。魔法街戦争を引き起こしたのが天地だとしたら、工作員が紛れ込んでいる可能性は非常に高い。」
「目星は付いてるのか?」
「いや、全く。」
「それでは何の対策のしようも無いですの。」
天地と魔導師団が裏で繋がる可能性もあるって訳だ。
もしそうなったヤバいだろ。下手をすれば天地が他の星で目的を達成するための工作を…気付かずにやってる事もあり得るのか。
だからこそ、魔導師団に入るのは危険なのね。
話が終わらなそうだから、ここで纏めるか。
「対策のしようは無いかもしれないけど、その可能性を考慮して行動はできるだろ。魔導師団に入るにしても、入らないにしても、その目的が分かるに越した事はないから…勢いのままに魔導師団になるのはやめよう。」
「あれ?龍人は魔導師団に入るつもりなの?」
あ、そーいや最近はそんな話してなかったか。遼が疑問を持つのも当然だわな。
「俺は入るつもりは無いかな。自由じゃなさそうな組織に入るのは勘弁だわ。」
「そっか。俺も龍人と同じかな。」
「私も入るつもりはないわ。そもそも魔法街にずっといるつもりも無いし。」
「私もかな。」
遼、火乃花、クレアは俺と同じ意見らしい。その中で迷う表情を見せたのは、意外にもルーチェだった。
「私は…迷っていますの。例えばですが、魔法街が根本的に腐っていて…それを天地が正そうとしていたら、私はどちらの正義を信じるか分かりませんの。」
難しい話だ。天地が正しいのか、魔法街が正しいのか…なんて、全てが終わらないと分からないんじゃないかな。
ルーチェの言葉を聞いたラルフ先生はふっと頬を緩める。
「まぁそんな悩むな。何が正義かなんて俺にも分からん。ひとつだけ言えるのは、その時、その瞬間にお前にとって何が信じるべき正義なのかだ。余計な事を考えたら後悔するぞ。」
「……分かりましたの。」
むむぅ…と悩んではいるみたいだけど、ルーチェの表情も少し和らいだ気がする。流石は教師。ただのセクハラ親父では無かったか。
ラルフ先生は俺達の顔を見回すと、何故か邪悪な笑みをうかべる。
「よし、ちゃんと特訓していた風にしないとまずいから、お前らは俺に向かって高威力の魔法を乱発して、その後に全力で防御しろ。ほら、来い!」
なるほど。あくまでと盗聴対策で特訓しているていで結界内に移動したから、それなりに破壊されたようにしないと不味いのか。
それなら、遠慮は要らないか。
「龍人化【破龍】。」
俺が龍人化を使う横で、皆から高密度の魔力が噴出する。
ラルフ先生の顔が引き攣った。
うん。どうやら皆が同じ考えみたいだね。普段の恨みをこのタイミングでぶつけようって算段だろう。特に女性陣はセクハラ被害が甚だしいからな。
「お、おい!少しは手加減……ぶぁ!?」
ラルフ先生の制止を待たずに5色の魔法が放たれる。それらは結界内を席巻し、大規模な破壊を齎した。
「…連発って言っただろうが。こーやんだよ。」
そして、煙の中から無傷で現れたラルフ先生の攻撃魔法に晒され…俺達は全力で結界内を逃げ惑う事になったのだった。
ラルフ先生の次元魔法…強すぎだろ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そこは魔法街のとある場所。
薄暗く何もない空間に其れは居た。
目的は…無い。なぜ自分がこの場所にいるのか。何故体が全く動かないのか。そもそも自分の体が見えないのは何故なのか。
思考には靄が掛かり、考えようとすれば考える程に何を考えているのか分からなくなる。
漠然とした意識の中で、其れは思考というよりも本能…いや、魂のレベルで1つだけ確信していた。
「この世界は壊さなければならない」
何故そんな風に思うのか。それすらも分からない。
しかし、間違いない信念として分かっていた。
だからこそ、其れは意識を闇に沈めていく。
今はまだ、その時では無い。
来るべき時に為すべき事を為す為に。
今はまだ仮初の夢に出番を譲る為に。