5-47.筆記試験後
魔導師団選抜試験3週目。
筆記試験は基本的な教養を確認するレベルの問題ばかりで、9割以上正解は出来たんじゃないかと思う。
勉強を頑張った魔法理論は「媒介が無いと属性魔法が使えない理由を何故と推測するか」っていう答えの無い問題だった。
まぁ、どっちにしろ理由はさっぱり分からなかったから「それが世界の理だから」って書いたんだけど…大丈夫だよな?
そして、これだけ簡単な筆記試験だったのにも関わらず、俺達は過去の試験と比べても最大級に疲弊していた。
理由は単純。ただ問題を解くだけの筆記試験ではなかったから。
「俺…ロア長官って相当性格悪いと思うな。」
げっそりとしか顔で呟く遼。隣に座る火乃花も眉間に皺を寄せて青空を仰ぎながら…
「次の試験でぶっ叩くわ。絶対。」
と、怒りを露わにしている。おぉ怖い。
因みに、今は天地対抗メンバーで試験後にのんびりタイムを満喫中だ。
「筆記試験に集中させないという非物理的攻撃は…ある意味で真理をついていますの。」
ルーチェは何故か納得顔だけれども。
「私、全然集中出来なかったよぉ…。」
クレアはダメだったらしい。ウルウルと涙目だ。
俺?俺は魔法陣で音を遮断したからね。筆記試験の為に本気で魔法陣の展開をしたよ。
さて、何があったのか?ってトコなんだけど、答えは単純。
あの手この手で筆記試験に集中出来ないような工作を仕掛けてきたんだよね。
教室の四方に黒板が現れて、係員が針で黒板を「キィーギィー」と引っ掻き続けたり。
際どい衣装のお姉さんが出てきて「あぁん、うふぅん。」って言い続けたり。
どう見てもムキムキ男のお姉さんが「ふんっ!ひぁぁっ!」ってマッスルポーズを取り続けたり。
一定間隔で悪臭を放つ謎の袋が部屋の四隅に設置されたり。
それはもう、とにかく大変だった。集中できない環境で集中する為の工夫がこんなに大切だとは思わなかったよ。
とは言っても、俺は魔法陣で音を遮断したり…という対応が出来たからそこ迄苦労はしなかったんだけどね。
ただ、ムキムキ男のお姉さんは…キツかった。視覚を遮断する訳にはいかないから、どう頑張っても視界の端に映り込むんだよね。女性物の下着だけを付けたムキムキ男…今思い出しても背筋が震える!
「ま、まぁこれで残るは来週のロア長官との試合だけだね。」
口元をひくつかせながら言う遼の言葉に皆の表情が引き締まる。
そうだよね。どんなに嫌らしい試験を準備してきたから嫌いになったとしても、相手はあのロア長官だ。各庁の長官なんて、相当な実力者じゃなきゃなれるはずがない。
ましてや相手は魔導推進庁の長官。弱いわけがない。そんな人と試合をするんだら…俺は楽しみだ。
今の俺の、俺達の実力が強者に属する人にどれだけ通用するのか。それを試すには絶好の機会だと思う。
今日が木曜日だから、来週の試験開始まであと3日。どんな対策をするべきか悩みどころだね。
「あ…。」
目元に溜まった涙をハンカチで拭きながら、クレアが何かを思い出したらしい。
「そういえば…ロア長官との試験って誰と組むんだろう?」
「えっ?任意のチームだと思ってたんだけど。」
…え?なんか皆の視線が冷たいんだが。「そんなわけないだろ」感が半端ない。
「私は…各学院を混ぜてくると思うわ。」
火乃花と同意見なのか、ルーチェも人差し指をピンっと立てながら口を開く。
「私も同意見ですの。恐らくは即席のチームで強敵と戦う事で、対応力、分析力等の総合力を図ると思われますの。」
なるほどねぇ。魔導師団を選抜する上では大切な視点だな。
納得しながらウンウン頷いていると、火乃花がジト目で俺の事を睨んできた。
「…なんだよ。」
「龍人君、マーガレットと組みたいな〜って考えてたでしょ?」
「はいっ?」
「鼻の下伸びてたし。」
「いやいや、何を言って…。」
「龍人君やっぱりマーガレットさんのことを…。」
ぬぁぁ!?まさかの横からクレアが参戦してきたんだが!?
「龍人…女の子に手を出しすぎだよ。」
「遼、お前は何を言っている。」
「何ってねぇ?」
「私はなんとも言えませんの。」
ルーチェが中立だった!
それだけでも救いだよ。
「とにかく、マーガレットに対しては特に何もないからな!」
「でも…嫌じゃないんでしょ?」
「……そりゃあ、あそこ迄露骨に好意的な態度を取られると逆に清々しいっていうか。」
「ふーん。そう。」
…何、今の「ふーん」は。
「どうでも良い話は置いておいて、天地の介入について確認したいことがありますの。」
どうでも良いだって…!?俺にとってはどうでも良くないんですが!?
「どう言うことかしら?」
火乃花もバッチリ切り替えてるし。…てか、皆切り替えてんじゃん。何よそれ。俺、弄られてるだけなの?
「天地が魔導師団候補を潰しに来るんじゃないかって話があったと思うのですが、少なくとも私のところには全くその気配がありませんの。皆さんの中で、不穏な気配を感じている人が居るのかを知りたいのですわ。」
全員が首を横に振る。
「やっぱりですの。」
「どう言う事だ?」
「仮に…の話にはなりますが、天地が本当に魔法街を狙っているとしたら、魔導師団の設立を疎んじるのは当たり前ですの。これを前提として何もしてこないとなると…何もしない理由がある筈ですの。」
「……もしかして。」
火乃花は思い当たる節があるみたいだ。
「魔法街戦争の時みたいなテロを起こそうとしてるのかしら。」
「ん?どうしてテロなんだ?」
「だってそうじゃない。テロをおこせば魔法街を二分化出来るわ。現に今も魔導師団設立の話を受けて、至上派と平等派の論争は激化してるわ。」
「そうですの。魔導師団設立によって魔法街は対立の構図が明確になりつつありますの。ここにテロという名目で事件を起こせば…。」
「論争が…戦争になる。か。」
今の話が現実に起きたら…かなりヤバい状況じゃん。
最近流通を始めたブースト石も、戦争になったら被害の拡大に寄与しそうだし。
いや待てよ…逆にブースト石の効果を上手く使えば天地に対抗し得る手段になるかも?んー、でも天地がブースト石を使えば、その差は縮まるどころか広がる可能性もあるか。
……あれ?そうなるとブースト石を使う使わないに関わらず、所有しておく必要が出てくんのか?
「ねぇ…戦争になったら、私達はどうしたら良いんだろ。」
「クレア、信じるものの為に戦うべきだと思うわ。」
「信じるもの?」
クレアの揺れる瞳を、火乃花は真っ直ぐな瞳で見返した。
「それが友達なのか、派閥なのか…もっと違う何かなのかは分からないけど、戦争みたいな多くの人達を巻き込む事態では、自分が納得して行動する事が1番よ。」
「そっか……うん。分かった。火乃花さんありがと。」
クレアの中で整理がついたのかな?
けど、信じるものの為…か。俺が信じるものってなんだろうな。
天地に森林街みたいな惨劇を起こさせたくない。この想いで強くなる為に行動してきたけど、それは何のために?
何か根本的なものの認識が抜けている気がすんな。
ルーチェと遼も「信じるもの」について考えているのか…思案顔だ。火乃花は…魔法街戦争でお母さんを亡くしているから…その経験から信じるものがあるんだろうな。
「あ、やっと見つけたわ!」
チコチコチコーっと駆け寄ってきたのはプラムだった。
相変わらず美少女ロリキャラ全面の見た目だからか、通り過ぎる人たちが振り向いたりしているのが面白い。
これで中身がバトルジャンキー系の性格なんだから、ほんと人って見た目によらないよな。
「どうしたんだプラム。」
「ラルフ先生が呼んでいるわ。来週のロア長官との試合について話したい事があるみたいよ。」
「え〜……。」
「なによその反応??」
「いや、だって絶対良い話じゃ無いじゃん。」
「そんなの分からないじゃないっ。」
「まぁ…しょうがないか。俺たち全員が行けば良いのか?」
「うん。」
「龍人君、行くだけ行ってみましょ。」
「そうですの。」
「そうだよ龍人。ラルフ先生を毛嫌いしすぎるのも良く無いと思うよ。」
「私も…ラルフ先生は破廉恥だけど強いから。」
うわっ。また俺だけマイナー意見ですかい。
「行く行く。」
こうして俺達はプラムに連れられてラルフ先生の待つ街立魔法学院に行ったのだった。
本気出して戦うな…とか言われるんじゃ無いかなぁ。面倒くさい。
ところが…。
「おっし!よく来たなお前ら!」
何故かとても機嫌の良いラルフ先生に出迎えられたのだった。え、普通にニコニコしてて気持ち悪いんだけど。皆も若干引き気味だし。
「まぁまぁ座れ!街立魔法学院の魔導師団選抜試験参加者の成績が良いらしくてよ、担任の俺がめっちゃ褒められたんだよ!いやぁ、このままいったら特別褒賞なんて線もあるぜ!来週はロア長官との試合だろ?強敵に立ち向かうお前達を労おうと思って呼んだんだよ!ほれっ。ジュースでも飲め。」
……なんなんだ?何があった?頭でも打ったのか?
つーかこの人ラルフ先生本人か?
「なぁに驚いてるんだよ!遠慮しないで飲み食いしろって!あっ?高威力の魔法を連発するコツ?んーーー、それは魔力の循環と発動ポイントの効率化を無意識に出来る必要があんだよな。確かにロア長官との試合では必要な技術か。よしっ!俺が今からやり方をみっちり教えてやるぜっ!学院を壊すとまずいから、別の場所に移動するぞ!」
この勢いのままに俺達はラルフ先生の魔法で転移させられる。一応言っとくけど、俺達はひと言も話してないからな?
ラルフ先生はずーっと一人で話していた。声もやたらめったらデカイし。ホントどうしちゃったんだよ。
「あれ?ここ、修練場だよな?」
「そうだ。今くらい楽しくロア長官対策って話してれば大丈夫だろ。」
振り向くと、さっきのハイテンションはどこいった?ばりに冷静な表情のラルフ先生が腕を組んで立っていた。
「どう言うことよ?それにさっきの気持ち悪いテンションはなんだったの?」
火乃花に気持ち悪いと言われて、ラルフ先生はバツが悪そうな顔をした。
「俺だってあんな熱血教師やりたくねぇよ。ヘヴィー学院長からの指示なんだからしょうがないだろ。」
「なんの指示よ…。」
すると、周りを見回していたルーチェがピコンっと人差し指を立てた。
「これは、盗聴防止の結界が張られていますの。つまり、そう言う話だと推測ができますの。」
「その通りだ。火乃花…お前もルーチェくらいの洞察力を持てよ?」
「なっ…!」
火乃花の頬が羞恥に染まる。案外可愛い顔するじゃん。
ラルフ先生は興味が無いのか、結界の内側へ更に小型の結界を張ると、真剣な顔で俺たちの顔を見回す。、
「このメンバーが天地に対抗する仲間ってとこか。」
「あれ、言いましたっけ?」
「いや、特に言われてはいないが見てりゃ分かる。まぁ良いメンバーじゃないか。」
「ど、どうも。」
「んで、本題だ。話は2つ。」
ラルフ先生はここで言葉を区切ってひと呼吸置くと、想定外の言葉を口にした。
「魔導師団設立の目的が分かった。」
……うん。想像していたのとは別のベクトルだけど、嫌な予感がしたのは的中だな。
この後、ラルフ先生が話した内容は…色んな意味で頭を抱えざるを得ないものだった。