5-44.機械生物
機械生物は「グルルルル…」と唸り声を漏らしながら、俺がどう動くのかを見定めている様に見えた。
先のレーザー攻撃で全身が痛い。龍人化も解除されちまってるから、強攻撃をノーモーションで放つ事も出来ない。つーか、ちょこっとでも動いたら噛みつかれそうな雰囲気を感じるんだけど。
この状況を1人で打破するのは…厳しい。となると、仲間と協力するのがベターなんだけど、視界にバルクもクレアも天二も見当たらない。
……最善策は逃げる事か。天二の光魔法は弾いてたから違う属性にすべきだろう。となりゃ、相手は機械生物。王道の電気系統が選択肢としては有力だな。
狙うのは一瞬。
俺は待つ。機械生物が見せる僅かな隙を。
「グルルルル…。」
短いけど長い時間が過ぎ、コンッと何かが地面に落ちる音が響く。その音に反応した機械生物の目が横に…。
「龍人化【破龍】!」
龍魔力を纏うと同時に属性【雷】を発動する魔法陣を5つ直列励起させる。そして、即座に発動。
ピシャァン!!
と、極太の稲光が機械生物を貫く。
「グルァァアア!」
身を退け反らせた機械生物は両腕の重火器を無作為に乱射する。
10秒くらい痺れて動けないとかだったら良いのに、一瞬怯んだだけかよ!
「くそッ!」
コンテナの陰に飛び込んで銃弾を避けつつ周囲の状況を改めて確認する。
お…よくよく見てみると物陰に隠れてる奴がチラホラいるな。
………って、警備兵も隠れてるんだけど?つまり、無差別破壊兵器的扱いなのか。でも、だからといって警備兵と手を組むって選択肢はないだろうから、他の奴らとどうにかして協力できれば……。
チィン!!
「くそっ。協力はさせないってか?」
別の物陰に移動しようとしたら警備兵に狙撃されたんだが!?
機械生物は…近くのコンテナに向かってミサイルを撃ち始めた。
ドォン!ドォン!ドォン!
コンテナが1つずつ綺麗に破壊されていく。
ヤバい。時間が無いぞ。
「ウラぁぁぁ!!ぶちかます!」
バルク!?コンクリ製の巨大な腕を右腕の周りに生成して機械生物に殴りかかったんてすが。
カギィィン
金属とコンクリが激突する鈍い音が西区画に響き渡り、機械生物は殴られた顔を傾けながら蹌踉めいた。
「まだまだぁ!」
バルクの左腕にコンクリの腕が生成される。両腕に巨大なコンクリの腕を付けた人間って…アンバランスで怖いなっ!
「グルァアア!」
そこから異種格闘技戦みたいな…人間と機械生物の殴り合いが始まった。体格差からバルクが不利に見えるけど、攻撃の速度と技術で押している。
もしかして…魔法耐性を強くしている代わりに、物理耐性は通常の装甲強度依存なのか?確実にバルクの打撃でダメージを受けてるぞ。
ん?警備兵の何人かが動き出した。…狙いはバルクか!
邪魔させるかっての。
バルクを狙う警備員に接近し、後ろから喧嘩キックを見舞う。
「グハァっ!?おのれ、卑怯な!」
「いやいや、後ろから魔力網で捕獲しようとしていた癖に良く言うよ。」
「う、うるさい!敵襲〜!!」
この期に及んで「敵襲」はないんじゃ……げっ。
其処彼処に転がっているコンテナの影から10人以上の警備兵が姿を現しましたとさ。ピンチ。
「我らが集中砲火にて大人しく捕まれ!!」
警備兵達が浮かべる40を超える銃口が俺を捉える。
……いや、なんとかなるか。
「残念だけど、そう簡単には捕まらないよ。」
「はん!悪足掻きを!」
優勢を確信して愉悦の表情を浮かべる警備兵達は、しかし何もせずに地面に倒れる。
その原因は…上から降り注いだ光針。そして、そのタイミングに合わせた俺の斬撃によって。
「天二。ナイスフォロー。」
「……もち。」
サムズアップで互いの動きを褒め合っていると、再び機械生物が雄叫びを上げる。
「グォォォオオ!!」
見ればバルクが宙に打ち上げられていて、その隙に機械生物は小型飛行物体を大量に射出している。
またあの攻撃が来んのか…!
あのレーザー増幅みたいな攻撃は範囲が広くて威力も高いから…何発も撃たれると流石にヤバいぞ。
「………不本意だけど、龍人。」
俺の肩を叩いた天二がボソボソと呟く。
…あー、その話聞いた事あんな。でも天二が言うなら間違いないか。
レーザーの着弾範囲からすると…。
「天二、最低でも4箇所。出来れば8箇所は設置したい。」
「……ギリギリ。」
「あぁ、そっちに全集中するからフォロー頼んだ!」
天二の返事を聞かずに駆ける。
機械生物の小型飛行物体展開は完了していて、打ち上げられていたバルクに追撃のミサイルが着弾。邪魔するものがいなくなった事で巨大な顎が上空に向けて開かれる。
ヤバい。まだ2個目の魔法陣を設置したばかりだ。
機械生物の口が光り…。
「せぇい!」
ドガァン!!という打撃音と共に機械生物の体が僅かに傾く。
「クレアナイスだ!」
機械生物に打撃を叩き込んだクレアはニコッと微笑むと、すぐに表情を引き締めて次なる打撃を叩き込む。
よしっ、今の間に残りの魔法陣を…!
何人かの警備兵から魔力網が放たれるが、天二を信じて魔法陣の設置に全力を尽くす。
うわっ!あぶねっ。1発撃墜が間に合わなくて飛んできたし。
「これで4つ!」
最低条件は達成した。後は…。
「グルァァアア!!」
クレアの連続蹴りで膝を付いた機械生物が、体を無理矢理捻ってレーザーを発射しやがった。
ヤバい…!レーザーは小型飛行物体に乱反射されて増幅していく。
こうなったら……!
俺はクレアと機械生物に向けて走った。…と言うよりも、背中で展開発動した魔法陣から発生させた風を受けて吹き飛んだ。ちょっと無理矢理だけど…これしか無い。
グンッという空気抵抗を受けながら機械生物の足元に向けて一直線に飛ぶ。
「グルァア!」
俺の接近に気付いた機械生物が巨大な尻尾で迎撃すべく動く。けど、その攻撃が俺に届くことは無かった。
「やぁぁ!」
という可愛らしい掛け声と共にクレアの回し蹴りが尻尾を防いでくれた。
上空では限界まで増幅されたレーザーが煌々と光を放っている。その光が…下に向けて動き始めた。
…もう限界か!?
「届けぇぇ!!」
手を伸ばし、機械生物の足下に魔法陣を設置する。と同時に、5つの魔法陣が発動して濃霧を吐き出し始めた。それは一瞬で俺達がいる一帯を飲み込む。
ほば同時にレザーが降り注ぎ……何も起きなかった。
「龍人君これは…?」
濃霧が発生した瞬間に俺の隣まで走ってきて、服の端をちょんと摘んでいるクレアは戸惑った声を掛けてきた。
「レーザーって光が収束したもんでしょ?霧は細かい水の集合体だから光を乱反射して霧散させるんだ。」
「凄い…光魔法ってそんな弱点があったんだね。」
「天二が教えてくれたんだ。本人は不本意って言ってたけどな。」
「そうだよね…自分が使う属性魔法の弱点なんて教えたく無いよね。あとでお礼言わなきゃ。」
「だな。とは言え、先ずはこのデカブツを倒すぞ。」
「うんっ!でも…攻撃が全然効かないけどどうやって倒すの?」
「魔力は通らないけど、物理攻撃は効果があるだろ?だったら、物理系の強ダメージを叩き込む。」
「……ん?」
「とにかく、魔法陣の展開に10秒くらい掛かりそうだから、時間稼ぎを頼む。」
「分かった!龍人君、無茶しないでね?」
「クレアもな。」
目線で頷き合うと、俺は魔法陣の展開を、クレアは機械生物の攻撃を防ぎに掛かる。
むむぅ…衝撃波は文隆と戦った時に使ったから、魔法陣の原理は分かるんだけど、斬撃に乗せるのは難しいぞ。纏わせるんじゃなくて、斬撃部分から振動を送り込みたいから……。
「あ、そっか。」
ポンっと閃いた。魔法を発動して纏わせるんじゃなくて、魔法の性質として纏えば良いわけだ。つまり…。
「龍劔術【黒刀-震纏】。」
属性【震】の性質を宿した龍魔力が龍刀と夢幻の刀身に宿る。
「クレア、チェンジだ!」
「うんっ!」
機械生物の足に正拳突きを叩き込んだクレアと入れ替わり、衝撃に蹌踉めいた機械生物の足を踏み台に飛び上がる。
狙うのは胴体だ。
「これで…終わりだ!!」
空中で体を回転させ、遠心力を乗せて龍刀の刺突を胴体の中心に放つ。
ガン!と龍刀の切先が機械生物の胴体に突き刺さり、龍魔力が内包する属性【震】の力が機械生物の内側に浸透。内部を破壊していく。
「グルァァアアァォァァ………。」
体の至る所からスパークを発生させた機械生物はゆっくりと体を傾け…ドォォォンと音を立てて横たわり、沈黙した。
「効いた……危なかった……。」
今の一撃が効かなかったら正直詰んでた。
「龍人君…やったね!!」
「あぁ!皆のおかけだよ。」
「……グッジョブ。」
「天二も魔法陣設置のフォロー助かったよ。クレアもこのデカブツ相手に凄かった。」
「うん…!それにバルク君も………あれ?バルク君は?」
そう言えば、レーザーが放たれた時…バルクって宙に浮いてたんだっけ。そーなると霧でレーザーを霧散させる前にレーザーの直撃を受けていた可能性があるな。
あれ?もしかして、尊い犠牲に…?
「おい、俺を勝手に殺すなっての!!」
ドォン!と瓦礫を吹き飛ばして現れるバルク。
お、生きてた。
うん。信じてたよ。信じてた。
「バルク、無事で良かったよ。」
「ったく、俺の時間稼ぎ…結構役に立っただろ?」
「そりゃもうとっても。バルクがコンクリの腕で殴りまくってるの見なかったら、今回の倒し方は思いつかなかったかも。」
「だろ!?だっはっはっはっ!」
両手を腰に当てて仁王立ちスタイルで笑ったバルクは、拳で手のひらをポンと叩いた。
「そうだ。瓦礫の下でこんな紙を見つけたんだけどよ、これって秘密文書じゃねぇか?」
そう言ってバルクが取り出したのは、天二が東区画で見せてくれたのと同じ紙だった。中心には「循環」の文字が書かれている。
「確かに秘密文書っぽいな。けど、魔力と循環か……これだけだとよく分からないか。」
「………他も探す。」
「天二の言う通りだぜ!次行こうぜ次!」
こーゆー時に深く悩まないでパパッと行動に移せるバルクの思考回路は見習わないとな。
「あ…。」
クレアの声で俺達は足を止めた。
「クレアどうした?」
「えっと……囲まれてるかも?」
「へっ?」
……忘れてたよ。俺たちの周りには、なんかすごーい沢山の警備兵が銃を構えて立っていた。
「よし。逃げよう。」
「…….賛成。」
「逃げるが勝ちだな!」
「大変そうだよぉ…。」
クレアさんよ。涙目になっちゃダメだって。可愛いんだから。
「逃がすかコラァ!!!!!」
ここから始まった決死の逃亡劇は30分余り続いたのだった。