5-37.模擬戦3日目
医務室に到着すると、治癒魔法を掛けてもらっているクレアがベッドに横たわっていた。まだ意識が戻っていないのか、目を閉じて静かに胸を上下させている。
「あの…クレアの容体はどうですか?」
「問題ありませんよ。」
係の人は簡単に答えると、クレアへの治癒魔法に専念する。
…なんか、俺邪魔者かも。心配で見にきたけど必要なかったかなー。係の人がいるから安心っぽいし、観客席に戻るか。
医務室のドアを開けて外に出る。
「龍人君。」
ドアを閉める直前だった。クレアの声が聞こえたのは。
振り向くと、ベッドの上で顔だけを俺の方に向けるクレアがいた。
「…ごめんね。私、負けちゃった。」
悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔で言うクレアは…儚くも崩れ落ちそうに見えてしまう。
「気にしないで良いって。クレアも凄かったよ。あのスキル連発とか脅威だと思うよ。」
「…ありがと。でもね、私は……もしさっきの戦いで相手が違ったら、私は命を落としていたかもしれないの。こんなんじゃ…龍人君と並んで戦えないよね。」
「クレア…。」
…何も言葉が出てこない。
クレアは「龍人君の力になりたい」と言ってくれていた。だからこそ、今回の模擬戦も負けたくなかったんだろう。相手は強大。今はまだ良いけど、いずれ負けが許されない状況に立つのは間違いない。
そう言った考えから気を落としているんだと思う。そのクレアに、今かけるべき言葉は……。
俺はベッドに横たわるクレアの目を見つめる。
「クレア。何故負けたのかを考えるべきだと思う。今回の敗北から何を学んだのか。どうしたら次に勝てるのか。そして、俺達の中でクレアが担うべき役割。それらを考えて、クレアはベストな戦い方が出来たか?言い方を変えれば、ベストな負け方は出来たのか?」
係の人の手が止まる。
クレアも目を見開いていた。
…あれ?そんなに厳しい事を言ったつもりは無かったんだけどな。
Colony Worldで遊んでいる時に、チームバトルで上手く活躍出来ない仲間に言っていたのと同じような事を言ったつもりなんだけどさ。もしかして、現実で言われるとかなり厳しい言葉になるのか?
…いや、そんな訳ないよな。
「龍人君…。」
クレアの瞳から涙が零れ落ちた。
ヤバい。負けた後の傷心を更に抉ったか…?
「ありがとう…。そうだよね。私、こんな事で落ち込んでいちゃダメだよね。うん。私にとっての最善…探してみるね。」
「あぁ。俺は…クレアは仲間を活かす魔法が使えると思うよ。じゃあ、残りの試合見てくるから。」
「仲間を活かす…うん。ありがとね。」
軽く手を振って医務室を後にする。
……良かった。落ち込ませちゃったかと思ったけど、大丈夫そうだな。
それに、最後にクレアへ送った言葉は俺の本心だ。
魔法といえば…のあの魔法ををクレアが習得してくれたら、相当な戦力強化になる筈。
今まで使ってる人をあまり見たことが無いから一般的じゃ無いのかもしれないけど、そんなん関係無いしね。
期待しつつ…俺には俺のできる事をやらないと。
その日は特に大きな何かがある訳でもなく、試合に呼ばれることもなく終わった。
つーか、初日は10試合もやったのに、2日目は4試合しかやらなかった。しかも各試合の間がやけに長かったし。昨日の試合間はすごい短かったのにね
これは予想だけど、試合間隔をわざと長くしている気がする。リズムを崩された中でどう戦うか…みたいなね。
ロア長官から今日の模擬戦が終わりと伝えられ、皆がバラバラに帰っていく中、俺は闘技場を眺めながら考え込んでいた。
頭の中の議題は今日の模擬戦で杉谷ちなみが見せた属性【全】を活用した魔法の使い方だ。
模擬戦の中では「複合魔法」って言ってたと思うんだけど、そういう名称を聞いたのが初めてだったんだよね
名前からすると複数の属性魔法を使う技術って想像出来るし、実際にちなみが使っていたのは帯電した水だったから…きっとそういう事なんだと思う。
問題はその複合魔法…では無い。なんつーか、それより先の魔法があるんじゃ無いかな?って模擬戦を見ながら思っちゃったんだよね。
なんて言えば良いんだろ。2つの属性を同時に発動させるっていうよりも、2つの属性効果を持った魔法を発動する。…みたいなね。俺の想像上の話ではあるけど、そういう技術があるのではないか?実現するとしたらどうやる?ってのを考えているんだけど、俺は魔法陣を使って属性魔法を発動させるからなぁ。
そういう魔法を発動するための魔法陣の構築方法は?みたいな話になる訳で。そうなると魔法を扱う感覚とかじゃなくて、単純に知識が最前提として必要になっちゃうんだよね。
じゃぁ図書館で魔法陣関連の書物を読み漁るのか?って話になると、正直やりたくはない。
むぅ。困った。
「龍人君…何を考えてるの?」
「うわっ!?…って、天二か。」
いきなり俺の後ろから声を掛けてきたのは草神天二。読み方は「そうしんてんじ」だ。ちょっと不思議な名前だよね。
「…悩み事?」
俺に話しかけてくるとか珍しいな。これまでも授業中に簡単に言葉を交わす程度しか交流は無かったし。
「悩みっていうか…さっきちなみが複合魔法ってのを使ってただろ?あの上をいく魔法は無いかなって考えてたんだよ。」
「……そっか。」
俺の話を聞いた天二はコクリと頷くと踵を返して歩き去ってしまった。
え、何の為に話しかけてきたんだし。
天二は基本的に寡黙な奴だから、何を考えているのかが良く分からないんだけど、話してもさっぱり分からないな。
「……まぁ、気にしてもしょうがないか。明日は模擬戦で呼ばれるかもしれないし、今日は早く家に帰って寝るか。」
気付けば闘技場に残ってるの俺だけだし。
模擬戦中に観客席で話すの禁止なのが原因なのか、模擬戦終了後もにやや抵抗感があるんだよね。
全体的にそんな雰囲気だから、皆が無言で闘技場を後にするっていう不思議な状況になっている。
でもさ、俺の事を待っててくれても良いのにね。
少しだけ寂しい気持ちになりながら、俺は帰路に着いたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翌朝、魔法学院の学食で朝食を食べ、眠い目を擦りながら午前中の座学を受けていた俺は…ラルフ先生から怒涛の質問攻めを受けていた。
「で、この公式はどうやって解くんだ?」
「…いや、これ、難しすぎません?」
黒板に書かれているのは謎なアルファベットと記号の羅列。
ベクトルの公式…との事だけど、さっぱり分からない。ベクトルってあのベクトルだよね。
………………はて。
「龍人…もしかして全く分からないのか?」
「はい。」
「…え。」
ラルフ先生が固まる。
「え?」
思わず聞き返す。
ラルフ先生は額に手を当てて頭痛を振り払うかのような動作をしている。
チラッと周りを見ると、顔を伏せて笑いを堪える人と、「マジで言ってんの?」みたいな驚愕の顔で俺を見ている人が数人。遼も驚愕の顔をしている内の1人だ。
いやいやいやいや。普通に考えてこういう難しい公式とか分からないっしょ。アルファベットの上にある矢印とか意味が分からないし。
ポンっとラルフ先生の手が肩に置かれる。
「龍人。お前、このままだと2年生になれないぞ。ベクトルの公式が分からないとか…学力試験で落第確実だ。今日から魔導師団選抜試験の後に補講をする。」
「はぁっ!?」
「いや、マジでヤバいから。」
ラルフ先生の目は本気だった。
嘘…俺、そんなに勉強出来ないの?気づかなかった…。
「はぁ…とんでもねぇ爆弾が潜んでたもんだよ。じゃぁ、気を取り直してこの公式の活用方法から話していくぞ。」
ここから先の話は、全く何も分からなかった。
えぇ、本当に全く分かりませんでしたとも!!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
3日目の模擬戦はこれまた昨日とは違う様相を呈していた。
まず、闘技場の床が…浮いている。
どういう事だよ?って思うよな。でも、浮いてるんだよ。
ん〜と、正確にいうと闘技場の床が直径1メートル大に砕かれた状態でランダムに浮いていて、床があった所は謎の液体で満たされていた。
「さて、今日の模擬戦は昨日までよりもハードな環境を用意させてもらっった。見て分かる通り、足元が非常に不安定な状況で戦ってもらう。そして、床を満たす液体は魔力補充石の効果を応用したもので、魔力を吸い取る効果を持っている。簡単に言えば、下に落ちれば急激に魔力を吸われる仕様という訳だ。この環境をどう活用して戦うのかを見させてもらう。気絶して落ちると魔力がゼロになって…最悪命を落とす可能性もあるだろう。まぁ頑張ってくれ。」
一方的に過酷ルールを突きつけたロア長官は手をヒラヒラ振りながら奥に引っ込んでいく。
…やだなぁ。この環境でとても戦いたくないんですが。
そんな事を考えていると、ノリノリな審判が出てきた。毎日違う人が審判するのね。
「へぇい!今日は俺が審判だっぜぃ!んじゃぁぁぁ早速第1試合の役者を紹介だ!えっとだなぁ…、フルと天二!出てこい!」
お、ちょっと面白い対戦カードだ。
神二は結構強い属性魔法を使うし、フルもキャラは変だけど実力者だろうし。
審判に呼ばれた2人が砕かれた闘技場床の中央に浮いている少し広めな床に立つと、審判が金切り声を上げる。
「うっしゃぁぁぁぁ!!んだらいっけぇ!やれぇ!!はじめぇい!!」
テンション高すぎてウザイな。いや、そういう事を言っちゃいけないのはもちろん分かるんだけど。
「ははっ。この俺と戦う事になるなんて、君はついてないねぇ。俺はフル=ジャスティスよろしくな。俺の優雅な戦いをその身に刻んであげるよ。」
額に片手を当てて小馬鹿にしたような態度で話しかけるフルに対し、パーカー姿の天二は小さく肩を竦める程度の反応しか示さない。まぁそうなるよね。だってさ、普通に態度がムカつくし。
「ん?もしかして、俺と戦うのが怖くて口も開けないのかい?これは困ったな。俺の優雅な戦いを披露出来ないのかもしれないね。」
「……ウザイ。」
ピクリ。とフルの眉が反応する。
「今のは…俺の聞き間違いかな?とても失礼な…」
「ウザイ。」
ピキピキピキ。
フルの額に血管が浮き出た。ありゃぁ完全に怒ったな。天二ももう少しオブラートに包んで言えばいいのにな。…いや、むしろストレートに伝える事こそ優しさなのか?
「後悔させてやるよ。俺の事をウザイと言った君は、数分後には俺に対して敬意を払っているべきだったと、床に伏しながら思うの…」
「…早くきて。」
クイクイっと天二が指先を曲げて挑発すると、笑顔で怒り顔になったフルが両刃剣を抜き放った。
「最早言葉は不要!成敗してくれる!」
「…そのセリフが無駄。」
成敗とか…ちょっとワードセンス古い。
「ほざけぇ!」
フルの剣を中心に雷が迸る。雷は周囲の床を砕きつつ、剣の周りに集まっていく。
魔法剣タイプって事なのかな?
フルは1日目も2日目も呼ばれてなかったから、戦うのをちゃんと見るのは初めてなんだよね。ライバルになるかもしれないし、ちゃんと見ておかないと。…マーガレット争いのライバルって意味じゃぁ無いからな?
「龍人君、フル君って強いのかしら?」
話しかけて来たのはプラムだ。
そういや3日目は観客席での会話はOKとか係員の人が言ってたっけ。ホント毎日ルールを変えてくるよね。
フルが雷剣を豪快に振り下ろし、フワッと宙に浮いた天二が光針を連射して応戦していく。
「いや、どうだろう。戦っているのを見るのは初なんだよね。でも、あの雷剣の練度を見た限り、中々の実力者だと思うけど。」
「そうなのよね。」
顎に手を当てて考えるロリ娘のプラムは、何を考えているのか真剣な表情でロアと天二の戦いを観察している。つーか、プラムと話すの久しぶりだな。最近はプラムもクラスの友達が出来たみたいで、そっちと一緒にいる事が多かったからね。
「フルの何が気になるんだ?」
「ん〜…気になるのは天二君の方ね。」
「天二?」
「うん。彼は私の中では底が知れないキャラなのよ。」
「あぁ…確かに何考えているのかは良く分からないよね。」
「天二君って、ちょっと違和感があると思うの。」
…違和感?そんなんあるかな。普段からあんまし接してないし、話しても寡黙キャラだから全然ノーマークだったんですが。
「そうか?ちょっと分からんな。」
「天二君の使う魔法は基本的な属性だけど、その属性魔法の使い方が少し特殊というか…本当の力はもっと凄いのにセーブしているように感じるのよね。」
「…いや、流石に考えすぎじゃない?」
「そうだと良いんだけど…。」
ドガァン!!
フルが水平に薙ぎ払った雷剣から大質量の雷が迸り、闘技場の半分を包み込む。
攻撃の延長線上にいた天二も漏れなく雷に飲み込まれて雷が引き起こした爆発の中に消えていった。
「ふん。この俺を馬鹿にした報いだよ。戦う相手に対する敬意というものが必要という事を身をもって体験出来たかな?」
勝利を確信したのか、腰に手を当て、肩に雷剣を乗せたフルは無駄にかっこいい自然体な決めポーズを披露する。
「…危なかった。」
けど、爆発の余韻から出て来たのは魔法障壁で雷を見事に防ぎ切った天二の姿だった。
「なっ。あの攻撃を無傷で防ぐとは…やるじゃぁないか。」
驚いた反応を見せつつも、どこか嬉しそうな顔のフル。
強い奴と戦えるのが嬉しいのかな。もしかしたらルフトと相性が良いかも。
「じゃぁ…反撃。」
眠そうな顔のまま、天二が両手を横に広げると10本近い槍が出現する。あれは…光魔法で作った槍だ。
「……バイバイ。」
広げた両手をグインっと前に向けて振ると、10本の光槍がビュワン!とフルに向けて射出された。
「はは!素晴らしい魔法だ!だが、俺は…この程度でくたばりはしない!!」
フルの持つ雷剣が発する光が一段と強くなる。
上に向けて振り上げた雷剣から雷の渦が発生してフルの体を包み込んだ。
「いざ、正々堂々と勝負!」
雷渦を纏ったフルは飛来する光槍に向けて雷剣を振るう。
雷剣と光槍が衝突し…爆発が起きた。
…天二が放った光槍、もしかして相手に触れたら爆発する仕様なのか?凶悪すぎんだろ。
爆発が連続して起きる。それはつまり、光槍が次々とフルに着弾している事を示す音だ。フルが雷剣で防いでいるのかは…最早分からない。なんたって闘技場の中は連続して発生する爆発で何も見えないからね。
10回目の爆発が起きた後に…もう1回、より大きい爆発が発生する。天二の奴、追撃を放ったのか?
観客席にいる全員が静かに成り行きを見守る中、爆発の余韻が少しずつ消えていき、砕けまくった床の破片にちょこんと立つ天二の姿が最初に現れた。
ただ、フルの姿が見当たらない。もしかして今の爆発で消し飛んだとか…無いよな?
「龍人君、天二…強いわね。」
容赦のない攻撃を放った天二に若干引き気味のプラムがボソッと呟いた。
うん。そうだよね。明らかにオーバーキルだろ。
「…ふぅ。まさか、これ程の攻撃を放ってくるとは。想定外だったよ。」
余裕たっぷりの声が聞こえたのは上からだった。
見ると、上空に吹き飛んだ床の破片に掴まっているフルの姿。
あの攻撃を耐えきんのか。やっぱ強いな。
「きゃぁぁぁ!?」
そして、観客席から悲鳴が響き渡ったのだった。