5-26.魔導師団審査
無機質な部屋。正方形に象られたその空間の入口から1番遠い反対側の壁の前に置かれた椅子に座る人物は、クスッと笑い声を漏らした。
その顔は後方から発せられる照明の光によってか影となり、どんな表情をしているのかを視認することは出来なかった。
「そっか。やっと準備が出来たんだね☆後は、彼らがどのタイミングで動き出すのか。だね。」
「あぁ。だが、あの道具の危険性について、比較的早い段階で認知される可能性も十分にあり得るだろう。」
「その部分についてはある程度は折り込み済みだよ☆ま、どちらにせよ発覚するのは間違い無いでしょ?後は、発覚するまでにどれだけの仕込みが済んでいて、後戻り出来ない状況になっているのか。だね☆」
「ふん。そう上手くいくと良いが。」
椅子に座る人物と話しているのは長い銀髪を揺らす男。
その目は鋭く、主君であるはずの人物に対しても「忠誠」という雰囲気を感じる事は出来なかった。だが、そんな銀髪の男の厳しい視線を受けても、まるでそれが当たり前であるかのように涼しい顔を崩さない。
「じゃぁ、後は上手くお願いするよ☆俺は1番美味しい役目を全うする為の準備が大変だからさ。くれぐれも…俺の出番がないようにね?」
最後の台詞だけが、暗く冷たい調子で放たれ、それだけで部屋の温度が一気に下がったような感覚を部屋にいる人々に与える。
銀髪の男はそれでも怯まない。
「順調に物事が進めば、それだけで出番がなくなる可能性もあると思うが。まぁ、確りと準備しておいてくれ。」
「…セフ。君は自分がどんな状況で俺達の仲間になっているのかを忘れているみたいだね。あまり調子に乗っていると…失うよ?」
「…ふん。貴様のやり口には反吐が出る。言っておくが、手を出したら許さない。…約束を違えない限りは従ってやる。」
「ははっ☆その言い方だと約束を果たした後が…怖いねぇ?」
「……。ふん。俺はこれから魔法街へ向かう。」
「よろしくねー☆」
身を翻して部屋から立ち去るセフを薄笑いの目線で見送った後、その男は口の端をグイッと持ち上げた。
「楽しいね☆俺の計画は完璧だ。けれど、この完璧な計画ですら想定外の因子によって完璧とはならないんだ☆その想定外を全て引っくるめて既定路線に乗せた時の達成感は…きっと最高のものなんだろうね☆」
「そうですね。しかし…私が思うに、セフさんは相当な反感をお持ちですよ?」
そばに片膝を付いて控え、頭を垂れていたスーツ姿の男が感想を述べるが、その男は薄ら笑いを消さない。
「良いのさ☆それを前提で彼とは契約を結んでいるからね。全て織り込み済みさ。さて…コンセル、これから君も忙しくなるね?」
「はい。目的の為に、どんな犠牲も厭わないつもりです。」
スーツ姿の男…コンセルが顔を上げる。
ホストのように整えられた髪から覗く切長の目が主君を捉える。その目は細められ、主君が何を考えているのか、何を望むのかを察するべく一挙一動を観察する。
しかし…。
「俺の考えている事が分かるかい?俺に仕える者として、そう言う態度は心良く感じないよ☆探るのではなく聞けば良いんじゃない?」
逆に見透かされていた。
「……これは失礼しました。私が疑問に思うのは、本当に魔法街を滅ぼすおつもりなのかと言う事です。」
「ははっ☆どの程度滅ぶのかは、魔法街の奴らがどれだけ根性があるか次第かな!後はね、あの星に隠された秘密。それの重要度合いでも大分変わってくる。まぁ、君は予定通り頼むよ。修正があれば逐一知らせるからね☆」
「かしこまりました。それでは…そろそろ戻らないと勘繰られてしまいますので。」
「うんうん。頼れる部下は忙しいね。行ってらっしゃい。」
コンセルは丁寧なお辞儀をすると部屋から出て行く。
部屋で1人残ったその男は…眠そうに目を擦った。
「ふぁぁあぁぁぁ…。俺の出番はまだまだ先だし。今はゆっくり休もうかな☆」
そんな事を呟き、静かに目を閉じたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
10月になった。
地球だったらいろんな店にカボチャとかお化けとかが並んで、街がハロウィンモードになる季節だ。
そう言えばハロウィンと言えば渋谷の仮装は有名だよね。俺も何回か職場の仲間とコスプレして行ったっけ。
コスプレをすると不思議と気分が高揚して、普段よりはしゃいじゃうんだよね。非日常感にいるってゆー事実がそうさせるのかな。
魔法街でもそんな10月になるのかな…なんて思ってたんだけど、社会情勢的にお祭り的な雰囲気は全くない。
と言うのも…。
「良いか。さっきも言った通り、魔導推進庁管轄で魔導師団が創設された。メンバーについてはこれから選考が行われる。具体的には審査員が授業の見学に来る。その上で見込みのある奴を選抜し、候補者で模擬戦をやるそうだ。最終的には面接もあるかもな。」
説明しているのはラルフ先生だ。場所は魔法学院の教室。
魔導師団…なんとなく入りたくないなぁ。
「魔導師団に入ると魔法街公認の魔法使いって事になるから、ある程度のステータスにはなるだろうな。それに魔法街から直接任務も言い渡される。学生としての自由は少し減るが、それに代わる大きな物を得て、様々な体験が出来るはずだ。全員、選ばれるように励むんだ。」
なるほどね。長所もあり、短所もあり…か。
と、ここまで話し終えたラルフ先生はため息を吐くと肩を竦めた。
「…と、ここまでが街立魔法学院教師としての言葉だ。ここからは俺個人の言葉。」
ダンっと教卓に手をついたラルフ先生は、珍しく(失礼かな?)真剣な目で俺たちのことを見回した。
「魔導師団の選考は選ばれたら断れない。選考を経て正式なメンバーに選ばれた時に断れるかは分からない。いいか、この魔導師団ってのは下手をしたらお前達の人生を大きく変える。良くも悪くも…だ。選考対象は魔法学院在籍の生徒だが、卒業後に魔導師団卒業となるかも分からない。」
ラルフ先生の話…本当だとしたら、魔導師団はただのエリート魔法使い集団ってニュアンスじゃなさそうだ。
「お前達はまだ若い。やりたい事は沢山あるだろ?これから先、もっとやりたい事は見つかるはずだ。その時に魔導師団っていう枠組みに縛られている可能性…それを考慮した上で行動するんだ。」
面倒くさがり教師だと思ってたけど、案外俺たちの事を考えてくれてるんだな。
「最後に1つ……」
「ラルフよ、そこ迄にするのである。」
ラルフ先生の言葉を遮った声は教室の後ろから聞こえてきた。誰だ…ってヘヴィー学院長!?いつの間に。何の物音もしなかったんですが。
「ラルフが言うのは確かに真実かもしれん。しかしじゃの…。」
俺達生徒の合間を縫ってラルフの隣に移動したヘヴィー学院長はホクホクと微笑んだ。
「そもそも魔導師団はまだ活動もしていなければ、メンバーも決まっていないのである。そういった組織が結成されただけ。架空の組織と言っても差し支えないものなのである。魔導師団に関しては様々な意見があると思われるのである。」
隣で苦い顔をしながらもラルフ先生は頷いている。
実際その通りなんだろう。ラルフ先生はもしかしたら魔導師団反対なのかな?ヘヴィー学院長は…読めない。
「儂から言えるのは1つだけなのである。誰かの意見を参考にするのではなく、己自身で考え、判断するべきという事なのである。従って、儂はお主らが魔導師団に選ばれるように立ち回ろうが、立ち回らなかろうが何も言わないのである。」
ここまで言うと、優しく目を細めたヘヴィー学院長はラルフ先生の肩をポンポンと叩いた。
「まぁ、何かあったらラルフに頼ると良いのじゃ。良くも悪くも包み隠さず色々と教えてくれるはずでの。それでは、アデュオスなのである。」
「はっ!?校長…って行っちまったよ。」
最後の最後でほぼ責任を押し付けられたラルフ先生は盛大に肩を落とした。
…うん。なんか社会の縮図を見ているみたいだ。
「ったく、言いたい事だけ言ってくれるぜ。…ま、校長が言う通りだ。自分で判断しろ。じゃぁ…今日は2年生になってから学ぶ魔法の応用と3年生で学ぶ高等技術魔法について教えるぞ。出来るかどうかは分からないが…俺の判断で前倒しでやらせてもらう。覚悟しろよ?」
げっ。いきなりハードな授業になりそうな予感!!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから1週間後。
遂に魔導師団メンバーの審査員が授業の見学に来る日がやってきた。
どんな人が見にくるのかも分からない状況で、全員が朝からソワソワしていた。そりゃぁそうだよね。自分達の授業風景を添削されるようなものだからね。
「最近の若者達の授業は弛みきっている!こんなレベルの奴を魔導師団として登用出来るわけがないだろう!!!」
なぁんて審査員が怒り出したらどうしようね。
因みに、俺と遼は完全にやる気のない生徒を演じる事にしている。だってねぇ、俺と遼の目的は天地の暗躍を止める事であって、魔法街の為に働く事じゃないからな。
今後、魔法街を出て別の星に行く事も十分に考えられるから、魔法街に縛られるような行動を取る事は控えるべき。って結論に至った訳だ。
火乃花は…大分悩んでいたみたい。そもそも魔法学院に入った先にどうなりたいかは明確に決まっていなかったらしく、魔導師団に入ったらお父さんの様に活躍出来るかも。という淡い期待もあるんだとか。ただ、俺と天地を止めたいって気持ちは相当に強いらしく、その天地を止めるという点に於いて魔導師団に入るのと入らないのでどちらの方が良いのかを判断し兼ねているらしい。選ばれた時に考える…とは言ってたけど、火乃花の実力ならほぼ確実に候補にはなるだろうな。
ルーチェは「どちらでも良いですの」と案外淡白な反応だった。興味がないのかね?
中央区で至上派と平等派の対立を見たあたりから少し様子がおかしいんだよな。なんつーか元気がない感じ?
そもそも魔法街戦争が至上派と平等派の対立から始まったっていうし、思う事があるんだろうね。嫌な記憶を掘り起こすのは気が引けるから、その話題には触れないようにしてる。
つっても、全く元気がない訳でもないんだけどね。普通に話しながら笑ってるし、ぱっと見の様子は普段通り…かも。
「おら!龍人!さっさと始めろ!」
ベチィン!とラルフ先生にお尻を叩かれた!?いってぇぇ!
「わ、分かってますよ。人のお尻を強打しなくても良いじゃないですか!」
「うるせぇ。俺はイライラしてんだ。…他の奴らも手ぇ抜くなよ!全力でやれ!全力で!」
えぇっと…状況を説明すると、実はもう審査員が授業を見学しているんだよね。
今の授業は対人戦。防御系の魔法を使わないで、魔法をぶつけ合って相殺し続けるっていう地獄の耐久レースだ。
いやいや、こんな内容の授業だと、やる気なくてもやるしか無いじゃん?ラルフ先生よ、言っていた事とやっている事に矛盾を感じるのですが!?
なんて考えていたら、むんずっと首筋を掴んで持ち上げられた。そして、何故か小声で俺にボソボソっと…。
ははぁん。そういう事ね。それならやるしか無いじゃん。
「よし!行くぞバルク!」
「おうよ!待ってたぜ!」
バルクに向けて火炎球を怒濤の如く連写する。
バルクも石礫を撃ちまくってきた。
けど、ここで引く訳にはいかない!
…それから30分後。
1年生全員がグラウンドに突っ伏していた。
いやぁ魔力を使い果たしたね。流石に厳しいや。
寝転がりながらチラッと審査員の方を見ると、ドン引きの表情で俺たちの事を見ながらヒソヒソと会話をしていた。
いいねぇ。ラルフ先生の作戦「狂人だらけの1年生は危なくて魔導師団に選べない」は成功かな?
この日に審査員から何かしらのアクションは無く、そそくさと帰っていったのだった。
それから何日間か、審査員は毎日街立魔法学院に姿を表した。
魔法学、魔法基礎、対人戦、ラルフ先生の攻撃に耐え続ける訓練、魔法の応用、高等技術等々…色々な授業を見学してはヒソヒソと意見を交わし合い帰っていく。
途中からもはや風景になってきて気にならなくなってきた。
ただ、審査員が見にきている時だけラルフ先生の授業が厳しくなるから、それだけは本当に勘弁して欲しかった。
審査員がいない時がハードモードだったら、審査員がいる時はインフェルノモードだね。マジ辛い。
でも、俺はやる気がない生徒を演じる為に、ダラダラと授業に参加を続けたのだった。
だってさ、魔導師団に選ばれたくないもんね。
そして審査員が来始めてから1ヶ月。
校長室に呼び出された俺は、気まずそうな顔をしたラルフ先生に告げられた。
「悪い。魔導師団の候補に選ばれちまった。」
と。
どうやらラルフ先生のインフェルノモード授業を淡々とやる気なくこなしていたのが、逆に目に付いたらしい。
やる気があるかじゃなくて、素養があるかの点で合格だったとか。
…マジかよ。俺のやる気なし雰囲気生活1ヶ月を返せし!
その後、教室に戻った俺は衝撃の事実を突きつけられる。
「…え、俺の他に火乃花、遼、ルーチェ、ルフト、ミラージュ、タム、チャン、クレア、オルム、プラム、ちなみ、天二も?12人も選ばれたの?」
「…そうらしいわ。明日の午前9時に魔導推進庁で説明があるから強制集合だって。」
面倒臭そうにため息を吐く火乃花。
1年生の中の実力者的な人達がほぼ全員選ばれてるんよ。これで4年生まで含めたら単純に40人くらいの候補が居るって事だよね。
そんなに候補がいるなら、俺はお断りしたいんですが…。
「龍人…気持ちは分かるけど、行くしかないよ。」
ポンポンと遼に肩を叩いて諭される。
いや、分かってるんだよ。そうなんだけどさ…。
明日から面倒くさそうな予感しかしないんですけど!!!