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5-24.緊急クエストは終い

 トレントの木鞭による猛打で物理壁が砕かれる。

 身を守るものがなくなり、胴体がら空き状態の俺に向かって10本近くの木鞭が振り上げられる。龍人化も解除されちまったから、直撃を受けたらヤバい。

 畜生…。努力して色々な技術を学んできたのに。Bランクの魔獣に勝てないんじゃ、天地の目論みを阻止するなんて夢のまた夢だ。

 俺が強力な属性魔法を使えれば結果は違ったかもしれない。火乃花みたいに焔を纏えれば…。


 ……あれ?そう言えば夏合宿で纏魔の派生系で纏火とかやったっけ。

 あれを応用すれば…いけないか?


 この時だった。俺の頭にスキル名が天啓のように閃いた。


 はは…。俺の努力、無駄じゃなかったかも。

 新しいスキルって訳じゃないけど、これならいける気がする。


「龍人化【破龍】。うぉぉぉ!!」


 黒い魔力の輝きを高める。

 …やっぱり。龍人化は纏魔に似たスキルだ。火系統の魔法じゃなくても、魔力の質を高める事でトレントシードの魔力吸収を阻害出来るんじゃないかって思ったんだけど、正解みたいだ。魔力が吸われなくなっただけじゃなく、体に埋め込まれていたトレントシード自体が排出された。

 これで事態はちょっとだけ好転。

 けど、まだ油断はならない。

 振り下ろされる木鞭を睨み付けながら、俺はスキル名を呟く。


「龍劔術【黒刀-炎纏】!」


 龍人化【破龍】によって黒に染まった龍刀と夢幻の刀身を赤い稲妻を纏った黒い魔力が覆い、更に炎を纏う。

 そのまま直感で両刀を走らせる。

 木鞭を斬り飛ばし、炎を纏った黒い斬撃が飛翔してトレントに突き刺さった。


「ギヂギヂギヂギヂ!??」


 ドォン!という爆音と共にトレントが仰反る。その瞬間木鞭の動きが一瞬緩んだ。

 ここだ…!


「シッ!!」


 トレンドへ向けて走り、鋭い息を吐きながら連撃を叩き込む。


「ぐ……ギ…………。」


 斬撃と炎によってボロボロになったトレントが蹌踉めく。

 流石はBランクのモンスター。そこで倒れるどころか、反撃をしてきた。


「悪いな。俺の勝ちだ。」


 木鞭を振り上げるトレントの足下に魔法陣が光り輝く。さっき攻撃した時に保険で設置しておいたんだよね。

 魔法陣から業火が立ち昇ってトレントの姿を飲み込む。


「……………ギ……。」


 遂に全身が炭化したトレントは直立した格好のままで動きを止めた。


「……危なかった。」


 いや、本当にギリギリだった。

 今の攻撃で倒せなかったら、負けていたかも。

 流石に魔力が限界ですよ。


「皆は…なんとか無事か。」


 皆の体から生えていたトレントシードの芽は枯れてポロポロと崩れている。全員が行動不可能な状態で転がっている。

 ともかく、今回の緊急クエストはこれで討伐完了かな。


「……ん?そういや、トレントと魔獣の大量発生ってどーゆー関係があるんだ?」


 今更だけど、本当にトレントが魔獣大量発生の要因だったのかな。

 と思ったら、倒れていたはずのマーガレットが俺の真横に移動していた。…全く気付かなかったぞ!?


「それは…トレントが元凶で間違いありませんわ。トレントシードには魔獣を操る能力があるのですわ。」

「成る程ね。………えっ?」


 そうなると、トレントを撃ち込まれた俺達もヤバいんじゃ…。


「あ、人間は対象外ですわ。…ふふっ。」


 マーガレットはどうやら俺の表情を見て察したらしい。そして、何故か笑っている。なんか視線が艶っぽいのは気のせいだろうか。


「龍人は…強いですわ。私のお婿候補にしてあげて良いのですわ。」


 …はい?何故か従者からお婿候補に格上げしたんですが。

 さっきまで魔力を吸われて相当辛そうだったのに、凄い元気な動きで擦り寄ってくるんですが!?

 ちょっ…!胸が…!?


 ズゥゥゥン


 ……ほらぁ。後ろで凄い足音が聞こえたんですが。「こんな時にイチャついてるんじゃないわよ!」って火乃花に吹き飛ばされる未来が見える。覚悟は…決めた…。

 ムチムチくっついてくるマーガレットを押し留めながら振り向いた俺は…冷や汗を垂らした。


「マジか。」

「これは…想定外ですわ。」


 マーガレットも同意見らしい。

 そこに立っていたのは……2体のトレントだった。

 ヤバい。俺はもう魔力がほぼ残っていない。それは他の皆も同じな筈。少なくともトレントを倒すだけの攻撃は無理だ。

 じゃあ逃げる。…ってのも、非現実的。木鞭の鋭い攻撃やトレントシードを全て避けるのは至難の技だし、下手に距離を取るだけじゃトレントベビーに追いつかれちまう。


「ギヂギヂギヂギヂ!!」

「ギヂギヂギヂギヂ!!」


 2体のトレントは何の逡巡もなく木鞭を振りかぶる。

 なんか…同じような場面が何度かあった気がするけど…今度こそ終わりかも。

 でも、諦めるって選択肢は無い。


「きゃっ…!」


 俺はマーガレットの肩を抱き寄せ、木鞭の直撃だけでも避けようと横に飛ぶ。ついでにクイっと体を捻ってマーガレットには木鞭が当たらないようにする。

 ズババババババン!!っと木鞭が殴打する音が響き渡り……………響き渡って…ない?


「この人は…。」


 驚きに満ちたマーガレットの呟く声。

 視線を追って後ろを見ると、真っ黒な鎧を纏った男が悠然と立っていた。黒いマントと鎧の合間から見える肉体は相当に鍛え上げられている。

 それに…なんだ、この威圧感。ただそこに立っているだけなのに、全身がビリビリと締め付けられる感じがする。


「お前ら…魔法学院の生徒か?トレント相手に6人でよく頑張ったな。あとは任せな。」


 なにそのセリフ。かっこいいんですけど。

 つーか、トレント2体相手に1人って無謀じゃないか?


「マーガレット、俺達も加勢するぞ。」

「いえ……手を出さない方が賢明ですの。」


 黒鎧の男は手に持つ大剣を横に構え、2体のトレントと対峙している。

 …いやいや、どう考えても1人で勝てないだろ。

 けど、マーガレットの反応は違った。


「龍人…彼は、…個人でギルドSSランクに到達し、Sランクパーティ『ブレイブインパクト』の団長を務めるルーベン=ハーデスですわ。その強さは…」


 ブワッと風が巻き起こる。

 一瞬だった。大剣を構えていたルーベンは…いつの間にか大剣を背中の鞘に収めていて、トレントは巨躯を中心から斜めにずらして絶命していた。


「まぁこんなもんだな。お前らはさっさと転送小屋まで戻れ。何故かわからんがトレントが10数体発生してやがるんだ。まだまだ4体目だ。巻き込まれるぞ。」


 強すぎだろ…。魔法を使ったのかすら分からない。

 俺達6人がかりで何とか倒した魔獣を、1人で…しかも2体同時に倒すとか。

 マーガレットがギルドSSランクって言ってたっけ。SSランクって特別な功績をあげた人だけがなれるんだったよな。それこそSランクの魔獣を1人で倒すとかの。

 てか、Sランクの魔獣って100人を超える大部隊で討伐するんじゃなかったっけ。


 ………えぇ、どんだけ強いのこの人。


「おっと、集まってきちまったみたいだな。しゃーねぇ。お前らは1箇所に集まってろ。」


 むんずっと襟首を掴まれたと思うと、俺達は1箇所に集めるようにポイポイと投げられる。


「おしっ。お前らはCランク位かな?最上級ランクの戦い方、よく見とけよ。」


 ニヒルな笑みを浮かべたルーベンは、木々の間から姿を見せた8体のトレントへ向かって歩き出す。


 …そこからは一瞬だった。ルーベンが大剣を振る度に木屑が雨のように降り注ぎ、4振りもした頃には木の残骸が散らばるだけになった。


「よし。これで緊急クエストは終いだろ。帰るぞ。」


 俺達は何も言う事が出来なかった。異次元。そんな言葉がピッタリなレベルの強さ。目の前にいるのは本当に人間かと疑ってしまう。

 ルーベンはそんな俺たちを疲労困憊だと思ったらしく、俺達6人を両手で軽々と持ち上げると大地を風の如く走り、北区転送小屋から転送魔法陣で移動し、中央区のギルドまで連れてきてくれたのだった。



 中央区ギルドの医務室で俺達は仲良くベッドに寝かされていた。

 深刻な外傷はないんだけど、トレントシードの魔力吸収で全員が魔力虚脱状態寸前だったらしい。魔力虚脱状態は下手すると死ぬらしい。それを考えるとトレントは恐ろしい魔獣だよ。

 魔力の回復は無理に魔導具を使うより自然回復の方が良いらしく、一先ずは1日絶対安静との事だ。

 男女同室だったらどうしよう。…とかちょびっと心配したんだけど、部屋はしっかり分かれてたんだよね。

 …ん?残念だったのかって?

 それは微妙だ。そもそも火乃花とかに「着替え覗いたでしよ!」とか言って殴られたら堪らんし。

 まぁそんな訳で俺は遼と今後のクエストの受け方について相談をしている。俺達は今ギルドCランクで、Bランクのトレントにあれだけ苦戦したって事は、Cランクの魔獣を50体倒してBランクに上がったとしても…実力が追いつかない可能性があるんだよね。

 そうなると、ただ魔獣討伐をしているだけじゃ駄目って話になる。強くなる為のクエスト受注ってのを考える必要がある訳だ。

 実戦経験を積む事は重要だから、討伐対象の魔獣は色々なタイプに分けた方が良い。経験が攻略口を導き出す事はあるだろうからね。

 もうひとつ考えられるのが、単体討伐じゃなくて複数討伐を対象にしたクエストだ。トレントと戦って感じたんだけど、強い魔獣が配下の魔獣を従えている場合も多々あると思うんだ。特に配下の魔獣が大量にいたら乱戦になる筈。乱戦ってのは広い視野で戦場を確認出来ないと命を落としかねない。こういった経験もCランク以下で経験する必要がある筈。

 とまぁこんな感じで真面目に議論をしている。


 …してるんだけどさ、遼の視線はずーっと生ぬるいんだよね。原因は俺のベッドの横に座る人物。


「あら?私が気になるのですか?ふふっ…嬉しいですわ。」


 ほんのり頬を染めながら俺の手を握るのは…マーガレット=レルハだ。

 俺達と同じく魔力虚脱直前の状態だった筈なんだけど、なでこんな元気なんだ?てゆーかいつまで引っ付いてるんだし!!

 俺の色々な危機感(後に放たれるであろう女性陣からの冷たい視線とか)を感じ取ってくれないマーガレットは、俺と遼の会話へナチュラルに混ざってくる。


「私は…街立魔法学院の皆さんは決め技のバリエーションが少ないと思いますわ。最低でも全員が決め技を持っているべきですわ。」

「う…それって俺の事?」


 微妙に悲壮感を漂わせる遼を見たマーガレットは「当たり前ですわ」と言わんばかりの表情で頷いた。


「遼と…ルーチェもですわ。火乃花は大分強力なスキルを使えるから問題ありませんわ。龍人はダントツで問題なしですわ。」

「うえぇ…やっばそうだよね。俺も高威力の魔法が使えないか試してるんだけど、属性【重力】って制御が難しいんだよね。」

「甘いのですわ。それぞれの属性毎に制御のポイントは異なります。自身の操る属性を理由にするのはカッコ悪いですわよ?」

「う…すんません。」

「とは言っても、遼の操る魔弾…バレットアーツの技術と加重効果の汎用性は非常に高いのですわ。誇って良いと思いますわ。」

「え…あ、ありがとう。」


 遼…照れるなし。最後は褒めてたけど、この前に「決め手に欠ける」って言われてるんだからな。


「まぁそういう訳ですから、今度東区に遊びに来ると良いのですわ。」


 おっと?急展開だな。

 東区か…シャイン魔法学院がどんなんかは気になるし、行ってみるのはありかも知れないな。


「東区に行くのっていつでも良いのか?」

「そうですわね。出入りはいつでも出来ますが…」

「あぁ見つけた!マーガレットさん、家の方がお迎えに来ていますよ。それにしてもどうして男性用の医務室にいるんですか!」

「あら。もうお迎えが来たのですね。分かりましたわ。じゃあ龍人…また誘いにきますわ!」

「お、おう。」


 スクっと立ち上がったマーガレットは、いきなり俺に顔を近づけてくる。可愛らしい唇が俺の…耳元で囁いた。


「もっと強くなって下さい。その時は私の婿として決定しますわ。」


 …逆プロポーズ!?

 と、動揺していると最後にマーガレットはフッと俺の耳に息を吹きかけた。


「ひゃいっ!?」


 へ、へんな声出しちゃったじゃんよ!


「じゃぁ、また会いましょうっ。」


 華麗なお嬢様ウインクを披露したマーガレットは陽気に医務室を出て行ったのだった。


「龍人って…モテるね。」

「げっ。いきなりなんだよ。」

「いや、まぁ…モテるって一般的に良い事なんだろうけど、俺はいいかな。」


 何さ、その憐れみみたいな目は!なんか深く傷付くんですが!


「ほら!君達、怪我人なんだから静かにしていなさい!」

「はーい。」


 部屋付の係員に怒られた。

 マーガレットがいた時は静かだったのに、いなくなった途端にコレかい。レルハ家の名前は伊達じゃないって事か。影響力の強い家名って魅力はあるけど…だからと言ってその家に婿入りしたいかどうかは別問題だ。

 まぁ…ともかく、無事に緊急クエストが終わって良かった。

 ルーベンは俺達を置いてすぐに出て行っちまったから全く話せなかったけど、あーゆー無茶苦茶に強い奴がいるのを知れたのは良かった。個人でSSランクとか規格外過ぎるけど、セフもそれくらい強かった気がする。


「ま、一歩ずつ確実に。…だな。」

「ん?なにか言った?」

「なんでもないよ。」


 取り敢えず今は…休むに限る!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 緊急クエストが龍人達とルーベンの活躍(殆どルーベン)落ち着きを見せた魔法街では、3つの魔法学院が別個で会議を始めていた。

 本来であればどの学院も会議をもう少し早く始める予定だったのだが、緊急クエストの対応で開始が遅れていた。

 故に…という訳では無いが、ここ街立魔法学院に於いての会議は穏やかならぬ雰囲気の中で進行している。


「ヘヴィー学院長。さっきも言いましたが、そもそも…俺はこの組織について納得してないんですよ。」

「そんな事を言われても困るのである。魔導推進庁が魔法街の核事業として取り組む内容であるからして、拒否権は無いのである。」


 腕を組み、足を組んで偉そうな態度で噛み付くラルフに「まぁまぁ」と諫めるヘヴィー。


「はっ。そんなんで魔法街の犬に成り下がれってか?」

「ラルフ。言い方があるでしょう。」


 ラルフの肩を叩いて宥めるのはキャサリン。


「ヘヴィー学院長。私も魔導師団の存在については懐疑的です。」

「何故であるかの?」

「まず、既存のシステムとしてギルドという組織がありますよね。これまで多くの問題はギルドを介してのクエスト発注、そして緊急事態ともなれば各魔法学院が学院生や教師の派遣を行ってきました。」

「うむ。そうなのである。」

「それならば、今回の魔導師団…各区6名編成の組織を立ち上げる必要がありません。」


 いつものエロオーラを出さず、真剣に言葉を紡ぐキャサリンを見て、隣に座るラルフはムズムズしていた。だが、流石に空気を読んで不機嫌な顔を崩さない。


「そもそも目的は何なのかしら。」

「うむ…。」

「ヒヒッ…僕は知っているんだよね。ヘヴィー学院長、隠し事は良くないんだよね。この組織…天地の活動活発化を警戒しての事なんだよね…。」


 肩を揺らし、怪しい笑い声を漏らしながら言ったのは白衣を着たヒョロガリの男。ボサボサの白い長髪の隙間から覗く目は病的。そして何故か前髪の一房たけが赤く染まっている。

 一言で表現するならばマッドサイエンティスト。


「キタル…それは軽々しく言って良い単語では無いのである。」

「ヒヒッ。なら…コレはどう説明するのか教えて欲しいんだよね。」


 そう言ってキタルが懐から取り出したのは折り畳まれた1枚の紙だった。

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