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めでたしめでたし

婚約者が自分を恋愛対象として見ていないことなんてとっくのとうに気付いていた。彼の好みはグラマラスの大人っぽいお姐さん系。

一方、私は年下なこともあるが、子供っぽい。寸胴にならないようにスタイルには気を付けてきたものの好みには合っていない。家族や友人は妖精みたいだって言ってくれるけどそれってつまり幼いってことでしょう?


婚約者は私を邪険にはしない。妹みたいに慈しんでくれる。大人になれば恋に変わると信じていた。だから、マシュマロボディを目指して努力してきたのに。


「こんなのってありなわけ!??」

「ちょっと落ち着いてくれない?」


ビールを一気に飲み込んだあと、叫んだ。友人には新しいビールを渡されて怒られる。今度はちびちび舐めながら彼女を見た。彼女は色っぽいお姐さんだ。うらやましい。


彼女は娼館で働いている。出会いはかなり昔に遡るから割愛するけど、拐われそうになった彼女を助けたのが私ってだけ知っていれば構わない。

今でも付き合いがあって、彼女と話すために男装して娼館を訪れているのだ。


婚約者が決まってからよそよそしくなった周囲と溜まっていくストレスを発散できるのは彼女のそばだけだった。


「好きな人が出来たって。」

「はあ?国で決められた婚約なんでしょ?」

「まあね。側妃にするつもりなのか、正妃にするつもりなのか分からないけど。」

「…馬鹿なの?」

「馬鹿だとは思うわよ。でも、好きなんだよねえ。」

「趣味悪っ。」

「……知ってる。」


ため息を吐く。


「もし、恋人を正妃にするつもりなら、私はあの人に嫁ぐことは出来ない。」

「あんたの家を虚仮にする行為だもんね。」

「そう。家の体裁を保つために、婚約破棄になるわ。」


ビールの瓶をそのまま煽る。あっという間に2本が空になった。


「ちょっと大丈夫なの?」

「酔わない訓練はしてるし、飲まなきゃやってらんないわよ。」

「…そうね。」


「こういうの嫌いなんだけど、私、これでも努力してきたつもりなんだ。」

「うん。」

「王妃教育も、周辺国との外交も、自分磨きも。」

「最初の頃と比べたらかなり育ったわよね。」

「でしょう?? 」


バストアップのために一緒に頑張ってきたことを思い出す。一点を注視して私は答える。


「やっぱり顔なの?」

「色気が足りないんじゃない?」


「どうすりゃいいわけ?」

「男を知れば一発よ。」

「王家に嫁ぐのに処女じゃなきゃいけないのよ。」

「うわ、めんど。」

「時代錯誤なのは否定しない。」


「殿下に襲われちゃえばいいんじゃない?」

「今までハニトラ掛けても空振りだったの知ってるでしょう?」

「盛りゃいいのよ。」

「そしたら、私の住居が牢屋に変わるだけよ。」

「王宮とそんなに変わらないでしょ。」


はああ。ビールをダースで頼み、片っ端から開けていく。


「ちょっと居酒屋みたいな飲み方しないでくれる?」

「その分料金払うから。」

「本当?じゃあ最高級シャンパン開けていい?」

「いいわよ。」


「多分次の舞踏会で振られるんだわ。」

「一発キスでもかましちゃえば?」

「まあキスくらいなら?」

「あんたキスしたことあるの?」


婚約者とはキスもしたことすらない。

多分酔っていた。挑発的に笑われてそれに乗っかるくらいには。

彼女の顎をすくい、そっと唇を合わせる。最初は何度も触れ合うだけ。顎の手を首の裏に持っていき、少し頭を後ろに傾ける。髪を梳きながら、微かに開いた口に舌を滑らせる。

前歯をなぞりながら段々と侵入していく。逃げそうな腰を反対の腕で支えながら、舌を絡める。目を細く開いて相手の様子を観察した。気持ちよさそうな所を見極めて、そこを集中していじめてみる。

漏れ出る声に、男の気持ちがわかる気がした。脳内の知識を引き出しつつ、ちょっとずつ探っていく。

一際反応がいいところを攻めたら、体がびくんと震えた後、力が抜けた。おっと。


涙目でこちらを見上げる。息が整うまで待つことにしたけど。なるほど、これは。


殿下の気持ちが分かった。きっと気の強そうな女を屈服させるのがお好きなのだ。キリッとした目が緩み、ツンとした表情が泣き顔に変わる。女色ではないけどこうくるものがある。新たな扉を開きそうになって、我に帰った。

あーあ、これは負けるわけね。


私は殿下への好意を隠したことがない。喩えるならいつでも尻尾を振っている犬だろう。

一方、恋人や過去の女を見る限り、一見つれないけれど懐かせれば自分だけにすり寄ってくる猫がお好きなのだ。犬派か猫派は大事だからなあ。今更好みを変えることも無理だろう。

ちなみに私は馬派だけど。


「ちょっと待って、あんた処女でしょう?」

「そうよ。キスだって色恋と限定したら初めてよ。」

「何でこんなキス上手いわけ??」

「研究したからね。」

「何で?」

「書物とか、実際に戯れる姿を見たりとか?」

「それって誰の…?」

「殿下が多いけど別の方もいるわ。」


「は?」

「そういうことしてる時って警戒心下がるのよ。限界まで気配を殺せば、大体は気付かれないわ。上級者だと見られていることに気付いて興奮される方もいるけど。」

「あんた一体普段何してるわけ??」

「王宮とか夜会とか出てれば1日数件は出会うのよ。最初は驚いたけど、どうせしなきゃいけないことなら勉強しておいたほうがいいでしょう?」

「あんたその探究心もっと他のことに使いなさいよ。」

「いざ、という時の脅しにもなるから。一石二鳥なのよ。」


可愛い顔でえげつないことをサラリと言ってのける。おそらく私よりも彼女の方がシビアなのだ。

テロテロと光る唇をペロリと舐める。赤い舌に惹きつけられて、自分を律した。初心者のキスでイクとか、商売女の面子があったもんじゃない。悔しい。


汚い親父と接吻を交わすことなんてざらなわけで、躊躇いなんてあるわけがない。相手が妖精のように清楚で可愛らしい女の子なら尚更。まあこれの中身は劇物なんだけど。


舌を絡めとって、奥歯をなぞっていく。女の園の秘儀を惜しみもなく、使っていく。本気じゃないと負けてしまうから、全力だった。

最初はこちらの好きにさせていたけれど、何となくコツを掴んできたのか、舌を絡め始める。付け根を擦られた時、一瞬電流が走った。それを見逃す彼女ではない。目を開いた時、こちらを隙なく伺う視線に捉われた。

私もしかしたら、やばいやつを目覚めさせてしまったかもしれない。


ふと意識を取り戻したときには、布団で寝かせられていて、彼女は辞した後だった。無理をさせたから寝かせておいてあげて欲しいと、十分なお金を置いていったらしい。何それ。

男に生まれなかったのが惜しいったらありゃしない。




王子殿下が婚約者のキスで目が覚めたという御伽噺みたいなニュースが花街にももたらされる。

ほとんどの人は笑っていた。可愛らしい婚約者に目が覚めたのだろうと微笑ましく思っていた。

が、実際を知ってしまったら王子殿下に同情を禁じ得なかった。

まあ、自業自得よね。

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