第8話 イケメン彼女はスイーツが好き
真壁さんが去った後、早乙女さんはぐったりとした様子で苦笑いを浮かべた。
「ごめんね、お騒がせして……」
「全然大丈夫。賑やかで楽しかったし」
「賑やかというより、ゆう姉はうるさい」
「まあ、俺も姉がいるから気持ちはわかる」
「だよね! この前もさ、電話してたら……」
頬を膨らませて文句を言いつつ、早乙女さんはどこか楽しそうに見える。
真壁さんの話をしている姿は、年相応の女の子といった感じだ。
話を聞いていても、二人は仲の良い親戚であり友達であることが伺える。
「お待たせしました」
姉トークに盛り上がっていると、横から店員さんの声が加わった。
一瞬、真壁さんだと思ったのだろう。
違う人だと確認した早乙女さんは明らかにほっとしていた。
そうして、小さなテーブルに"可愛い"が二つ並ぶ。
俺はオススメされたうちの一つ、チョコレートたっぷりのパンケーキ。
早乙女さんは季節限定の桜パフェなるピンク一色のスイーツ。
いただきます、と二人で手を合わせると、早乙女さんは早速スプーンに手を伸ばした。
「写真撮らないんだ」
「……写真?」
「ほら、よくあるじゃん。SNSにスイーツ載せるの」
「あー……私は食べる専門だから、そういうのはいいかな」
そう言って、早乙女さんはパフェを一口頬張る。
二口三口と次々にスプーンが唇の向こうへと吸い込まれていく。
やめられない、とめられない。
そんなフレーズが頭に浮かんだ。
多分、早乙女さんがCMに起用されてもおかしくない。
それくらい、パフェを頬張る彼女の笑顔は完璧だった。
「早乙女さん、凄く幸せそうに食べるね」
「……んっ! つい夢中になっちゃった……。やっぱり変かな。甘い物、大好きなんだけど……」
「そんなことないよ。女の子っぽくていいと思う」
「お、女の子に見える!?」
「そりゃもちろん。早乙女さん女の子じゃん」
「そっか……そう言ってもらえると嬉しいな」
何も特別な事は言っていないのに、早乙女さんはえへへ、と照れくさそうに笑ってメニュー表で顔を隠してしまった。
「女の子か……」
パフェを食べる手が止まった早乙女さんに代わって、今度は俺がフォークを運ぶ。
外にはチョコレートソース、中にはチョコレートムースと最後までチョコたっぷりなパンケーキは、一切れ食べると上品な甘さが口いっぱいに広がった。
市販のパンケーキはもちろん、お店でもここまでのクオリティは中々ないだろう。
俺が今まで食べてきた中でも、かなり上位に入るおいしさだ。
「こんなお店があるなんて知らなかったよ。パンケーキ、凄くおいしい」
「良かった……ここは私のお気に入りだから、気に入ってもらえて嬉しい」
「ここにはよく来るの?」
「よく来るというか、ここしか来ないかな」
「他のお店にはいかないんだ」
「うん……どうしても人目が気になっちゃって……。ここなら、ゆう姉が特別席を用意してくれるから」
ほら、と早乙女さんが指を差した先を見ると、お店の端っこにひっそりと目立たない一人席が用意されていた。
「今日はわざとお休みを狙ったんだけどね。まさか、シフトが変わってるとは思わなかったよ」
また、小さく笑う早乙女さん。
でも、その笑顔は少し寂しげで。
気のせいかもしれないけど、多分、早乙女さんは無理をしている。
今もそうだし、今までもずっと。
「早乙女さんってこの後時間ある?」
「大丈夫だけど……どうして?」
「ここの近くなんだけど、一緒に行きたいところがあって。暇だったら――」
「行く!! ……あっ、きょ、今日は速水くんにお礼する日だから……」
俺の提案に、食い気味に頷く早乙女さんは今度も笑っていた。
その淡い微笑みは先程とは違っていて。
大好きだというスイーツを食べている時と少し似ていた。