表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

第3話 イケメン彼女は初恋に浸る

 

 今日は色々なことがありすぎた。

 私、早乙女飛鳥は枕に顔を埋めながら一日を振り返る。


 前から気になっていた洋服店に行ったら、店員さんが()()()()だったのだ。


 もうこれだけで頭がパンクしそうなのに。


「速水くんに可愛いって言われた……」


 思い出したら、胸がまたドキドキする。

 全身が内側からじんわりと熱くなる。

 きっと今、顔は真っ赤になっているはずだ。


 私が初めて恋をした男の子、速水渚くん。


 それは五年前、小学六年生の時の事。


 元々、私は公園で走り回るタイプで。

 おままごとより戦隊ごっこで。

 スカートよりズボンを選ぶ女の子だった。


 別に、不思議なことじゃないと思う。 

 小さい頃は性差が曖昧だから。


 だけど、身体も心も成長と共に変わっていく。


 急激に背が伸びて、胸も膨らみ始めた。

 私が"可愛い"を好きになるのも時間の問題で。

 家族とお出かけした時、一目惚れしたスカートを私はとても気に入った。


 でも、周りはそんな私を気に入らなかったらしい。


「早乙女が女の格好とか気持ち悪りい」

「飛鳥ちゃんは絶対ズボンがいいよ」

「早乙女さんは男の子じゃん」


 これくらいのことで、と思われるかもしれないけれど。

 私は深く傷つき、人知れぬ公園で泣きじゃくった。


 そこで、私は彼と出会った。


「どうして泣いてるの?」

「……可愛くないって言われた」

「誰に」

「みんなに」


 私は身も心もズタボロで、藁にも縋る思いで初対面の男の子に話をした。


「もう、スカートやだ……」


 多分、私は酷い顔をしていたに違いない。

 顔は涙でぐちゃぐちゃになり、声も酷く擦れていたと思う。


 そんな私の話を名前も知らない男の子は黙って聞いてくれた。


 そうして彼は、私が一番ほしかった言葉をくれたのだ。


「俺は可愛いと思うよ、スカート似合ってるじゃん」


 その一言に私は救われ、恋に落ちた。


 我ながら単純だと思う。

 でも私には、彼が王子様に見えたのだ。

 助けられたお姫様は、絶対に好きになってしまう。


「俺、門限あるからそろそろ帰るな」

「ま、待って……名前、教えてくれない?」

「名前? 速水渚だよ」

「はやみ……なぎさくん」

「じゃあ、お前も早く泣き止んで帰れよ」

「……うん」


 このやり取りの後、私は密かに公園に通った。

 でも、速水くんには一度も会えなくて。


 だから、高校で再会した時は奇跡だと思った。


「でもきっと、速水くんは覚えてない……」 


 結局、私は弱かった。

 心無い言葉に耐え切れず、可愛い女の子を諦めた。


 学校では男物の制服を着て、外見も限りなく男らしく。

 少女漫画で学んだ知識を活かした言動もそうだ。


 お陰で周りからは王子様みたいなんて言われるけど。

 私はみんなが思うような完璧で、聖人みたいな存在じゃない。


 全ては自分が傷つかない為。


 男の子の格好をしていると、好奇の視線を向けられるけど。

 女の子の格好をしていて、否定されるよりはずっといいから。


「こんな私に、気付いてもらえるはずがないよね……」


 そもそもあの時、私は自己紹介すらできなかった。


 "好き"の気持ちに、私は今まで何一つ向き合って来なかったのだ。


 でも、そんな私に速水くんは再び声を掛けてくれた。


「"好き"に正直になっていい……か」


 自然と携帯に手が伸びる。

 メッセージアプリを開いて、私は目的の名前を探した。


 "好き"に正直になるのは怖い。


 "可愛い"を否定された私は、今でも大きなトラウマになっている。


 それでも、君が言ってくれたから。


 大好きな人が言ってくれたから。


 私は勇気を出して、少しだけ"好き"に正直になろうと思う。


『週末、予定がなかったら私と一緒に……』


 文字を打っては消して、打っては消して。


 一時間後、私はようやく送信ボタンを押した。



 ♢♢♢



 今日は色々なことがありすぎた。

 ツアー中の外国人観光客が訪れたり、迷子の子供が来店したり。


 まあ、その中でも一番は早乙女さんの一件だ。


 イケメンな女の子の可愛らしい一面。

 今のところ、俺だけが知っているという事になるのだろうか。


 何というか、特別感があって少しだけ意識してしまう。


「そういえば昔、同じような事があったっけ」


 あれは確か五年前、小学六年生の時の事。

 友達の家で遊んだ帰り、公園で泣いている女の子を見つけたんだ。


 あの時も、女の子は”可愛い”に自信が無くて。

 だから俺は、今日と同じく率直な気持ちを伝えた。


 それは別に、俺が褒め上手だとか、女慣れしているわけじゃない。

 相手の素敵なところは素直に褒める。

 小さい頃から、両親にそう教わっているからだ。


「……あの子、元気にしてるかな」


 母親が新店舗を構えた影響で、俺はあの後すぐに転校してしまった。

 あの子が今、どこで何をしているかはもうわからないけど。


 もし、もう一度会えるのなら。


 めいっぱいオシャレをして、可愛い姿を見せてほしいと思う。


「……ん、誰からだろ?」


 ピロリン、と軽快な電子音が鳴って、俺は携帯に手を伸ばした。


 メッセージアプリを開くと、一番上に新着通知が表示されている。


『早乙女飛鳥が友達追加されました』


 恐らく、クラスグループから追加したのだろう。

 俺はいきなり届いた通知に少し驚きつつ、内容を確かめるため新しいトーク画面を開いた。


『速水くん、今日はありがとう。もし良かったら、今週末空いてないかな? 今日のお礼がしたい』


 絵文字も顔文字もない、要件だけを伝える簡素な文章。

 早乙女さんらしいそのメッセージは、今日の可愛い姿を思い浮かべると何だかおかしくて、俺は少し笑いながら早速返信を打った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 良い(語彙力消失) [一言] 続きはよ(語彙力消失)
[一言] はよ結婚してください(性癖ぶっ刺さりマン)
[良い点] 甘酸っぺー!(語彙力) [気になる点] 初恋かぁ… [一言] 引き続き更新を楽しみにしてます! 寒の戻りでしょうか?作者さま、体調ご留意くださいね! 僕は風邪を引きましたw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ