第2話 イケメン彼女は可愛いが好き
詳しく話を聞けば、早乙女さんの"お願い"とは実に単純なものだった。
「ようするに、早乙女さんの服を俺に選んでほしいと」
俺が確認すると、まだ薄っすらと顔が赤い早乙女さんがコクリと頷く。
「私、可愛い服に不慣れでよくわからないから……」
なるほど、そういうことなら任せてほしい。
服飾関係の仕事に就く家族のもとで培った審美眼には自信がある。
早乙女さんはお客さんだし、俺は店員としての役割を全うしよう。
でも、その前に。
「良かったら、姉に代わろうか?」
「えっ……ど、どうして?」
「何となく同性の方がいいかなって」
本当は、俺自身に問題がある気がしているのだけれど。
その辺はオブラートに包んで提案すると、早乙女さんは首を横に振った。
「……私は速水くんがいい」
「じゃあ、少し時間ちょうだい。すぐに選んで来るから」
「わかった、待ってるね」
何故か少し嬉しそうな早乙女さんを残して、俺は洋服選びのために今度こそ踵を返す。
どうやら、避けられているというのは杞憂だったらしい。
冷静になって落ち着いたのか、イケメンな姿も取り戻してる。
その証拠に、さっきのセリフだ。
速水くんがいい、など普通言えたもんじゃない。
そこに他意はないとわかっているけど。
多分、他の人ならメロメロになってしまう。
やっぱり、早乙女さんはイケメンでカッコいい。
だからこそ、キザなセリフや行動も絵になる。
そんな早乙女さんに似合う可愛い服。
話を聞いているうちに、大体の目星は付いていた。
五分も経たずに目的の服を探し終え、再び早乙女さんのもとへ。
「はい、どうぞ」
「こ、これは、可愛すぎじゃないかな?」
「そんなことないよ。きっと、早乙女さんに良く似合う」
「……速水くんがそう言うなら」
また少し赤くなった早乙女さんが、早足でレジに歩き出す。
お買い上げありがとうございます……いやいや、ちょっと待ってくれ。
「早乙女さん、試着しないの?」
「それは……大丈夫」
「大丈夫って……着心地とか色合い、サイズの微調整なんかもあるし、買う前に一度着たほうがいいと思うけど」
「……でも」
でも?
「恥ずかしい」
恥ずかしい。
うん、なるほど……乙女か!
いや、女の子だし乙女でいいんだけど……。
普段の早乙女さんを知っているから、どうも調子が狂う。
「それなら、今度こそ姉に代わろうか?」
「あっ、ち、違うの。そういうことじゃなくて……」
早乙女さんは言い淀んだ後、俯いて黙り込んでしまった。
明らかに表情は強張っていて、瞳には憂慮の色が見える。
その中で。
「……速水くんになら」
小さく俺の名前が聞こえた。
また心の声が漏れてしまったらしい。
いったいどういうことだろう。
そう考えているうちに、早乙女さんは意を決したように向き直った。
「わかった……試着してみる」
「どう? 着れた?」
「う、うん……」
「じゃあ、早速出て来て」
早乙女さんが試着室に入ってから十分と少々。
ようやくカーテンが開いて、その姿がお披露目になる。
「……どうかな?」
「うん、似合ってる」
「ほ、本当!?」
「本当に」
「お世辞じゃなくて?」
「本心だよ」
「ドッキリじゃないよね?」
「いや、カメラ回ってないから」
どうしてそこまで気にするんだ。
自分で鏡を見れば、一発でわかるだろう。
水色のリブニットに、オフホワイトのロングチュールスカート。
春の暖かさと夏の涼しさを両立させた色合いのコーデは、早乙女さんに似合ってるというか、似合いすぎていた。
「嬉しい……」
似合ってる、という言葉をようやく飲み込んだのか、早乙女さんは小さな声でポツリと呟く。
そこに、イケメン彼女の姿はどこにもない。
男物の制服を脱ぎ捨て、レディースの洋服を着た早乙女さんは、誰がどう見ても可愛い女の子だ。
「着心地とかサイズは気にならない?」
「気にならないけど……トップスはワンサイズ上がいいかな」
「Lサイズってこと? 俺には今でぴったりに見えるけど」
「そ、それは色々あって……」
色々、が気になるけど、バイトの俺はお客様の注文に応えるだけだ。
早乙女さんが着替え直している間に、サイズを揃えてレジで待つ。
「お会計お願いします」
再び制服に身を包んだ早乙女さんはイケメンに元通り。
さっきの可愛い姿は夢だったのか。
そんな風に思ってしまうほどの変わりようだ。
「……ねえ、速水くん。今日のこと、秘密にしてくれる?」
前言撤回、やっぱり可愛いかもしれない。
「秘密って、可愛い服を選んでたってこと?」
「……みんなにあまり知られたくなくて」
俺が手渡した服を受け取った早乙女さんは、また暗い表情で俯いてしまう。
「見ての通り、私のイメージと合わないからさ」
「でも、可愛い服が好きなんだよね?」
「……服以外にも、可愛いは全部好き……だけど……」
その後の言葉は続かなかった。
早乙女さんが言い淀んだこともあるけど、俺が遮って口を挟んだからだ。
「理由を知らないから、偉そうなこと言えないけど……早乙女さんは”好き”に正直になっていいと思うよ」
早乙女さんはイケメンでカッコいいけど、女の子だ。
「早乙女さん、可愛かったし」
我ながら、何言ってんだろ。
まあでも、事実だから恥ずかしがることもない。
お客さんが少しでも明るい顔で帰ってくれれば、俺はそれで……。
「……早乙女さん?」
「は、はいっ!?」
「大丈夫? 顔赤いけど……」
「だ、ダイジョウブ! キニシナイデ!」
何故かカタコトな早乙女さんからは、もう暗い表情は消えている。
何はともあれ、俺の目的は達成できたようだ。
「じゃあ、また学校で。今日のことは黙っておくよ」
「うん……ありがとう」
早乙女さんは別れ際、満点の笑顔で俺に手を振ってくれた。
その姿はイケメンでカッコよくて、でも可愛くて。
今日一日で、俺の中の早乙女さん像がぐるぐると目まぐるしく変わっていった。
次回、早乙女さん視点で彼女の過去と想いが語られます。