第1話 イケメン彼女の様子がおかしい
俺が通う学校で「誰がイケメンか」という話題になると、必ずと言っていいほど早乙女飛鳥の名前が登場する。
切れ長の大きな目、筋の通った鼻、桜色の薄い唇。
芸能人を思わせる整った顔は見る者を惹き付け、スラっと伸びる細身の長身はモデルのような雰囲気を醸し出す。
先輩後輩性別問わず、絶大な人気を誇る早乙女さんは容姿だけでなく、性格や言動もイケメンで。
例えばそれは、今日の昼休みの事。
「大丈夫? 怪我はない?」
「はっ、はい……」
「それは良かった」
どうやら、廊下で足を滑らせた女性生徒を早乙女さんが受け止めたらしい。
早乙女さんに抱き着く格好になった女の子は完全に目がハートだ。
「廊下は走らないようにね。綺麗な顔に傷が付いたら勿体ないでしょ?」
イケメンなセリフと行動を残して、早乙女さんはその場を去る。
男子からは尊敬の眼差しが、女子からは黄色い声が集まっていた。
度々、早乙女さんが女の子だということを忘れてしまう程。
彼女はイケメンで、カッコいい。
……と、数時間前の出来事を思い出しながら、俺は目を細めて首を捻る。
「あれは、早乙女さんなのか……?」
見間違い様もなく、あの後ろ姿は早乙女さんだ。
しかし、何故こんな所にいるのだろうか。
「おーい、なぎちゃん! ちょっとこっち来て!」
「わ、わかった! 今行く!」
速水渚だから、なぎちゃん。
そんな親しみを込めたあだ名で俺を呼んだのは年の離れた姉、速水小春だ。
三つ子の長女でしっかり者だけど、ちょっと抜けてるところがあったりする。
そして、ここは小春姉が経営する小さな洋服店。
慢性的な人手不足により、こうして俺が時々バイトに入ったりするのだけれど。
「ねえ、なぎちゃん。あの男の子の接客頼める?」
「……男の子?」
「うん、奥の方に制服のイケメンがいるでしょ?」
ああ、なるほど。
やっぱり、初対面だと早乙女さんは男の人に見えるらしい。
スレンダーなスタイルに、男物の制服を着ていることが相まって中性的な男の子というのが第一印象なのだろう。
首筋あたりで揃えられたショートカットの黒髪も性別を間違えてしまう一因かもしれない。
小春姉と同じく、俺も最初に早乙女さんを見た時は男性だと思ってしまった。
ジェンダーレスな時代に配慮された校則によって、女子生徒のスラックス着用が認められていると知っていても、女の子だと見抜くのは中々難しい。
「きっとあれは彼女さんへのプレゼントね。さっきから随分と悩んでるみたいだから、頃合いを見て声かけてあげて」
「は、はあ……」
「じゃあ、私は裏で仕分け作業して来るから頼んだ!」
一方的に言い残して、小春姉は倉庫の方へと消えてしまう。
さて、ここからどうするべきか。
小春姉の指示通り、従業員としての対応をするべきなんだけど。
如何せん、早乙女さんと話すのはハードルが高い。
それは俺が特別コミュ障だったり、女の子に苦手意識……は少しあるけど。
決して、高嶺の華を相手に委縮しているわけじゃない。
むしろ、状況は逆。
早乙女さんが、何故か俺の前だとぎこちないのだ。
普段は男女構わずイケメンな接し方をするのに俺にだけ。
高校二年生に進級し、同じクラスになってから約一か月。
何かした覚えは全くないが、どういうわけか避けられている気さえする。
「それにしても、改めて何で早乙女さんが小春姉の店に……」
もちろんそれは洋服に用があるのだろう。
ただ、小春姉のお店に並ぶ服は全て"可愛い"系だ。
早乙女さんのイケメンでカッコいいイメージとは正直かけ離れている。
「この服、可愛いなあ……」
幸い、早乙女さんは服選びに夢中で俺に気付いていないらしい。
純白のワンピース片手に、鏡の前で何やらぶつぶつと呟いている。
「こっちも凄く可愛い……」
今度はピンク色のフリフリスカート。
早乙女さんはイケメンでカッコいいけど女の子だ。
もしかして、もしかすると本当は……
「あのー、何かお探しですか?」
「あっ、はい……この服のLサイズって――」
思い切って、後ろから話し掛けてみた。
すると、声に反応した早乙女さんが振り返って――固まる。
「は、は、速水くん!? ど、どうしてここに……」
「見ての通りバイト中だよ。ここの店、うちの姉がやってて頼まれた」
「そ、そうなんだ。へー……知らなかったな……」
やはり、俺に対して苦手意識でもあるのだろうか。
それとも単純に、知り合いに見られたくなかったのかもしれない。
普段はクールな早乙女さんが、珍しくあたふたしている。
「その服が気になってるの?」
「あっ、えっと……これは、妹用なんだ」
「妹? 早乙女さんは一人っ子って聞いてるけど」
「ま、間違えた。実は姪っ子へのプレゼントで……」
「でもさっき、Lサイズって」
「それは……その……」
俺が首を傾げると、早乙女さんは少し考える素振りを見せた。
「お母さん、は無理あるよね……」
どうやら、心の声が漏れているのに気付いていないらしい。
もう既に大分察しは付くけど、いよいよ確信に近づいて来た。
「ねえ、早乙女さん」
「な、なにかな、速水くん」
「さっきの服、自分用じゃないの?」
隠そうとする理由はわからないけど、そうとしか思えない。
実際、早乙女さんは俺の指摘にわかりやすく狼狽えた。
「なっ……ど、どうしてそう思ったの?」
「だって、鏡の前で身体に服を当ててたし」
「……見てたんだ」
「うん、ばっちり」
まあ、それ以外にも色々とわかりやすかったけど。
俺の予想は図星だったようで、早乙女さんは肩を落として項垂れてしまう。
「変だよね、私が可愛い服なんて……」
ポツリと呟かれた言葉は震えていて、大きな瞳には透明な膜が張っていた。
いつものイケメンでカッコいい姿とは違う。
目に映るのは、弱弱しくて、しおらしい、幼気な女の子の姿だ。
「俺は似合うと思うよ」
「……えっ?」
「早乙女さんに、可愛い服。似合うと思う」
生憎、俺は異性慣れしているキザな男じゃない。
涙を拭う事もできないし、頭を撫でる事もできない。
それでも、正直な感想を口にすることくらいはできる。
「……ありがとう」
よほど、俺に見られたのが恥ずかしかったのだろう。
もしかしたら、気を遣われたとも感じたかもしれない。
小さな声で呟いた早乙女さんは、顔を真っ赤に染めていた。
若干口元が緩んでいるような……そんなわけないか。
早乙女さんはきっと、一人で服を選びたいはずだ。
何か訳ありな様子が伝わってくるし、男物の制服を着ていることも関係してそうな。
ただそれは、避けられてるっぽい俺が干渉することではない。
「じゃあ、後はごゆっくり」
立つ鳥跡を濁さず。
邪魔者はここらで退散したほうがいい――そう思って、踵を返した時だった。
「……待って」
小さな声と共に、服を引っ張られる感覚がした。
振り返ると、早乙女さんが控えめに俺の裾を掴んでいる。
何の用だろう、そう思うよりも先に。
目が合った早乙女さんがとても可愛かった。
「……速水くんに、お願いがあるの」
上目遣いで呟かれた言葉もまた、随分と可愛いものだった。
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