偽憶
空腹で目が覚めた僕は、空だとわかっている冷蔵庫を開けてため息をつくと今日の夕飯の材料を買いに出ることにした。
地元のスーパー、見慣れた光景、起きる前の出来事や夢などはとっくに忘れていた。買い物を済ませアパートの自室に着くと、ドアポストに封筒が入っていることに気がついた。
『復讐を果たせ。力はそのために授けた。』
簡素すぎる内容に悪戯だと判断し、ゴミ箱へ捨てようとしたその瞬間、"思い出した"。
復讐、そのために生きてきたことを。なぜ忘れていたのか。あの日、最愛の人を目の前で奪われ、無力な自分をどれだけ呪ったことか。憎い、殺したい、許さない。蠢く黒い感情が記憶の底から吹き出てくる。タイミングを見計らったかのように窓の方から声がした。
「やあ、思い出したかい?君の生きる意味を」
聞き覚えのある声。数刻前に話したあいつだ。
「なんだおまえは」
八つ当たりしそうになる気持ちと、湧き上がるいくつかの疑問とかぶつかり、うまく言葉を紡げない。
「復讐を果たす時だよ。今夜8時に駅の西にある噴水広場においで。待ってるよ」
「おい、質問に答え――」
言い終えるより早く、男は消えていた。
なんのことやらわからないが、わからないままなのも癪なので指定された時間に噴水広場まで向かうことにした。
夜の噴水広場には既に数人の人がいた。男女合わせて8人、赤い服の3人と青い服の5人が野球の試合前よろしく列になって睨み合っている。3人のうちの1人は何度かうちにきたあの男だった。
「おい、なにをしている。来てやったんだから説明をしろ」
「やあ、来てくれたんだね。状況は見た通りだよ」
視線は向かい合った青服達から外さずに男は応えた。
「見てもわからねえよ。これから仲良く野球でもすんのか?馬鹿にしてんのなら僕は帰るぞ」
「まあ待ちなよ。この5人の中に"相手"がいるとしても、かい?」
「相手……?まさか、この中に?」
自分の中にまた怒りと殺意が湧き上がる。それを察したかのように5人は一瞬だけこちらを見た。そして、その一瞬の隙きを逃さず赤服達が動いた。
最も遠くにいた男が手を前に伸ばすと、その向かいに立っていた女の足元から槍が飛び出し、女は避けることもできずに胸を貫かれた。
「なっ……」
あまりに突然の出来事に言葉を失った。危険だということだけはすぐにわかった。しかし、身体が動かない。逃げなければと思いながらも言うことの聞かない身体、焦る気持ち。その時、体に強い衝撃を感じた。さっきまで会話をしていた男が僕を突き飛ばしたのだ。その瞬間、さっきまで僕の立っていた空間が爆発した。爆風により飛ばされた僕は地面に頭を強くうち、そこで意識が途絶えたのだった。