偽力
「この世界って曖昧だと思わないかい」
少年は笑いながら続ける。
「いまだってそうさ。僕だってよくわからないだろう」
少年は、少女は、男は、女は……輪郭がボヤけたようにわからなくなっていく。その人、と呼ぶのが正しいかのように、間違っているように、存在そのものが曖昧なものになっている……。
夢を見たんだ。ひどく記憶はおぼろげで忘れてしまいそうな夢を見た。忘れないように自分に言い聞かせるように心の中でそうなんども唱える。
「へえ、それはどんな夢だったんだい」
突然部屋の窓近くから男の声がした。自分の心の声に話しかけてきたのか?僕の部屋にどうやって入った?そもそも誰だ?いくつかの疑問が頭の中を足早に駆け抜ける。ああ、まだ夢を見ているのか。夢なら構わない、自分が忘れないためにも話してやろうと先程見た夢の内容を話す。話を一通り聞いて男はあははと笑いこう続けた。
「夢なんかじゃないさ。いや、あるいは夢なのかも。ただそれは現実であって現実ではなくて、これから現実になるかもしれないことだよ」
「予知夢みたいなものなのか」
「そんなしっかりしたものじゃないさ。もっと曖昧で適当で、真剣に考えると頭が痛くなるようなものだよ」
なにを言っているのかまるでわからない。夢とは言え変なやつに変なことを話してしまったな、と後悔をしているとおもむろに男はまた話し出した。
「君の夢はいままでの世界が変わった証拠さ。私がいまここにいるのがなによりの証拠。君には知る権利があるけど、どうする?聞くかい」
「なにが言いたいのかまるで伝わらない。いいからさっさと話せ」
なぜだろうか、この男と話しているとイライラとしてしまう。そんな僕のイライラを見透かしているかのように男はヘラヘラと笑い、少し嬉しそうにまた口を開く。
「君は力を手に入れた。おめでとう。」
思わず僕は怪訝な表情になる。
「その力について、その力の使い方を君に伝えに来たんだよ」
ますます怪訝な表情になる僕。どんどん愉快な表情になる男。男は止まらない。
「この世界は曖昧なんだ。その曖昧なところに介入する力を君は手に入れた。正確にはその力を手に入れることを選ばれた」
「続けろ」
反応を楽しもうもしているのが見え透いているのでそれに乗るのは気持ちよくない、といくつかの疑問にはあえて触れずなるべく平静を保って僕は返した。
「へえ、冷静だね。まあいいや。君の力は世界に介入、干渉する力だよ。この世界は確立されているもの以外は酷く曖昧なものでね、たとえばここ」
空を指しながら男は続ける。
「ここにはなにもないけど、なにかあるかもしれない。なんにもないんだけど、ボールがあるかもしれない」
「なにを言ってん――」
僕の言葉は遮られ、なにもなかったはずの空からボールがぽろりと現れた。
「ボールがあるのかないのかがわからない。曖昧なところに『ボールがあるとした』んだよ。これが君の力だよ。うまく使いこなしてね」
少し早口でそれだけ言うと男は消えてしまった。突然の出来事に頭がついていけず、僕は二度寝をすることにしたのだった。