第八話 とうとう城という名の実家から離れるようです
迷宮へ行くと言ったのは咄嗟だったけど、良い判断だったと思う。この冒険国家に於いて、迷宮の所有者というのは権利を有しているのもさることながら、破格の待遇を与えられている。迷宮というのは資産であり資源だ。金属は元より魔物から得られる様々なドロップアイテムもこの国の重要な外貨獲得の手段なのだ。
「さて、私の迷宮は、と。【ステータスオープン】」
自分の部屋で目の前にそれが広がるように念じる。広がったウィンドウはふたつ。私の目の前の透明な板のようなステータス画面には私自身のステータスが、そしてもう一つの方には私の迷宮の情報が表示されている。
「ふむ」
私の能力値はあの馬鹿王子に言われた通り、魔力だけ極端に低い。魔法そのものを使えないわけではないのだけど、魔力が少ないために大きなものは使えない。それでも一生懸命勉強をして上級魔法までは習得している。あとは体力と筋力が令嬢らしからぬ数値になったのは、あれに連れられていろんな迷宮を連れまわされたせいだ。クラスを所持していない状態の私ではまったくもって意味がない。熟練度も上がらないし、勿体ないことこの上なかったけれど、いろんな経験が出来たから良しとしよう。
迷宮の方のステータスは
所持迷宮
獣の迷宮 レベル1 一階層 ボス鷲獅子使役済
となっている。
このボスってのはヴィエントのことだよね。月狼のルゥナーは別のところで出会ったからか、ここには名前がない。ふたりとも多分、どこかで私の号令を待っていることだろう。
(使役済? 討伐済ではなくて……ああ、でもそうか)
私は契約をしてヴィエントの主になった。だからなのかもしれない。
「【ステータスクローズ】」
ステータス画面が閉じるように願って言葉を口にすると、目の前にあった画面ふたつは消えた。
やらないといけないことは沢山ある。ひとまずお姉さまたちには手紙を書いたから侍従に預けて送ってもらうように手配をする。城下へ行ってアダンたちとこれからの話をしよう。
やることは沢山あるのに、なんだか気持ちは晴れ晴れとしている。どれだけ窮屈な気持ちを味わっていたのか。それも辺境伯の娘として生まれたからには仕方がないと割り切っていたけれど、今はもう違うのだ。婚約を破棄された私は今、久しぶりの自由を噛みしめている。
「さあ、行ってきます!」
あの鬱々とした気持ちで出発をしたこの前とは違う、とても明るい心持ちで私は城を後にした。
「お嬢!」
「お嬢様ー!」
城下町に入る門のところで、アダンとユーグは待っていてくれた。二人してぶんぶんと手を振るものだから悪目立ちしているので、慌てて小走りで駆け寄る。
「二人とも!!」
「わーってるって。ほら、ユーグ、お嬢の荷物持ってやれよ」
「了解、了解。さあ、参りましょう」
ユーグが私が持ってきた肩掛けのカバンを持ってくれて、アダンは私の背中を押しながら突き進んでいく。
「ちょ、ちょっと!」
「ひとまずギルドで冒険者登録しようぜ。せっかく迷宮に行くんだから、クラス無しは勿体ないだろ」
すごい。アダンはなんでこんなに私が思うことの先回りが出来るんだろうか?
「あと、古着屋も行こうな。お前、その格好のままだと盗賊に襲ってくださいと言わんばかりの格好になってんぞ」
「え。わりと大人しめのものにしたつもりだったんだけど……」
「まぁ、お嬢様は品性が中から滲み出ちゃってるから仕方ないよ」
むむむ。何か褒められてるのか、貶されているのか分からないことを言われたような気がする。
でも正論ではあるので私はそのまま彼らの提案に従った。古着屋さんで今着ているものは買い取ってもらい、そのお金で適当な服を買う。足元はとりあえずショートパンツとレギンスを合わせてブーツも買った。これで令嬢には見えないだろう。多分。胸当ても一緒に購入して、外套を羽織る。なんていうか姿だけ、冒険者の出来上がりって感じだ。
「まぁ、こんなもんかなぁ」
「なんか足元が落ち着かない……」
今までの自分とは違いすぎて、本当に落ち着かない。アダンはもう少し大人しめな格好でもよかったかー? とかぶつぶつ言っている。
「似合ってます」
にっこりと笑ったユーグに、ちょっとほっとした。のと同時に、私は思い出したことを彼らに告げることにした。
「そうだ! ねぇ、私に敬語やめてよ。これから一緒に迷宮に潜る仲間なんでしょう? 私たち」
そう言うと、二人は顔を見合わせて、それから笑いだした。何? 私ったら何かおかしなことでも言ったかしら?
「そうだな。じゃあ、折角だし冒険者名でも決めるかい? お嬢」
そう言って、アダンが笑いすぎてこぼれた涙をぬぐいながら言う。冒険者名?
「お嬢様が冒険者になるなら、本当の名前のままだといろいろ面倒事があるからさ。そうだなぁ。エレンというのはどうだい? 嘘にはほんの少し本当を混ぜた方がバレずらいそうだよ」
ユーグはおとなしそうな顔をして、たまにすごく腹黒いことを言う。アダンはそれを聞きながら頷いているし、まぁ一理あるかなぁと思うのでその案でいこうかな。
「じゃあ、私は今日からエレンね! ……冒険者ギルドってどこにあるのかしら?」
「案内するよ。行こうぜ、エレン」
「ああ。行こう、エレン」
二人が笑いながら、私の手を取る。すごく久しぶりで、なんだかとっても嬉しい気持ちになる。
ようやく私たちは、本当の意味で解放されたのだと思う。これからが始まり。まだまだ先の道はどうなるか分からないけど、ここから、なのだ。
とりあえず、冒険者として何かしらの職業についた方がいいらしいから、それも考えなくっちゃ。これからのことにワクワクしていた私は、私たち三人を街の人たちがとても微笑ましいものを見るような目で見守ってくれていたことには気づかなかったのだった。