第七話 とうとうお母様とも再会したようです
「エレン、おかえりなさい!」
お母様は見た目は少女のようだ。私よりも小柄で同じ金色の髪のはずなのに、その髪はふんわりとしていて柔らかそうに見える。淡い水色の瞳も白く透けるような肌も桃色の唇も、少女のように見えるのにこれでも私の実母なのだから驚きだ。ジュディット・マリア・ブノワ。年齢不詳の辺境伯夫人。
「ただいま、戻りました。こんなことになってしまって申し訳ありません」
「いいのですよ。元々わたくしはこの結婚には反対していたのです。国王陛下直々のお願いであったから受けたようなもの。あちからから反故にしてくれるというのなら、渡りに船ですわよ」
開いた扇で口元を隠しながらほほほと笑う姿は貴婦人そのもの。流石、お母様。そして私とがっちり意見が一致しているのが心強い。
「お父様だってそう思ってらっしゃるでしょう。新しい婚約については――」
「あー、そのことなんですけど、私しばらく迷宮に行こうと思っているのです。ちょっと、しばらくはそういうのはいいかなって……」
「まあ! まあまあまあ! 辺境伯の娘ともあろう者がこんなことで引きこもりになるなんて! ……いいえ、でもそれを逆手に取りましょう。迷宮に籠もるほどにショックを受けているのだから、しばらくは陛下であろうとお会いすることは出来ない、そういう形にしてしまいましょう」
うんうん、と勝手に何かいいように解釈してくれたようだった。流石、お母様。
「アナベル長姉とグレース中姉も心配してらしたから、後で手紙のひとつでも送るといいでしょう」
「アナベル姉さまとグレース姉さまが?」
「卒業の宴なんて目立つ催しの最中に婚約破棄と新しい婚約者の発表なんてものをしてしまうんですもの、人の口に戸は立てられぬ、ですわ。社交界ではその噂で持ちきり。命の危険を感じた辺境伯のご令嬢は夜のうちに姿を消した、という話もあるそうです」
……うん。全部間違いではないわ。
「二人とも嫁いだ娘であり異母妹とはいえ、貴女のことはとても心配しておりましたわよ」
「……本当にすいません。私が至らないばかりに」
「貴女がすべて悪いわけではないことはわたくしは元より辺境伯領の皆が知っておりますよ。だから、大丈夫」
お母様の白魚のような細い指先が私の頭をなでる。そんなのは小さい頃以来でなんだかドキドキする。
「城下できちんと準備を整えてから行くのですよ? わたくしももう5歳若かったらいっしょに行くのですけど」
「お母様……」
「難しいことは全部お父様にお任せしてしまいなさい。貴女は貴女のやりたいことを、とりあえずやってみるといい。領地の中にある迷宮の調査は領主として大事なことですもの。ましてや、その主が貴女自身であるというのならば尚更ですよ」
そして、ゆっくりと夕食をとって久しぶりの自分のベッドで眠ることになった。ここへ戻るまでの間にずっと感じていた命の危険はようやく感じなくなっていた。
それでもなんとなく心配で、窓をカーテンで閉ざすことはせずに、月の光が差し込む中で眠りに落ちる。遠くに月狼の遠吠えの声が聞こえて、ルゥナーが心配ないと言ってくれているのを感じた。夜は彼女の領域だ。だから、ゆっくり眠っても大丈夫。
その日の夢は、まだ幼い私とヴィエントとルゥナーがいっしょに丸まって眠る夢だった。そうした覚えなどないのに、とても安心してとてもあたたかくて、あの王子と婚約してからずっと感じていたぎすぎすとした気持ちは消え失せ、とてもよく眠れた、良い夢だった。
ようやくほっとしたエレオノーラは次回迷宮へと旅立ちます。
もふもふ達との再会ももうすぐ。