第六話 初めて迷宮を見つけた日
あれはそう、6歳の誕生日を迎えた頃だった。
この国では7歳になるとどんなスキルを持っていて、どんなステータスなのかを計測する「カムバカリの儀式」というやつがあるのだけど、その前だったはずだ。
護衛騎士の人たちの目を盗んで、ひとりで森の中に突っ込んでいったのだから、どの程度のお転婆具合であったかは想像できることだろう。私もあの頃の自分にはちょっと一言物申したい部分もある。
「迷宮ってどんなところなんだろう」
それはもう、建国王の物語とかは歴史の勉強も含めて物語としても小さい頃から聞かされていたし、冒険というものに興味津々で隙あらば冒険をしたいと思っていたのだ。
そうして気付けば森の奥深くに迷い込んでしまっていた。その頃の私の持ち物は護身用の短剣と先週覚えたばかりの軽度の回復魔法『ヒール』くらいで、よくそんなところに行けたものだと思う。今になってから考えれば、死ぬ可能性だってあった。
「……ここ、どこ?」
そして、苔でふかふかの地面を踏みしめて、方向さえ分からなくなっていたところで、急にその地面が抜けたのだ。下に。
どうやら地盤がもろくなっていたようで、崩れ落ちたのだ。
そこからの記憶はちょっと曖昧で、気付けばもふもふに埋もれていた。柔らかい羽毛の感触にはっとして起き上がると、グルルルルという声がしてびくっとして恐る恐る今まで埋もれていたものを見た。
鳥の羽。そして毛足の短い獣の体。
「鷲獅子っ?!」
思わず上げた声を慌てて口を塞ぐことで抑える。鷲獅子は群れで生息することが多い魔物の一種で、鷲の頭、獅子の体をしている。個体のみであればBランク、群れならAランク相当の冒険者でも苦戦するという獣だ。
「ご、ごご、ごめんねっ! すぐおりるね!」
慌てて降りようとした私にすっと体を屈めてくれて鷲獅子は降りやすくしてくれたみたいだった。天井から光が降り注いでいて、見上げればその隙間から光と森の木々が垣間見えた。
「わたし、落っこちちゃったんだ」
ぐす、と涙をこぼすと、鷲獅子は頭をごつんと私の背中にぶつけてくる。
「? おまえ、もしかして、なぐさめてくれているの?」
敵対心が見えない魔物は使役することが出来る、というのを聞いたことがあった。自らの血を差し出し、名付けることで契約が完了する。それが簡単なものであるとは思っていなかったが、恐怖よりも好奇心が勝った。
「おまえ、わたしと来る?」
手をのばして小さな手でくちばしをなでてやると気持ちよさそうに目をつむった。その時、なんというか天啓がひらめいたとでも言うのだろうか。私はこの子と契約をしなくてはならないという気持ちになったのだ。
落ちてきた時にどこかで切ったのか、指先が切れていて血が出ていたのでそれを差し出した。
ねぶるように舐められる感覚はぞわぞわしたけど我慢して、そのくちばしを撫でながら頭に閃いた名前を口にする。
「おまえの名は、ヴィエント。ふるい言葉で風を意味することばよ。よろしくね、ヴィエント」
すらすらと出てきた言葉に自分でも驚きながらそう宣言した瞬間、すうっと自分の中の何かが体から吸い取られる感覚がして、思わず胸を押さえた。大事なものだけは逃げていかないように。
少しするとその感覚は消えた。私は体の中に何かが増えた感覚と何かが減った感覚を覚えて恐る恐るヴィエントを見る。これが、契約をしたということなのだろうか。
『我が主よ』
頭の中に声が響いた。私はヴィエント以外誰もいない空間をきょろきょろとして、声の主を探す。
『ヴィエントの名を賜りました。今目の前におります』
びっくりして目を見張ると、グルルルと鳴いて私に頭を垂れる。
『私はこの迷宮の主。私をくだした貴女こそが、この迷宮の新しい主です』
もうそこからは更に記憶が曖昧。疲れたのもあるし、6歳の頭では処理しきれなかったのもあるのだと思う。ヴィエントがそんな私を心配して地上に連れて行ってくれて、護衛騎士のみんなと合流することが出来て、諸々の出来事を説明するのはものすごく面倒くさかった。
月狼のルゥナーは二度目に調査の名目で訪れた時に契約をした。ヴィエントとのことがあったからなのか、それともこの迷宮を根城にしていたからなのか、すんなりと済んだのはそれなりに驚いた。
お父様もお母さまも驚いていて、私が迷宮の主に選ばれたから王家との結婚の話など持ってこられたのかもしれない。
本日は二話更新!