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第五話 とうとうお父様と対面するようです

 のんびりとパトリシアを歩かせて、ようやく城に着いたのはお昼になろうかという時間だった。


「ごめんね、ユーグもアダンもお腹空いたでしょう」


「別にいいさ。お嬢とのんびりと話も出来たし、なぁユーグ」


「そうだね。久しぶりにゆっくり出来たんじゃない? お嬢様も」


 二人に合うと、うっかり気が抜けてしまう。令嬢なんて言われても、私はまだ十六歳だもの。つい先日まで婚約者もいたけれど、まぁもう黒歴史だと思うことにする。というか、そうしたい。


「後でまた会えるかしら?」


 お父様たちにその話をするのは気が重い。とりあえず、本当に王子は一度痛い目を見ればいいんだわ。


「おう。城下の『緑の憩い亭』にいることが多いかな。まぁ、居なかったら言伝(ことづて)を頼んでくれればいい」


「うん。本当にありがとう。二人とも」


 私がパトリシアから降りるのをユーグが手を貸して支えてくれる。アダンはさりげなく周囲を警戒しているのが分かった。本当に、得難い人物だわ。二人とも。


「おう。アダンにユーグじゃないか。やっと騎士になる気になったか?」


「ちっげぇよ! ちぃ姫様を送ってきただけだっての」


「姫様の馬を預かっていただけますか?」


 二人それぞれの反応で門番に話をする。そのやり取りすら懐かしい。学府に行っていたのは、ほんの三年ほどの話なのに。

 それから二人が去っていくのを見つめて、距離がある程度離れたところで気を引き締め直すために頬を両手でぱちんと叩いた。

 気合を入れないといけない相手との話は本当に緊張する。どうしたって緊張する。例えその相手が血のつながった相手、ましてや実の父親でもだ。


「こちらへ」


 出来る限り迅速に、それでいて慌ただしくなく、背筋を伸ばしてまっすぐと、歩幅を気持ち大きめにとって歩く。これはこの家で学んだこと。ドレスでは出来ない歩き方だけれど、意外と忘れていなかったなぁ。

 城の奥、重厚な扉を侍従がノックして言葉を交わし、ようやく入室の許可を得る。


「どういうことだ? エレン」


 お父様の声はとても低く落ち着いている。ひとまず開口一番怒鳴りつけられなかったことに安堵する。

 ジョスラン・マルク・ブノワ辺境伯はたくわえた髭を優雅に撫でつけ、私に先を促す。うーん、いつ見てもナイスミドル。かっこいい。シルバーグレーの髪と私と同じ氷の蒼の瞳。頬には一筋、剣によるものか魔物の爪によるものかは分からない傷が走っている。長身でしっかりとした体格をしているこの人は、今も前線で戦い続けている指揮官だ。


「……王都から逃げ帰ってまいりました」


 後ろ手に腕を組み、胸を張って報告をする。俯いている暇など、私にはないのだ。


「ほう。辺境伯の娘が、その体たらくとは何があった?」


 わずかに怒気がこもる。いつ怒鳴られるか分からないので、心臓の音がやたらうるさくなり始める。いくつになっても、怒鳴られるのは嫌いだ。


「王子が婚約解消をすると、卒業のための舞踏会で宣言なさいました」


 めしゃ、って音がした。音のした方向を見ると、お父様の右手が大きな執務をするための机の上におかれた書類を握りつぶした音だった。こわ。


「……あの、馬鹿王子」


「あと、新しい婚約者の方もご紹介いただきましたわ。イザベル・ミシェル・ラサル嬢とおっしゃられておりましたが」


「ふむ。回復魔法を得手とするラサル伯爵家の娘か。なるほど」


 ……調べてました? 普通、そんなのすらすら出てきませんよね?


「それでお前はすごすごと領地へ戻ってきたわけか」


「命の危険を感じましたので」


「何?!」


「イレーヌに身代わりを頼んだことが気掛かりですが、帰りの旅程で現れた刺客はルゥナーたちに排除してもらいました」


 これは盛ってないし事実だから言ってもかまわないでしょう。うん。イレーヌ、大丈夫かな。


「だから、お父様。私、考えがありますの」


「……どんな考えだ」


 お父様が頭を抱えてらっしゃる。まぁ、あの馬鹿王子がそこまでの強硬手段に出るとは思ってなかったんだよね。そんなことをしたら、ただでさえ仲の悪い辺境伯と王家の間の亀裂が一気に広がるだろうことも考えてないと思うもの。


「私、自分の迷宮(ダンジョン)にしばらく篭ります。ルゥナーやヴィエントたちがいるから安全だし、アダンとユーグにも付いてきてもらいますから」


 これは後で承諾してもらうつもり。断られたら――――その時はその時かな。


「お前の迷宮(ダンジョン)は一階層しかない、ただの洞窟だろう。攻め込まれたらどうする」


「どうにかしますわ。絶体絶命のピンチを切り抜けてこそブノワ辺境伯の血筋だと、お父様が仰っていたのではありませんか」


 そう切り返すとお父様の顔が苦虫を噛み潰したようなものになる。可愛げのない娘で申し訳ない。

 でも、これが一番ベストな選択だと思うのですよ。領地に迷惑をかけない、私が絶対に安全な場所だもの。


「もう、決めたのか」


「はい。決めました」


 私が自分が決めたことに対しては梃でも動かないことを知っているお父様は深々と溜息をつく。そこまで呆れなくてもいいんじゃないかしら?


「……今日くらいはゆっくり出来るのだろう? そうでなくてはジュディットに申し訳が立たん」


「お母様に?」


「夕食の手配をする。その間に旅の汚れを落とし、仕度をしなさい」


 そう言って、お父様は話を終わらせた。もう私から聞きたいことはない、という風だ。

 もうちょっと突っ込んでいろいろ聞かれると思ってたから少し拍子抜けかな。助かったけど。





 湯あみをしてドレスに着替えて三年ぶりの自分の部屋に戻ってきたところで、緊張の糸がぶっちり切れた。ぷつんと、なんて可愛く切れない。ぶっちーん、てなもんだ。ベッドに倒れこんで小一時間眠ってしまった。夕食前に起きられたのは奇跡に近い。


「お母様かぁ。久しぶりだなぁ」


 お父様ことブノワ辺境伯には第三夫人までいる。この国は一夫多妻制なのだ。他の国では一夫一妻制のところもあると聞くけれど、わが国ではこの方法が取られている。

 何が何でも血筋を残す、というご先祖様の心意気が伝わってくるなぁ、と思う。


(だからこその王家との縁組だったんだろうけど)


 今の王様は愛妾にめろめろで、その息子も甘やかしているとは噂に聞いていた。聞いてはいたけれど、あそこまで酷い状態だなんて誰が思うだろうか。


「はーあ」


 この国では迷宮(ダンジョン)は発見者に第一の権利がある。その場所をどのように生かすのか、発展させるのかは発見者次第と言ってもいい。


「全然戻ってなかったから、どうなってるかなぁ」


 そうして私は夕食までの時間、初めてダンジョンを見つけた日のことを思い出していたのだった。


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