第四話 とうとう辺境伯領に戻ってきたようです
いろいろあった王都での生活だったけれど、学府で教えてもらったことは本当に役に立った。
この国の貴族たちは冒険者としても一流であれと教えらえて育てられる。もちろん、原則的には従者にいろいろ手配してもらうことが一番だが、何か起きた時には自分でどうにか出来るようになっていなければならないのが当たり前だ。途中の街での宿泊の手続きや、硬貨の使い方。出来るだけ貴族だと分からないようにする立ち居振る舞いまで。様々なことを勉強させてもらった。
そして、私はようやく辺境伯領の関所までたどり着くことが出来たのだった。
「長かった……」
卒業のための舞踏会の夜から馬を走らせ、おおよそ五日。ここまでくれば少しくらい気を抜いてもばちは当たらないだろう。ひとまず、大地母神様に感謝をする。
ルゥナーやヴィエントたちに声が届かなかったらと思うとゾッとするけど、今はとりあえず関所に無事にたどり着いた喜びをかみしめたい。
「ちぃ姫様っ?!」
関所の兵の一人がぼろ布を被った私の顔を見て、素っ頓狂な声を上げた。声が大きいー。いろいろバレてしまうではないの。
「しーっ!」
人差し指を立てて口に当て、静かにしろと怒ると兵士は嬉しそうに笑って私を中に入れてくれる。
「姫様が行方不明と聞いてお館様も奥様も大変だったんですよ。はやく城へ行ってお顔を見せてあげてください」
「はーい」
まぁ、そんなこったろうとは思いましたよ。思いましたとも。
その行方不明のまま消そうと思ってたんだろうけど、ご愁傷様です。無事に領地にたどり着いてやったぜ、へへ。
「お嬢!」
聞きなれた声が聞こえて、振り返ると大柄な男と小柄な男が息を切らせて走ってくるのが見えた。懐かしい感じがする。ああ、帰ってきたんだなぁ。
「お嬢様ぁ!」
「アダン! ユーグ! 久しぶりね!」
アダンと呼ばれた小柄な男が、飛び上がってユーグと呼ばれた大柄な男の頭を叩く。何ていうか、本当にこの二人は外見が中身と正反対だ。
「なーに涙ぐんでやがんだ、ユーグ! お嬢にかっこ悪いとこ見せんじゃねぇよ」
追い打ちをかけるようにげしげしとユーグのふくらはぎを蹴りながら、アダンが口汚く罵り続ける。
「だってさぁ、学府に行ってから全然会えなかったし、会えるようなお人じゃなくなっちまったしさぁ」
ぐすぐすと鼻を鳴らすユーグは短く刈り込んだ茶色の髪に同じ色合いの茶色の瞳と健康的に日焼けした肌の青年だ。大柄だけど背をすぐ丸くするので、威圧感はあまりない。
対してアダンは私より少し高いくらいの背で、黒髪を肩まで伸ばしていて女性的な顔立ちをしているから黙っていると女に間違えられる。淡い水色の瞳と白い肌は、確かに男にしておくにはもったいない。
「……そうだよ。なんでお嬢、こんなとこにいるんだ?」
「いろいろあったのよ。城まで行くんだけど、付いて来てもらってもいいかしら?」
「おいらたちが一緒に行ってもいいの?」
「いろいろあったから少し疲れてしまって、アダンとユーグがいっしょに居るなら安心だから」
そう言って笑おうとしたが、久しぶりの懐かしい顔を見たせいか、緊張の糸がぷつんと切れて疲れがどっと出た。本当は今すぐにでも宿に飛び込んでベッドに倒れこみたいところだけど、そこはどうにか堪える。
「……なら、行く」
アダンは少し考えてから強くうなずいた。ユーグは聞いた時からこくこくと頷き続けていたけれど、アダンは本当に昔からこうだ。私の幼馴染は察しがよくて助かるんだか何だか。
「ありがとう」
「手綱貸せ。ユーグに引かせる」
ぶっきらぼうに顔を背けて、アダンが私が乗っているパトリシアの手綱を持ってくれる。
「この子、なんていうの?」
ユーグはいつも通りのんびりと、大きな手でパトリシアのたてがみを撫でながら、私に聞いてきた。
「パトリシアよ。王都からずっと走ってきてくれたの」
「そうなんだ。ありがとうね、パトリシア。お嬢様をここまで乗せてきてくれて」
よしよし、と撫でてくれるその手が気持ちいいのか、パトリシアは小さくいなないて答えた。ユーグが動物に好かれるのは、きっと同じ目線でいるからに違いない。
「どうせ伝令が飛んでんだろ? ゆっくり行こうぜ」
そんなことを言いながら、アダンが私の体調を心配してくれているのが分かる。小さい頃の私はそれこそよく熱を出して寝込んだりしていたから、二人はいつも私のことを大事にしてくれていた。
(……私の騎士たち)
二人の背中を見ていると、いつでもあの小さい頃に戻ったような気分になる。
ああ、本当に帰ってきたんだ。ただ、その気持ちだけが胸をいっぱいにする。酷い言葉もたくさん投げかけられた。酷い仕打ちもされたように思う。でも、ここが私の帰る場所だと思っていたから、耐えられた。万が一でも、あの王子と結婚していたとしても、里帰りは強行していただろう。
お父様とお母様に事の顛末を伝えたら、少し離れなくてはならないだろうけど、この領地に戻ってこれたことが、本当に嬉しかった。