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第二話 とうとう婚約破棄されるようです

「遅かったじゃないか。エレオノーラ」


 一番高いところ。上座の豪華な椅子の前で、腕を組んで傲岸不遜(ごうがんふそん)に私を見下ろす男を、私は反射的に睨みつけてしまった。男は怯まない。


「遅くなりまして申し訳ございません。リシャール・エルヴェ・ラランド殿下」


 この男こそが、私の婚約者にしてこの王国の第三王子。国王陛下の愛妾の息子。ああ、なんでお父様はこんなのを選んだのか。いや、逆か。国王陛下が選んだんだな、私を。


「まあいい。今日は卒業のための舞踏会だ。この機会に宣言することがある」


 見た目はいいんだよなー。見た目だけは。金髪碧眼。背も高いしガタイもいい。魔力もかなりあって、剣も使える。だけど、そのプラス面を大幅にマイナス修正されるくらいに、性格が悪い。


「俺、リシャール・エルヴェ・ラランドはエレオノーラ・ベルナデット・ブノワとの婚約を解消する! 今、ここで!!」


 な、なんだってーっ?! いやいや、えー? 本当に?

 本当に婚約を解消するなんて言い出したの? 国王陛下にも言ってないな、これは。もちろん私のお父様に話を通しているはずもない。

 ふんぞり返ってらっしゃるけど、取り巻き以外の貴族の子女の眼がものすごく冷たいことに気付いていない時点であれだ。積んでいる。

 王族は王族だというだけで貴族をあごで使っていいと思っているからそうなるんだよ、馬鹿王子。

 この婚約はただの婚約ではない。

 南に位置している獣帝国の脅威から王国を守るために、日々命を懸けているブノワ辺境伯領が間違っても王国を裏切らないように、そのための人質として選ばれた婚約だったのだ。

 婚約解消、婚約解消かぁ。そんな、そんなのって、願ってもないーっ! ひゃっほう! 王族からの申し出による婚約なんて、相手から言い出さない限りは破棄出来ないし、願ってもないなぁ。


「そして新たに、このイザベル・ミシェル・ラサル嬢を俺の婚約者にする」


 イザベル嬢。ああ、ここのところずっとリシャール殿下といっしょにいることが多かった彼女ね。ふわふわしたプラチナブロンドの髪は肩口で切り揃えられており、瞳はアメジスト。透き通った紫色をしたその目は垂れ目がちで眉毛も少し下がっているから、どこかいつも困っているような印象を受ける。好きそうだなー。対して私は太陽のごとく眩い金髪につり目がちな瞳は氷の蒼。気の強さが顔に出ていると姉上にも言われたことがあるぐらい、いわゆるキツい顔立ちというやつだ。

 そのか弱そうな彼女の肩を抱きながら、馬鹿王子は私を見下す。ほんと王族じゃなきゃ一発殴っておきたいところだわ。


「イザベルから聞いたぞ? そなた、彼女を貶めるような発言をしたり傷つけるような行いをしたそうだな」


「そんなことはありませんし、ありえません!」


「うるさい! イザベルがそう言ったのだ!」


 こういうところ。こういうところだよ、人の話を聞かないところが本当に大っ嫌いだった。

 貴族は王族にこびへつらって当たり前なんて思ってるからそうなるのよ。王族に敬意を払うのは、王族が国家を維持する責務を全うしている場合に限るのに。

 お父様が今のこの状況を知ったらどうなるか。ただでさえ、最近の王国の内情について良く思ってらっしゃらないようだったのに。


「イザベルは回復魔法も得意でな。お前のようにかすり傷程度しか治せない魔力量の持ち主とは雲泥の差よ」


 それについては否定しない。本当だし。

 何故か魔力量だけは低いのよね、私。どうしてなのかはよく分からないけど、そんなに不便ではないから気にはしていない。


「お前は用済みということだ! 俺の目の届かぬ場所なら何処(どこ)でも構わん。さっさと何処へでも行くがいい!」


 はい、出てけって言われましたー。舞踏会の最中だってのに。

 ああ、本当に馬鹿王子。なーんも分かってないんだなぁ。


「……かしこまりました」


 だから私は深々と礼をして、くるりと(きびす)を返す。ここにいても良いことはひとつもない。ていうか、本当にイザベル嬢ありがとう。不良物件を引き取ってくれて。思わず顔がにやけそうになるのを必死で押し隠すと、泣くのを堪えているように見えたのか気の毒そうな顔で他の子女たちが道を開けてくれる。ありがたい。

 そしてそのまま今さっき入ったばかりの会場を後にし、背中越しに扉が閉まったのを確認すると私は本当に晴れ晴れとした気持ちになった。

 婚約解消だって。婚約破棄の方が正しいな、これは。

 今まで王族との結婚は絶対だと思っていたから礼儀作法から勉強に至るまで、気の抜ける日はなかった。精一杯努力したし、そうしてきたと自負している。

 ここを卒業したら正式に結婚して、どうせ妾を作って楽しくやっているあの馬鹿王子の面倒を見つつ生きていかなくてはならないと思っていた。思っていたのに。


「やった!」


 はっとして口を塞ぐ。きょろきょろと周りを見渡すと誰もいない。よかった。


「寮の部屋に戻って、伯爵領へ戻る準備をしないと」


 国王陛下やお父様の耳にこの話が入ったら、おそらく妨害される。私は大事な人質であり生贄であるのに、王子から離れるなど許されない。イザベル嬢は愛妾でいいだろうとか言い出すだろう。言うな、絶対。

 だから今のうちに辺境伯領へ戻る。あそこへ戻れば、私だけの秘密の場所がある。そこまで行ってしまえば追ってくることもないだろう。


「善は急げってね」


 ロザリーにこのことを伝えられないのは残念だけど、きっと彼女のことだから私がどんな行動を取るかはお見通しのはず。ならば憂いはない。ここで習った様々なことは無駄ではなかったけれど、あの馬鹿王子の相手をするのだけは苦痛だった。


「……ありがとう」


 それでもロザリーや他の辺境伯のご令嬢方が居たから乗り越えられた。見えない大切な友人たちに小さく感謝を述べると、私は見苦しくない程度に速足で自分の部屋へと戻った。とにかく一刻を争う事態なのだ。持っていくものは最小限にして、出来るだけ軽装で動きやすいものにしなければ。

 ここから逃げ出す算段をしつつ、私はあの王子の婚約者になってから10年の間、感じたことがないくらい楽しい気持ちで旅支度のためのあれこれを頭で考えながら部屋へとたどり着いたのだった。


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