第十話 とうとう目が覚めたようです
それは不思議な夢だった。光の中で私は漂っていて、明るい白い何かに包まれていた。
あったかくて心地よくてしあわせな夢だ。
こんなのはいつぶりだろう。昔はもっと見ていた気がする。そう。婚約をするまでは。
体が熱くてだるい。
喉が渇いてきた。
ああ、もっと眠っていたいのに、体がそれを許さない。
重い瞼をあげ胸元に手をやると、目の覚めるような青色の小さな小鳥がちょこんと止まっていた。小鳥?
「エレン、目が覚めたか」
「ぴよぴよ」
「お前には聞いてないっての」
声のした方を見ると、アダンが水差しを持って立っていた。何度かまばたきをして、何が起きたのかを思い出す。冒険者ギルドで登録をしていて、それで……。
「レベル上げ熱だよ。今まで職業についてなかった者の中で、魔物を倒したことが多い者がかかるんだ。一気にレベルが上がるから体が追い付かないんだと思う」
逆側から声がしたのでそちらを見れば、ユーグが座っていた。ずっと、ついていてくれたんだろうか?
「レベル上げ熱……。そういうものがあるのね」
「まぁ、そういうこった。ほら、水のめ。口開けろ」
「アダンは粗雑でいけない」
「ぴよぴよ」
「ほら、この子だって同意してるだろ」
「うっせーなー」
いつもの二人の軽口とやり取りに、ちょっとだけ不安が和らいだ。おとなしく口を開けて待っていると、思いのほか優しく水差しが口に入る。ゆっくりと水が喉を潤していく。ああ、おいしい。
「ありがとう、アダン。ユーグ。ねぇ、ところでこの子って」
胸元の小鳥はそーっと手をのばすと、手に寄り添うように懐いてきた。ふわふわの手触りが気持ちよくて、撫でたいけど小さすぎて撫でるのが怖い。
「ああ、領主様からのプレゼントの子だよ」
「えっ?!」
「恐らくエレンのレベルアップのおこぼれを貰って、ふ化しちまったんじゃないかって言ってたぜ」
「そうなの……あなた、私のところに来てくれた子なのね」
そうっと指先で撫でると、その指にもくっついてくる。すごく可愛い。
「ぴよ」
さっきからぴよぴよ言ってるのは、この子だったのね。確かにぴよぴよバード。声も可愛い。
「お返事したわ! すごい!」
「すごく賢いみたいですよ。アダンと違って」
「小鳥以下か、俺は」
むすっとしたアダンに笑いながら、私はこの子の名前を思案する。小さくてかわいい子。何がいいかなぁ。
「ちょっとだけ退いていてね。体を起こすから」
「無理はしなくていいんですよ? エレン」
「そうだぞ。もうちょっと寝ててもいいくらいだ」
幼馴染ふたりの言いようが過保護すぎて笑ってしまう。ああ、本当に帰ってきたんだなぁ。
「大丈夫よ。それに寝たままでは、この子に失礼だわ」
起き上がると、膝の上に移動した青い小鳥はふるふると身震いをして私をじっと見つめてくる。
「あなたの名前はラプタ。よろしくね」
「ぴよぴーよ」
私の言葉に同意したのか、羽ばたいたラプタは私の頭の上をくるくると旋回しながら飛んで、嬉しそうにぴよぴよと鳴く。
「エレン、またそうやって」
「……何て意味だ?」
「鳥、だな」
……名付けのセンスがないことは認める。だって難しいんだもの。
「エレンらしくていいんじゃね」
アダンがそう言ってくれたので、ちょっと拗ねていた気持ちは落ち着いた。いや、でもよく考えると馬鹿にされているような?
「もう少し休んでてもいいって言うから、俺たちはお前が目覚めたのを伝えに行ってくるよ。水飲んで少しゆっくりしてろ」
でもそういう言われ方をしてしまうと、何というか反論が出来ない。
ずるいなぁ。しばらくずっと、そんなに優しくされたことがなかったから、なんというか嬉しくなってしまうじゃない。
「……はぁい」
「ラプタはエレンがちゃんと休んでるか見張っておけよ」
「ぴーよ」
アダンが何を言っているのか、ちゃんと理解したようなラプタの返事に私は少し笑ってしまった。まるで対等みたいなんだもの。目つきの悪い青年と小鳥という組み合わせなのにね。
「じゃあ、行ってきます」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でてユーグがアダンに続いて部屋を出ていく。私は今までこんなにゆっくりしたことはなかったなぁ、なんて思いながら、のんびりしろという言葉に甘えさせていただくことにしたのだった。




