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第九話の裏話 それぞれの思惑

「なんだとっ?!」


 現王である私は、最初にその報告を聞いた時、思わず声を荒げ座っていた玉座から立ち上がった。それを報告した騎士は縮こまるように身を精一杯にうずくまらせ、王の御前で頭を垂れる。

 この騎士に怒りを向けても仕方がない。分かってはいても、どうしようもない。


「……陛下」


 そっと、私の手を握る女性。(うるわ)しき我が妻、第三妃メルティナ。第一妃とは国の力関係による婚姻を強要され、第二妃とは貴族の力を抑えるために婚姻をした。たった一人。私の心を理解し、私の本当の妻である女性だ。

 この国は迷宮(ダンジョン)によって成り立っている。迷宮からもたらされる数々の恩恵によって、他国よりも豊かであるのだ。

 そして、その迷宮についてはひとつの逸話がある。

 始まりの迷宮(ダンジョン)

 初代国王によって見いだされたその迷宮は、ただ一人のみを主とし、そして成長するというのだ。主が死ぬと通常の迷宮であれば代替わりが起きるが、成長する迷宮はそのまま死を迎える。

 ただ一人のための、迷宮。

 その迷宮によく似た迷宮の主となった娘がいると聞いた時、私の魂は震えた。

 何の変哲もない、一階層しかないその迷宮は、主の成長に合わせて姿を変えるのだという。


「リシャールから何か連絡はあったか? 婚約破棄について以外だが」


「いいえ」


 力なくメルティナが首を横に振る。少しやせた気がする。最愛なのは彼女であるからして、息子はおまけのようなものだが、愛しくないといえばウソになる。他の息子たちよりも、第三王子であるリシャールのことは目をかけているつもりだ。


「何故、短慮を起こしたのか」


「愛する女を守るため、だそうですわ」


 思わずひじ掛けに拳を振り下ろしてしまった。メルティナが怯えている。申し訳ないとは思うが、怒りは本当だ。何故、そんな浅はかなことをしたのか。どうして私が、辺境伯の娘を婚約者に推挙したのか。


「……呼び戻せ」


 絞り出した声は地獄を這うように低く響く。ひっ、と息をのんだ兵士は慌てて私の前から退出していった。頭を抱えたくなるようなことが多すぎる。私は目だけでメルティナを近くへと呼ぶと、その白魚のような手をとり額を押し付けた。許しを、こうように。





「そうか。冒険者ギルドでの登録は無事に済んだか」


 ブノワ辺境伯である私は窓辺に佇みながら、誰に言うでもなく呟く。先ほど間者が伝えてくれた情報は確かなもので、尚且つ辺境伯の心をほっとさせるものだった。


「さすがに王家もそこまでの暴挙はしない、か」


 分からない、とは思う。小さな娘が迷宮(ダンジョン)の主(・マスター)となった時、突然婚約を突き付けられた相手なのだ。警戒しても警戒し足りないと思っている。

 エレオノーラが見つけた迷宮(ダンジョン)は何の変哲もない、ただの洞穴のような場所だった。だが彼女は誘われるようにしてその場所へと行き、導かれるようにして主となった。迷宮(ダンジョン)の主となること自体は珍しいことではない。小さなものなら、この領地の中にもいくつも存在している。

 だが、彼女が見つけた迷宮(ダンジョン)は自分たちの常識の範疇を超えている。


「見張りが必要だな。警護も含め、人を増やすか」


 父親として、守ってやりたいと思っている。いつも。

 いつか巣立つその日が来るとしても、出来る限りの力になりたいと思っているのだ。





「やっぱりレベル上げ熱が出ちゃったかぁ。なぁ、ユーグ。お前の回復魔法でどうにかならないのか?」


 アダンが気軽にそう言ってくるので、俺は首を横に振った。


「反動が酷くなるからやめた方がいい」


「そういうもんなんだ」


「怪我以外では使いたくない。というか、エレオノーラに傷がとか考えたくない」


「お前、過保護だよな」


 つまらなそうな相方に、俺は苦笑いをすることで答える。同じ日に生まれた者でも、これだけ違うのだから生き物は面白いとも思う。


「起きたら、何から話そうか」


「とりあえず、自分に何が起きたか、からじゃねぇの?」


「エレンが戻ってきてくれて、よかった」


「そうだな。俺たちじゃ王都に行くのは難しいし、結婚されちまったら戻ってくるのは夢のまた夢だったろうさ」


 俺たちにとって、エレオノーラは光だ。輝きであり、道しるべでもある。大切なひとだ。


「はやく目が覚めるといいな」


「まぁ、意識自体はすぐ戻るだろ。それまで、待ってようぜ。俺、待つのは得意だ」


 あはは、と皮肉を込めたアダンの笑いに、俺もつられて笑う。無理やりに取り戻すようなことは出来なかった。嫌われたくなかった。俺たちの大事な、お嬢様。


「話したいことが沢山ありすぎて、何から話せばいいのか、分からないな」


「言えてる」


 ひゃひゃひゃと笑っている相棒の顔は見ずに、眠るエレオノーラの顔を眺める。ああ、本当にやっと帰ってきてくれた。


「待ってるよ」


 無防備な右手に自分の手を添える。気付いたアダンも同じように彼女の手をとった。


「はやく起きろ」


 ぶっきらぼうながら、心配している声音に少し笑えてくる。本当に厄介だ。

 でも、それもアダンの個性なのだから仕方がない。

 そして二人で彼女が目覚めるのを待った。一日千秋の思いで待っていたことを考えると、あっという間だったのかもしれないが、ひどく時間が長く感じた1時間だった。

お嬢様を取り巻く男たちのそれぞれの思惑のお話でした。

次回は目が覚めるので、エレン視点に戻ります。

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