第一話 とうとう卒業の日がやってきたようです
冒険国家アベンテューラ王国。
初代国王エドゥアールによって迷宮という無限の可能性を秘めた近隣諸国にはないものが発見されてから300年。
迷宮は発見者の所有物と定められ、多種多様な迷宮の副産物により成り立っている国。それは例えば装備であったり、はたまた見たこともない美味なる果物であったり、観測されているだけでもその数は星の数を超えるのではないかと言われている。
私は、エレオノーラ。エレオノーラ・ベルナデット・ブノワ、16歳。
アベンテューラ王国の最南端、獣帝国に隣接した守りの要でもあるブノワ辺境伯領を治めるブノワ辺境伯家の三女。微妙な位置だ。跡取りではないし、かといって際立った能力を持っているわけでもない、普通の娘。王国の要所に家があるというだけで、王族の婚約者に選ばれただけの哀れな娘。
「そろそろ卒業のための舞踏会のお時間ですわ」
望んでもいない役目を負わされた令嬢が私に声をかける。声が、震えている。可哀想に。私なんかに声をかけなくてはいけないなんて。
「ありがとう」
にっこりと私は殊更に優しく見えるように微笑んで見せる。毎日鏡の前で練習をしているのだから、これはちゃんと出来ていると思う。最初に一番上の兄上に『何を企んでいるんだ?!』と言われた時はショックだったなぁ。
「王子がお待ちです」
ああ、面倒くさい。何が面倒くさいって、これから起きる茶番について事前にいろいろ知っているのが面倒くさい。とりあえずこの縁談を組んだお父様と国王陛下を恨むことにする。
私は座っていた豪奢な椅子から立ち上がり、見苦しくない程度に足早に扉の前に立つ。後ろにいる令嬢方が項垂れているのが分かる。本当に申し訳ないとは思っているのよ? 私なんかの、いえ、あのバカ王子のせいで彼女たちを失望させることになってしまったのだもの。
「さあ、参りますわよ」
メイドが扉を開けてくれる。私はごくんと生唾を飲み込んだ。こうなることは少し前から予見してはいたが、実際その舞台の上に立つことになると思うと、迷宮でモンスターと対峙していた方がましだ。いつかお母様が言ってらした、人間が一番こわい、というのを改めて思う。
ああ。本当に面倒くさいなー。これ全部放り出して逃げ出したら駄目だろうか。ダメだろうなー。何より家名に傷がつく。それであれば、あのバカ王子の企みに乗ってしまうことにしたのだから、仕方がない。
「エレオノーラ様」
先ほど私に声をかけてくれた令嬢が震える手で、私の手を掴む。舞踏会会場の大きな扉はもう目の前だ。
「何故、エレオノーラ様がこんな目に……」
彼女は目を真っ赤にしている。唇を噛んで必死で涙を堪えているようだった。俯いた顔はよく見えないが肩が震えている。ずっと、私の傍にいてくれた。私の大好きな、大事な親友。
「いいのよ。ありがとう、ロザリー」
少しだけ砕けた口調でそう声をかけると、彼女は顔をあげた。涙は溢れんばかりになっている。
「いつまでも、心の中では友達でいてくださるって約束したでしょう? 何かあったら、手紙を書くわ。暗号でね」
少し茶化すようにそう笑って見せると、彼女はぐいっと目尻を拭って笑ってくれた。
「はい。お待ちしています」
ロザリー・オデット・サルヴェールは辺境伯領に連なる男爵領の娘だ。小さい頃からいっしょにいて、主従のように見えるようにふるまってはいたが、気持ちはずっと幼い頃の分け隔てなく遊んでいた頃のままだ。大切な友達。彼女が泣くのは見たくなかったな。
扉が開く、明るいその先はまるで別世界だ。私はぎゅっと手を握りしめ、歩き出す。私の婚約者の元へ。
書き出したら思いのほか楽しくなってしまったお話です。
もふもふが出てくるまでしばしお待ちください。