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かすみ草の咲く丘で。

かすみ草と星空。

作者: Amaretto

この物語を読んで頂きありがとうございます。


この物語は、別小説「かすみ草の咲く丘で。」の未来のお話です。

シリーズからご覧いただけます。


 僕はいつものように、かすみ草の咲く丘に来ていた。

 辺りが既に真っ暗になっているから、僕は転んでしまわぬよう、足元に注意しながら歩く。

 ランプで照らされたかすみ草は、橙色をしている。

 僕は黙ってその場に座り込む。

 空を見上げると、一面の星空が広がっていた。

 綺麗だ、と僕はポツリと呟いた。

 

 リリイさんと、あの男が出会ったのは、大分昔のことだろう。

 リリイさんは、パン屋を営んでいて、毎日焼きたてのパンをお客さんに笑顔で売っている。街の人からも、評判がよく、常連の客も多かった。

 男も、そのパン屋の常連だった。初めは、ただ単にパンがおいしいから、という理由で男は通っていたのだろう。けれど、僕にはわかった。男が、リリイさんに対して、”女性”として意識するようになってきているのが。そして、リリイさんも、”客”ではなく、”男性”として意識し始めていることにも、僕は気づいた。


 リリイさんは、結婚していない。だからあの男と、お付き合いを始めるのだって、リリイさんの自由だ。

 ただ、そうなったとき、”僕”の存在はどうなる?


 僕はリリイさんと家族じゃない。だからリリイさんの恋愛事情に口を挟む権利なんてない。そんな立場じゃない。

 じゃあ僕は、一体何なんだ?




 男は、健康的に日に焼けていて、頼りがいがありそうだし、なにより、優しそうだ。だからリリイさんをきっと、幸せにしてくれるだろう。誰が見ても、そう思うに違いない。

 それなのに、僕は心の底から、リリイさんとその男の関係を、祝福できないでいる。

 僕は、あんなに僕に優しくしてくれたリリイさんの幸せを願えない。

 一人の僕を、優しく受けいれてくれた。迷わず僕を引き取ってくれた。

 そんなリリイさんが、僕を邪魔に思う日が、いつか来てしまうんじゃないかって、思ってしまっている。そんな自分が嫌だ。

 リリイさんは、きっと僕を邪魔に思ったりしない。それなのに、僕は不安になってしまう。もしかしたらって思ってしまう。

 

 リリイさんと男の関係を、嬉しく思わなきゃいけないなんて、辛い。

 どうして、僕は祝福しなきゃいけないんだ? そんなの、誰が決めたんだ?

 僕の気持ちは、僕の自由じゃないか。

 そう思っても、結局は、祝福できない自分を責めてしまう。


 僕のこの複雑な気持ちは、言葉に出来ない。ある概念を言葉することで、それは言葉としてみんなに共有され、変化し、意味が固定され、もともとの概念を表す言葉でなくなってしまう。

 僕の気持ちは、常に変化するもので、1つの意味に収まるようなものではない。

 だから僕の気持ちをそのままリリイさんに伝えるなんて出来ないし、伝えてリリイさんを困惑させたくもない。

 

 僕の気持ち。

 リリイさんを祝福したいという気持ち。

 でもそうしたくないという気持ち。

 一人ぼっちになるのが怖いという気持ち。

 そんな自分が嫌だという気持ち。



 様々な感情が僕の中を渦巻いて、僕を締め付けている。

 僕は感情に囚われている。


 この感情は、僕だけのオリジナル。

 僕の感情は僕のものであるはずなのに、どうして自由に出来ないんだろう。

 



 僕は空を見上げる。星たちは、美しく輝き、その存在を僕に示してくる。



 丘の下の方で、小さな明かりが見えた。

 誰かが、こちらへと向かってきているようだ。


 だんだんと近づいてきて、その人が誰だかわかった。 


「リリイさん!」


 僕は叫んだ。


「ああ、よかった。ここにいたのね、よかった。本当に、……本当に、……よかった。」

 

 そう言って、リリイさんは僕をぎゅっと抱きしめた。温かい体温が伝わってくる。

 リリイさんは泣いていた。僕を本気で心配してくれている。


「ごめんね、不安にさせていたのね。私は、あなたを、一人になんてしないわ。絶対に。絶対に……!」


 リリイさんは、僕をちゃんと愛してくれている。僕を一人にしない。

 リリイさんの、僕を心配する顔も、抱きしめる腕の強さも、そのきれいな目から落ちる涙も。

 すべてが、その証拠だ。



 僕は、自分の感情を言葉に出来ない。

 その感情を表すように、目から涙が溢れてくる。

 涙の一粒一粒に、僕の思いが詰まっている。

  

 

 僕は、いつか、リリイさんにちゃんと、「おめでとう」と言えるだろうか。

 僕は、笑顔で、男に接することができるだろうか。

 ……未来のことなんて、わからない。

 でも今、リリイさんが僕を抱きしめて泣いてくれているのは、事実。

 リリイさんが僕を大切に思ってくれているのは、事実。

 それだけで、僕は救われる。



 リリイさんは、

 僕に温かさを教えてくれた。

 僕のすべてを、受け入れてくれた。


 ありがとう、リリイさん。



 輝く無数の星たちのもとで、僕とリリイさんは、抱きしめあって泣いた。




 



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] “僕”の、言葉に出来ないその何とも言えない感情の表現の仕方が、とても好きです。 あぁ、分かる。と思うのに、そう簡単に共感なんかしてはいけないようにも思えて…… とにかく“僕”の感情の動き…
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