プロローグ.俺より強いお前はいらない
「ふぅ、何とか二人でも倒せたな」
十六歳の男女、レイとエルの二人のみで構成されるパーティー『白と黒』は、討伐難易度がSランクとされているアースドラゴンとの数時間に及ぶ激闘を終え、漸く体の緊張を解く。
「そうですね」
そう答えたエルはレイとは違って、体に傷もなければ汗の一つもかいてはいなかった。
これはなにもエルが戦闘に参加していなかったわけではない。
どちらかというとエルの方が貢献度はレイよりも高かっただろう。
ではなぜ、エルは戦闘前とほとんど変わらない姿でいることができているのか。
答えは簡単、エルが強すぎるからだ。
『白と黒』が若手の冒険者パーティーの中で最強候補に名乗りをあげることができているのは、間違いなくエルのおかげだろうとレイは考えている。
今回の結果を見ても、レイがいなくてもエルは問題なく勝つことができただろう。
逆にここまで倒すのに時間がかかったのは自分が足を引っ張っていたからなのではないだろうか。
世界最強を目指すレイにとってその事実は最早無視できないものとなっていた。
もしこのまま『白と黒』が実績を積み重ねて世界最強のパーティーとなったとしても、それはレイが世界最強になったと言えるのだろうか。
世界最強であるエルの仲間という立ち位置になってしまうのではないか。
そんなもの納得できるわけがなかった。
そして今日、アースドラゴンとの戦いを終え、レイは一つの答えを見つけた。
「エル、大事な話がある」
「な、なんでしょう?」
突然、重苦しい雰囲気を纏い話し始めたレイにエルは少しの期待と不安を持って言葉を返す。
「お前は今日限りでクビだ」
「…………え?」
◇
レイから告げられた思いもよらない言葉にエルは動揺を隠せず、えっ、あっ、といった言葉にならない声が僅かばかり口から漏れるだけであった。
レイに大事な話があると言われたエルは、その後に続くであろうレイの言葉をいくつか想像していた。
付き合って欲しい、もしくは恋人となるのをすっ飛ばして結婚して欲しいと言われた時の返事も考えたりした。
十年以上も一緒にいた仲だからこそ、大事な話と言われても自分にとって悪い話だとは微塵も思わなかった。
もし何かの事情があって、レイが冒険者業から身を引くと言ってもエルはそれについて行くつもりでいた。
でも、そんな想像とは全くもって見当違いの言葉にエルの頭の中はハテナで埋め尽くされていた。
「……な、なんで?」
どうにか口から捻り出すことができた言葉は、いつもの丁寧な口調ではなく幼児が大人に尋ねる時のような素朴な疑問だった。
「エルは俺の夢を知ってるよな」
「……最強になりたいんですよね?」
そんなことは知ってるに決まっている。
大人が馬鹿にしたレイの純粋な子供のときからの夢をエルだけは笑うことなく常に側にいてサポートし続けた。
いつしかエルの夢はレイと一緒に最強になることになっていた。
レイに遅れを取らないように血の滲むような努力をした。
死ぬ程嫌いだった人に頼み込んで魔法を教えてもらったりもした。
いつもはレイの言うことに異論なんてなかったエルだが今回ばかりは並大抵の理由では納得できる気がしなかった。
グッと唾を飲み込みレイの言葉を待つ。
「エル、君は強い、強すぎるんだ。俺たちが最強のパーティーになっても俺とエルの力に差があれば、実際最強なのはエルだ。その相棒は俺じゃなくてもいい。だから、俺はもっと強くならなきゃいけないんだ。エルよりも強くとはいかなくても、せめて対等な立場で立っていたいんだ」
エルもレイと実力が離れてきていることに薄々気付いてはいた。
戦闘の技術ではレイに軍配が上がるだろう。
しかし、エルには支援魔法が使える。
治癒等の回復魔法なら自分にかけても他人にかけても効果はさほど変わらないが、その違いが顕著に現れる魔法もある。
それが強化魔法である。
強化魔法は術者に近ければ近いほど効果が強くなる。
つまり、自分にかけた時に最大の力を発揮するのだ。
エルはレイをサポートするためにこの魔法を磨き続けた。
その結果エルはここまで強くなることが出来たというわけだ。
「……で、でも別に一緒にいても強くなれるじゃないですか」
「確かに強くはなれるだろう。でも、俺が成長すると同時にエルだって成長する。一緒にいたら永遠に差はつまらないんだよ」
「それはそうですが……」
どうにかレイの考えを変えさせようと思考を巡らせるが、今までレイに反論したことのないエルは言葉をまとめることが出来ず、ぎゅっと下唇を噛んだ。
「そういうわけで、これで『白と黒』は解散だ。パーティーの共有金庫に入ってる物は全部エルの物にしてくれていい。また強くなったときに会おう」
白髪を風に靡かせ立ち去るレイをエルは止めることが出来ずにただ立ち竦んでいた。
「……どうして、どうしてなのレイ……?」
涙を零す少女を慰めることができる者は誰もいなかった。