信じるところから始めてください
「マイを寝かせてくる。先に食べててくれ」
一言断り、俺はマイの手を握って立たせて上げた。
「えー、そんなこと言って、奥の部屋で押し倒す気じゃ!?」
振り向いたエレインが、とんでもないこと言いやがるっ。
「俺にそんな根性あるように見えるかっ!?」
情けない言い方ではあるが、思いっきり本音が出た。
「あ、その言い方、凄く納得できたわ」
苦笑して手を振り、エレインは自動で購入できる売店の方へ歩き去った。
「さ、少し休もう」
「……アイドルに成り立ての頃、同じセリフでホテルへ引っ張って行こうとするマネージャーの人が」
ぼそりと呟きつつも、マイは素直についてきた。
しかし、なんという気になる独り言っ。
「し、しないって、俺はそんなことっ」
「知っています」
マイの声が優しくなり、俺は内心でほっとした。
どきどきしつつ、追加で尋ねてみる。
「ちなみに、引っ張り込まれそうになったその時、どうしたの?」
「頬を張って、逃げました。後で社長さんに報告したら、その人はクビになりましたね……特に気の毒には思いませんでしたが」
「そりゃそうだ! 無事で良かったなあ」
ここ最近で、一番素直に言えたセリフかもな。
マイの部屋を開けて入る頃には、この子はすっかり俺の肩にしがみつくようにして歩いていた。やはり、足元がふらつくようだ。
「頭が痛い……です」
「あ、じゃあ売店で薬があるかもだし」
「いえ、頭痛持ちなので、机の上にあります」
「そうかっ。ならここに座って」
ベッドに横座りさせ、俺は一旦部屋を出て、共同洗面所へ走った。
朝の洗顔のために、そこにみんなのコップが置いてあるので、マイのを掴んで水を入れる。まあ、部屋にもっとマシなものがあるかもだが、薬飲むならコレでいいだろ。
部屋に戻ると、マイは既にゆらゆらと上体が揺れていた。
急激に眠気がきたらしい。
「ほら、これ飲んで」
常備してたらしい頭痛薬と、コップを手渡してやる。
マイは素直にごくごく飲んだ後、俺を見て、微笑した。
むうう……とろんとした瞳ではあっても、さすがにアイドルだな。間近で見ると魂が震えそうだ。
「飲んだら横になろう。食事は起きて頭がすっきりしてからだいいさ」
「はぁい」
眠気のせいか、幼女みたいな返事になっていたが、それでもマイは素直に横になった。
すかさず俺が、掛け布団を掛けてやった。
……それはいいけど、この部屋は入るなりほんのり良い香りがするんだが、こうして掛け布団を持ち上げると、さらにぶわっとマイの香りが広がる感じだなっ。
非モテである俺としては、ある意味、忍耐がいるぜよ。
「じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
どぎまぎしてきた俺が部屋を出ようとすると、すかさずマイに手を握られた。
「な、なに?」
「……ハヤトさんは、女性から告白される方が、嬉しいですか? それとも、わたしなんか好みじゃありません?」
相変わらずとろんとした目つきだったが、紡ぎ出す言葉はしっかりしていた……ように思う。
「でも、酔ってるなあ」
「酔わなきゃ訊けないようなことも……ありますよ」
「そうだな」
俺は少し考えて、本音を言ってやった。
いま言わなきゃ、多分一生言えない気もしたしな。
「俺はマイがむちゃくちゃ好きだ。でも、マイの方が俺を好いてるとは思えない。なにせ俺はほら――」
どう言おうか悩み、結局浮かんだままを口にした。
「イケメンにほど遠いし、こんなだからな」
「それでは……信じるところから始めてください」
またしても不意打ちだった。
マイは俺の身体を(彼女にしては)乱暴に引き寄せ、思いっきり口付けしたのである。
驚きのあまり、抵抗する隙もなかった……まあ、抵抗できたとしても、しなかっただろうが。
ベッドに横になったマイと、上体を屈ませたような俺の身体が重なり、そのまま長く動かずにいた。
立て続けで恐縮ですが、新たな新作をアップしてます。
「おっさん間近で非モテの俺の元へ、アイドル達が押しかけてきた」
……タイトルは上ですね。
興味ある方は、どうかよろしく。