姿を見せた混沌
俺達は、いつの間にかチュートリアが壁の上部に設置してくれた、巨大液晶テレビの方を見た。一応、このソファーから座ったまま、眺められるのがナイスである。
チュートリアル自身が、試みにリモコンで次々とチャンネルを切り替えたが、別にそんな必要はなかった。
なぜなら、全てのチャンネルで、銀髪に派手な真紅のドレス姿の少女が映っていたからだ。
壇上みたいな場所で、一人で中央に立っていたが、その子はまるで自分からも視聴者が見えているような顔で左右を見渡し、やおら切り出した。
『プレイヤー以外には、初めて挨拶することになるかな? 私が東京を丸ごと封鎖した、異世界の女神である。どうしても呼びたくば、我々のことは混沌と呼ぶがよい。そう、我らは複数の存在だが、呼び名は一つだ』
「この子がっ」
「うわあ!」
「あいつが混沌かっ」
エレインとマイに続いて、俺が声を上げる。
もっと大人っぽい邪神かと思ったが、チュートリアルとそう変わらないように見えるぞ。
チュートリアルは見たことがあるのか、苦い顔で補足した。
「この声、仮にテレビ見てなくても、外に出れば聞こえるようです」
……無言のまま、俺達は顔をしかめた。
もちろん、その間も混沌の演説は続く。こいつは、軽く片手を腰当てたまま、一気に説明を始めた。
異世界の戦士と、この都内の一部生徒(俺達だ!)を選抜し、プレイヤーとして魔獣退治の疑似ゲームをさせていたこと。
ようやく第二ステージまで至り、勝者が確定し、残った魔獣を全て都内から引き上げたこと。
ただし、ゲームはまだ続くし、その間、都内は封鎖されたままであること……などを、かいつまんで説明した。
ゲームクリアすれば、プレイヤー各人の願いを叶える約束であることも語っていたな。
『第三ステージは、各異世界からの勝者が集い、最強パーティーばかりが挑むことになる。最後の勝者が確定すれば、都内の封鎖は解除して、以前のように正常に外部と行き来できる。ただし、現時点で都内の生存人数は、元の数割ほどだがな』
混沌はしれっと言ってくれた。
復活待機リストがあるのだから、本気で調べる気になれば、こっちだって正確な人数はわかるだろう。
しかし、俺はあえて最後のページの合計待機人数(言い換えれば死亡人数)を確認しなかった。いや、俺だけではなく、他の誰も見てないはずだ。
正直なところ、見るのが怖かったからだ。
おそらく俺は、自分の願いが叶って死者が全て生き返るまで、正確な死亡者数など確認しないと思う。
『だが、一抹の希望はあるぞ、この放送を見ている日本人達よ』
混沌がうふふと嫌な笑い方をした。
『都内で勝ち残ったパーティーがゲームクリアまで行けば、おまえ達にも思いがけない幸運が訪れるやもしれぬ』
おそらく俺の望みを差すのだろうが、思わせぶりにほのめかした後、なんとこいつは俺を始めとして、マイやエレインなど、GM的役割のチュートリアルを除く、俺達のパーティーメンバーの名前を公表しやがった。
お、俺が、顔写真付きで……くくっ……俺のむさい顔が、全国放送でっ。
呆然と通り越して、唖然としちまったじゃないか。
最後に混沌は、はた迷惑な宣言もしてくれた。
『今、彼らのGMである仮名チュートリアルが、日本人のための避難所を設けている。今の都内は、封鎖されているだけで魔獣の危険はないが、その避難所で安全に過ごしたい者がいれば、我らは特に止めぬ故、この場所まで来るがよい』
言うだけ言うと、ふいに虚空にマップが現れ、元々俺がいた学校の位置が、赤丸で表示された。
『おそらく、向こうが勝手に見つけて転送してくれるであろう。チュートリアルの信徒になるよう勧められるだろうが、断ることもできるそうだ。ふん、仮にも女神が、人間相手に甘い対応だと私は思うがな。まあ、いずれあの者にもそれがわかるだろう……人間がいかに、助けるに値しない存在かが』
まるで俺達を見据えるような視線を飛ばしやがった後、他こまごな説明と指示をした後、唐突に画面はブラックアウトした。
ちなみに、第三ステージの開始は二日後だそうな……相変わらず余裕ないな。
画面が消えた後、俺達はしばらく苦い顔で押し黙っていたが、少し経ってから俺がため息と共に洩らした。
「気前よく大量の食料をくれたと思ったら、このためか?」
「あ、そうかっ」
同じく呆然としていたエレインがはっと俺を見た。
「避難したい人が押し寄せたら、そりゃ食料いるわよね? 親切心で避難先を教えたわけじゃなくて、ある種の嫌み?」
「それだと、いくら大量にあったからといって、食料がいつまでも保つか、心許ないですね」
トドメにマイが的確なツッコミを入れた。
まったくだわなあ。
ホント、混沌は飴と鞭の使い分けをしやがる。