俺はわざと笑顔でぐっと親指を立てて見せた
さもありなん。
幻影の魔獣を透過した我が光弾が、屋上に命中しまくったので、ビルごと破壊しそうになっているのだ。本格的な屋上の崩壊が始まる前に、次なる行動に移ることにした。二人に断りを入れてる暇などないっ。
当然、レベルアップを告げるお馴染みの声も、ガン無視である。
俺はすぐさま、お得意のスキルを使った。
「加速、レベル5!」
例によってギィンッッと歪んだ音がして、高周波のような小さな音だけが世界に満ちた。
そして、俺の周囲はあたかも時間が止まったように静止し、崩壊しかけた途中で動きを止めていた。
おおっ、加速スキルも、さすがにレベル5までいくと、違うわー。
俺は一人で感心し、俺の腕を掴んだまま、バランスを崩して尻餅つきかけているエレインと――それから、俺の方に手を伸ばそうとして固まっている、健気なマイを見た。
その決然とした表情は、助けを求めるためではなく、俺に接触してまた無理なテレポートをやろうしている証拠だろう。
「いつも感謝してる、マイ」
聞こえるはずも見えるはずもないが、俺は低頭して礼を言った。
それから、遠慮しつつもマイの身体を抱えるため、華奢でほっそいウエストに片手を回す。
「うおっ、このままずっと抱いていたいっ」
感触に浸って、思いっきり本音が出たが、さすがに崩壊が進んで俺も立っていられなくなりつつある。
マイの忍者コスチュームの胸の合わせ目がズレて、薄いボディスーツに小さなポッチが透けて見えていたりするが、じっくり鑑賞してたらマジ死ぬしな、ちくしょうっ。
悔しすぎるっ。
やむなく、素早くエレインも空いた左手で横抱きにし、両手に仲間を抱えてその場で疾走を開始する。
とこどころ崩落した部分を避け、加速して端までダッシュする。
「加速してるんだから、多少のジャンプは余裕だっ」
一瞬で反対側の端まで移動し、最後はわざと景気よく叫び、俺は大きくジャンプした。
今度は俺が、ビルからビルへと飛び移る番だ。
一度目、二度目と順調に上手く行った。
つい今し方、レベルがまた爆上げしたせいか、二人を両脇に抱えて、まだ余裕がある。東京タワーまでは、あと直線距離にして50メートルほどしかないっ。
さらに二つほど、ビルや商店の屋根を飛び、俺は順調に最後のジャンプを決行し、都道に着地した。
眼前には、この都道から分岐してタワーの方へ向かう道が緩い上り坂となって、見えている。MPの消耗は激しいが、俺はあえて加速を解除せず、そのまま最後の数十メートルを突っ走った。
「――っ! おっとおっ」
ラスト十メートルで東京タワーの駐車場内へ突入するというところで、邪魔が入った。
漆黒の毛並みと三つの首が目立つ巨大な魔獣が、ふいにパーキングエリアの前に出現しやがったのだ。
俺はようやく加速を解除し、二人を降ろす。
途端に「ひっ」とエレインが小さな悲鳴を上げた。
「な、なになにっ、なんでいきなり屋上から……あ、加速ねっ」
「あの魔獣は。もしや、ケルベロスですかっ」
マイの方は、早速魔獣を見つけて身構えていた。
遅れて気付いたエレインは、また悲鳴を上げていたが。
「え、そうなの?」
ステータス画面を開こうとしていた俺は、マイに確認した。
「いえ、三つ首と犬の姿を見て、そう思っただけですけど」
「いや、正解だ。こっちでステータスを確認しても、そうなっている。レベル50だな」
「レベル50っ」
「キツそうですね……少なくともわたし達二人には」
「わたし達二人? て、そう言えばっ」
エレインは勢い込んで俺に訊いた。
「最後の場面で、むちゃくちゃレベル上がったんじゃない? 周囲の敵を一掃してたものっ」
期待に充ち満ちた目に、俺はわざと笑顔でぐっと親指を立てて見せた。
「任せてくれ。あいつと並んでる」
「じゃあ、同じくレベル50っ。やった! あたしも早速今のステータスを」
現金にも自分のステータスを確認しようとしたエレインだが、振り向いたマイが叫んだ。
「背後から、また来ますっ」
「わー、しつこいなっ」
またしても洪水みたいに押し寄せてきた魔獣達を見た俺は、顔をしかめた。今回、地上を駆ける魔獣ばかりだが、相変わらず数だけ多い。
ただ、前方に立っているのは、ケルベロス一匹だけだ。
「うん、多分前はあいつだけだな。あそこから敵が湧き出すことはないと思う。最後くらい、ゆっくり行こう。どうせあと十メートルだ」
「う、後ろの敵がいるのに!?」
エレインが忙しくなく振り向きつつ尋ねた。
「あたし達に任せた、なんて非常な指令はナシよねっ」
「言わないよ、そんなこと。最後まで取っておいた奥の手を使う。昨晩既に成功したのは確認したし」
俺は笑って答えると、いきなり声を張り上げた。
「我が召喚に応じ、この地に降臨せよっ――長尾景虎っ!!」。