アイドル登場1 勝利の女神のごとく見えた
「おい、謎チュートリアルっ」
俺はまたしても高等部の方へ駆け戻りつつ、たまらず叫んだ。
もはや、打つ手がないっ。
「かつてないピンチだっ。なんとかならないか!」
返事があればラッキーくらいのつもりだったが、今回は脳内に重厚な女の声が響き渡った。
あたかも、スタパでお茶でもしているような悠長な調子だったけどなっ。
『今、レベル4ですから、次にレベル5になったら、初級スキルを取得できますよ? もう少しの辛抱ですからねっ』
ちょ、超絶、役に立たないアドバイス、来ました!
「瀕死の老人の枕元で、定期預金を勧めるようなアドバイスすんなぁああーーっ」
「な、中原さん、どなたと会話をっ」
死の恐怖に怯えながらもさすがにたまりかねたのか、小脇に抱えた沢渡さんが尋ねた。
「い、いやっ、ちょっと俺の奥の手と相談を……わ、もうすぐ後ろだっ」
会話の合間に振り向くと、団子状態で駆けてきやがる。
もうあんまり猶予が――
『あきらめないでがんばってっ。こっちよ!』
「えっ」
今の、チュートリアルの女じゃないな。
俺は声の主を求め、慌てて上を向く。
すると、見よ! 高等部校舎の屋上で、長い髪をなびかせた女の子が、柵越しに身を乗り出しているじゃないかっ。
『追いつかれちゃだめっ。もっと走って!』
凜とした声で叫ぶその子は、まさに勝利の女神のごとく見えた。
『校舎内へ逃げ込めば、階段のところで逆襲できるはずだからっ』
「あ、あれっ、天川先輩ですっ」
沢渡さんが、嬉しそうに叫ぶ。
「まだ無事だったんですねっ。会えてよかった!」
「つーことは……アイドルの……(息切れ)……アイスドールかっ」
バテバテの俺は、それでも声が弾んでいた。
さすが売れっ子アイドル。こんな場合でもオーラがあるな、おいっ。
今の俺の目には、勝利の女神みたいに見えるぞ。
「よし、校舎の中へ逃げ込もうっ。確かにあの狭い階段なら、敵に囲まれないから勝率が上がる。でも、その前にっ」
俺は叫ぶなり、いきなり急停止して、沢渡さんを下ろした。
「ええっ」
驚いた彼女を、軽く校舎の方へ突き飛ばすっ。
「先に行ってくれ! 俺はここで、ちょっと時間を稼ぐ」
「でもっ」
「いいか――らっ」
最後の「らっ」の部分で、全力疾走してきた先頭の男に斬撃を叩き込む。
元後輩なのはわかるが、すまん、逃げるだけじゃどうしても保たないんだっ。
心中で謝罪しつつの一撃だったが、命がけだったお陰か、珍しく一撃で決まった。く、首が飛んだけど、俺のせいじゃないしっ。
だいたい、気にしてる暇もなく、後続が追いついてきたぞ。
「ジネェエエエエエっ(死ね?)」
「おまえがなっ」
二番手の男子がモップをぶん回してきたが、サイドステップで軽々と避け、俺は流れるような動きでずばっと首筋を斬る。
逆袈裟斬りだったが、これも決まり、敵は仰け反って倒れた。
いいぞ、次の三番手が来るまで数秒ほどある。今のうちにズラかるっ。
この時、またレベルアップのファンファーレがしたが。
んなもん、いま構ってる場合じゃないわーーっ。
俺は戦闘に固執せず、身を翻して再び猛ダッシュに入る。グラウンドじゃ、囲まれたら終わりだからなっ。
沢渡さんはちゃんと校舎の入り口で待ってくれていて、「早く早くっ」と俺を手招きしてくれていた。
「大丈夫、少し時間を稼げたっ。そっちこそ、早く中へ!」
「はいっ」
沢渡さんと俺は、二人して校舎へ飛び込んだ。
とにかく、アイドルの子と合流しようっ。久しぶりの生存者だしな!