(間奏) 敵に勝つためには
それはともかく、二秒ほど呆然としていたエレインも、ようやく俺達に気付いたようだ。
ぱっと碧眼を見開き、きょろきょろと周囲を確かめる。
「えっ、ええっ!?」
チュートリアルと目が合うと、向こうの方から「ようこそ、エレイン。私がチュートリアルです」と挨拶などした。
エレインはそこら辺でようやく、自分が復活したことに気付いたのか、いきなり叫んだ。
「いぃいいい、やったぁああああああっ」
右手の拳を天に突き上げて、大きくジャンプしたりする。さすがは異邦人。地味な日本人とは違い、感情の発露が大胆だ。
それはいいが、ダッシュで俺の胸に飛び込んで来て、涙目で抱きつかれたのには驚いた。
なんという、外人サイズおっぱい!
じゃなくて、唐突なっ。
「ありがとうありがとうっ。ハヤト、助けてくれたのねっ」
「ま、まあ約束だし」
俺はきっちり動揺したが、マイのしんねりとした視線を受けて、さらに焦った。
「おほん。まあアレだよ……エレインが途中退場してから、いろいろあったんだよ。少し休憩して食事も終えてから、ちょっと攻略の相談をしよう」
とにかく腹が減ってた俺の一言で、三人で食事と相成った。
例によって浴場の前に置かれたソファーセットで食べたのだが、エレインは好奇心からか、ラーメン、俺とマイは焼きめしというメニューである。ただし、俺の分量は焼きめし三人前だけど。
食べている間、きょろきょろしていたエレインが、驚くこと驚くこと。
「なに、この豪勢なキャンプ! うちの前のパーティーのキャンプなんて、屋根があるだけの、ただの空間だったわよっ。あ、一応、店くらいはあったけど」
「へぇええええ」
俺は、またしても、ひたすら食いまくる俺達を眺めているチュートリアルを横目で見た。
「じゃあ、うちの女神様は、そういうところは優遇してくれたのなー。まあ、風呂とかある時点で、そうだろうと思ったけど」
「お風呂っ!」
食べかけラーメン汁を、口から飛ばす勢いでエレインが立ち上がる。
色気もなにも、あったもんじゃない。
「お風呂って、湯浴みのことっ」
「……とりあえず、丼持って仁王立ちはやめてくれ。あと、食べながらしゃべると、ラーメンの汁が飛ぶから」
俺がなにげなく頼むと、エレインは赤くなって座った。
「あ、ごめん……」
うむ、恥じらいがあるなら、大丈夫だ。
「湯浴みというか、とにかく巨大浴場と洗い場があるな、奥に。ちゃんと男女別なんだぜー」
「三人しかいないし、それって最高じゃないの! あたしも段々、信徒になる気がアップしてきたわっ。実際にお逢いしたら、凄くキュートだしっ」
現金なエレインは、チュートリアルにウインク飛ばした。
「そ、そうですか……まあ、決心がついたら歓迎しますとも」
おお……チビ女神様、赤くなっとる。
あんまり神様って感じしないよな、俺から見ると。
「……というか、そもそも俺、別に女神集団の混沌も、内心じゃそんなに強敵だと思ってないんだよなあ。楽に勝てる相手だとは思わないけど、手が届かない相手じゃない気がしてる」
途端に周囲が静まり返ったので、俺はうっかり声に出して考えをしゃべっていたことに気付く。たまにやらかすのだ、俺……うわー。
「ええと、まあ気にしないでくれ。独り言だから」
空になった皿を置いて言い訳すると、なぜか横からマイがそっと手を伸ばして、ティッシュで俺の口元を拭った。
なぜか慈愛の目つきで俺を眺めつつ。
「な、なにっ」
「ご飯粒がついていたので……もう取れました」
「あ、そう……それはありがとう」
無言でいきなりサービスしてくれるから、マイは侮れん。
「ところで、今の独り言ですが」
マイが改まって俺を見た。
「ハヤトさんは途中の考えは声に出さず、最後の結論だけうっかり声が洩れたのでは?」
……おまけに、いつも妙に鋭い!
「ま、まあ、当たりだけど、途中の考えはノーコメントで」
チュートリアルが機嫌を損ねるので、俺はあえて押し黙った。
「でも、ハヤトなら万一ってことは、あるかもしれない。別に助けてもらったから、言うんじゃないけど」
ラーメンスープを一気飲みした(気に入ったらしい)エレインが、いつになくしおらしい態度で言う。
「敵に勝つためには、まず『勝てる相手だ!』という信念がいるのよね。最初から『勝てるはずないし!』と思っている戦士は、まずその相手には勝てないわ。あたしの経験から言っても」
「本当に倒せるものなら、私も嬉しいですが……はぁああああ」
うむ、チュートリアルは絶対に勝てないだろうな。どう考えても、勝てると思ってない顔つきだし。
俺はエレインの持論に、大いに納得しちまった。
しかし、なんで俺は、よりにもよって混沌にも勝てると思い込んでるのか……これはちょっと謎だな。
普段の俺は、そこまで脳天気な性格じゃないのにさ。