移動6(終) 似合わないのになああっ
中等部の制服こそ着ているけど、彼らはもう、普通の人間じゃない――気がする。
普通の人間は顔中に円形の赤い斑点なんか散らばってないだろうし、瞳が白く濁ったりもしないだろう。
ありゃ、まるで死人の目だ。
しかも……彼らの多くが、手に手に武器になりそうなものを持っていた。モップを手にした奴もいれば、ハンマーを持っている者もいる。
かと思えば、野球のバットを握っている女子までいる。
しかも、そのバットは既に、嫌な感じに赤く染まっていた……まるで誰かの頭をぶっ叩いた後みたいに。
そいつらがギラッと揃ってこちらを睨む様は、とてもじゃないがただ事とは思えない。
「あ、あれは……ど、どういう」
「わ、わからないけど、少なくともなにかに変化しているのは間違いないよ。多分、ゾンビ?」
確証はないが、俺はそう言い放った。
「死人みたいな濁った目してるからな」
「えぇええええっ」
じりっと後退りした沢渡さんは、既に怯えきっていた。
まあ無理もない。
今回は魔獣とかじゃなくて元同級生な上に、なぜか手に物騒なものを持っているんだからな。おまけに、みんなこっちを睨んでいるという。
しかし、ガタガタ震えている沢渡さんを見て、俺は慰めのつもりで教えてやった。
「だ、大丈夫! 仮にゾンビだとすれば、普通は足が遅いさ。ヤバいのはダッシュゾンビの類いだけど、あれは例外中の例外のはず」
「だ、ダッシュゾンビ?」
「そう!」
割とゾンビ映画好きな俺は、こんな際でも熱心に説明してやった。
「ゾンビって、元は蘇った死体だから、普通は機敏じゃないんだよ。でも、ゾンビ映画が量産されるうちに、全力疾走する有り得ないゾンビがたまーに登場するようになってさ。まあ、こっちは現実なんで、関係ないけど」
「そ、それがダッシュゾンビ?」
「うん。俺の勝手な命名だけど」
未だにじわじわ接近してくる連中を見て、俺は大馬鹿な説明をやめた。
熱く語ってる場合じゃないっつーの。
「ま、まあ、それはあくまで映画の話だけど、どうやら連中はオーソドックスなゾンビ――」
言いかけたその瞬間、最先頭にいた女子生徒がびしっとこっちを指差した。
「ゴロセェエエエエエエエエッ」
「マジかっ」
多分――ゴロセってのは、殺せと言いたかったんだろう。
しかし、そんなことはもうどうでもいい。
今や十数人の斑点顔の連中は、叫び声と同時に、全員が武器を振りかざして走ってきた。その、速いこと、速いことっ。
逆方向の隅っこにいたのに、あっという間に迫ってきたぞっ。
「だ、ダッシュゾンビだったああっ」
「いやぁあああっ」
二人で見事に悲鳴の合唱を演じ、身を翻して全力で遁走した。
「中原先輩、待ってぇえええ」
わっ、そういや俺は、本来の俺よりだいぶ速く走れるんだっけ!
レベルアップのことを忘れていた俺は、後ろで泣き叫ぶ沢渡さんの悲鳴を聞き、慌てて速度を緩めた。
スタートダッシュでいきなり引き離してしまったらしい。
「手を、こっちへ!」
「は、はいっ――きゃあっ」
せめて手を引いてあげようとしたのだが――こ、この究極にヤバい場面で、焦って手を伸ばした沢渡さんが、べしゃっと前のめりに倒れた。
こんな時に、なんという嫌なお約束をっ。
赤い斑点顔のゾンビモドキ共は、もう彼女のすぐ後ろまで迫っている。
俺は一瞬だけ『もう間に合わない、自分だけでも逃げろっ』と内心で思ってしまったが、あいにくそこまであくどいことは出来なかった。
「(ヒーロー役なんか)に、似合わないのになああっ」
せっかく距離を稼いでいたのに、反転して、また死に物狂いで戻り、半泣きで起き上がろうとしつつある彼女を、さっと小脇に抱えた。
よし、思った通り、前より多少は筋力も上がってるっ。
「きゃっ」
「ごめん! 非常時だしっ」
レベルアップ効果プラス、火事場の馬鹿力を発揮した俺は、もうあと少しで追いつかれるという距離から、またしても遁走に移った。
「ああああっ、駄目だっ」
だがしかし、走り始めてすぐに悟った。
女子一人分の重さは、馬鹿にできなかった! さっきよりだいぶスピードが落ちてるっ。
「今度は追いつかれるっ、今度は追いつかれるっ!?」
癖になりつつある、絶望的な連呼をしちまった。
実際、こりゃ駄目だ。ストレートに逃げても追いつかれちまう!
いつも思い出したように書きますが。
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