閉ざされた空間3(終) その光景は既に見たね!
「こい、狼野郎っ。どうせおまえも気付いてるんだろっ。一番高いレベルは俺だっ。俺を狙ってみろ――て、うおっ」
こっちの口上が終わる前に、いきなり同じく前足を叩きつけてきやがった。
エレインの時とは違い、真上から頭を潰そうとするように。
「そうはいくか、くそっ」
俺はとっさに片手で側転して避け、着地後にいきなり横殴りの一撃を放つ。フェンリルはちょうど、俺が逃れた後の砂利だらけの線路をぶっ叩いたところで、これは前足の一本くらいはもらったかと思った――が。
なんとこの狼野郎は、その場で大きく飛び上がり、俺の斬撃を交わしやがった。
しかし、その時――。
「――っ! なんだぁ?」
まだ加速も使っていないのに、ふいに周囲が鈍化したような気がして、俺は慌てた。
しかも、フェンリルの巨体が着地した瞬間、俺に頭を向けていきなり光線を吐いたのが見えた! 当然、俺は慌てて避けようとしたが。
しかしよく見れば、フェンリルの本体は、まだジャンプの途上である。光線吐いた方は、すぐに幻のごとく消えてしまった。
(もしかして、幻覚か!? そういや、消えた方は、元々透けて見えるような頼りない映像だったが)
だが、今や時間が鈍化したような感覚は過ぎ去っていて、フェンリルの本体が本当に着地していた。しかも、さっき現像で見たのと全く同じ位置に!
「まさかそれって!」
声に出した時には、俺はもう疾走を開始していた。
思った通り、フェンリルは息を吸い込んだっ。やはり、さっきの幻覚で見た、ブレスか!
「ハヤトさんっ」
「大丈夫だ、マイ!」
叫んだマイの方を見ずに、俺はタイミングを計って大きくジャンプする。
思った通り、その直後にフェンリルがまばゆい光のブレスを吐き出し、トンネルの壁を崩していた!
「悪いが、その光景は既に見たね!」
叫びつつ、既に飛び上がった俺は、魔剣をフェンリルの右目に突き刺している。気が狂ったようにフェンリルが吠えた瞬間、同じくジャンプしていたマイが、空中でナイフを投じた。
――見事、左目に刺さった。
さすがのこいつも、やはり目でナイフは跳ね返せないようだ。
「おお、鮮やか!」
両目を失ったフェンリルがトンネルの壁に激突する直前、俺はすたっと線路に着地する。轟音と共にフェンリルが壁に突っ込んで横倒しになると、駆け寄ってここぞとばかりに首に魔剣を叩きつけた。
「これで、終わりだ!」
大喝して、浴びせた剣撃は、見事にフェンリルの首を両断した。
これで、さすがの魔獣もビクビク痙攣し、そのまま消え去った。
ちょっと前にも聞いた、大金星を告げるチューリアルの声が聞こえたが、今はそれどころではない。
俺とマイは、トンネルの壁際に倒れた、エレインの脇に駆け寄る。
「待ってろ、すぐにリペアボールで治癒を――」
言いかけ、俺は「うっ」と呻く。
エレインの身体――というか胴体が、ややねじれているように見える。少なくとも、背骨が折れているのは確かだろう。
認めたくないが、これは致命傷だ。
その証拠にもはやまともに話せないのか、辛そうに口を動かしていた。
「なんだ、どうしたっ」
俺が慌てて屈むと、途切れ途切れの声がか細く言った。
「あと……は……よろしく……ね」
「わかった、俺に任せろ! 必ず蘇らせてやるぞっ」
あえて大声で保証すると、エレインに通じたのか、微笑してくれた。
「……うん」
それを最後にがくっと首が傾ぎ、やがてエレインの身体が見る見る薄れていった。
死亡したらしい。
会ったばかりだったのに、自分でも意外なほど喪失感を感じたが、俺はあえて心を奮い立たせた。
「スキルでなんとかするから大丈夫、大丈夫といったら大丈夫!」
自分に言い聞かせるように何度か呟き、無理に激情を殺した。
「すぐに会えます……きっと。それに、ほら?」
マイの指差す奥に、不釣り合いなほどでっかい宝箱があった。線路の真ん中にでんっと。
どうやら、混沌は嘘だけはつかなかったらしい。